未知の風景は、人の心を豊かにする。――ネイチャーフォトグラファー、上田優紀に聞く | 海外の旅 【BE-PAL】キャンプ、アウトドア、自然派生活の情報源ビーパル

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2026.05.25

未知の風景は、人の心を豊かにする。――ネイチャーフォトグラファー、上田優紀に聞く

未知の風景は、人の心を豊かにする。――ネイチャーフォトグラファー、上田優紀に聞く
エベレストに登り、クジラとイルカの戯れを目撃し、ユキヒョウを追いかける。世界中の極地、僻地を旅して、山も海も野生動物も撮影する、ネイチャーフォトグラファーの上田優紀さん。この10年間の作品で構成された写真集『ARCA この星の物語』(小学館集英社プロダクション/刊)が完成しました。撮影にまつわる貴重なお話、そしてネイチャーフォトグラファーに至る道を聞きました!
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砂漠に花が咲く、南アフリカ共和国のナマクアランド。
ARCA この星の物語』(小学館集英社プロダクション/刊)2026年6月18日発売

上田優紀(うえだ・ゆうき)●1988年、和歌山県出身。24歳で世界一周に出発、1年半かけて45か国を周る。広告ビジュアル制作を手掛ける株式会社アマナを経て、2016年よりフリーランスに。2018年アマ・ダブラム(6,812m)、2019年マナスル(8,163m)、2021年にエベレスト(8,848m)登頂。著書に『空と大地の間、夢と現の境界線 ─EVEREST─』(玄光社)、『エベレストの空』、『七大陸を往く 心を震わす風景を探して』(ともに光文社新書)がある。

ネイチャーフォトグラファーへ至る道

上田優紀さんの両親は考古学者。父親は海外を飛び回り、母親は日本の古墳時代が専門で、発掘された遺物についての意見交換が食卓で日常的に交わされるという環境で育った。

「両親は好きなところへ行き、好きなことをしていた。幼い頃からそうした姿を見ていて、人として格好いい! と憧れのようなものがありました。親としては大変な放任主義でしたが、気づいたら自分もそうなっちゃいました(笑)」

父親が仕事で滞在する海外へ行ったり、十代からバックパッカーで南米やアジアを周ったり。母親の同僚だった海洋生物学者からスキューバを習ったのは15歳のとき。

「小学生のころのクリスマスに、ポケモンがほしい! とお願いすると、届いたのは『ファーブル昆虫記』や『シートン動物記』や『宇宙図鑑』で。全然お願い聞いてくれないじゃん、ウチのサンタ! とがっかりしました(笑)」

日常のすべてが、まるでネイチャーフォトグラファーになるための英才教育! そうして自然が好きで旅を好むようになり、京都外国語大学を経て旅行会社に勤め、24歳で世界一周の旅に出た。「せっかくだからカメラを持っていこう」と、人生で初めて購入したのが一眼レフの入門機「キヤノンEOS Kiss」。それが彼の人生を変える。

大学時代から雪山に登っていた。それでエベレストも、外から撮るのではなく、登る。そのために、1年ほどかけてトレーニングした。「アマ・ダブラムでは、降りる途中で滑落しちゃって。打撲かひび? と思ったら、肋骨が折れていました。クレバスを踏みぬいたこともあります。狭い穴だったのでリュックが引っ掛かり、腰で止まって底まで落ちずに済みましたけど」。

旅の途中、アイスランドの公園でのこと。4、5歳くらいの子どもたちと出会い、砂漠で撮影した写真を見せながら話をした。

「子どもたちの目が、みるみるキラキラしていくのがわかりました。“目が輝く”とよく言いますが、本当に輝くんだ! と。それで子どもたちは、暑いの? 寒い!? とどんどん質問してきて、とてもはしゃいでいる。彼らのなかで抑えられない何かが湧いてきているのがわかりました。好奇心の種を植えつけた、そんな感覚があった。未知の風景というのは、人の心を豊かにするんだなと。旅をしながら、そんなことが世界中でたくさんありました。国境も肌の色も宗教も関係なく、この世界の、地球の美しさに感動する人の心に差はありませんでした。これはスゴイ、なんてコミュニケーションだ! これは自分の命、人生を懸けるに値するなと」

