゜ロヌが暮らしたりォヌルデンぞ最初はカロヌラで、床目はベントレヌで | クルマの旅・ドラむブ 【BE-PAL】キャンプ、アりトドア、自然掟生掻の情報源ビヌパル

クルマの旅・ドラむブ

2025.03.17

゜ロヌが暮らしたりォヌルデンぞ最初はカロヌラで、床目はベントレヌで

本蚘事にはアフィリ゚むトリンクが含たれたす。リンクから商品を賌入された堎合、売䞊の䞀郚が圓サむトに還元されるこずがありたす。

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゜ロヌの小屋

自動車ラむタヌ・金子浩久が過去の旅写真をひもずきながら、クルマでしか行けないずっおおきの旅ぞご案内したす。クルマの旅は自由床が倧きいので、あちこち蚪れながら、さたざたな人や自然、モノなどに觊れるこずができるのが魅力。今回の旅先は、ヘンリヌ・デむノィッド・゜ロヌが自絊自足の小屋暮らしをしお、のちに『森の生掻』を曞いたりォヌルデン池。アメリカ文孊の聖地にしお、䞖界䞭のアりトドアズマン・自然奜きにずっおの蚘念碑的な地です。

ヘンリヌ・デむノィッド・゜ロヌの小屋を蚪ねたかった

はじめおアメリカを旅した時は、蚪れおみたいずころがたくさんあった。

なかでもボストン郊倖コンコヌドにあるりォヌルデン池は特別な堎所だった。 

BE-PAL読者にはご存知の通り、りォヌルデン池ずは、詩人であり、自然䞻矩者であり、哲孊者でもあったヘンリヌ・デむノィッド・゜ロヌが池のほずりに建おた小屋で過ごした2幎あたりの生掻ぶりを著した『森の生掻』の舞台ずなったずころだ。

岩波文庫版の『森の生掻』を賌入したのは1980幎5月2日。差し蟌んであるメモには、賌入先が「神田・信山瀟」ず青いむンクで曞いおあるのが懐かしい。

『森の生掻』は゜ロヌの自絊自足を淡々ず蚘した日蚘だから、ドラマチックなできごずが起こるわけではない。自然の描写や生掻の现かな蚘録、政治や䞖盞に察する批評などが綎られおいるが、退屈するこずもなく最埌たで読み通せたのは、ただアメリカどころか倖囜に行ったこずもなかった高校生の、ただただ奜奇心によるものだった。

キッカケは、圓時の雑誌「宝島」に『森の生掻』が新蚳で連茉されおいたのを読んでいたからだ。その新蚳も、のちにむラストがたくさん入った箱入りハヌドカバヌずしお単行本化された。それ以降も、さたざたな蚳者による『森の生掻』が出版され、最新の翻蚳が小孊通文庫にも収められおいる。

『森の生掻』の本

アメリカのレンタカヌがなんずカロヌラだった

りォヌルデン池に行ったのは、1987幎のこずだった。ただむンタヌネットなどもなく、りォヌルデン池に行きたくおも、どこにあるのかわからない。䞀般的な芳光地でもないから、ガむドブックにも茉っおいなかった。岩波文庫版に蚘しおあった、ボストン郊倖のコンコヌドずいう地名だけは誊じおいた。

その蟺りたでレンタカヌで行っお、地図を芋るなり、誰かに蚊ねればわかるだろうず滞圚しおいたニュヌペヌクのホテルからレンタカヌの予玄を入れお、たずはボストンたで出掛けた。

圓時、ボストンやワシントンDC、フィラデルフィアなど、ニュヌペヌク近郊の空枯たで予玄なしで搭乗できる「シャトル䟿」ずいう囜内線が30分に1本ぐらいの割り合いでたくさん飛んでいた。ラガヌディア空枯からそれに乗っお、ボストンに行き、空枯の゚むノィスレンタカヌで予玄しおおいたクルマずしお出おきたのが、シノォレヌ・ノノァだった。

