私たちが宿泊していたのはデナリ国立公園ビジターセンターから南へ50㎞ほどの位置にあるキャントウェル(Cantwell)という町です。アンカレッジからフェアバンクスまでを結ぶ州道3号線が南北に走り、キャントウェルはちょうどその中間あたりにあります。
ちょうどそのキャントウェルを西側の起点として、東西に走っているのが州道8号線、通称デナリ・ハイウェイです。東側の終点にはパクソン(Paxson)という町が地図に記載されています。
そこに何があるのかはまったく見当もつかないまま、とりあえず目先を変えてみようと思い立ち、この道路を走ってみることにしました。
というのは、それまで私たちは毎日のようにデナリ国立公園に通い、そうでない日はフェアバンクスまで足を伸ばし、また別の日はアンカレッジ方面に戻ったりしていて、ずっと州道3号線ばかりを行き来していたのです。
なにか別の景色が見えるかもしれない。そんな期待がありましたし、なんといっても「デナリ・ハイウェイ」という名前は魅力的じゃないですか。
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さらにレベルが違う「すかすか感」

キャントウェルとパクソンまでの距離は135マイル(約217km)。東京から静岡市までの距離と同じくらいです。デナリ・ハイウェイは北側にアラスカ山脈を望み、広大な原野をほぼ一直線に貫いています。途中に町はありません。冬季は通行止めになるとのことです。
と、そこまでは地図で見ただけで分かっていました。驚いたのは走り始めてすぐ、キャントウェルの町(というか、ガソリンスタンドがある交差点)を離れてから5分も経っていないときでした。何の警告もなく、いきなり舗装路が途切れ、砂利道に突入したのです。
それほど大きな凸凹はありませんでしたが、やはりスピードは落とさざるを得ません。小石が跳ねて車体を打つ音も聞こえてきます。
たしか、「ハイウェイ」って名前だったよな。日本語なら「高速道路」だよな。まあそのうち、このダートロード「区間」は抜けるだろう。そんな風に話していた私たちはまだアラスカをよく理解していませんでした。
結論から言えば、このダートロードは目的地パクソンのすぐ手前まで続きました。つまりデナリ・ハイウェイはダートロードが大部分を占め、私たちはほんの一部だけ舗装された区間を抜け出したというわけでした。

砂利道ではハンドルをしっかり握っていないと車体が左右に揺れます。道幅は十分ありますが、それでも対向車が来たらすれ違うのに緊張するなあと思いましたが、その心配はありませんでした。はるか遠くまで見渡せる道の前にも後ろにも、他の車は1台も見えなかったからです。
途中に町がないので、交差する道路もありません。当然ですが、信号はおろか、一時停止の標識すらありません。ただひたすら砂利道が続いているだけです。その距離は200㎞超。なかなかのものです。
もちろんガソリンスタンドもドライブインも道の駅もありませんが、ときどき道路の脇にぽっかりと広いスペースが空いていました。たぶんですが、除雪車が雪を降ろすか、Uターンをするためではないでしょうか。
私たちはそうしたスペースを休憩所に使い、写真を撮ったり、持参したバナナを食べたりしていたのですが、たまに先着した車が停めてあることがありました。SUVが多く、キャンピングカーもありました。
これもまたたぶんですが、車中泊で旅をしている人たちだと思います。というのは、なぜかだれも車の周囲にいなかったので、一度も会話をすることはなかったのです。

アラスカの川
道路の両側には針葉樹の深い森が続き、遠くには雪を被った山々が聳えている。そんな景色が延々と続きますが、けっして単調ではありません。次々に川や湖が現れるからです。
長い冬の間ずっと凍結する川は、5月も半ばを過ぎた頃に氷が割れ(break up)、やがて流れ始めるそうです。私が訪れた6月上旬でも川岸に雪が残っていたところが多く、どの川も雪解けで濁った水が勢いよく流れていました。
私は川が見えてくると胸が躍りました。橋を渡るたびに車を停め、川岸へ歩いて行きました。なぜそんなことをするかと言えば、私が野田知佑さんの崇拝者だからです。『ユーコン漂流』、『北極海へ』など、アラスカやカナダ・ユーコンを舞台にしたカヌー紀行の作品群は何度も繰り返し読みました。
目の前に流れているのはユーコン川でもマッケンジー川でもありませんが、それでも私の目には紛れもなく「原始そのままの姿で極北の原野を滔々と流れる川」です。素通りはできません。
もっとも、この日は一艇のカヌーも見かけませんでした。アラスカはあまりにも広く、人が少ないのです。風と水の音しか聞こえてきません。その圧倒的な静かさは野田さんの本で想像していた通りでした。

