
徳島市の市街地からバスで50分くらい。閉園した元保育園を活用した2nd Story Ale Worksの醸造所とタップルームがある。実家の畑でなる柑橘類やハーブを副原料にファームハウスエールを造っている。
経営するのはブラウン夫妻。醸造長のパトリックさんと、ここが地元の友貴さんだ。ふたりにオンラインでインタビューした。
オレゴンのビール天国のような街でブルワリー設立を決めた
アメリカ人のパトリックさんと友貴さんの出会いはアメリカ北部のモンタナ州。友貴さんがカウンセリングの勉強で留学していたときだった。2003年、日本で結婚し、友貴さんは子どものカウンセリング、パトリックさんは英語の教師などの仕事をしながら暮らしていた。2人の子どもが小さいうちにアメリカの空気を吸わせようと、パトリックさんの両親が住むオレゴン州ベント市に移住したのが2014年のこと。
オレゴン州ベント市は、クラフトビールの聖地と呼ばれる街ポートランドから車で3時間半くらいの所にある。ベント市内にもデシューツ、ボーンヤードなど有名なブルワリーをはじめ30以上のブルワリーがひしめき、「ビール天国のような街でした」と友貴さん。
ブラウン家族は2014年から3年間、オレゴン州で過ごした。帰国後に以前の仕事に戻るか新しいことを始めるか決めあぐねていたが、ビール天国で暮らすうちに「日本に帰ったらブルワリーを始めよう!」と心が決まった。
パトリックさんはもともとホームブリューイングを楽しむビール好きである。地元の大学の醸造コースを受講し、ビアジャッジの講習に通ってビール醸造の準備を始めた。
しかし、ブルワリーを開くのはビール天国のオレゴン州ではなく、日本の徳島県だ。2017年当時、日本でもクラフトビール人気は高まりつつあった。ビアバーでは国内のクラフトビールも高値で売れる時代が到来していた。が、それはあくまでも都市部、中でも東京の話だ。
それでも「徳島で」と決めて帰ってきたのは、そこが友貴さんの地元だったからであり、また、アメリカのクラフトビール市場の成長ぶりから「何年か遅れて日本もそうなるだろう」と予想できたからだった。

元みかん倉庫の2階でセカンドストーリーが始まる
ブラウン夫妻が徳島でブルワリーを開いた大きな理由は、ここで造ってみたいビールがあったからだ。
徳島市から車で1時間ほどの八多町は友貴さんの地元だ。実家は農家。敷地内にある車庫をブルワリーに改造した。
車庫になる前は、みかんの倉庫として使われていた。2階の床にはみかんのコンテナを滑車で下ろす穴があいていた。パトリックさんはその穴を利用して、2階に醸造設備を置き、穴にホースを通して醸造後のビールを1階の貯蔵タンクに移すように機材を設えた。
英語では2階のことを2nd Storyとも呼ぶそうだ。ブラウン夫妻は元倉庫の2階で、2nd Storyとしてビール醸造を始めた。

「農作物を利用したビールを造りたいと思っていたので、それなら私の実家の近くがいいなと。農家って商品にならなくてもいろんな植物を植えているんです。うちの畑にも柚子やすだち、山椒、でこぽん、桃、すもも、いちじく、レモングラスなど、いろいろな植物が育っています」と、こちらはまるで植物天国だ。

