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クルマで山へ!BMW「225xe」と「M3CS」でグロースグロックナー山を越える

2022.04.12

自動車ライター・金子浩久が過去の旅写真をひもときながら、クルマでしか行けないとっておきの旅へご案内します。クルマの旅は自由度が大きいので、あちこち訪れながら、さまざまな人や自然、モノなどに触れることができるのが魅力。今回の舞台は、オーストリアのグロースグロックナー山。旅の相棒はBMWの「M3 CS」と「225xeアクティブツアラー」です。

ドイツ車を鍛え上げた峠道

草創期の日本の自動車メーカーや2輪車メーカーのエンジニアたちは、箱根の峠を越えられるかどうかを大きな目標にして開発していた。

まだ、箱根新道や箱根ターンパイクなどの自動車専用道もなく、国道1号も今日ようなアスファルト舗装が全面には施されてはいなかった。道幅も狭く、見通しも悪いから箱根越えはとても過酷だった。

道路以前に、クルマの信頼性が全く足りていなかった。クルマでもオートバイでも課題となったのはエンジンとブレーキだ。箱根の急勾配を登れるだけのパワーをエンジンが出せなかったし、途切れなくガソリンを繰り込み、過熱するエンジン本体を冷却し、ギアとギアの潤滑など補機類の信頼性も向上させる必要があった。

なんとか上り切ったとしても、今度は急な下り坂が待っている。連続して踏み続けても音を上げないブレーキがないと止まれない。

箱根を駆け上がり、無事に下ってくることができて初めて開発の第一段階が終了する。

同じことがドイツでも言われていた。ただし、こちらの「草創期」とは戦前のことだ。

オーストリアで最も標高の高いホーホトール峠(2504メートル)を抜けるグロースグロックナー山岳道路を走り切ることが開発の目標になっていた、とドイツ在住のコーディネーターから教わったことがあった。彼とは2代目アウディ/TTクーペでホーホトール峠の途中まで行ったことがあった。

「ここから峠の向こう側のブルックという町まで降りていって、再び上がって麓のハイリゲンブルートまで戻ってくれば、もうどんな峠も越えられるというひとつの基準になっていたそうです」

グロースグロックナー山岳道路は急勾配とさまざまなコーナーが連続するから、モータースポーツの舞台にもなっていた。1935年、38年、39年の3回、当時盛んだったヨーロッパ・マウンテンクライム選手権の一戦が行なわれていた。

歴史書を見ると、氷河を遠景にしてガードレールのないコーナーをメルセデス・ベンツやアウトウニオンの最新鋭のグランプリマシンが高速で駆け抜けているモノクロ写真が何枚も掲載されている。

その時は、TTクーペでUターンしてドイツへ戻ったのだけれども、いつかチャンスができたら、ぜひ、この峠を向こう側まで降りていってみたいものだと願った。

BMWでグロースグロックナー山を再訪する

「願い続けていれば、いつか必ずかなう」

罪のない俗信だけれども、前回紹介したモロッコのサハラ砂漠だけでなく、このグロースグロックナーを再訪する願いもまた、12年後にかなったのである。自動車専門誌『モーターマガジン』のBMW特集取材に参加して、再訪できたのだ。

ドイツ・ミュンヘンのBMW本社のクラシックカー

ドイツ・ミュンヘンのBMW本社のクラシックカー

その取材は、例外的に壮大なものだった。ドイツ・ミュンヘンのBMW本社で開発陣やクラシックカーレストア部門「BMW GROUP Classic」などを取材し、その翌日に「M3 CS」と「225xeアクティブツアラー」を受け取って、ミュンヘンから東へ向かった。

M3 CSと225xeアクティブツアラー

左が「M3 CS」、右が「225xeアクティブツアラー」。

オーストリアの古都シュタイアで一泊し、翌日はシュタイア郊外にあるエンジン工場を取材。次の日は、2台でスロベニア近くまで南西に進み、ファーク湖畔で一泊。翌朝、いよいよ、グロースグロックナーに向かった。

