「サハラ砂漠に雹が降る」VW・トゥアレグで体験した超現実的世界
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    2022.08.26

    「サハラ砂漠に雹が降る」VW・トゥアレグで体験した超現実的世界

    自動車ライター・金子浩久が過去の旅写真をひもときながら、クルマでしか行けないとっておきの旅へご案内します。クルマの旅は自由度が大きいので、あちこち訪れながら、さまざまな人や自然、モノなどに触れることができるのが魅力。今回の旅先は、チュニジア。フォルクスワーゲンのSUVでサハラ砂漠を走破する、ドライビング体験イベントです。スタックしやすい砂漠での過酷な走行では、私たちが普段の生活で遭遇しうる悪路での危険回避とも共通するテクニックが重要となってきます。ぜひ参考にしてください。

    ※この記事は2009年に取材した内容を基に構成しています。

    非日常的なドライブ旅行に同行

    俳優・加藤大介のニューギニアでの太平洋戦争従軍手記『南の島に雪が降る』は出版後の1961年に映画化されて以降、現在までに何度も映画化だけでなく、舞台化、テレビドラマ化されてきた名作だ。

    ニューギニアに雪が降る理由は、ぜひ、ソフト化されている映画を観てもらうとして、僕もチュニジアのサハラ砂漠で雹(ヒョウ)に降られたことがあった。20094月にフォルクスワーゲンの「Driving Experience」というドライビング体験ツアーを同行取材中に、いきなり降られたのだ。

    ドライビング体験ツアーというのは、2000年代からヨーロッパの自動車メーカー各社が積極的に実施し始めるようになったプロモーションのひとつだ。非日常的なドライブ旅行を企画し、一般から参加者を募って実施する。有償だが、内容を考えると格安であったり、個人ではなかなか行きにくい目的地や行程だったりして人気を呼んでいる。

    ポルシェなどは「ポルシェ・トラベルクラブ」という別会社まで作って、20種類以上のツアーを実施しているほどだ。この「Driving Experience」チュニジア編も、北極圏での雪と氷の上を走る旅やスペイン史跡巡り1週間のドライブ旅行など、フォルクスワーゲンのツアーのうちのひとつだった。

    砂漠ビギナーにも心強いオフロード4輪駆動車

    日本でも販売されていた、フォルクスワーゲン トゥアレグ(初代)。ただし輸入されたのは2種類のガソリンエンジン仕様のみ。

    パリやフランクフルトなどの空港に集合してチュニジアに飛び、中部のトズールという町からツアーが始まる。ジェリド湖という大きな湖を半周し、ドゥーズ、クサルギレン、タタウィヌ、マトマタ、ケビリといった町や村を巡る34日間のドライブツアーだった。

    使用したクルマは、フォルクスワーゲンのSUV「トゥアレグ V6 TDI」。トゥアレグは2002年に発表されたフォルクスワーゲン初の大型本格SUVだ。ポルシェ・カイエンやアウディQ7などとプラットフォームを共用化していて、スロバキアのブラチスラバ工場で製造されていた。

    このツアーで乗ったのは、日本に輸入されていなかった3.0リッターV6ディーゼルターボエンジン搭載版で、もちろん4輪駆動。オプションのエアサスペンションを装備していたから、最低地上高を上げることができる。また、副変速機も組み込まれていたから、砂漠では駆動力の強いローレンジも使うことができる。最も砂漠を走るにふさわしい仕様だった。

    センターコンソールのスイッチでオフロードモードを選べば、エンジン回転数、駆動力配分、ギア選択などが自動的に最適化され、ドライバーは他に神経集中を振り分けることができる最新型だ。ジープやランドクルーザーなどの伝統的なオフロード4輪駆動車が、それまでは悪路を踏破するためのテクニックを上級ドライバーの習熟にだけ頼っていたのとは対照的に、トゥアレグは勘やコツなどがなくてもそれらを電子制御で代行させることに成功した新しい世代と呼ぶにふさわしいオフロード4輪駆動車だった。実際、サハラ砂漠でも、トゥアレグは砂漠ビギナーたちを見事に導いていた。