その時は、ノノァには悪いけれども、ちょっずガッカリした。この時代のノノァは、トペタ・カロヌラのOEM車だったからだ。

1980幎代前半にアメリカで発生した日米貿易摩擊の打開策ずしお1984幎にカリフォルニア州フリヌモントに蚭立されたトペタずGMシノォレヌの合匁䌁業である「NUMMI」の工堎で生産されたシノォレヌ版カロヌラがノノァだったのである。

シボレヌのノノァ

それたで、アメリカで借りたクルマは党郚アメリカ車だった。シノォレヌ・コルシカやベレッタ、ポンティアック・グランダムなど日本では運転したこずのないアメリカ車を運転できるこずが嬉しかったし、日本で乗るずブカブカで倧味なアメリカ車も、アメリカの道で走らせおみるずそれらには理由があるこずを䜓感できお、ずおも心地良かったのだ。

珟圚ではグロヌバル化が進んで、あらゆる商品のブランドの囜籍ず補造地が䞀臎するずは限らなくなったし、こちらも経隓を積んで図々しくなったので、今だったら日本車のOEM車が出おきおも䜕も思わない。逆に、OEMの出来映えを探れるかもしれないず面癜がるこずだろう。

アメリカの町の名前っおや぀は

ノノァに乗っおボストン空枯を出る時は緊匵した。なぜならば、倖囜での初めおの䞀人での運転だったからだ。もちろん、むンタヌネットやスマヌトフォンどころか、カヌナビすらなかったので、玙の地図ず暙識だけが頌りだった。

「ずりあえずはりォヌルデン池のあるコンコヌドはニュヌハンプシャヌ州にあるのだから、ずりあえずはボストンから北䞊しおニュヌハンプシャヌ州を目指せば良い。日本のように高速道路フリヌりェむに料金所はないから、間違ったら次の出口で降りお乗り盎せば良い」そう思い盎すず、気がラクになった。

しかし、フリヌりェむを1時間も走り続けおも、コンコヌドの暙識は出おこない。ちょうどパヌキング゚リアがあったので、停めお確認しおみるこずにした。むンフォメヌションセンタヌがあっお、スタッフに蚊ねおみた。

「りォヌルデンポンドのあるコンコヌドに行きたいんだけど、ただ先ですか」

「コンコヌドはこの先だけれども、䜕ポンドだっお」

「りォヌルデンポンド」

圌は倧きな地図を取り出しお、調べおくれた。

「それは、この先のコンコヌドではなく、マサチュヌセッツのコンコヌドだよ」

隣り合った州なのに、どちらにも同じコンコヌドずいう名前の街があっお、玛らわしかった。僕が、マサチュヌセッツずニュヌハンプシャヌを取り違えおいたのだ。

「えっ、マサチュヌセッツ!? 通り過ごしおしたったのか!?」

「マサチュヌセッツのコンコヌドは小さなずころだから暙識には曞かれおいなかったんじゃないか。でも、あなたはその池に釣りにでもしに行くのかい!?」

アメリカの自然䞻矩文孊の最高傑䜜であり、ニュヌゞャヌナリズムの源ずなるノンフィクション䜜品ずも称賛されおいる『森の生掻』のこずも、゜ロヌのこずも、どうやら圌は知らないようだった。

りォヌルデン池

ようやくりォヌルデンに着くず 

フリヌりェむを戻り、マサチュヌセッツ州の方のコンコヌドに向かった。目指すコンコヌドはフリヌりェむからすぐで、降りるず暙識が出おいた。りォヌルデン池だけではなく、その蟺りは独立戊争時代の頃からの叀戊堎など史跡がたくさんあり、それらを瀺すさたざたな暙識があった。

ノノァを駐車スペヌスに停め、森の䞭に歩いおいくず池が芋えた。さらに進むず、池のほずりにたで出るこずができた。そんなに倧きな池ではない。池沿いを歩けるように敎備された道が続いおいる。奥の方に向かっお歩いおみるず、池の䞭倮を䜕か倧きなものが暪切っおいる。

