秋田県南の旅!横手城~東北「鈴木家」発端の地へ向かうの巻

2019.06.25 (閲覧数) 742

■文化系アウトドア部、秋田県へ参る

「北へ行こうか」
そのひとことから、今回の文化系アウトドア部の活動場所が定まった。
通称・文活(ぶんかつ)は、wombat(私)のプロフィール欄にも書いてあるとおり、武藤郁子さんを勝手にリスペクトさせていただいている、二番煎じの部活である。
城めぐりや風土を追いかける文化旅。キャンピングカーにて車中泊をしながらの活動となっている。

キャンプ用のテントを張るわけでもない車中泊からは、いっけんアウトドアとは結びつかなくも思われるかもしれない。
しかし、旅先では結構な距離を歩く。ときには、城址を目指すために「プチ登山」が付随することもあるわけで、アウトドアに等しいと思っている。

部員はwombatと夫、以降は「horse(ホース)」と呼ぶ。理由は、動物で例えると「馬」に似ているからという、wombat本意によるものである。そんな2名からなる活動なのだが、目的地を決めるにあたっては、「風に流されるままに」というかの如く、なかなか緩い決めかただ。

南に行くか、北に行くか。まずは、ざっくりとした方角から語らい始める。南へも行きたい場所は多くあるなかで、今回「北への旅」に決まったのには、ふいに舞い降りたフレーズが関係している。

北は北でも、青森県や岩手県ではなく秋田県へと思考が向いたのは、
「 あ、そういえば秋田県にさ、東北・鈴木家発端の地ってのがあるんだってよ?」
wombat、もしくはhorseのどちらかが発したそのフレーズの威力が大きかったからだ。2人のどちらかにとって所縁のある苗字であるわけで、好奇心が「 え、絶対行きたい!」と高まったのである。

東北・鈴木家といえば、仙台の鈴木性には和歌山県の雑賀衆とからむ説……というのは昔から聞いていたもので、勝手に鈴木孫一さんとの結びつきばかりと信じていたのだ。そんなところに、秋田県に「発端の地」があるという心躍る情報が舞い降りてしまったら、「行くしかない!」とアンテナがグンと向くしかなかった。

■旅は道草!秋田県南「横手城」に寄り道をする

よく「旅は道連れ」ともいうが、道草も醍醐味だと思っている。メインディッシュは最後に残すかのように、鈴木家の地へは翌日に参るとし、先に向かったのは「横手城」である。

もっと北上した先にある青森県・弘前城や秋田の隣県、岩手県・九戸城には何度か行っているのだが、この城へはまだ足を運んだことがなかったのだ。

同じ東北にある城のなかには、まだまだ「知っているだけ」の場所が多かったりもする。

■「横手城」とはどんな城?

栃木県・下野から秋田の地頭へと任ぜられてやってきた御家人、小野寺氏。稲葉城を本拠地としていたのだが、1555年、輝道の代に築城されたものである。当時の名は「朝倉城」。

このときから本拠地を稲庭城から移し、拠点を横手城としたようだ。しかし関ヶ原の戦いにて、石田側の西軍に味方をしたため、徳川家康から城を没収された。小野寺氏は島根へ配流となったのである。

そのタイミングで最上氏へと領地が渡り、次に佐竹氏、伊達氏、須田氏と渡っていった。その後しばらくの間、戸村氏の代が続いていく。

横手城が落城へと至ったのは、戊辰戦争によるものである。無敵庄内軍ともいわれた、庄内藩に攻められた末路であった。

新政府軍も、まさか田舎者が最新式のスナイドル銃をもって対抗してきたのには驚いたと伝わっている。どうやら独自ルートで外国から武器を調達していたらしい。

戊辰戦争に向かうにあたって、白石城にて東北の一致団結を決めた「奥羽越列藩同盟」。しかし、秋田藩は離脱をし、新政府軍についたことから消失する運命を迎えてしまったのだ。

■館長さんの「心優しさ」に感激をする

wombatはここ最近、「御城印帳」というのを持ちながら歩いている。巷で流行っている御朱印集めの御城バージョン、「御城印(ごじょういん)」を集め始めたからだ。

下調べをした段階では横手城に御城印がある可能性はゼロ。しかし、もしかしたら始めたばかりで情報が更新されていないだけ!という可能性も、なんてことを期待してしまう性格の持ち主でもある。

それゆえ、入場料金を支払いチケットを受け取るとき、「 すいません。こちらでは、御城印の配布というのはされておりますでしょうか?」と尋ねてしまった。

館長さんに「ごじょういん……というのは、あれですよね!」と言われ、案内されたのは来場スタンプを押すコーナー。つまり未配布の情報に間違いはなかったということだ。

残念ではあるが、きちんとお礼を口にしてからハンコを押していると「 お城を、巡られているとかですか?」と尋ねられた。

そこからの館長さんの親切さに、大変感激したのである。城めぐりをされている先輩方の話を聞かせてくださったり、歴史資料を用意してくださったりと、心優しい対応をしていただいたのである。

■最上階から眺める町並み

心温まるひとときを過ごさせていただいてから、城内を上がった。甲冑などの展示物を眺めたり、駕篭(かご)の前に設けられた写真コーナーにてパシャりと撮ったりしながら、模擬天守のてっぺんまで進む。

他の城でも最上階から景色を眺めることは多いが、場所によっては喧騒や賑やかさを感じてもしまう。しかし、横手城から眺める景色というのは、清々しさを感じるばかりだった。

