
【ホーボージュンのサスライギアエッセイ・旅する道具学09】第9話「10代目・嵐の巡行者」
ウェア「mont-bell / Storm Cruiser Jacket」

雨がどんどん強まっている。トレイルには濃いガスが立ち込め、見通しが利かない。さっきは山の鞍部にある分岐点を見過ごしてしまい、あやうく別の沢筋に降りそうになった。
うつむきながら歩く僕の後頭部をバチバチと雨粒が叩く。レインウェアの生地を通して伝わってくるその音は、まるで天が僕に下した罰のようだ。
「あんまりだぜ、神様……」
そんな愚痴が口をついたが、もちろん雨は降り止まない。
旅に出るといつも必ず雨が降る。どこへ行っても風が吹く。なんでだよと僕は思う。でも答えはわかっている。すべては僕のカルマのせいだ。僕は生まれついての雨男なのだ。
いや、それはもう雨男なんていう生易しいレベルではなく、嵐を呼ぶ男と呼んでもいい。なにしろ生まれて初めてサハラ砂漠を旅したときには、モーリタニアの村に十数年ぶりだという雨が降ったし、台湾の北二段を縦走したときには豪雨で橋が流され、あやうく遭難しかけた。もし日照りや干ばつに悩む土地へ行ったら、僕は救世主として崇められるに違いない。
だから僕はつねに雨具を持ち歩いている。そんな雨男が愛用しているのがモンベルのストームクルーザー、通称〝ストクル〟なのである。
*
ストクルは日本で初めて量産品にゴアテックスを採用したレインウェアだ。初代が登場したのは1982年で、それまで重くて蒸れる雨具しかなかった山岳ウェアの世界に「防水透湿」という概念を取り入れ、山男たちを驚かせた。
それだけではない。さらにモンベルは軽さにもこだわった。じつは当時のゴア社は70デニール以下の薄手素材の使用を認めていなかったのだが、モンベルはゴア社に登山活動における軽量化の重要性を説き続け、’86年には30デニール生地を使った第2世代のストクルを作りあげる。これは世界最軽量のゴアテックスウェアとなった。
こうして両社は綿密なパートナーシップのもと日本のレインウェアを進化させてきたのだ。
素材だけではなく、ストクルにはさまざまな最新技術が投じられた。2007年に登場した第6世代モデルはYKKの止水ジッパーを採用して大幅な軽量化に成功したし、’19年に登場した第9世代は「Kモノカット」という独自パターンを採用して防水性を向上させた。こうしてストクルは日本を代表する大定番となったのである。
そのストクルが今春、史上最大のモデルチェンジを行なった。なんと素材をゴアテックスから、モンベルの独自素材「スーパードライテック」へと切り替えたのだ。これはアウトドア業界を震撼させる大事件だった。
じつはゴアテックスは今年からメンブレンをこれまでのフッ素系素材(ePTFE)からポリエチレン系素材(ePE)に変更した。これはフッ素化合物に対する規制強化に伴うもの。防水性能自体はこれまでと変わらないのだが、コスト面と為替の関係でどうしても価格が上がってしまう。
しかし、ストクルはモンベルの看板製品だし、40年以上にわたって多くの人に愛されてきた。できれば今後も手の届きやすい価格で提供したい。それがモンベルの意向であり、自社開発素材への切り替えはそれを実現する最善策だった。
(ちなみにモンベルはこれまでどおりゴアテックス製レインウェアも作り続けるが、それには別の新しい名称が授けられた)
こうして第10世代となる新型ストクルにはスーパードライテックが採用された。この生地は3レイヤーながら耐水圧50,000mm以上、透湿性40,000g/㎡というこれまでにない圧倒的なスペックを誇っていた。
デザインや各部の仕様は第9世代モデルをそのまま踏襲していたが、表地は光沢を抑えたマットな質感になり、それでいて生地にはハリ感もあるため、雨の日以外でもアウターとして着回しがしやすい。
また裏地にはしなやかで着心地のよい高密度ニットが張られていて、半袖の上に着てもべたつかないし、パリパリした不快な衣擦れ音もしない。僕は歴代のストクルを着続けてきたが、この10代目が最も着心地がいいと感じた。
もうすでに何度もどしゃ降りに遭ったが、防水性はパーフェクトだし撥水性もまったく問題ない。そして運動強度が上がったときのウェア内部の蒸れの解消速度、いわゆる〝ヌケ感〟も期待以上だった。
当初は少し心配していたのだが、これならストームクルーザーを名乗っても文句は出ないと思う。僕の中では第10代の襲名式は無事に終えたのだった。
*
さて。こうして代替わりをしたストクルを着て、僕は雨に打たれている。けっきょくのところ何を着ていても雨は降るのだ。
ただこれまでよりも僕はずっと元気だし、気持ちも明るい。何しろ史上最強のレインウェアを身に纏っているからね。
それだけではない。僕は止まない雨などないことを知っているし、雨上がりの空の青さと太陽の暖かさを誰よりも楽しめるのはこの自分なのだ、というよくわからない自信がある。
雨よ降れ、風よ吹け。
我こそは嵐の巡行者なり。
そんな強がりをいいながら、今日も僕は歩き続けている。






ホーボージュン
大海原から6000m峰まで世界中の大自然を旅する全天候型アウトドアライター。X(旧Twitter)アカウントは@hobojun。
※撮影/中村文隆
(BE-PAL 2025年6月号より)