2025年秋、斉藤さんはアメリカ東北部のウィスコンシン州にある「アイスエイジ・トレイル」に挑みました。その1,200マイル(1,900km)のアイスエイジ・トレイルに挑戦した様子を、斉藤さん自身によるレポートで紹介します。
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【プロハイカー・斉藤正史の「アイスエイジ・トレイル」レポート」vol.11】
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Ice Age Trail DAY7−9
「はじめちょろちょろ」から「中ぱっぱ」へ
ロングトレイルでは、1日に20マイル(約32km)以上歩くのが一般的。この「1日に20マイル」は、スルーハイクの場合です。
スルーハイクとは、超長距離のトレイルを中断期間を挟まず一気に歩き通すこと。それに対し、ロングトレイルを断続的に歩き通すことをセクションハイクと呼びます。また、1日だけ歩くデイハイクという楽しみ方もあります。
スルーハイクとセクションハイクやデイハイクでは、背負う荷物の重さが大きく異なります。スルーハイカーは長期間のトレイルのための重い荷物を背負ってなお、「1日に20マイル」ペースで歩くのです。
ただし、この「1日に20マイル」は、筋力や心肺機能がロングトレイル仕様に仕上がってからの話です。スタート直後は気持ちこそ高揚しがちですが、いきなりハイペースで歩くと後々無理がたたりかねません。炊飯のコツの「はじめちょろちょろ」ではありませんが、スタート直後は身体をロングトレイルになじませるために焦らないことが肝心です。
だいたいスタートから1週間ほどは、1日平均13マイル(約20.8km)のペースで歩きます。アイスエイジ・トレイルでも、歩き始めは1週間で100マイル(約160km)と、スローペースを保ちました。そして、そろそろ「1日に20マイル」にペースアップする頃合いを迎えていました。

Tシャツの匂いと郷愁
テントを片付け、早朝にシャンディ・レイク・キャンプサイトを出発した7日目。この日は小雨が降っていました。バックパックカバーはつけますが、レインウェアなどは着ません。歩き続けているから体が熱く、少しぐらい雨に濡れても気にならないというか、むしろ心地よいのです。
この日、小雨の降る中でアイスエイジ・トレイルを歩いていると、濡れたTシャツが体熱で温まり、ふわっと懐かしい香りが漂いました。家の匂いというか、厳密にいうと自宅で使っている洗濯用洗剤の香りです。まだ日本を発って1週間ほどですが、自分には帰る家があるんだなとしみじみしてしまいました。
僕はここ何年も、毎年数カ月はアメリカに滞在しています。数1,000kmにおよぶロングトレイルを歩いていると、気持ちの良い人々と出会ったり、得もいわれぬ景色を目にしたりします。でも、これまで一度も「アメリカに住みたい」と思ったことはありません。
僕は、ふだんナショナル・アイデンティーといったものを気にすることはほぼありません。でも、アメリカや海外のロングトレイルですばらしい出会いを重ねるほどに、やっぱり自分は日本人だなと感じるのです。生まれ育った山形が好きで、日ごろ暮らしている街が帰る場所なんだと実感するのです。室生犀星の「ふるさとは遠きにありて思ふもの」ではありませんが、山形から離れているからこそ生まれ育った街を強く意識するのかもしれません。
アイスエイジ・トレイル7日目も、ウィスコンシン州の郊外を歩きながら、Tシャツから漂う洗濯用洗剤の匂いをかいで自宅や近所の光景が脳裏をかすめ、何だか懐かしい気分に包まれたのでした。つい10日ほど前まで自宅にいたのですが…。