心が定まってからの、上田さんの行動力がすさまじい。世界一周は東回りのルートだったが、ロンドン辺りで既に、カメラマンになろう! と決める。その後アフリカ、アジアと周りながら、「まずは学校?」と情報収集。旅を続けながら、入学するための手はずを整えた。

「世界一周の旅で資金を使い果たしたために昼間はバイトにあて、夜間の学校へ通うことに。どうせバイトするならカメラに近い場所で勉強できたらと、広告ビジュアル制作会社でフィルム管理のバイト募集を見つけました。その面接でこれまでの経緯を語ると、だったらアシスタントになった方がよくない? と声をかけられ、そのまま就職することなったんです。9月に帰国し、11月にはカメラマンのアシスタントになっていました。ラッキーだったんですよ」

これぞトントン拍子! 純な思いに後押しされた行動力が、カメラマンへの道をずんずん切り開いた。

山も、海も、野生動物も

上田さんのインスタは独特だ。エベレストもクジラもユキヒョウも、見たことのない風景が惜しげもなく並ぶ。山岳写真家なら山の写真がズラリ、クジラばかりを追う人、野生動物専門、それが当たり前というこちらの勝手な先入観は、見事にぶち破られる。

「山も海も動物も全部好きなんです。撮りたい、伝えたい風景は山にしかないわけじゃない。ひとつに限定することは考えられなかったです。2018年からはヒマラヤを4年ほど撮っていて。アマ・ダブラム、マナスルを登り、コロナ禍の一年ほどを経て、エベレストとかなりフル回転で山ばかりを撮影しました。エベレストの8000mあたりは、酸素濃度が低下して生物が生存できない“デス・ゾーン”です。そのあとには真逆の世界、命がいちばん豊かな場所ってどこだろう、母なる海? 海に潜りたい! と思って。三か月後には、もう海に潜っていました」

プロジェクトとしてチームで動くのかと思いきや、情報収集や旅の手配、実際に旅に出るのも「基本はというか、全部ひとりでやってます」と上田さん。登山はシェルパと二人隊で、また動物の専門家や船を出してくれる漁師さんと現地での助けを借りながら世界の僻地や秘境へ挑む。“上田優紀”って何人いるの!? と思うが、旅行会社に勤めた経験を含め、幼少期からの“英才教育”といい、すべてがネイチャーフォトグラファーとして活動するいまに繋がっている。

「クジラとイルカが顔を合わせ、一緒に海底へ潜っていきました。彼らはコミュニケーションを取り、遊びにいったんでしょう。なんだかストーリーがありますよね」と上田さん。

もうひとつ、写真家を目指す道も独特。まず写真を好きになり、独自のテーマやスタイルを求めて自分探し、という一般的な道筋とは異なる。なにしろ、「旅に出る前は、まさか自分が写真家になるとは思っていなかった」のだから。

「それで自分の好奇心がどこに向いているかによって、取り組むものが変わります。伝えたい! というのがゴールです。しばらくの間、2年ほど動物を追っていて、いまは山に戻りました。来年にかけては山と、それからシロナガスクジラを撮りたいと思っています」

そんな上田さんにとって、“いい写真”ってなんなのだろう?

「写真は、事実を切り取ることができます。だから写真という方法を選んでいますが、それで想像もできない風景を届けたいのです。でもその写真がつくられた美しさだとしたら、その感動は薄まってしまいます。例えば東京でこうして話している間にも、地球のどこかにそうした風景が広がっているかもしれない。宇宙空間のような色をした空を抱えた山が、この世界のどこかにある――。そう想像出来ることが喜びになり、心が豊かになることに繋がります。だから記録写真、あるがままを記録できた写真が、僕にとっていちばんいい写真です。そこに僕の色、自分の表現みたいなことはいっさい載せたくありません」

