
ダチャンの日の夕刻、村の子供たちは、めいめい手づくりの弓矢を持って集まり、儀式が始まるのをそわそわと待ち構えていました。
【雪豹に会いに、インド・スピティへ 第10回】
キッバルに伝わる矢と酒の祭、ダチャン

一軒の民家の階上にある仏間で、一心不乱に祈り続けるルイヤの男性。やがて、急に声色が変わったかと思うと、付き人たちにすすめられるがままに酒盃を口にしながら、訥々と神託を告げはじめました。
スピティの古い言葉で語られていたので、内容はまったくわかりませんでしたが、主に来るべき夏の村の農業についてや、村人たちへのアドバイスなどが中心だったそうです。

ひと通り神託を語り終えたルイヤは、外に走り出ると、チャン(大麦で作ったどぶろく)やアラク(手づくりの蒸留酒)の瓶を手に、ゆらーり、ゆらりと舞を踊りました。
そして、付き人から手渡された大きな弓に矢をつがえ、集落のはずれに作られていた高さ2メートルほどの氷の塔に向けて、えいっ、と放ちます。それを合図に、他の村人や子供たちもいっせいに、矢を氷の塔に向けて放ちました。
「キキソソ・ラーギャロー!(神に勝利を!)」という人々の歓声が、夕闇の空に響き渡ります。

その日の夜、キッバル村では、炊き出しのごちそうがふるまわれました。白ごはんとロティ(練った小麦粉を薄焼きにしたもの)、ダール(豆のカレー)、ジャガイモのカレー、そして羊肉のカレー。どれもものすごくおいしくて、村の若者たちと一緒にがつがつといただきました。
一方、村の中のある建物では、いくつもの巨大なポリタンクに入ったチャンが並ぶ一室の奥で、村のおじさんたちがへべれけに酔っ払い、太鼓の音に合わせてよろよろと踊っていました。ダチャンの夜は、こうして更けていきました。
炎を囲んで踊る花の祭、メントク

ダチャンから約2週間後、キッバルでは、メントクの祭りが行われました。この日の夜も、村はずれの古いお堂で神を降臨させたルイヤが、酒瓶を手にゆらゆらと舞い踊ります。よく見ると、ルイヤが自ら突き刺した鋭い鉄串が、左右の頬を貫いていました。

ルイヤからの神託の儀式が終わった後、村の小さな広場では、積まれた薪に火がつけられました。降りしきる雪の中、大きな炎を取り囲んで、手と手をつなぎ合った村人たちが、太鼓の音に合わせて踊ります。遠い昔から続くこの伝統は、これからの時代にも、受け継がれていくのでしょうか。
見つめ続けた雪豹たちとの、別離の時

メントクの翌日は、キッバルでの雪豹撮影の最終日。スピティに来る前は、一度でもこの目で雪豹を見られれば御の字、と考えていましたが、実際に撮影に取り組んでみると、意外なほどの高確率で雪豹の姿を目にすることができました。単純に、幸運に恵まれていたのだと思います。
その一方で、気候変動に伴う積雪量の減少や、急激な開発による自然環境への影響など、気がかりな要素もたくさんありました。ほんのわずかな月日のうちに、スピティでも、取り返しのつかない変化が起こってしまうかもしれません。その変化は、日本で暮らす僕たちや、地球上のすべての場所の人々にも、関わってくるものです。
人間や雪豹を含む、すべての生きとし生けるものが、それぞれの居場所で穏やかに、あるがままに生きていくことのできる未来を、僕たちは選び取っていけるのでしょうか。