無自覚なトレイルエンジェル
6日目に続き、7日目も有料のキャンプ場に宿泊予定でした。ギリギリの予算でロングトレイルに挑戦しているのですが、周辺に無料でテントを張れる場所が見つからないので背に腹は代えられません。
休憩の際に、宿泊予定のキャンプ場にネットで予約を申し込みました。すると、しばらくして管理人から「オンライン決済をしてください」とメールが届きました。そこで、案内に従ってキャンプ場のサイトを開いたのですが、オンライン決済ができません。なぜだ!?
僕は、ロングトレイルを歩く際はスマホを2台持ちしています。1台は電話・SNS用として、もう1台はカメラのサブ機用として使用しています。このときは2台でオンライン決済を試みましたが、どちらでもできませんでした。なぜだ!?
ウィスコンシン州の郊外で目的のキャンプ場のサイトをにらむこと数分。下手な考え休むに似たりという結論に達し、とりあえずトレイルのコースから1マイル(1.6km)ほど離れた街はずれのキャンプ場に向かうことにしました。
管理人のもとに行き、「先ほど予約を申し込んだものですが、なぜかオンライン決済ができません」と正直に伝えました。すると、管理人はあっさり「じゃあ、無料でOKです」と返答したのです。
しかも、小雨が降り続いていたので、パビリオン(東屋)を使うように勧めてくださったのです。見ると、そのパビリオンには複数のコンセントが装備されていました。本当に無料で泊まっていいのかと気後れするほど、ありがたい場所です。
ハイカーをさまざまな面でサポートしてくださるボランティアを「トレイルエンジェル」といいます。このキャンプ場の管理人の方からは、特にハイカーをサポートしようなどという雰囲気は感じられませんでした。それでいて、そのときの僕が望む最良のものを(タダで)差し出してくださったのです。
管理人の方のお名前は、ダンさんといいます。オンライン決済ができなかったおかげ(?)で、ダンさんというすばらし過ぎるトレイルエンジェルに出会えたのでした。
小さな街のスーパーこそ油断大敵
この日は街のスーパーに立ち寄って、食料を補給(購入)しました。
アメリカでは、大きなスーパーがない街やリゾート地だと、食品がとても高価です。このとき僕が足を運んだウィスコンシン州の郊外にあるバーチーウッドという街のスーパーも例外ではありませんでした。僕がよく口にするドライライスが3ドル以上と、普通のスーパーマーケットの1.5倍ほどの値段でした。ボッタク…高い!
そもそもフトコロの寂しい僕にとって、3ドルのご飯は超贅沢品です。もっと安くて腹にたまるものはないかとスーパーを見渡し、そこまで割高ではないインスタントラーメンに目を留めました。この先しばらくは大きな街を通らない見通しなので、結局、4日分の食料を買い込んだのでした。
円安や物価高は承知の上で挑んだアイスエイジ・トレイルです。でも、こうして現実を目の当たりにすると、驚くというかビビります。食料は削りようがないのですが、それでも無駄遣いは厳禁だとあらためて自分で自分に厳命したのでした。

アイスエイジ・トレイル北部の環境
この連載のvol.2で詳述したように、アイスエイジ・トレイルが通っているウィスコンシン州は森林地帯と、湖や小川といった湿地帯が多いエリアです。歩き始めて7日目のこの日も、緑濃い森を通りました。

建国当時に急速な発展を遂げたアメリカにとって、ウィスコンシン州の森林は木材産業と投機家たちの有望な投資先だったそうです。特に19世紀半ばから20世紀初めにかけて森林伐採が続き、空白地帯のような場所が州内各地にできました。その伐採後の何もない土地を有効活用しようと、ヨーロッパから来た移民に売却されます。開拓者たちは農地に変えようと試みますが、肥沃ではない大地のため、たいてい失敗に終わりました。
そこで、州は開拓に失敗して税金滞納で放棄された土地を次々と取得し、森林を整備しました。こうして造成された広大な森林は、木材販売の収入源、野生生物の貴重な生息地、トレイルなどのレクリエーションの場として活用されるようになりました。僕が歩いたアイスエイジ・トレイルの北部ルートは、そんな歴史的経緯で人間の手によって生み出された森だったのです。

目論見が外れて頭が真っ白に
アイスエイジ・トレイルを歩き始めて9日目。この日は、事前に地図で見つけていた駐車場らしき場所まで13マイル(約20.9km)ほど歩く予定でした。が、実際にその場所に着いてみると、駐車場どころかパーキングメーターも見当たりません。ただ道路があるだけです。そして、ここから先も20マイル(約32km)以上道路が続いていて、テントを張れそうな場所が見当たらないのです。
一瞬、頭が真っ白になります。それでも再び地図をじっと見ると、6.3マイル(約10km)ほど先に小さな街らしき場所がありそうでした。時刻は13時過ぎ。テントを張って腰を落ち着けるつもりだった自分にムチを入れ直し、歩き始めます。
アイスエイジ・トレイルは、フェイスブックのコミュニティでのやり取りが活発です。6.3マイル先に向けて歩き出す前に、念のため「このへんにテント泊できそうな場所はないですか」と投稿してみました。歩を進めつつフェイスブックをチェックすると、ありがたいことに多くのレスポンスが届いています。でも、残念ながら周辺に適切な宿泊場所はないとのことでした。
どうにか目当ての小さな街に着き、ハイウェイ横の公園に歩を進めました。ただし、その公園は小規模で、とてもテント泊が許されるような雰囲気ではありません。万事休すです。徐々に、でも確実に暗くなっていく空を見上げるしかありませんでした。






