今なぜV12エンジン?アストンマーティン「ヴァンキッシュ」逆張りの勝ち筋とお値段
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    2024.11.30

    今なぜV12エンジン?アストンマーティン「ヴァンキッシュ」逆張りの勝ち筋とお値段

    今なぜV12エンジン?アストンマーティン「ヴァンキッシュ」逆張りの勝ち筋とお値段
    英国アストンマーチンの超高級スーパーカーである新型「ヴァンキッシュ」に、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員(BE-PAL選出)の金子浩久が試乗してきました。100年に一度の転換期といわれている自動車業界では、今後ますますEV化が進んでいくと予想されていますが、そんななかで、なぜ今、V型12気筒エンジン搭載のエンジン車を開発するのでしょうか。

     

    「道具としての車」と「趣味としての車」

    Aston Martin Vanquish

     クルマの高機能化と多機能化が進んでいくと、遠くない将来にクルマははっきりと二極分化します。

     99%のクルマは移動のための単なる「道具」となり、1%のクルマだけが愛玩の対象となって「目的化」「趣味化」していきます。両者は兼用されることはなく、進化するにしてもまったく別のものとして別の道を進んでいきます。

     たとえてみれば、1%のクルマは「馬」になるのです。農耕馬や馬車馬ではなく、サラブレッド。130余年前に自動車が実用化されるまで、馬や馬車が、移動手段や農耕、運搬などに広く使われてきました。長い間、馬は人々の生活になくてはならないものだったのです。

     しかし、そうした役目はクルマに取って代わられていき、いまや馬は、乗馬や競馬というスポーツやギャンブルの中でしか生きていません。

    Aston Martin Vanquish

     近い未来、99%のクルマには高度な電動化と自動化が施され、人間が行っていた運転はAIに取って代わられ、安全かつ効率的に使用されるようになるでしょう。さまざまなデジタル技術やセンサー技術などが盛り込まれて、高価になることと引き換えに、個人で所有する必要性も急速に薄まっていきます。

     さらに便利になったレンタカーやカーシェアリングなどを必要な時だけ使用料を支払って使うのが主流になり、わざわざ自家用車を所有する必要がなくなるのです。大多数の人々は、それをすでに歓迎しはじめています。社会全体での保有台数も減っていき、渋滞や排ガス、騒音といったネガティブな問題も解消に向かいます。

     そうなれば移動手段だけの変革に止まらず、都市全体のグランドデザインを再考する必要にも迫られてくるでしょう。

    Aston Martin Vanquish

     そうなった時でも、自分のクルマを欲しがる人はいなくならないでしょう。北島三郎氏がサラブレッドを欲しがる気持ちと同じです。所有せずに用は済む時代にあえて自分のクルマを所有しようというのですから、クルマも特別なものになります。並のクルマでは欲しくはなりませんから。

     性能が超一流なのは当たり前、ブランドも出自や来歴が問われ、稀少性が高く、なるべく自分好みに仕立て上げたものでないと欲しくはならないでしょう。

    Aston Martin Vanquish

     イタリアのサルディニア島で、アストンマーティンの新型「ヴァンキッシュ」を運転しながら、そんなことを考えていました。そして、クルマが99%と1%に二極分化する時代になって、クルマ好きが欲しくなるのはまさにヴァンキッシュのようなクルマではないでしょうか。

    手作業で仕立てた英国製V型12気筒エンジン車

    Aston Martin Vanquish

     新型ヴァンキッシュは2001年に登場した初代から数えて3代目。初代も2代目もV型12気筒エンジンをフロントに搭載して後輪を駆動していましたが、それは3代目も変わりません。

     モーターを付け加えたハイブリッドやモーターだけのEV(電気自動車)ではない、純然たる内燃機関車であるところも大きな特徴となっています。

    Aston Martin Vanquish

     新型ヴァンキッシュのV型12気筒エンジンは新開発されたもので、排気量5.2リッター、ツインターボ、最高出力835馬力、最大トルク1000Nm。性能は、0-96km/h加速3.2秒、最高速度345km/hと並外れています。

    Aston Martin Vanquish

     カーボンファイバー製のエンジンフードを開けると、そのV12はボディの中心側に寄って搭載されています。ヘッドカバーや排気管などはカバーされていて見えないのは最近の傾向通りですが、プレートにはイギリスにて手作業によって組み立てられたことと最終検査を行った人物の名前が誇らしげに記されています。

