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「小瀬の鵜飼」の鵜匠は宮内庁式部職

さて、いよいよ本題の関市「小瀬(読み:おぜ)の鵜飼」である。関市は、岐阜県の中央部に位置し、岐阜市に隣接、名古屋市からは約40kmの距離にある。800年以上の歴史を誇る刀鍛冶の技術を継承した「刃物のまち」として、ドイツのゾーリンゲン、イギリスのシェフィールドと並ぶ「世界三大刃物産地」とされている。その関市中心部から約4km、小瀬の長良川で毎年5月11日から10月15日までおこなわれるのが小瀬鵜飼である。


長良川の鵜飼としては、岐阜市のぎふ長良川鵜飼が有名であるが、小瀬の鵜飼もぎふ長良川鵜飼と同じ皇室御用の鵜飼であり、鵜匠は職名を宮内庁式部職という国家公務員の地位を持つ。世にいう長良川の鵜匠は、岐阜市長良の6人6舟と関市小瀬の3人3舟で、合わせて9人9舟、1舟につき鵜22羽までとなっている。古い時代には鵜匠の数に厳重な制限はなかったようだが、文化5(1808)年以降、長良川では長らく鵜匠12人制が守られ、現在は岐阜県規則47号「漁業調整規則」によって県知事が許可する定数漁業になっている。
長良川でもっとも長い瀬がある小瀬だから良質の天然アユが育つ

鵜匠制度は、幕藩体制のときに確立したものだ。大名が特定の鵜飼漁業者を選んで鵜匠の名を許すとともに、排他的な漁業特権を与え、経済的な援助もおこなった。大名たちは自分たちが消費するだけではなく、近世の慣例として自領内の名産品を幕府に献上するほか、音物(ときには賄賂)として各方面に配贈する必要があった。アユは贈答品として最適だが、釣ったアユはまれに釣り針が飲み込まれたまま残り、網で獲ったアユは暴れて消耗し脂肪分が抜けてしまう。鵜が一瞬で捕らえた鵜飼のアユは脂肪が抜けず、焼くときれいなキツネ色に仕上がるとして珍重した。鵜匠制度の眼目は、鵜が獲る高品質のアユの安定供給なのだ。
現在、小瀬ではマルジュウ第4代の岩佐昌秋鵜匠、カネモ第3代の足立太一鵜匠、ジュウノジ第18代の足立陽一郎鵜匠の3人が鵜飼をしておられる。わたしは2021年に次いで、今回も陽一郎鵜匠の「鵜の家 足立」に宿泊して、天然アユ料理と鵜飼を堪能することにした。小瀬の鵜匠が本拠を置くのは、長良川小瀬峡谷の左岸。川幅が広いだけではなく、石礫が広い河原をなしている。
なぜ、この小瀬が鵜飼地として選ばれたのかを陽一郎鵜匠に伺ったところ、ここは長良川でもっとも長い瀬があるからだというお答えだった。アユは川の中流域に入ると、岩盤や石礫のある瀬に定住して、石の表面の付着藻類を食べる。そのため、付着藻類が繁茂する早瀬が続いている小瀬は、アユの採食場、そして鵜飼をおこなう場所としては最適に違いない。また適度に淵もあり、増水時にはアユの逃げ場になるという。
古式に則り、アユは背を正面に向けて盛り付けられた

「鵜の家 足立」で天然アユ料理をいただく。まず、季節の前菜に続いて、アユの甘露煮がでた。天然アユを甘辛く煮付けたものだ。そのあとはアユの刺身。こればかりは寄生虫のおそれがあるために養殖アユを使う。さらに天然アユの塩焼き、魚田が続く。魚田は、焼いたアユに八丁味噌をたっぷり塗ってある。どれも天然アユの香ばしさを味わう料理だ。ここでは「海原川瀬」といって、魚を盛り付ける際に海の魚は腹を正面に向けて、川の魚は背を正面に向ける日本料理の古式に則っている。それから酢の物、野菜の天ぷら、ウナギの白焼き、アユ雑炊と続き、水菓子のスイカで締めくくる。



漆黒と静寂の闇を篝火に照らされながら下る。「小瀬の鵜舟」の風情に酔いしれた

陽一郎鵜匠に伺うと、年々アユのサイズが小さくなっているという。20年前は尺を超えるアユも珍しくなかったが、毎年1cmずつぐらい小さくなっているのではないかと。そういえば2021年に来たときは甘露煮も塩焼きもそれぞれ大アユの1匹づけだったが、今回は小ぶりのアユが2匹づけ。地球温暖化で川の水温が上がると同時に、川の姿も変わってきて、付着藻類の量も少なくなってきたとのこと。

午後7時からは待望の鵜飼である。観覧客は屋形船に乗り込んで、鵜舟の待つ上流に向かう。ここでは鵜舟も屋形船も、動力は人力のみ。最近雨が降っていないせいで、川の水量が少ない。漁服に胸当、腰蓑に足半、それに風折烏帽子という装束を身につけた鵜匠が、篝火を焚き始めると鵜飼の始まりだ。船頭は、中乗りと艫乗り(読み:とものり)のふたり。川を下りながら、鵜匠は長さ二尋半の手縄(読み:たなわ)で鵜を操り、鵜が魚を獲れば引き寄せて魚を吐け籠に吐かせ、篝に薪を入れるという多くの作業を並行しておこなっていく。以前、アユが豊富にいた頃には、12羽の鵜を操って5〜10分ほど下っていく間に50〜60匹の良型のアユが獲れたという。今回は獲れたアユの数も少なかった。しかし、岐阜市内のビルに囲まれた鵜飼と違って、漆黒と静寂の闇を篝火に照らされながら下る鵜舟の風情は何にも例えようがない。
※写真はすべて湯本貴和さんの撮影です。




