それでもアラスカという地名はずっと私にとって特別な響きがありました。よく知らないくせに憧れていたと言えるかもしれません。少年時代には植村直己さんがデナリ山(当時の呼称はマッキンリー山)で遭難したニュースに衝撃を受け、青年になってからは野田知佑さんのユーコン川下りに胸を躍らせ、いいトシのおっさんになってからも星野道夫さんが撮影した野生動物や風景の写真に感動してきたからです。
とは言っても、私は登山家でも探検家でもカヌーイストでもありません。狩猟の経験どころか、銃に触ったことすらありません。グリズリーやオオカミがうろうろしている(かもしれない)原野でキャンプをする勇気はなく、それでもホテル泊よりは少しはアウトドアっぽいかな、とずいぶん腰の引けた話なのですが、デナリ国立公園近くにあるらしいキャビンをネットで見つけ、そこで1週間を過ごすことにしました。
キャビンの住所を調べると、国立公園のインフォメーション・センターから南へ約50㎞。少し離れている分だけ、宿泊料金は安いうえ、1週間連泊の予約も難なくできました。
それ以外にはとくに大きな期待をしていたわけではないのですが、結果としてはなかなか興味深い出来事に遭遇した宿でした。それらのいくつかはアラスカ以外のアメリカではきっとあり得ないだろうと思えることです。
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すかすかの大地

私が住む南カリフォルニアからアラスカ州アンカレッジまでは直行便だと約5時半間の行程です。今回はシアトル経由の乗り継ぎ便を利用しましたが、それでも朝に家を出て、その日のうちにはもうアンカレッジに着きました。
到着したのは午後11時半過ぎ。真夜中の時刻なのですが、空港の外に出ると、まだ夕方のような明るさでした。これが噂に聞く白夜なのですね。その日の日の入りが午後11時55分、翌朝の日の出は午前3時51分。4時間より短い夜。この時点ですでに非日常的な場所に足を踏み入れた気分になりました。
翌朝レンタカーを借り、アラスカ州道3号線(通称”Parks Highway”)で約400㎞先のデナリ国立公園を目指しました。この道路は州内最大の都市アンカレッジと第2の都市フェアバンクスを結んでいます。いわば交通の大動脈です。ほぼ並行したルートでアラスカ鉄道も走っています。
アンカレッジを抜け出してすぐに、アラスカ州の大きさを感じることになりました。まっすぐに伸びた道路の先には雪を被った山々が遠くに見え、両側は深い森がどこまでも続いているように見えました。

日本観光に置き換えるなら、東名高速道路とか東海道新幹線で東京から京都あたりを目指しているようなものなのでしょうけど、目の前に展開するのは驚くほど閑散とした空間です。交差する道路は少なく、めったに対向車ともすれ違いません。「すかすか」という形容詞が頭に浮かびました。私が全米有数の交通渋滞で悪名高いロサンゼルス近郊から来ているせいもあるのでしょうけど。
アラスカ州はアメリカでもっとも面積が広い州です。2位のテキサス州と比べても、約2.5倍という圧倒的な差があります。日本と比べるとその差はさらにすごいことになり、日本全土の約4.5倍の広さがあります。
それなのに、アラスカ州人口はわずか約74万人(2025年度)に過ぎません。そのただでさえ極端に少ない人口の約40%がアンカレッジ都市圏内に集中しています。人口密度は日本の約750分の1だそうです。
私はこれまでにもアリゾナ州やニューメキシコ州の砂漠とか、コロラド州のロッキー山脈とか、モンゴルの草原とか、やたら広大で人が少ない土地を好んで訪ねてきましたが、アラスカの「すかすか感」はさらに一段レベルが違うように感じました。空港でレンタカーを借り出してから、まだ1時間も経っていないにもかかわらずです。
何もない町のワイルドな丸太小屋
私たちが目指したキャビンはキャントウェルという町にありました。アンカレッジとフェアバンクスのちょうど中間あたり、州道3号線とデナリ・ハイウェイが交差する地点です。アラスカ全体地図にもしっかりと地名が載っています。
しかし、この町もやはり見事に「すかすか」でした。交差点にはガソリンスタンドが営業しています。少し離れて郵便局、反対側にレストランが1軒。目につくものと言えばそれだけです。後から知ったことですが、キャントウェルの人口は200人(2020年度)なのでした。
その交差点からさらに離れて、デナリ・ハイウェイを数㎞走り、アラスカ鉄道の線路につきあたった広場のような場所に、予約したキャビンがありました。線路の向こうに広い原っぱがあるなと思えば、小型飛行機が発着する滑走路なのでした。