当然ながら、上田さんが写真に色を加えたり、加工することはない。その嘘のなさ、これが事実! という説得力が見る人の心を強く捉える。

ナミブ砂漠に現れたオリックス。まるでデザイン化された絵画のよう。

強烈なオレンジ色の砂漠が描く曲線、スカッと抜ける鮮やかな空の青。両者が完璧な曲線を描いて交わるその中心で、二本の鋭い角を生やしたオリックスが、すっと立っている。考え抜かれたデザイン画のような色彩と構図のこの写真が、加工なしの記録写真!? にわかには信じがたい。「あれは世界最古の砂漠であるナミブ砂漠です。あの場面に出合ったとき、僕も超びっくりしたんです」と上田さん。砂漠に新しい、古いが!? 何を聞いても驚いてしまう。

「8000万年前って人類誕生の遥か昔、まだ恐竜が生きていた時代で。地球上にそれだけの歴史を抱えた風景があるなら、それは記録しておく意味がある。写真として伝えたとき、見た人に感動してもらえるものになるんじゃないかと」

そうして訪れたナミブ砂漠は世界遺産に登録される観光地で、多くの人が訪れていた。まずは道があるところまで車で行ってみるが、そこにもたくさんの人が。「8000万年前の空気は既にない、ということか」、あきらめかけたが、砂漠は広大。道が途切れた先、地平線の彼方まで続いていた。あの先に何かあるかもしれない――。カメラと方位磁石と食糧だけをリュックに入れ、上田さんはたったひとりで歩き出す。

「3、4時間歩いた先にも、砂漠は続いていました。それで周囲数キロに、自分しかいない。ナミブ砂漠って、鉄分をたくさん含むから赤いんです。太陽が傾くと、より赤さを増す。赤くなってきたな、そろそろ戻らなきゃ…と思っていたら、砂丘のところにオリックスがぺこんと現れたんです。これがもしかしたら、ナミブ砂漠が抱える世界最古の時代をはらんだ風景かもしれない。それでシャッターを切ったのがあの写真です。あんな風景を、事前に想像できていませんでした。だからこそ、感動してシャッターを切ったのです。つくりものじゃなくていい。何か足す必要も、まして引く必要もないんですね」

これからもそんな風に記録し、伝えていく。するとヒマラヤでも、海でも、南極でも、心を捉える写真を撮るには、どうしても文字通りに命がけの挑戦になってしまう。

「自然の写真って、どれだけその世界に入っていくことができるかで。その淵に命を置くことは“入場料”みたいなものです。富士山だとわかりやすいかも。裾の広がったキレイな形も富士山の風景のひとつですが、そうして外から見て美しいだけじゃなく、その中に入ったからこそ触れられる自然の持つ本当の姿こそが美しい。整っている必要なんてまったくない、自然の美しさってそういうことで。それがエベレストであっても、外から撮るのではなく、登る。命がけになるのは仕方ないですよね。それで生きて帰ってきて、届けてこその写真家ですから。そのために徹底して準備します」

上田さんの写真はこの世のものと思えない風景や、つくりものを超えた美が確かに記録されていて、それを前にすると「すげぇ」くらいしか言えなくなる。当たり前だが、この写真のどの瞬間も上田さんは目撃していたと思うと、信じられないような気持ちになる。

「そうした瞬間を前にしたときの気持ちは言葉にできません。その思いを伝えるには、僕には写真しか手段がない。例えば誰かが僕の写真集を手に取り、こんなに美しい世界があるんだ! と思っていただけたらうれしいです」

七大陸最高峰制覇にあと3座、それからK2も登っておきたい。以前挑戦して撮れなかったシロナガスクジラも、いずれは宇宙も!

「伝えたいものが、尽きることはありません。200年生きても、足りないくらいです」

人工衛星のカメラを使って撮影した地球。「この写真が出来上がったとき、キレイだなと。僕が宇宙にいてファインダーをのぞいてシャッターを切っても、美しい! と思うはず。いつか、それを伝えられる写真を撮りたい」と上田さん。

著者画像

浅見祥子さん

映画ライター

雑誌『BE-PAL』(小学館)、『田舎暮らしの本』(宝島社)、web「サライ.jp」(小学館)、「シネマトゥデイ」などで映画レビュー、俳優&監督インタビューを執筆。また、『芸能マネージャーが自分の半生をつぶやいてみたら』などの書籍ほか、赤楚衛二『A』、菅田将暉『着服史』、小関裕太『Y』、藤原大祐『FeaT.』、菅井友香『たびすがい』(すべてワニブックス)などでインタビューを担当。

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