パトリックさんが造りたかったのは、こうした農作物を副原料に使い、ブレタノマイセス酵母で醸造したファームハウスエールだ。
ブレタノマイセスで醸すファームハウスエールの挑戦
あまり聞き慣れないが、ブレタノマイセスとは酵母の名前。ファームハウスエールとは別名セゾンと呼ばれるが、オリジナルはベルギーの農民が農閑期に仕込んだ「農家のビール」と説明されている。
ブレタノマイセスと聞くと、ワイン好きはギョッとするかもしれない。ワインにとってはオフフレーバーの原因になる致命的な菌だからだ。たしかに、その酵母が醸す特徴は「馬小屋のにおい」「羊のにおい」「革のにおい」などと表現され、とてもおいしそうには思えない。
しかし、これがビールになると趣が変わる。世界のビールコンペティションには、ブレタノマイセス酵母を使ったビールのカテゴリーもある。
パトリックさんはブルワリーを始めようと思った時から、ブレタノマイセスでビールを造りたいと考えていた。
「この酵母がもつユニークなフレーバーに魅力を感じていました。また当時はブレタノマイセスを使うブルワリーは少なかったので、独自性の高いビールを造れると思いました」とパトリックさんはそのわけを話す。
一方で、「通常の酵母より除去が難しいため、十分な洗浄処理がなされないと次のビールに影響が出ます。そういう点では取り扱いが難しいですね」と、手間のかかる酵母でもあるようだ。
2nd Story Ale Worksはブレタノマイセス酵母と通常のセゾン酵母をミックスして醸造したファームハウスエールを造っている。
ユニークなのは酵母だけではない。2nd Story Ale Worksはファームハウスエールが出来上がると、はじめに半分量だけ販売し、あとの半分量は貯蔵タンクに残して熟成させる。それを半年くらい寝かせた後にリリースするのだ。
「ビールが熟成するにつれ、ブレタノマイセス酵母がパイナップル、マンゴー、パパイヤをミックスしたようなトロピカルな風味や香りが主張しはじめます。時間の経過とともに変化する風味を楽しめるのがブレタノマイセス酵母の面白さです」と、パトリックさんはその魅力を語る。
記者は今年前半にリリースされた「ファームハウスエール2024」を飲んでみた。香りはIPAのようにホップを感じるが、飲むと苦味は強くない。液色が濁っているのでヘイジー系の濃い味かと思ったらスッキリ軽い。
スルスル飲んでからラベルを見たらアルコール度7%とあって驚いた。すべての予想を裏切る1本。この後、リリースされるもう半分の「ファームハウスエール2024」がどのように変化しているのか楽しみだ。
元保育所をタップルームにして「みんなの遊び場」に
2017年に生まれた2nd Story Ale Worksはコロナ禍で転機を迎えた。多くのブルワリーがそうしたようにオンラインストアを開き、瓶詰めのビールを販売しはじめた。醸造所が実家の敷地内だったこともあり、経営はそこまで圧迫されることはなく、むしろコロナ禍はブルワリーの今後を考えるいい機会になったと話す。
「私たちはいろんな街に住んできましたが、醸造の仕事を始めるにあたり地元に根づいた仕事をしたいと思っていました。そして地元にタップルームを開くことにしました。ファームハウスエールですから、街中より畑が広がる農村地帯がふさわしいと思ったのです」
近場でタップルームが開ける場所を探した。2nd Story Ale Worksが生まれた元車庫は、自然環境は抜群なのだが、アクセスは市内からのバスが3時間に1本と、ちょっときびしい。
少し離れた場所に2017年に閉園した「八多保育所」があった。ここを醸造所とタップルームにリノベーションして再び人々が集える場所にできないか。市役所に相談に行き、地元の人々の協力を得て、2023年に地域に貢献できる事業コンペに参加。
購入権を獲得し、さらに補助金やクラウドファンディングを駆使して2024年、旧八多保育所に醸造所とタップルームをオープンした。


タップルームのオープンから1年。地元ではどんな存在になっているのだろうか?
「タップルームとしては、まだ高級ビールのイメージがあるようで、気軽に利用するという感じではないかもしれません。ただ、もともと地元の方に親しまれてきた場所なので、地域の寄り合いやPTAの集まりなどに利用してもらいながら少しずつ馴染みができてきました」
園庭には遊具をそのまま残し、保育所の雰囲気をなるべく残した。気軽に寄って遊べる時間を提供しようと、卓球台やコーンホール、モルックといった遊び道具も用意している。卓球で遊べるタップルームは全国でも珍しいのではないか。
地元で活動するNPOやアーティスト、農家などとコラボしてイベントやマルシェ、フリーマケットを開いていきたいと話す。昨年は地元で活動するNPO動物愛護団体HEARTを応援するビール「HEART」を造り、売り上げの一部を団体に寄付した。

今は地元のグラス制作のアーティストとのイベントを計画中だ。ビール好きなグラス作家がタップルームの常連で、イベントの計画が盛り上がったそうだ。
「ビールを造ったり売ったりするだけでなく、地域の人が集まる“みんなの遊び場”にしていきたいですね。みんなが集まる公民館みたいなタップルームになれたら」と友貴さん。
地元の農産物を活かしたビールを造り、地域の遊び場のようなタップルームで提供する。都市部から遠く離れたクラフトビールブルワリーの理想的な姿が見えてきた。
●2nd Story Ale Works 徳島県徳島市八多町南曽根13-1
https://2ndstoryale.jp