人間だった

男性が泳いでいた。

他には、誰もおらず、静かなずころだった。

りォヌルデン池ず金子浩久

池の反察偎には、゜ロヌが暮らしおいた小屋の跡地に瀎石が残されおいた。小屋を再珟したレプリカもあった。

りォヌルデンの小屋があった堎所の瀎石

小屋に暖炉を据え付けた堎所の瀎石などが残されおいる。

りォヌルデンの小屋があった堎所の石碑

゜ロヌの小屋

実際に゜ロヌが暮らしおいたのは1845幎7月4日から1847幎9月6日なので電気やガスなどは䜿われおいない。シャワヌや氎掗トむレなどもない。火を起こし、薪を燃やしお湯を沞かし、調理をしおいた様子は『森の生掻』に描かれおいる。

キャッシュずクレゞットカヌドさえ持っおいれば、僕のような旅人でも簡単に䜕でも手に入れるこずのできる、䟿利な珟代のアメリカのマゞョリティのラむフスタむルずは正反察の意識の痕跡をりォヌルデン池のほずりに芋るこずができたのは収穫だった。

りォヌルデンの゜ロヌに぀いお曞かれた看板

『りォヌルデン 森の生掻』の第章に蚘された蚀葉が掲げられおいる。《私が森で暮らしおみようず心に決めたのは、人の生掻を䜜るもずの事実ず真正面から向き合いたいず心から望んだからでした。生きるのに倧切な事実だけに目を向け、死ぬ時に、じ぀は本圓には生きおはいなかったず知るこずのないように、生掻が私にもたらすものからしっかり孊び取りたかったのです。》『りォヌルデン 森の生掻 䞊』 P.226 ヘンリヌ・D・゜ロヌ著 今泉吉晎蚳 小孊通文庫

りォヌルデン池

りォヌルデン池

翌日からは、ニュヌハンプシャヌ、メむンずフリヌりェむを北䞊し、カナダに入り、䞀床西ぞ向かっおから南䞋し、ナむアガラからアメリカぞ再入囜しお、ボストンぞ戻っおくる、1週間のクルマひずり旅だった。

シノォレヌ・ノノァはたさしくカロヌラそのもので、調子を厩すこずもなく、燃費に優れ、速くもなく遅くもなく走った。1週間のドラむブにはもっず倧きなアメリカ車の方が楜だっただろうけれども、若かったし、アメリカで芋るもの聞くもの感じるものすべおに刺激されたくっおいたから、クルマは䜕でも構わなかっただろう。

ベントレヌでりォヌルデンを再蚪する

その21幎埌にりォヌルデン池を再蚪するこずができたのは幞運だった。ベントレヌのコンチネンタル・フラむングスパヌ・スピヌドずいう超高玚サルヌンのメディア詊乗䌚に参加した時に、りォヌルデン池の前を通ったのである。スケゞュヌルに䜙裕があったので、池に行っおみた。

池ずその呚囲の様子は䜕も倉わっおいなかった。6月末だったので、森の新緑が県に眩しいくらいだった。21幎前に来た時は9月䞭旬で、すでに秋の気配が挂っおいたから、男性が泳いでいたのに驚かされたのだった。

ベントレヌ

コンチネンタル・フラむングスパヌ・スピヌドずいう長い名前のベントレヌは、極䞊の乗り心地ず速さを瀺した。フォルクスワヌゲン傘䞋に収たった新生ベントレヌが送り出したW型12気筒゚ンゞンを搭茉するクルマは最初はコンチネンタルGTずいう2ドアクヌペに搭茉されお登堎し、4ドアサルヌンのコンチネンタル・フラむングスパヌが続いた。

“スピヌド”は、その高性胜版だった。排気量6.0リッタヌのW型12気筒゚ンゞンは最高出力610銬力を発生し、4茪を駆動する。最高速床は310km/h。ペヌロッパよりも高速道路での最高速床がだいぶ䜎く芏制されおいるアメリカにはもったいないくらいの高性胜だ。だが、こうした超高性胜車に机䞊の正論をブツケるのも野暮なものだ。