この城から感じたことや、改めての感謝を館長さんに伝えてから帰りたかったのだが、残念ながら席を外されているタイミングと重なってしまった。

旅から帰った後、館長さんへとお礼の手紙をしたため、送らせていただいた次第である。

▲場所:
横手市 城山町 29‐1

■宿泊地「道の駅うご・端縫いの郷」

宿泊場所として、こちらの道の駅を利用させていただいた。すでに他の道の駅にて食材調達を済ませていたのだが、18時までであれば買いものコーナーの利用は可能である。もう少し早い時間であれば、カフェやジェラート屋さんでも楽しむことができるようだ。

閉店後はトイレだけでなくシャワールームや交流スペース(デスクコーナー)が24時間使えるのには、魅力を感じた。地元のママさんたちが話しに花を咲かせていたり、同じく車中泊をされている方が、そこを利用してパソコン作業をされていた。

▲場所:
雄勝郡 羽後町 西馬音内 字 中野200

■いざ「東北・鈴木家」発端の地へと向かう!

道の駅と同じく羽後町に、東北・鈴木家の歴史がある。以前、ニュースで「鈴木家のルーツ」や全国の鈴木さんwelcomeという「藤白神社」が取り上げられたこともあり、和歌山県ばかりに目が向いていたのだが、秋田県にもルーツがあったとは驚きであった。

勝手な先入観なのだが、大内宿など平家の落人が住む場所のように、行く道は険しいものになるかと思っていたところがある。助手席でグーグルマップを見ながら道案内をするwombatは、ちょっとドキドキとしていたのだ。

しかし、思ったよりもすんなりと「鈴木家住宅」へと辿り着けたので幸いだった。

■その歴史「800年」をも前から続くという

鈴木三郎重家が羽後の町に落ち延びたことから、鈴木家の歴史は始まるとのこと。鈴木氏は、源義経の傍にいた者のようだ。源氏といえば「源平合戦」が浮かぶわけで、落ち延びるといえば「平家」の者たちにばかり目がいく。

しかし、同じ源氏でありながらも兄・頼朝と弟・義経は対立をし、結果的に平家のように滅びの道を辿ったのである。その際に、ずっと傍にいながら共に戦った鈴木氏の命が、羽後の町で根付いたからこそ、多くの「鈴木さん」たちが枝分かれして広がっていったのである。

■今現在も末裔の「鈴木さん」が住まう場所

ここで悔いるのが、電話連絡を入れることを怠ってしまった点である。それにより、wombatたちは外観のみを拝むことしかできなかった。下調べで、見学時間などは調べたつもりでいたのだが、記されている時間になっても中に入れる気配が……ない。

どうやら事前に電話で確認をしたほうが良かったことを、後から知った。当主さんがいるときには、蔵なども見させていただけるようだ。また今度、この地へと足を運ぶ決心をした。

▲場所:
雄勝郡 羽後町 飯沢 字 先達沢52

■グルメな「道の駅」

個人的に美味しいお米ランキングを思い浮かべるなかで、1位は「青天の霹靂」か「つや姫」と感じていた。だが今回、食を調達するために寄った道の駅で買った秋田の米たちの美味しさには「 どんだけ美味しいのコレ」と言ってしまうほどだった。

▼道の駅 さんない
場所:横手市 山内 土渕 字 小目倉沢 34

▼道の駅 十文字
場所:横手市 十文字町 字 海道下 21‐4

この2箇所へと寄ったのだが、米グルメだけでなく、肉グルメも絶品だったので、ぜひ足を運んだ際には立ち寄ってみることを、おすすめしたい。

■二ツ森・小野小町に縁のある地?

旅の途中、小休憩を兼ねて立ち寄った「道の駅・おがち」。

小野小町のお墓があるなど、縁のある地は他にもあると聞くが、この二ツ森とい場所にも彼女の「伝承(でんしょう:言い伝え)」があるようだ。

▲場所:
湯沢市 小野 橋本90

■道の駅・おがち付近にある「謎」の像

horseは言った。
「 小野小町の像かなんかじゃないか?」と。
道の駅付近を散策中、wombatの目に、遠巻きに何かの像が映り、
「ねえ、あそこに銅像みたいなのあるよ?」と問いかけたことへの返答である。

小野小町の像と思って向かった先にあったのは、
「 だ、 だついばあ、って言うのかな……?」
何とも衝撃的な「奪衣婆」という像だったのだ。

初耳である。その名前も、閻魔大王様の奥様(一説)である、ということも。

正しい読み方は「だつえば」というそうだ。三途の川で衣服を剥ぎ取るという、恐ろしい設定を秘めてもいるようだが、拝ませていただいた。

■次回は「稲庭城」へ行く夢を膨らませる

今回、本当は稲庭城へも足を運ぼうと思ったのだ。しかし、調べてみると只今・改修工事中のタイミングと重なっていたのである。
それゆえ、諦めるしかなかったのだが、旅には「心残り」があるのも悪くはない。

また、この地へと向かいたい「楽しみ」ができたのだから。

wombatさん

wombatと、いいます。 BE-PALで武藤郁子さんを知って以来、 「文化系アウトドア」というキャッチフレーズを、慕わせていただいておりました。 夫と車中泊の旅へと出かけるのが好きです。道中で写す風土Storyを、お届けいたします。 ▼アイコン画: くろさくら様(ココナラ)に描いていただきました。

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