オーストリアの街並み

オーストリアの街の夜

BMW/225xeアクティブツアラーの回生ブレーキ制御

オーストリアは山が連なる国なので、街中を抜けるとすぐに山が迫ってくる。道は山に沿ったような自然なカーブを描き、木々の中を抜けていく。

そうした道を走るのに、225xeアクティブツアラーはとても優れた伴侶だということがすぐにわかった。『モーターマガジン』には、次のように書いた。

《225xeアクティブツアラーは背が高めの4ドアボディを持つPHEV車。1.5リッター4気筒エンジンで前輪を駆動し、バッテリーから電気を供給されるモーターが後輪を駆動する。エンジンとモーターが両方同時に駆動している時には4輪駆動となる。モーターだから、アクセルペダルを戻して減速すると回生が働き、充電される。

オーストリアの山道

山沿いの一般道を、80km/hや90km/h、ところによっては100km/hの制限速度に従って走ると、それぞれのパワートレインを巧みにオンオフさせながら、クルマを前に進めていっている。モニター画面にエネルギーフローを表示させると、それが良くわかった。

80km/hを超えて走ると、タイヤと路面の擦過音や風切り音が大きくなるのでわかりにくくなってしまうが、それ以下の速度域ではモーターだけで走行する際の静けさが際立ち、とても快適になる。

片側一車線の山道を走っていて、実に巧妙な設定に気付かされて、運転中だったけれども思わず唸ってしまった。それは、回生ブレーキの使い方だ。Dモードでの回生はアクセルオフでは目盛り一つ分に設定されているが、フットブレーキを踏むとクルマが「あ、今は減速力が必要とされるのだな」と感じ取って、目盛り二つないし三つ分に自動的に増えてブレーキ力が強化される。

回生量の多寡をマニュアル操作で切り替えて設定できるクルマは多いが、自動的に増減できるクルマを他に知らなかった。こちらの方が理にかなっているし、だんぜん使いやすい。ドライバーの心理を省みながら開発されている。“技術”だけが独走して工場の中だけで開発されていない点に感服した。技術開発と商品化が日常生活のドライビングと直結しているように感じた。》

オーストリアの山並み

Kaiser-Franz-Josefs-Höheの遊歩道案内看板

アルペンスキーの聖地

とても賢い225xeグランツアラーのエネルギーマネージメントに感心しながら山あいを走ってくると、「シュラドミング」の標識が現れた。その小さな町が古くから、アルペンスキーのワールドカップや世界選手権などの会場になっていたのを憶えていたのだ。

2020年にワールドカップのアルペンスキー大会が行なわれる看板も立っていたが、はたしてコロナ禍の中で行なわれたのだろうか?

1980年代中頃から90年代中頃に掛けて、アルペンスキーのワールドカップ大会はNHKテレビで放映されていた。若い頃はスキーに熱中していたので、それを逃すまいと毎レース観ていた。『スキージャーナル』などの雑誌も毎号買っていたから、シュラドミングの名前も憶えてしまったのだろう。

インゲマル・ステンマルク全盛時代から、アルベルト・トンバの時代に覇権が移り変わっていく頃だった。現代のようなカービングスキーは登場していなかったから、“身長プラス30センチぐらいの長さ”が推奨されていたスキー板をクルマのルーフキャリアに載せて、スキー場を目指していた。最近はそうしたクルマを見掛けることが少ないのは、スキー板の長さが短くなったから、車内に収めているからなのだろう。

シュラドミングは、通り過ぎてしまうにはもったいないほどの景観で、堂々とした山々が道の両側に聳え立っていた。カーナビ画面を拡大したり縮小したりしながら、夏のスキー場を上っていった。

さすがはクラシックコースなだけあって、シュラドミングは一大スキーリゾートだった。上っても上っても、冬にはコースになるであろう斜面やリフトの塔が続いている。

最も高いところまで上っていき、2台を停めてクルマから降りたら、眼の前には絶景が広がっていた。雲はあるが澄んだ空気の青空の下に険しい岩山が連なっている。ところどころの緑が眩しい。

