
多民族を象徴するのは猫?!
ボルネオ島のマレーシア・サラワク州は、華人、マレー人、サラワク先住民族とさまざまな人々が共存している。それぞれ道教・仏教、イスラム教、キリスト教と信仰する宗教が異なる。州都クチンはマレー語で猫と同じ発音なので、「猫の街」と呼ばれる。
ロータリーなど、街のあちこちに猫のシンボルがある。なかでも中華街の入り口にいる猫娘は、サラワクでもっとも有名な猫である。この猫娘、シーズンによって衣装を変える。華人の正月には華人の衣装、ガワイ(イバンの収穫祭)にはイバン人の衣装、ハリラヤ(断食明け)にはマレー人の衣装、ディパバリというヒンドゥー教の新年にはインド人の衣装を纏う。

宗教が定まらないために相手が選べず、一生結婚できない猫といわれる。いや、日本人とだったら結婚できるんじゃないかと思ったりする。ともあれ、クチンの多民族性を象徴する猫である。クチンには、オールドバザールと呼ばれる立派な中華街があり、交易のために開かれた街の名残がある。



プラナカン料理はココナッツミルクとヤシ油が基本
クチンでは異文化が影響しあって多彩な食を生み出すことから、2021年にユネスコ食文化創造都市に認定された。そのベースは華人系とマレー系の料理であり、両者が融合したプラナカン料理である。15世紀後半、華人が交易のためにマレーシアやシンガポールに移民し、現地の女性と婚姻を結んで根付いていった。
プラナカンとは華人系移民の子孫のことで、プラナカン料理は中国の調理法がマレーの食材や香辛料と出会って形成されたものである。プラナカン料理にみられるマレー的要素は、ココナッツミルクやヤシ油を基本とし、穀物酢の代わりにタマリンドや柑橘類、調味料としてサンバルやブラチャンを多用することである。
サンバルは、チャベ(トウガラシ)、バワンメラ(小粒の赤タマネギ)、バワンプティ(ニンニク)に塩や砂糖などを加えたものだ。ブラチャンとは、小エビ塩辛ペーストである。おもにサクラエビ科アキアミ属(Acetes spp.)の小エビを発酵させたもので、マレーシア独自でなく、タイでカピ、インドネシアでトラシと呼ばれるものと基本的に同じである。もともとボルネオ島で発達したものではなく、マレー半島から来たようだ。

わたしが好んで食べるクチンの朝食は、サラワク・ラクサである。一般的にラクサとは、マレー半島やサバ州にもあるプラナカンの麺料理である。30種以上ともいわれる香辛料をそれぞれの店が秘伝とするレシピで混ぜ合わせ、ほんのりカレー風味でココナッツミルクのコクがしっかりと味わえるスープだ。
サラワク・ラクサの麺はビーフンで、具材として薄焼き玉子の千切り、鶏肉、エビなどで、青みは店によってコリアンダー(パクチー)の葉もしくは青ネギである。だいたい朝7時に開くので、クチンの街中に滞在するときは、朝食はほぼ100%サラワク・ラクサである。

マレー半島やサバ州ではイスラム食堂へ行く
しかし、ラクサといってもマレーシア各地でかなり味付けが異なり、マレー半島やサバ州のラクサはわたしにはどうも口に合わず、そういうときにはイスラム食堂でロティ(クレープ状の小麦粉の薄い非発酵パン)を焼いてもらうことになる。

インドやパキスタンのチャパティと同様に、水を加えた小麦粉を捏ねて寝かしておいたドウをひとつかみずつ丸めておいたものを、注文のたびに手品さながらにくるくる回しながら円く薄く延ばして、それを鉄板で焼いてくれる。

ロティにはテ・タリというミルクティーが付き物だ。テ・タリとは、マレー語で「引っ張るお茶」という意味である。2つの容器の間でミルクティーを何度も繰り返し注ぐことで、泡立ちをよくする製法に由来する。十分に泡立っていないと、テ・タリとはいえない。

マレーシアでホテルの朝食を食べない理由
わたしはマレーシアの街に宿泊して、ホテルの朝食ビュッフェを食べることはまずない。マレーシアには朝にしか味わえない軽食があるからだ。サラワク・ラクサは、スープにココナッツミルクをたくさん投入してあるので、早朝につくったスープは昼前に使い切ってしまうのが原則だ。
そのためにサラワク・ラクサの店は、昼食には別の麺類を出す。またロティもつくり置きはせず、専従のスタッフが必要なのでほぼ朝食限定の店が多く、昼になるとマレー風のナシ・チャンプル、つまり白いご飯あるいはピラフと一緒に、ケースに並んでいるさまざまなおかずを好きなように盛り付けて食べる店となる。

ちなみにサラワク・ラクサはサラワク州でしか売られていなので、サラワクを離れると食べたくなって仕方がない。幸いなことに、最近はスープをペーストにしてパックで売っている。それはよくできていて、指定どおりの量で水に溶いてココナッツミルクを混ぜて温めるとスープの出来上がり。
薄焼き玉子を千切りにし、欲をいえば鶏肉や小〜中サイズの無頭エビを茹でておいて具材を準備しておく。ビーフンを水でもどして(日本では茹で素麺を使うことがあるが)少しお湯で温めてまずどんぶりに盛り、具材を上に散らしてパクチーを少々あしらってスープをかけると、名店のそれにはおよばないものの、ラクサ恋しさを慰めるにはじゅうぶんな一品となる。
※とくに表記のない写真はすべて湯本さんの撮影