ベース基地は祖父の残した雑木林
クヌギにミズナラ、カシ、ケヤキ。雑木林を彩るさまざまな広葉樹が、気持ち良さそうに枝を伸ばしている。ここは、焚き火マイスター、猪野正哉さんの拠点でもある、千葉県のアウトドアスペース「たき火ヴィレッジ<いの>」。もともと祖父が造園業を営んでいた土地だという。子供のころから、幾度となく通っている場所、と思いきや……。

「なんか、中途半端な田舎に育ったっていうコンプレックスがあって。なんか嫌だな、っていうのがあったから、逆になるべく近寄らないようにしてたんです」
とはいえ、幼少期から自然の中にいるのが日常だったので、近所の神社などでスギの葉っぱを燃やしたりと、火遊びはよくしていた。
「でも、じいちゃんが亡くなったあと、そのまま放置していたら、ここの苗木たちが全部デカくなっちゃったんですよ。で、父親とふたりで開拓して、遊びスペースとして活用することにしたんです」
20年ぐらいは足が遠のいていたと話す。
猪野さんの焚き火の作法

ここで焚き火をするときは、まずベース基地を決め、必要最小限の道具を広げる。次は焚きつけの準備だ。枯れたスギの葉を拾う。油分が豊富なので、いい焚き付けになる。乾いた赤茶色の葉ほどよく燃える。焚きつけを抱えて基地に戻ったら、細く割った薪を上に乗せ、火口となる着火剤をかけて、火を起こす。着火剤を使用することを邪道だという人もいるが、猪野さんにとって焚き火は”火を囲む”ことが大事なので、火がつけば、それでよし。


「焚き火に対してこだわりは持たないようにしています。こだわりを持つと間口が狭まるでしょ。それより、とにかく火がつけばいいんだから、僕はなんでもあり。その方がアウトドアに入ってくる人が多くなる気がします」
焚き火の前では、人は素直になれる
焚き火マイスターになる随分前、猪野さんはモデルの仕事をしていた。20代後半にはアパレルブランドを立ち上げたが、思うようにはいかなかった。
「うまく軌道に乗せられなくて、借金も残ってしまって」
すべてを手放して実家に戻り、アルバイト生活を続けていた。
「そうこうしていたら父親から、ちょっと話があるって、この場所に連れ出されて」
冬で寒かったため、火を囲んで話すことに。

「そこではじめて、借金のこととか全部話しました。正直に話せたのは、焚き火のおかげかもしれません。面と向かって話すのは苦手だったけど、焚き火があることで、相手の目を見てしゃべんなくてすむんですよ。火を見ながら、ポツポツと話せました」
やがて焚き火の仕事をするようになり、この場所に通うようになった。いつ来てもお父さんがいることが多いため、ゆっくり話す機会も増えた。
「それまであんまり話してこなかったので、ここでそんな時間を取り戻している気がします」
木彫りグマとの出会いで開けた新たな道

「木を燃やすのが生業なんですけど、あるときふと、木って燃やしちゃったら終わりなんだなぁ、って。矛盾してるんですが、燃やすばかりじゃなく、何か残せないかなって考えて、燃えさしを磨いてオブジェを作ったりしてたんです」
そんなフツフツとした想いを抱えていたときに出会ったのが、木彫りグマだった。
「3年前、釧路に出張に行った帰りに土産屋でちっちゃい木彫りグマを見つけて、あ、これだと思いました」
木彫りグマというと、即座に思い浮かぶのはサケをくわえたクマだ。でも調べてみると、木彫りグマ発祥の地とされる北海道八雲町の彫り方は、頭を垂れていたり抽象的だったり。実にさまざまなクマがいると知り、すっかりハマってしまった。
「実際に八雲町を訪れて、地元の方にいろいろ話しを聞きました。自分でも彫りたくなって、熊友(ゆうゆう)工房という木彫りグマ体験ができる場所を見つけて、ワークショップを受けました。普段から薪割りしてフェザースティックとか作っているんで、そういう感覚でいけるかな、って思ったら全然、別物で。奥が深いな、って感じました」
木の塊を手に持ち、下絵を書いて、斧でザックリと周りを削っていく。




木を燃やすだけではなく、木を残すということ
「クマを彫ると削りカスが出るでしょ。これを焚き付けに利用した、火おこしイベントも開催しましたよ」
そして、木を残すプロジェクトを「焚き火の“えん”」と名付け、昨年から熊友工房の小熊秀雄さんに協力してもらい、屋久杉を使った木彫りグマ「YAKUMA」の制作などにも取り組んでいる。
「“えん”とは“縁”のこと。昔、人間関係をまっさらにしちゃったことがあるんだけど、でも、なんだかんだいって、昔の縁があるからこそ今があって。で、焚き火の仕事をしていると新たにまた、いろんな縁ができているので」
はじめて彫ったときは、下手すぎて小熊さんが頬を手直ししてくれたとか。いまでは半日もあれば彫りあがる。


「完成を決めるのは自分だから、どこまで彫ったら完成、というのを決めなくていいのが木彫りグマの楽しい部分でもあります。自分の好きなところで止めることもできるし、そのままやり続けてもいい。完成があってないようなものだから、面白い」
口元に笑みを浮かべながら、彫ったクマを愛おしそうに眺める猪野さん。この時間をいかに大切にしているのかが伝わってくる。
猪野さんにとって、”心の豊かさ”を感じる瞬間はどんな時ですか?
「焚き火もクマを彫る時間も、いってみれば僕にとっては無駄な時間。でも、その無駄な時間が、多分、僕は好きなんですよね。日常の時間をどれだけその無断な時間に割けるかっていうのが、僕の中の心の豊かさにつながっていくんだと思います」
インタビュー動画ダイジェスト
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