キャビンは本館というべき建物内に客室が3部屋あり、私たちが予約した別棟の丸太小屋がひとつだけ。オーナー兼管理人のシンシアさんによると、夏の観光シーズンが始まったばかりで、私たちは2026年度初めての宿泊客だということでした。
丸太小屋そのものはなかなか快適でした。室内はきれいに清掃されていましたし、ベッドは大小あわせて4つもありましたし、テーブルとイス、ソファーに暖炉までありました。

立地も申し分ありません。どこまでが敷地内なのかよく分からないのですが、小屋の近くにはジャック・リバーという名の川が流れ、アラスカ山脈の山々が目の前に迫っています。そんな景色を眺めながら、毎晩(昼間のように明るいのですが)盛大な焚火を楽しみました。

紹介したいけどできないわけ
このキャビンを私たちはとても気に入ったのですが、取るに足らない些細なトラブルはいくつかありました。
たとえば、予約した初日は「まだ丸太小屋の準備ができていない。ゴメンね」の一言で、本館の部屋に1泊せざるを得なかったこと、インターネット完備のはずがWifiは不通になっていたこと、朝ごはんとは袋詰めのベーグルを紙皿に移しただけだったこと、小屋の前には動かなくなったオーナーの車が放置されていたことなどですね。
アラスカの広大さに触れた後では、どれもこれもちっちゃいぜよ、そんなことどうでもよかよか、と言葉までおかしくなります。
ネット上の施設情報では、トイレとシャワーもランドリーもついているはずでしたが、それらはすべて100mほど離れた本館内の設備でした。キャンプ場に泊まっていると思えば、それくらいの距離を歩くことはなんでもありません。
ただ、「この辺はクマやムースが通ることがあるから気をつけてね」と言われても、どう気をつけたらよいのかまでは分かりませんでした。親切なシンシアさんはベア―・スプレーを1缶くれましたが。

共同経営者だったボーイフレンドが他界したあと、彼女はたったひとりでこのキャビンを切り盛りしているそうです。何もかも自分でやらなくてはいけません。そんな身の上話をしてくれるほどには親しくなりましたし、できればこのキャビンも繁盛してもらいたい。だけど、ここで具体的に名前を挙げて紹介することは躊躇してしまいます。
私たちが滞在している間にも、シンシアさんは「食料が少なくなったから町へ買い出しに行く。明日の夜には戻ると思うけど、朝食は勝手に棚から出して食べて」と小屋のドアに書置きを残して、いなくなってしまった日がありました。町とは約400㎞離れたアンカレッジのことか、あるいは約250㎞のフェアバンクスのどちらかと思われます。
本館にも他の宿泊客はいなかったので、その間は私たちを除いて無人になりました。ただ、その日から宿泊予約をしてあるという人がやってきましたが、可哀そうにチェックインはできなかったみたいです。「どうすればいい?」と私に訊ねられても困ります。
彼女はきっと予約が入っていたことも忘れていたのでしょう。憎めない好人物ではあるのですが、もし日本から予約を入れてやってきて、そんな目にあったら堪らないですよね。
それでもこのキャビンに興味があってぜひとも泊まってみたいと思う奇特な人は、上の地名や写真から探してみてください。きっと簡単に見つかると思います。
何はともあれ、私たちはこのキャビンをベースにして1週間を過ごしました。むろん、色々なところへ行き、色々なことを体験しました。その辺りの話は続きの記事で書いていきます。