寄り道が“当たり”だった時ほど、クルマの旅の醍醐味を感じることはない。レストランの食事も美味しく、店の人たちとも楽しいやり取りができて、シュラドミングには良い思い出ができた。

オーストリアの山の残雪

その国の社会がクルマを造る

山を降り、国道に戻って、高速道路も走ってたどり着いたファークという湖のほとりで旅装を解いた。

225xeアクティブツアラーはここまで優れた仕事をこなしてくれた。大きなスーツケースを2つと小さなバッグ3つを積み込み、ハイペースでの移動に音を上げることはなかった。

225xeアクティブツアラーがここまでの実力を持っているとは、正直、走る前まではわからなかった。しかし、長距離を能動的に旅する伴侶として運転してみて、その実力の高さに舌を巻かされた。実があり、上質で高性能。これ以上、実用的に望むものは何もないはずだ。

お世辞ではなく、不満点が見付からなかった。強いて言えば、運転支援やコネクティビティ、電動化などの最新の機能が多く搭載されているので、それらの働き方を良く咀嚼した上で活用し切れないと宝の持ち腐れになるだろう。

ただ、225xeアクティブツアラーに限った話ではないけれども、海外でのドライブ体験が素晴らしければ素晴らしかった時ほど、必ず帰国してから襲われることになる絶望感を否定できないのが悲しかった。

オーストリアの山岳道路とBMW

ここまで走ってくる間の一般道でも、強くそれを感じた。片側一車線の制限速度が、場所によって80km/hや100km/hに変わっていく。直線ならば100km/hだ。こちらが100km/h以下で走っていたりすると、即座にコンパクトカーやライトバンなどがウインカーを出して抜いていく。決して暴走しているわけではない。安全かつ能動的に車を運転しているのだ。ダラダラッと漫然と運転していない。

それを可能とする道路と交通環境。納得できるルールとその運用、ルールに従うドライバーたち等々。よく、“クルマは(その国の)道が造る”と喩えられるけれども、僕はクルマは社会が造るのだと思う。

オーストリアの山岳道路とBMW

最高出力460馬力の爆発的マシンBMW/M3 CS

翌日、ファーク湖からはM3 CSを運転した。M3 CSは、昨日までの225xeグランツアラーとは正反対の類のクルマだった。M3 CSについては、次のように書いている。

《1980年代のツーリングカーレースを席巻した「M3」を端緒としてモデルチェンジを重ねてきたM3の中でも最も高性能なのがM3 CSだ。世界限定1200台、日本限定30台という特別なクルマだ。

金子浩久

ボディカラーだけでなく、迫力たっぷりの排気音ででも注目を集めていた。最高出力460馬力を発生する3.0リッター直列6気筒ツインパワーターボエンジンを掛けると、爆発するような排気音が周囲の空気を震わせる。無音のモーターで走り始めた225xeグランツアラーとは正反対である。

散歩に行きたがって仕方がないドーベルマンを手綱でなだめるように湖の周りを走り始めた。太いハンドル、重めのアクセルペダル、太いタイヤ。すべてが簡単には御しきれない猛獣のようなクルマ。

高速道路A10に乗り、グロースグロックナー山岳道路につながるシュピタールウエストに向かう。 

制限速度の130km/hで巡航しているのに、まるで80km/h以下で走っている安定感に驚かされた。それでいて、スロットル特性をスポーツやスポーツプラスに設定すると、右足の少しの動きにも反応し、回転を上げていこうとする。ステアリング特性もスポーツやスポーツプラスに変更すると、機敏に舵が切れるのがよくわかる。この辺りの設定というか演出も、225xeグランツアラーと正反対なので面白かった。225xeグランツアラーはクルマ側の知能によってドライビングを制御しようとしていたのに対し、M3 CSは“ドライバーがコントロールせよ”とまるでクルマに命じられているかのようだ。特に、ドイツのような速度無制限区間こそ存在しないがペースが速いオーストリアの高速道路を走っていると、2台のキャラクターの違いが良くわかった。》

