訪れてみると、そこには砂漠に夢見たタフな男たちの痕跡が残されていた。
- Text
変な地名のゴーストタウン

アメリカでのロードトリップ中、アリゾナ州の美食タウンとして知られるツーソンを出発して、お隣のネバダ州ラスベガスを目指して車を走らせていた日のこと。ラスベガスは煌びやかな娯楽の町でありながら、実際に行ってみると周辺の数百kmは乾燥した砂漠地帯で、見るものが何もない。
いくらクルマを走らせても変わる気配を見せない景色に飽きてきて、何かおもしろいものはないかと地図を細かく調べてみると、我が目を疑う地名を発見した。その町の名前は「ナッシング」。
「ここには何もないよ」と地図が読者への注意喚起的にコメントを入れたのだろうかと、初めは思った。しかし周辺の町を確認してみると「アッラー」「バグダット」など、北米なのにまさかの中東みたいな名前が並んでいた。
調べてみたところ「アッラー」では西部開拓時代に家畜の放牧が行なわれていて、元々はその牧場主に由来する平凡なナントカ牧場という名前だったらしい。ところがある時から、1904年に書かれたロマンス小説「ガーデン・オブ・アッラー」に登場する景色のようだからという理由で、アッラーという名前になった。
「バグダッド」の由来はもう少しひねりがあって、元々は鉱夫の親子が採掘していた小さな銅山があったそう。鉱石を詰める袋がいっぱいになると、息子が父に「ドゥー・ユー・ハブ・ア・バッグ?ダッド(袋ある?お父さん)」といつも言っていたので、末端だけ省略されてバグダッドと名付けられたらしい。嘘みたいな話だが、町は実在して、今も一応誰かが住んでいる。
一方、ナッシングはというと、どうやら現在は誰も住んでいないゴーストタウン。ナッシングには本当に何も無いのか、寄り道して確かめてみることにした。
砂漠のなんでも屋「オール・マート」

結論からいうと、ゴーストタウンになったナッシングには、崩れかけた廃屋が一軒残っている以外には何もない。
町の存在を示すナッシングという大きな木の看板が、辛うじて柱の上に引っかかっているが、文字はかすれていて、いつ崩落してもおかしくない。
この廃屋には、オール・マートという小さなコンビニを併設したガソリンスタンドがあったらしい。建物は完全に廃屋化しているが、この町の創設者であり最後の住民でもあったバディさんが引っ越してしまった2005年頃までは、町で唯一の店として営業されていたという。
ちなみに店名を直訳すると、なんでも売っているお店といった雰囲気。しかし店の周囲は荒れた砂漠。そのアイロニーがおもしろい。きっと、バディさんの性格が表されているのだろう。冗談みたいなことに本気で取り組む、一風変わった男だったはずだ。
荒野の幻の酒場 Ain’t Much Bar

ナッシングの歴史はかなり浅く、遡っても半世紀に満たない。1977年、鉱石を掘り当てることを夢見たおじさん鉱夫のバディさんが、この場所に目をつけた。彼の本当の名前はリチャードだけど、ナッシングでは誰もが彼のことをバディという愛称で呼んだそうだ。
ここなら金や銀や銅が掘れるかも!と、ある時バディさんは思った。突拍子もないようだけど、歴史を遡って19世紀末ごろには鉱山で一攫千金を狙ってアメリカ各地を探索した人たちがたくさんいた。金目のものが掘れることがわかり、爆発的に人口が増えて生まれた町もたくさんある。これらはブーム・タウンと呼ばれていて、採掘が終わるとほとんどがゴーストタウン化した。
バディの夢の先にはブーム・タウンの誕生があったかもしれない。
今でもナッシング付近は趣味で鉱石を探す人たちの待ち合わせ場所として使われているので、実際にこのあたりでなにかしらの鉱石が採れるのだろう。
ナッシングは今も昔も、キラキラした石を探す夢追い人の町だった。掘り残された金をほんの少しでも良いから見つけたいと、車中生活をしながらナッシングに居着いた人もいたそうだ。まさに、バンライフの元祖。その暮らしぶりを想像すると、ワクワクする。

どれだけ夢があっても、ナッシングの周辺には埃っぽい土とカラカラに乾いた低木が生えているだけ。それを見て、バディの最初の仲間は、「ここにはほとんど、なにもないじゃないか」と笑った。
その通りだ!とバディは仲間のセリフが気に入って、ナッシングの名前の由来となり、通称「Ain’t Much Bar」 というバーを立ち上げたとされている。あんまりなにもない酒場、という意味の名前のバーが、ナッシングで初めての建物だった。
アメリカでは、どんなに小さな田舎の村でも必ず酒場がある。ほかの町から遠すぎて、交番すらないような町にも酒場はある。「とにかく、町で最初にできる店は酒場と決まっているんだ!」なんてアメリカ人は言う。
酒場ができてからナッシングは最大で人口を9名まで伸ばしたそうだ。しかし、残念ながら1988年に火事で焼失してしまう。酒場を失った町からは一人、また一人と住人が減り、ゴーストタウンへの道を辿ることになった。
ピザに夢を託して

ナッシングは二度のゴーストタウン化を経験した町ともいわれている。
バディが夢を諦めて撤退した2005年が一度目のゴーストタウン化で、それからあまり年月を置かずして2008年に彼の夢を引き継ぐ人物が現われる。
起死回生の一手は、ピザ。アメリカ人はピザが大好きだ。日本人に例えるならラーメンやおにぎりのようなソウルフード。たまに食べないと落ち着かないし、ピザが嫌いな人なんて聞いたことがない。
ピザには、アメリカの風情が詰まっている。砂漠の途中にピザ屋が現われたら、その誘惑を無視して通過するのは難しい。だから、ナッシングにプロパン式のポータブルピザ窯を持ち込み、ついでにキャンピングカーでも宿泊できる、砂漠のピザのオアシスを作ろうという男が現われた。
土地を買い、営業許可を申請し、なんと100万ドルもの大金を出して買った夢への切符。しかし、そもそも交通量の多い道路沿いでもないため、2011年に脆くも廃業しゴーストタウンとなって現在に至る。
ナッシングの成果はナッシング

今回私が訪問した時は、もうすでに朽ちてしまったのか見つけることができなかったが、以前はナッシングの男たちへの言葉が刻まれた看板があったそうだ。
Thru-the-years-these dedicated people had faith in Nothing, hoped for Nothing, worked at Nothing, for Nothing.
「ナッシングを信じ、ナッシングに希望を見出し、ナッシングのために身を粉にして働いた男たちの成果は、ナッシングだった」(著者の意訳)
荒野を前にした人間は、2種類に分かれると思う。なにも無いじゃないかと落胆する人。なんでもできるじゃないかと、無限の夢を想像する人。
私のように夢見がちな旅人が、今でも時折ナッシングに吸い寄せられるように訪れている。