    トゥアレグは、全部で6台。先頭を行くトゥアレグはイベントダイレクターのアンドレアスが運転し、最後尾の1台はスタッフが運転。真ん中の4台を挟むかたちで一列で走っていく。アンドレアスもスタッフたちも、みんなアドベンチャーツアー会社のメンバーだ。この時は、ドイツのフォルクスワーゲン本社と契約してドライビングエクスペリエンスを運営していたが、他のクライアントや自らの企画によるツアーなども広く手掛けているようだった。

    だから、アンドレアスは砂漠の運転のエキスパートであるだけでなく、砂の上で初めてハンドルを握るような初心者から経験者まで、相手の技量に合わせながらアドバイスを繰り返しツアーを楽しく盛り上げながら引っ張っていくツアーリーダーでもあった。

    参加者は日本からのフォルクスワーゲン車のユーザー5名。全員が、砂漠での運転は初めてだった。

    クルマでなければ楽しめない旅

    フォルクスワーゲン本社の担当者は、次のようにドライビング体験ツアーを開催する狙いを説明してくれた。

    「ユーザーがそのクルマを買ったら、どんなライフスタイルを送れるのか?という問いに、クルマでなければ楽しめない旅は強い答えを与えることができます。砂漠を走るような非日常的で特別な体験はSUVを選ぶ強い動機付けとなります。日常生活では、なかなか体験できませんから」

    砂漠に出発する前に、ホテルのロビーで行われたブリーフィングでの、アンドレアスの説明はとても実践的だった。

    「砂漠には1台ずつ入っていきます。クルマには無線機を積んでありますから、こちらの指示に従って下さい。前のクルマから十分に間隔を開けて、付いてきて下さい。前のクルマが停まったら、自分も停まって下さい」

    参加者たちは、大人しく聞いている。

    「ゆっくり走りますが、追い越したりしないように。キッチリと前のクルマのワダチをトレースする必要はありませんが、追い越しはしないように。そして、スタックしたり、困ったことがあったら無線で呼び出してくれてもいいし、窓を開けて腕を上げるなどしてくれても構いません。こちらはつねに皆さんをウオッチしているので、慌てずに安心して走って下さい」

     奥に行くほど細かくなる砂に苦心

    砂漠の奥に行くにしたがって、砂はどんどん細かくなっていった。

    町を外れると、周囲には何もなくなった。建物や山などは見当たらず、真っ平らな砂地が続いていく。360度見渡す限りの砂漠だ。低木や大きな岩などの間を縫って進んでいく。町や村をつなぐ幹線道路から外れると、すぐに道はなくなり、轍すらも判別できなくなる。地元の人たちも通らないような奥の方に入っていくと、砂漠の砂は細かくなっていって、トゥアレグの行手を阻むようになった。

    後ろから2台目のトゥアレグを運転しながら、前方のトゥアレグを見ていると、明らかに沈み込みが深くなっている。自分が運転しているトゥアレグもハンドルの手応えが重くなり、タイヤが接している砂が抵抗となっている様子が伝わってきた。それだけ砂の粒子が細かくサラサラになっているのだろう。

    砂の粒が小さくなればなるほど、トゥアレグの4本のタイヤがつかまえて後ろに蹴り送ろうとしても、自らを真下に掘り下げてしまう。慌ててアクセルペダルを踏み込み続けると、4輪で砂を掻き上げるばかりだ。挙句に、車体の底面が砂に接してしまうと、いわゆる亀の子になってしまって、手も足も出なくなってしまう。万事休す、だ。

    2台前のトゥアレグが、そうして砂に埋れてしまったので、一同ストップ。僕も脱出作業を手伝うべく、外に出た。案の定、砂はフカフカだった。粒子が細かいだけでなく、粒子が真ん丸に近いように感じた。何もしないで立っているだけで、自分の右足と左足がズブズブと砂に沈んでいくのだ。

