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ハンガリーの「大きな海」と謎の遺跡を探すドナウ川カヤックの旅

2022.06.19

ドナウ川を旅する筆者

ドナウ川を旅する私。

内陸国ハンガリーに、まさか

「You should go to the Big Sea .(大きな海に行くべきだ)」

ハンガリーの田舎町、パーシュにあるカヤッククラブでそう声をかけられた。だがハンガリーという国はヨーロッパの内陸地にあって、海はない。強いていうならバラトン湖というそれはそれは大きな湖が一つあるにはあるが、私がカヤック旅をしているドナウ川からはだいぶ離れている。

ドナウ川の源流地域ドイツから、トルコを目指してカヤックを漕ぎ進める私が最初に到達するべき海は、黒海。大きな海だけど、ハンガリーからはまだ1,000km以上も離れている。

男性に、Big Seaの場所を地図に示してもらうと、それはドナウ川から分岐した小川のようなもので、なるほど確かに「シー」の形をしている。そう、「Big Sea」というのは私の聞き間違いで、「Big C」が正解だった。

そこは、モーターボートの侵入が禁止されているため、通れるのは手漕ぎのボートだけ。動物たちが人間に邪魔されることなく暮らす、穏やかな場所らしい。貨物船がたくさん行き来するドナウ川にあって、異質ともいえるオアシスなのだと。

上の地図をクリックして拡大すると、パーシュという町の下流に、Cの字の弧を描いた小川があることがわかります。

「行かない方が良い」と教えられた町パーシュ

パーシュの脇の林を漕ぐと、まるでマングローブ

パーシュの脇の林を漕ぐと、まるでマングローブのような景色に。

実はパーシュという町は、いろいろな人から「行かない方が良い」と言われていた町だった。なぜならパーシュには原子力発電所があるから。この写真の豊かな林のすぐ近くに、そんな殺伐としたものがあるなんて、なんだか想像がつかない。

ここは、元々はほとんど誰も住んでいないような小さな村だったらしい。それが1967年、家がポツポツと数軒建っているだけの小さな村に原子力発電所を設置する計画が着工して、それからその職員たちがたくさん移り住んできて栄えるようになった、いわば原子力の町。現在も住人の多くは原子力発電所にゆかりがある人たちで、町全体が原子力発電所の関連施設といっても過言ではない。ハンガリーで唯一の原子力発電所でありながら、国内の電気量の半分近くを供給している重要施設。だが、そこに住まない人たちからは、「危険な町」として敬遠されている。

調べてみると、その原子力発電所の施設内に博物館があることがわかった。しかも、近くにカヤッククラブがある。

カヤッククラブの桟橋は脱落していた

行ってみると、カヤッククラブの桟橋は脱落していた。

季節は、5月のカヤックシーズン入り。最近、雪解け水のおかげで水位が上がったのか、川に続く階段に引っ掛けるようにして設置されていたカヤック上陸用の桟橋が脱落していた。それをクラブの練習生の子供たちみんなで、綱引きみたいにして引っ張り上げているところだった。

カヤッククラブにあった1964年の東京オリンピックの賞状

カヤッククラブにて。この賞状は、まさか!?

トレーニング室の写真で、思いがけず、私は日本語に出会った。しかも、毛筆で書かれている。それは1964年の東京オリンピックの賞状だった。このカヤッククラブから、メダリストが出たらしい。

このカヤッククラブは、周囲を不自然に原子力発電所の敷地に囲まれるようにして建っている。だが、この賞状を見て納得した。このクラブは、発電所が設けられるよりも前から、ここにあったのだ。

カヤック旅で学ぶ、原子力発電所の歴史

カヤッククラブと原子力発電所を結ぶ道

カヤッククラブと原子力発電所を結ぶ近道。

カヤッククラブから原子力発電所の博物館へ行くには近道がある。それは確かに近道なのだけど、線路を跨いだり、いかにもこれから何かを建築しようという様子の空き地を突っ切ったり、「本当にここ、通っていいの?」と不安になる近道だった。

行き着いた先には、鉄格子の門があって、コワモテの警備員3人に囲まれるのだからますます不安になる。やはり原子力発電所なので、人もクルマも入るときはチェックを受けるらしい。

コワモテの警備員さんがくれたチョコ

コワモテの警備員さんはホスピタリティに溢れていて、お土産にチョコをくれた。

博物館以外の施設の撮影は禁止で、ガイド付きの個人ツアー形式として入場した。この日私を案内してくれたお兄さんは、親子2代でこの発電所で働いている。アウトドアとは直接関係がない話なので、博物館について詳しい話は省略するが、私たちが持つ原子力発電所のイメージとは対照的に、パーシュの職員は「原子力発電のおかげで、今の豊かな暮らしがある」と極めて前向きな様子だった。

カバンに入るサイズの電子板

カバンに入るサイズの電子板。その理由は?