    Aston Martin Vanquish

     大量生産ではないことを示す、こうした“演出”はクルマ好きの気持ちをくすぐりますね。

     昨今の超高性能車の性能は空恐ろしいことになっていて、エンジンにモーターを組み合わせたり、高出力モーターを2個積んで4輪を駆動したりして、数値だけならばヴァンキッシュよりも速いクルマは何台もあります。アストンマーティンにも「ヴァルハラ」というハイパーカーがあります。

    Aston Martin Vanquish

     しかし、ヴァンキッシュは速さだけを追い求めたクルマではなさそうです。外観も、速さを競うレーシングカーのようではありません。古典的なロングノーズ/ショートデッキスタイルです。それもそのはず、アストンマーティンの他のスポーツカー「ヴァンテージ」や「DB12」などとフロントエンジンリアホイールドライブという構成は変わりませんが、ホイールベースが伸ばされ、独自の造形が施されて伸びやかな印象を与えています。

    Aston Martin Vanquish

     インテリアも極めて上質です。キメの細かな革が小さく連続するステッチで縫い上げられています。

    Aston Martin Vanquish

     シフトレバーや走行モードダイヤル、エアコンの操作レバーなどは鈍く光っていて、触るとヒンヤリと冷たい。樹脂ではなく金属が使われ、その操作感は精巧そのものです。

    Aston Martin Vanquish

    「インテリアの中核的なテーマは、クラフトマンシップと精度です」(チーフデザイナーのジュリアン・ナン氏)

     速さだけを追い求めないとなれば、車内空間の質は大切になってきます。

    一瞬の咆哮と、驚くべき加速感!

    Aston Martin Vanquish

     V12エンジンを掛けると、轟音は一瞬のことで、アイドリングは低く抑えられた重低音が微かに聞こえてきます。

    Aston Martin Vanquish

     “速さだけを追い求めるクルマではない”と書きましたが、実際に運転してみるとヴァンキッシュはとても速い。速さを自分の感覚で体得することもあれば、スピードメーターを確かめて驚くほどの速度が表示されていることもありました。

    Aston Martin Vanquish

     速さは、普段は巧みに抑制されています。Sportモードを選ぶと、ビルシュタイン製のDTXダンパーも引き締まってきます。それによって路面からのショックが直接的に車内に伝わってくることはありません。ロールやピッチングなど車体の姿勢変化が少なくなった分、よりダイレクトにヴァンキッシュの挙動と路面状況を知ることができます。

     乗り心地とハンドリングのバランスが非常に高いレベルで保たれているのに感服させられました。ただ速いばかりでなく、かといって安楽なだけでもない。どちらも高い次元で実現されていて、矛盾なく一体化しています。ヴァンキッシュの真骨頂のひとつです。

    Aston Martin Vanquish

     試乗後に、ビークル・パフォーマンス・ダイレクターのサイモン・ニュートン氏に伝えたら、大きく頷きながら教えてくれました。

    「乗り心地とハンドリングのバランスには、特に厳しく注意を払って開発しました」

     Sportモードでも、やはりサスペンション制御とステアリングフィールの両方を念頭に置いていたといいます。

    「新型ヴァンキッシュは、路面からの不要なフィードバックを最小限に抑えながら、最適なサスペンションコントロールとステアリングフィールを保つことができます」

     さらにSport+モードに切り替えてみても、それはSportの延長線上にあるものでした。よりタイトになりますが、快適性が損なわれるものではありませんでした。

     ボディの大きさを感じさせない敏捷な身のこなしには、新開発のE-diff(エレクトロニック・リアLSD)も効果を発揮していました。ただし、運転している最中にはっきりと伝わってくるものではありませんでした。

    「電子制御によって瞬時に微細なコントロールを行なっているので、ドライバーにはなかなか感知できないでしょう」

    Aston Martin Vanquish

     ゆるやかな直線が続く自動車専用道でも極上の走りっぷりでした。エンジン音のかすかなハミングを聞きながら巡航し、前のクルマに追い付いてしまって加速すれば、一瞬の咆哮ののちに追越しを完了してしまいます。

    Aston Martin Vanquish

     他にも、ピレリと共同開発した専用タイヤの効能も小さくないでしょう。最高のリソースが投入されて開発が行われ、入念に調律が繰り返された様子が想像できる仕上がりでした。