     スタック脱出作業で深まる絆

    アンドレアスが自分のトゥアレグからスコップと2枚の踏板を取り出してきた。スコップでスタックしたトゥアレグの床下の砂を掻き出し、空間を作る。砂に引っ掛からなくなるだけ掘り出せたら、それぞれの踏板を左右前輪の下に咬ませた。

    「ハンドルを真っ直ぐなまま、アクセルを踏んで!」

    運転席から不安そうに作業を見ていたドライバーに命じた。

    ドライバーは真剣な表情でハンドルを握り、発進させた。トゥアレグは難なく脱出し、他のスタッフに手招きされて、砂が固いところまで移動できた。

    良かった良かったと安心していたら、続けて3台、同じようなスタックが続いた。ウインチを使ってアンドレアスのトゥアレグで引き出されているクルマもあった。さっきのドライバーは率先して、スコップで砂を掻き出している。その連鎖で、参加者全員が同じ体験を共有できた。

    参加者たちは互いに面識はなく、みんな初対面だった。さっきまではよそ行きの雰囲気だったが、この連続スタックで一気に打ち解け合うようになった。身体を動かしながら共通の作業を行なうと急速に親密度が上がる良い見本だった。

    ただ、もしかしてアンドレアスはそれを承知して、あえてスタックしやすいルートを通ったのかもしれない、とも今ならイジワルく思い出すことができる。何も起こらずに、単に砂漠を走っただけではツアーの満足度は上がらないからだ。トゥアレグの砂漠でのパフォーマンスも訴求することができない。

    ハンドルを切りながらの加速には十分な注意が必要

    高い木々が何本も生えた、砂漠の中の文字通りオアシスのようなところにあったレストランに着いて、ランチを採った。

    ランチを食べながら、アンドレアスからレクチュアがあった。午前中は初めての砂漠運転に慣れてもらい、これから午後はさらにダイナミックな運転を楽しんでもらいたいという。

    「スタックは怖くない。さっきもみんなで協力して脱出できたじゃないか。砂漠には付きものだ。ただ、回数を減らすことはできる。ふたつ憶えておいてもらいたいことがある」

    何だろうか?

    「ひとつは、発進する時には必ずタイヤを直進状態にしておくこと。少しでも、左右どちらかにタイヤが曲がっていると、その前にある砂が強い抵抗を生み出し、ブレーキとなってクルマを前に進めるのを妨げ、回り続ける後ろのタイヤが砂を掘り下げてしまう」

    前述した、“亀の子”だ。参加者も、真剣に聞いている。

    「だから、ここのような砂漠ではハンドルを切ることはクルマの向きを変えるのと同時に、進行方向に対する強い抵抗を作り出してしまうということを憶えておいて欲しい。ハンドルを切らなければ向きを変えられないので前に進めないが、切りながらの加速には十分な注意が必要なのだ。切るタイミングとアクセルペダルを踏むタイミングを慎重に見極めて欲しい」

    このアドバイスは砂漠に限らず、泥道や雪道などでも通用する、悪路走行のために重要なものだ。

    「二つ目は、停まる時には、なるべく傾斜のあるところに停めるよう心掛けて下さい。傾斜を利用してクルマを転がしながら再スタートするためです。上り坂ならば、後ろにバックしながら発進できます」

    傾斜の途中に停めるというのも、砂漠でスタックしないためにとても有効なテクニックだ。

     サハラ砂漠に雹が降った!

    雹が降っている様子。

    二つ目のアドバイスを聞き終わったと同時に、急に窓の外が暗くなり、バラバラバラッという音とともに何かが降ってきた。雨ではなく、雹だった。直径5ミリぐらいの雪の塊が砂漠の上に降り出し、止まなかった。30分以上降っていただろうか。もちろん、周囲はヒンヤリしてきたが、寒さまでは感じなかった。