この発電所が作られた当時、ハンガリーはソ連の支配下にあったという。ヨーロッパの東西を分断するいわゆる鉄のカーテンがある時代で、設備に関する部品の一部は、密輸同然で輸入することもあった。当時使われていた電子回路の板がカバンにちょうど収まる大きさなのも、国境での検疫を避けて持ち込めるためだったという。そういう厳しい時代にありながらも、ここで働く職員は、住むところを保証され、敷地内には学校も作られ、そして様々なスポーツに励む余裕があった。それは、原子力発電所を中心に特別な街が作られたみたいな、国内でも比較的恵まれた暮らしを保証されていたから。

パーシュという町は、観光で有名なわけでもなければ、ハンガリー人の間でも敬遠されている町である。私も、ドナウ川を下ってなければ、きっと立ち寄る機会もなかっただろう。もしかしたら私は、ハンガリー人も知らないハンガリーの一面を、見たのかもしれない。

「ビッグ・シー」が見つからない

ビッグシーを探して、いろんなところを進んでみた

ビッグシーを探して、いろいろなところを進んでみる。

カヤックに話を戻すと、ビッグ・シーはその愛称とは裏腹に、とにかく入口が小さくて、見つけることが困難だった。

Googleマップ上では、Cの字の頭とお尻がドナウ川につながっているのだが、その頭が全然見つからない。小さな中洲が連なった迷路みたいな中を漕いで、時に岩と岩の隙間を抜けたりして探し回ったが、見つからなかった。

ここで船専用の地図アプリ、OsmAndに切り替えて確認すると、Cの字のお尻だけがドナウ川と繋がって出入口になっていることに気がついた。それは、かなり注意して探さないと通り過ぎてしまうような細い入口だった。

ようやく見つけたビッグ・シーだが、出入口が同じというのが私は不服だった。川下りの旅で、同じところ往復して2度通るのはどうなのか。再び地図を確認すると、もう少し下流にある別の小川に、何やら要塞の跡地があることがわかった。

ドナウ川でみたイノシシ家族

春のドナウ川で見たイノシシ家族。

ビッグ・シーと同じく、ほとんどモーターボートが通らない、静かな小川。岸辺にイノシシの親子が水飲みをしていた。お父さんと、お母さんと、子供が8匹。日本のイノシシと比べるとだいぶ大きいが、それより、子供たちの体の模様が、真っ黒な大人と全く違う。茶色い体に白い斑点模様なのは、まさに、ウリボーといった見た目だった。

今度は要塞を探して

遺跡を探しに、一旦上陸した

遺跡を探しに、一旦上陸。

翌朝は、肝心の要塞跡を探しにトレイルを歩いた。森を抜ける小さなトロッコ列車には観光客。地元の人はサイクリングで来るらしく、泥道にタイヤの跡があった。

その要塞跡というのは、Googleマップでピンだけが示されていて、画像が載っていなかった。まだ見ぬ要塞を求めて、森の中を、歩く、歩く。

たまには森の道を歩くのも楽しい

ずっと漕いでばかりいないで、たまにはこうやって森を歩くのも楽しい。

トレイル内のいくつかの分岐を、ただ地図上のGPSを頼りに曲がって進んでいく。

遺跡の代わりに、そこにあった餌やり台

遺跡の代わりに、そこにあったもの。

いざ、目的地にたどり着くと、そこには、山積みになったタイルと三角に組まれた丸太から吊り下げられた樽。家畜の餌を吊り下げているのだろうか。肝心の要塞らしいものを何も見つからなかった。大昔はここにあったはずだけど、現在はもうすべて消えてなくなった、ということだろうか。

結論からいうと、大きな海はSeaとCの聞き間違いで。おまけに要塞跡地には、何もなかった。

まあ、アテもなくカヤックで毎日フラフラフラしていると、こういう日もある。それもまた良しとしよう。

私は、旅に出るとき、なるべく事前に下調べをしすぎないようにしている。

どこに何があって、いつどこへ行くべきか。それを全部知って決めてしまうと、旅がただ計画を実行するだけの作業になってしまう気がして。それは、普段の生活の中で、仕事や勉強で成功するために、実現したい未来を自分の中で具体的に決めて逆算、それに沿うように行動し努力することと似てしまう。

旅をしているときくらいは、すべて気分となりゆきに任せて、毎日を偶然の出会いで満たしていきたい。

どうせ本当の海までは、川が連れていってくれるんだから。のんびりと、下っていこう。

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私が書きました!
剥製師
佐藤ジョアナ玲子
フォールディングカヤックで世界を旅する剥製師。著書『ホームレス女子大生川を下る』(報知新聞社刊)。じつは山登りも好きで、アメリカのロッキー山脈にあるフォーティナーズ全58座(標高4,367m以上)をいつか制覇したいと思っている。
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