     走りっぷりには顕著な不満点や疑問点を見出すことができませんでした。

    チタン製の排気管でエンジン音を誂えることもできる

    Aston Martin Vanquish

     走行性能もインテリアのクオリティも極上等となれば、次に欲しくなる要素はパーソナライゼーションです。

     他人と同じ大量生産されたクルマは特別ではないので欲しくはなりませんから、ヴァンキッシュを買おうとするぐらいの人ならば自分だけの1台を誂えてみたくなります。ボディそのものやエンジンなどは変えられませんが、ボディカラーやインテリアの素材、色、装備などは好みのものを選んで組み合わせることができるのです。

     オプションや選択肢のリストは膨大です。

    「たとえば、こんなものも選べます」

     提示してくれたのは、チタン製エキゾーストシステムや、リアシート位置の空間にピタリと収まるように造られた革製の2個のバッグセットでした。

    Aston Martin Vanquish

     チタン製エキゾーストシステムは標準のエキゾーストシステムよりも10.5kg軽くなってエンジン音もさらに響かせることができます。バッグセットは、シートやダッシュボードなどのクルマ本体に用いられる革と同じ素材と色で揃えて造ることもできれば、あえて違う革で誂えることもできます。

     つまり、効率とコストを最優先した大量生産の考え方とは正反対のものがパーソナライゼーションなのです。だから時間も掛かるし、代金も嵩んでいきます。特別なのですから。

     ここで重要なのは、普通のクルマでは設定されている「なんとかパック」「かんとか仕様」などといって装備や仕様などが予め組み合わされたお仕着せが極力忌避されていることです。ひとつずつ選べること、場合によってはカタログに設定されていないものへの対応が可能かもしれない場合もあります。以前にベントレーの本社工場を取材した時に、そうした例を眼の当たりにしたことがありました。

     パーソナライゼーション、オーダーメイド、ビスポークなど呼び方はいろいろありますが、他の高級車メーカーでも取り組んでいます。クルマが二極分化して、1%の特別なクルマに求められる大きな要素となっていることは間違いありません。

     アストンマーティンでは、パーソナライズを専門に行う「Q by Aston Martin」ラウンジ」を本拠地イギリス・ゲイドンとニューヨークのパークアベニューに構え、Q役のスタッフを相手に自分だけの一台を誂える体制を整えています。同種のサービスは、東京のペニンシュラホテルにあるアストンマーティン銀座でも受けることができます。「Q」とは007シリーズでジェイムズ・ボンドに改造したクルマや銃器などの秘密兵器を造って渡す技師のことです。ここでも“演出”を効かせていますね。

    金子浩久の結論:内燃機関時代の最後の輝きを誇るGT車だが、時代を先取りする車でもある

    Aston Martin Vanquish

     ヴァンキッシュの「スーパーカーのパフォーマンスとウルトララグジュアリーな走りという唯一無二の組み合わせ」という開発目標が達成されていることは間違いありませんでした。

     性能や品質は特上です。自分好みに誂えて、日常の隣にある非日常とを行き来する“1%側にある”特別なクルマとしてヴァンキッシュはふさわしい1台です。

     サラブレッドが競走馬という動物の種として完成されていて、変化や進化などとは無縁であるようにヴァンキッシュもまた“内燃機関時代の”超高級GTとしてほぼ完成されていると言っても過言ではないでしょう。

    「電動化されていない、内燃機関時代の最後のクルマが欲しい」と切望しているクルマ好きは少なくありません。馬主たちがサラブレッドを欲しがるようにヴァンキッシュのようなクルマを欲しがる気持ちがあるのです。

     ヴァンキッシュは「自分で運転する」というフィジカル体験を極上質に楽しむことができます。メカニズム構成は古典的ですが、クルマと人との関係性に於いては、むしろ時代を少し先取りしているのではないかと考えさせられました。

    Aston Martin Vanquish

    〔編集部注〕金子浩久氏のnote『金子浩久書店』によると「日本での販売価格は約5000万円のベース価格から」。アメリカの自動車雑誌『CAR and DRIVER』では価格は「$434,000」からと報道されている。

     

    金子 浩久さん

    自動車ライター

    日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員(BE-PAL選出)。1961年東京都生まれ。趣味は、シーカヤックとバックカントリースキー。1台のクルマを長く乗り続けている人を訪ねるインタビュールポ「10年10万kmストーリー」がライフワーク。webと雑誌連載のほか、『レクサスのジレンマ』『ユーラシア横断1万5000キロ』ほか著書多数。構成を担当した涌井清春『クラシックカー屋一代記』(集英社新書)が好評発売中。

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