オーストリアを走るBMWのM3 CSと225xeアクティブツアラー

A10を降り、一般道を走っていくとグロースグロックナーが近付いてくる。道路の左右に聳える山々の傾斜がきつくなっていく。好天で、芝生と緑がまぶしいけれど、その上を眺めると岩肌を滝が流れ落ちてきていたりして、夏のアルプスを感じさせられた。

オーストリアの料金所

料金所で1台1日36ユーロを支払い、いよいよグロースグロックナー山岳道路が始まった。

こちらの前方と対向車線が空いていると、すかさず大型バイクの集団がビュンビュンと抜いていく。負けじと付いていこうとしても無駄だ。基本的に片側1車線の道が続き、ブラインドコーナーも多い。

バイクが多く、道も良いわけではない。しかし、それ以上に注意しなければならないのは景色である。グロースグロックナー山そのものだけでなく、そこに連なる山々が織りなす息を呑むようなパノラマから眼を離して運転に集中することの、なんとツラいことか!

オーストリアの山の駐車場で出会った小さなクラシックカー

BMWのM3 CSと225xeアクティブツアラー

山上で発掘された古代のコイン

展望台や駐車場に2台を停めたりしながら、僕らは2台のBMWで20kmもの高原道路を往復し、堪能した。

長いトンネルの脇が広い駐車場になっていて、そこのレストランでランチを食べ、併設の小型ミュージアムを見学した。峠の全貌を表現したジオラマや氷河の変遷などと一緒に、歴史についても展示があった。そこで足を止めたのが「ローマ時代のコイン」だった。2000年以上も前のものが発掘されていた。そんな昔に、よく麓から来れたものだ。歩いて登ってきたのか、それとも馬に乗っていたのか。

探検家の髙橋大輔氏の『剱岳 線の記』は、明治時代の帝国陸軍測量部が険しい剱岳に登頂した時、偶然に平安時代の行者のものと思われる剣と錫杖を発見したミステリーを解き明かそうとしていた快著だ。

髙橋大輔『剱岳 線の記』表紙

剱岳もグロースグロックナーも下界の忙しない日常とは隔絶されているけれども、遠い昔から人間が足跡を残してきたことに驚いてしまう。

グロースグロックナー山イラストマップ看板

理性のクルマと欲望のクルマ

《BMWは現在、非常に多くのモデルを取り揃えている。その中にあって、225xeグランツアラーとM3 CSは両極端に位置している。

225xeグランツアラーはクルマに課せられている電動化と運転支援とコネクティビティに関して最新基準のものを装備し、効率的かつ高水準の働きを示していた。

それに対して、もう一方のM3 CSは世界のツーリングカーレースを席巻した初代M3という“物語”を代々に渡って継承し、現代のテクノロジーとマテリアル遣いで高性能と官能性を実現していた。

一方が、「自動車は、今後こうあるべきではないか」という理性でまとめ上げられていると仮定するならば、もう一方はクルマ好きが「自動車はこうあって欲しい」と求める欲望を具現化している。

ミュンヘンの本社での取材で、開発陣の一人は、このことを「ブックエンドの両端」と表現していた。まさにその通りで、2台はさまざまな本(BMW各車)の端と端に位置して現在のBMWを表すものと考えると、とてもわかりやすい。理性の一台と、欲望の一台。どちらもまぎれもないBMWだった。》

あの取材から4年経つけれども、2022年現在のBMWの理性の一台はEV(電気自動車)の「iX」だろう。欲望の一台は現行型「M3セダン」なのか、それとも「M4クーペ」なのか?

コロナ禍が収まったら、グロースグロックナーには、ぜひもう一度走りに行きたい。

 

金子浩久
私が書きました!
自動車ライター
金子浩久
日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員(BE-PAL選出)。1961年東京都生まれ。趣味は、シーカヤックとバックカントリースキー。1台のクルマを長く乗り続けている人を訪ねるインタビュールポ「10年10万kmストーリー」がライフワーク。webと雑誌連載のほか、「レクサスのジレンマ」「ユーラシア横断1万5000キロ」ほか著書多数。https://www.kaneko-hirohisa.com/
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