    「とても珍しいけれども、時々、降るよ」

    それまでは陽光で熱くなっていた砂の上に降ったものだから、溶けた雹でレストランの前は水浸しだ。その上に積り始めている。降り止んだところで、砂漠に向かった。

    砂漠の表面は、砂地の色が濃くなっていた。雹が溶け込んだことで、黄色に近かったのが褐色を帯びていた。真っ平らだった表面も、溶けた跡がひと粒ずつ凹んでいた。

    「レッツゴー」

    遠くに見える丘を目指して走り始めた。雹の水分で砂が固まって、少しでも走りやすくなってくれたらとの願いは通らなかった。湿っているのは表面から10センチぐらいで、その下の乾いた砂は変わらなかった。

     掻き出しても掻き出しても埋まるタイヤ

    丘には、200年前のフランス軍の砦だった痕跡が残っていた。レンガで造られた建物が崩壊し、半分ぐらいの大きさに風化して砂に埋れ掛かっていた。

    参加者たちはアンドレアスからの二つのアドバイスを実践したので、明らかにスタックの回数は減った。それでも、1台がスタックした。雹がたくさん降ったのか、砦の跡の向こう側は奥まで湿っていて、粘っこくなった砂が4本のタイヤにまとわり付き、トゥアレグを引き止めてしまった。スコップで掻き出しても掻き出しても、泥のようになった砂の中にタイヤがメリ込んでいく。
    一計を案じたスタッフが、4本のタイヤの空気を抜き始めた。これも、悪路走破のためだ。接地面積を増やし、駆動力を少しでも路面に伝えるためだ。空気圧を戻さなければ速度を上げて走ることはできないから、対策としては後の方に採ることになる。
    「もっと強くアクセルペダルを踏んで下さい」
    ドライバーはその通り、慎重に右足を踏み込み、脱出に成功した。

    砂漠と湖と夕日が織りなす絶景の記憶

    最終日は、マトマタからケビリを通り、トズールに戻った。

    通行量が多いのか、路面がしっかりしてきて、傾斜もなくなっていった。クルマも見掛けるが、ラクダの隊商も見掛ける。道路とは呼べないが、クルマが通ったワダチが何本も残っている。他のクルマは見当たらなかったが、オフロードバイクが僕らを抜いていった。
    陽も傾き始めてきて、ルームミラーに写る後続車のシルエットしか見えなくなった。ヘッドライトも自動的に点灯を始めた。前方は夕焼けで明るいが、後ろと左右は暗闇が支配し始めてきている。
    左前方が夕陽を反射し始めてきた。砂漠ではなく、水面だった。アンドレアスがトゥアレグを路肩に寄せて止めた。こちらも停めて、降りた。
    「ジェリド湖だ。チュニジアで一番大きな湖だ」
    ジェリド湖が細くなっているところに舗装路が通っていて、そこを走ってトズールに戻る。砂漠の地平線とジェリド湖の水平線が一直線につながって、境目がわからない。風もなく、波立ってもいないので、暗くなっているところではどこから水面が始まっているのか見分けが付かない。
    夕陽は空と水面の両方を照らしながら、少しずつ沈んでいっている。砂漠と空と湖の境目がなくなり、すべてが飲み込まれてしまいそうだ。超現実的な不思議な絶景に息を飲んだ。アンドレアスは、これを僕らに見せたかったのだろう。
    と、同時にSUVを運転する旅とはどのようなものか、その最上の例を参加者に示すことに成功していた。この時の参加者が帰国してからフォルクスワーゲンのSUVを購入したかどうかはわからない。でも、トゥアレグで走った4日間のことは強烈な記憶とともに、いつまでも心に刻まれていることは間違いないはずだ。僕も、間違いなくその一人だからだ。

    金子浩久
    私が書きました!
    自動車ライター
    金子浩久
    日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員(BE-PAL選出)。1961年東京都生まれ。趣味は、シーカヤックとバックカントリースキー。1台のクルマを長く乗り続けている人を訪ねるインタビュールポ「10年10万kmストーリー」がライフワーク。webと雑誌連載のほか、「レクサスのジレンマ」「ユーラシア横断1万5000キロ」ほか著書多数。https://www.kaneko-hirohisa.com/

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