話をしてみたかった人たち
砂利道であまりスピードは出せないうえ、なんども車を停めていましたので、約200㎞の距離を走り終えるまで5時間以上かかりました。その間にすれ違った車は10台を超えなかったと思います。
人にもまったく会いませんでした。文字通りのゼロです。ただ、できたら話をしてみたいと思った局面が2回ありました。
最初はデナリ・ハイウェイのほぼ中間地点に突然現れた家屋を見たとき。道路から少し離れた丘のような場所にぽつんと建っていました。
周囲にはまったく他の人家はありません。人口約200人のキャントウェルからも100㎞くらい離れた地点です。遠くに山々を望み、大湿原を前にしたその家は、いかにも無防備な姿に見えました。夏の晴天の日ではなく、冬の悪天候には、一体どんなことになるのでしょうか。
家屋の前にはさほど古くはなさそうなトラックが停めてありますし、建物にも荒れた様子はありません。たぶん、どなたが今も住んでおられるのだと思います。一体どんな人が?と考えずにはいられませんでした。
私があと100倍くらい厚かましい性格なら、きっとドアをノックしていたのでしょうが、残念なことに社交は苦手です。ただ遠くからこの家を眺めて、その暮らしぶりをさまざまに想像するだけで終わりました。

もうひとり、話をしてみたかったのはあるサイクリストでした。とは言っても、やはりどんな人なのかは分かりません。
休憩所かキャンプ場のような広場(なんの看板もありませんでした)に、荷物を満載した自転車が停めてあったのです。周りにはキャンプ用品のようなものも置いてありましたので、きっと自転車で野宿をしながら旅をしている人なのだと思います。
私にも同じような旅をしていた時期がありましたので、サイクリストにはいつもシンパシーを感じます。このときもぜひ話をしてみたかったのですが、なぜか自転車の周りにはだれもいませんでした。大切な自転車と荷物を置いて遠くへ行くとは思えないのですが、とにかくどこにも持ち主を見つけられませんでした。
車で行くのさえけっこう大変な道です。さぞかしハードな旅をしておられるのだと思います。約217㎞のデナリ・ハイウェイは、かつての私のペースなら2~3日はかかります。途中に水や食料を補給できる町はなく、夏でも天気が悪い日はかなり寒くなります。
アラスカ滞在中、同じように荷物を満載したサイクリストを1日にひとりくらい見かけました。ムースに遭遇するのと同じくらいの確率です。

このドライブを終えたあと、キャントウェルのガソリンスタンドで、別のサイクリストとは話をすることができました。3日前にフランスからやってきたばかりだという青年は、これから南北アメリカ大陸縦断を目指すのだと言っていました。アラスカからカナダ、アメリカ、メキシコ、中米、そして南米最南端を目指すという壮大な旅を始めたばかりだったのです。
どれくらいかかるの?と訊ねると、1年半か2年くらいかなあと笑っていました。世の中には凄い冒険をする人がいるものです。
『行かずに死ねるか!』の著者、石田ゆうすけさんも、7年半かけて自転車で世界一周をはたしましたが、その出発点は彼と同じくアラスカ・アンカレッジでした。大陸のてっぺんにあるからでしょうね。
何もなかったゴール
デナリ・ハイウェイの後半に入ると、徐々に標高が高くなります。遠くに見えていた雪山が近づき、やがてその中に入っていきました。
道路はきちんと除雪されていましたが、両側は真っ白な雪で覆われていました。6月になってもそうなのですから、いったい冬の間はどうなっているのでしょうか。
見晴らしの良い場所からは大雪原としか表現できない風景が一望できました。あちこちに大小さまざまな動物の足跡が点々とついていましたが、何の動物のものなのかは私には分かりません。

朝早くにキャントウェルを出発し、一応の目的地であるパクソンの町へ近づき、道路がようやくアスファルト舗装に戻った頃には午後になっていました。白夜の季節なので、暗くなることは心配要らないのですが、お腹は空いてきました。
パクソンで遅いランチにしよう。少し休んでから、キャントウェルへ引き返そう。そんな心積もりだったのですが、下調べというものをしない私たちにはアラスカはなかなか手強い土地です。
州道8号線と同4号線が交差し、地図にもしっかりと地名が記載されているパクソンは、まったく何もないところだったのです。何もないとは比喩ではなく、ガソリンスタンドもなければ、ひそかに期待していたハンバーガー・ショップもありません。
かつてはあったのかもしれません。州道の交差点には廃墟のような建物が残っていて、看板には「カフェ、カクテルラウンジ」の文字がなんとか読み取れ、駐車場には車が何台か放置されていました。

後から調べてみると、2020年の国勢調査でパクソンの人口は26人でした。それから6年後のある日、私たちはひとりの人間も見かけませんでした。
空きっ腹を抱えた私たちは、そこからデナリ・ハイウェイを逆方向の帰途についたのでした。また約200㎞の砂利道です。車なので笑い話で済みましたが、自転車で旅をしている人は本当に大変ですよね。