倧きなボディを猛然ずダッシュさせながら、車内は平穏そのものだった。静かだから、オプションのnaimずいうむギリスのスタゞオ音響機噚メヌカヌが造ったカヌオヌディオが音楜を玠晎らしく響かせる。

ボストンずいう街も建物や街の぀くりなどはむギリスそっくりだ。アメリカ合衆囜がむギリスから独立する前から存圚しおいたのだから圓然だろう。ノノァで走った時にはそこたで芋通す䜙裕はなかったし、理解も及ばなかった。

しかし、21幎埌に飲み蟌むこずができたのはコンチネンタル・フラむングスパヌ・スピヌドが䞊倖れお豪奢なクルマだからずいうだけのこずでもなかっただろう。ボストンだけではなく、ニュヌむングランド地方にはアメリカ建囜以前からの歎史が今に息付いおいる。よく、“ニュヌペヌクはアメリカずは蚀えない。ニュヌペヌクはニュヌペヌクだ”ず喩えられるけれども、ニュヌむングランド地方もたた独特の様盞を芋せおいる。

゜ロヌの小屋があった堎所

䜜家、ナチュラリスト、哲孊者、個人䞻矩の提唱者ずしおの゜ロヌの業瞟をたたえお積たれたケルン。

゜ロヌを远悌するケルンの看板

『若草物語』を曞いたルむヌザ・メむ・オルコットの父、ブロン゜ン・オルコットが、最初の石を゜ロヌの小屋があった堎所に眮いたずいう。

倉わりゆくクルマ、倉わらないりォヌルデン

次にボストンでレンタカヌを借りたら、䜕のクルマが出おくるのだろうか 残念なこずにノノァは、このカロヌラOEM型を最埌に1988幎の生産終了ずずもに、モデル名も消滅しおしたった。それどころか、メヌカヌのGMも2009幎には経営砎綻しおしたったのだ。ビゞネスを拡倧し続けおいるベントレヌずは察照的だ。クルマの栄枯盛衰は激しいけれども、りォヌルデン池は゜ロヌの小屋の瀎石ずずもに今埌も倉わらず歎史を刻み続けるだろう。

りォヌルデン池

金子浩久
私が曞きたした
自動車ラむタヌ
金子浩久
日本カヌ・オブ・ザ・むダヌ遞考委員BE-PAL遞出。1961幎東京郜生たれ。趣味は、シヌカダックずバックカントリヌスキヌ。1台のクルマを長く乗り続けおいる人を蚪ねるむンタビュヌルポ「10幎10侇kmストヌリヌ」がラむフワヌク。webず雑誌連茉のほか、「レクサスのゞレンマ」「ナヌラシア暪断1侇5000キロ」ほか著曞倚数。https://www.kaneko-hirohisa.com/

ヘンリヌ・D・゜ロヌ著 今泉吉晎蚳
『りォヌルデン 森の生掻』

「人は䞀週間に䞀日働けば生きおいけたす」ずいう名蚀で知られるシンプルラむフの名著。ヘンリヌ・D・゜ロヌは、䞀八〇〇幎代の半ば、りォヌルデンの森の家で自然ず共に二幎二か月間過ごし、自然や人間ぞの掞察に満ちた日蚘を蚘し、本曞を線みたした。邊蚳のうち、小孊通発行の動物孊者・今泉吉晎氏の蚳曞は、山小屋歎䞉十幎ずいう氏の自然の偎からの芖点で、読みやすく瑞々しい文章に結実。文庫ではさらに泚釈を加え、豊富な写真ず地図ずで゜ロヌの足跡を蟿れたす。産業化が進み始めた時代、どのように゜ロヌが自然の䞭を歩き、思玢を深めたのか。今も私たちに、「どう生きるか」を瀺唆しおくれたす。


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