キッバルの冬の2つの祭礼と、雪豹の双子との別離 - 【BE-PAL】キャンプ、アウトドア、自然派生活の情報源ビーパル
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    2025.05.30

    キッバルの冬の2つの祭礼と、雪豹の双子との別離

    キッバルの冬の2つの祭礼と、雪豹の双子との別離
    雪豹の撮影で僕が滞在していたスピティのキッバル村では、冬のさなかに、「ダチャン」と「メントク」という、2つの対となる祭りが催されます。現地の言葉で、「ダチャン」は「矢と酒」、「メントク」は「花」という意味だそうです。どちらの祭りでも、現地で「ルイヤ」と呼ばれるシャーマンが執り行う神下ろしの儀式が、行事の中心に据えられています。

    ダチャンの日の夕刻、村の子供たちは、めいめい手づくりの弓矢を持って集まり、儀式が始まるのをそわそわと待ち構えていました。

    【雪豹に会いに、インド・スピティへ  第10回】

    キッバルに伝わる矢と酒の祭、ダチャン

    Photo by Takaki Yamamoto, All Rights Reserved.

    一軒の民家の階上にある仏間で、一心不乱に祈り続けるルイヤの男性。やがて、急に声色が変わったかと思うと、付き人たちにすすめられるがままに酒盃を口にしながら、訥々と神託を告げはじめました。

    スピティの古い言葉で語られていたので、内容はまったくわかりませんでしたが、主に来るべき夏の村の農業についてや、村人たちへのアドバイスなどが中心だったそうです。

    Photo by Takaki Yamamoto, All Rights Reserved.

    ひと通り神託を語り終えたルイヤは、外に走り出ると、チャン(大麦で作ったどぶろく)やアラク(手づくりの蒸留酒)の瓶を手に、ゆらーり、ゆらりと舞を踊りました。

    そして、付き人から手渡された大きな弓に矢をつがえ、集落のはずれに作られていた高さ2メートルほどの氷の塔に向けて、えいっ、と放ちます。それを合図に、他の村人や子供たちもいっせいに、矢を氷の塔に向けて放ちました。

    「キキソソ・ラーギャロー!(神に勝利を!)」という人々の歓声が、夕闇の空に響き渡ります。

    Photo by Takaki Yamamoto, All Rights Reserved.

    その日の夜、キッバル村では、炊き出しのごちそうがふるまわれました。白ごはんとロティ(練った小麦粉を薄焼きにしたもの)、ダール(豆のカレー)、ジャガイモのカレー、そして羊肉のカレー。どれもものすごくおいしくて、村の若者たちと一緒にがつがつといただきました。

    一方、村の中のある建物では、いくつもの巨大なポリタンクに入ったチャンが並ぶ一室の奥で、村のおじさんたちがへべれけに酔っ払い、太鼓の音に合わせてよろよろと踊っていました。ダチャンの夜は、こうして更けていきました。

    炎を囲んで踊る花の祭、メントク

    Photo by Takaki Yamamoto, All Rights Reserved.

    ダチャンから約2週間後、キッバルでは、メントクの祭りが行われました。この日の夜も、村はずれの古いお堂で神を降臨させたルイヤが、酒瓶を手にゆらゆらと舞い踊ります。よく見ると、ルイヤが自ら突き刺した鋭い鉄串が、左右の頬を貫いていました。

    Photo by Takaki Yamamoto, All Rights Reserved.

    ルイヤからの神託の儀式が終わった後、村の小さな広場では、積まれた薪に火がつけられました。降りしきる雪の中、大きな炎を取り囲んで、手と手をつなぎ合った村人たちが、太鼓の音に合わせて踊ります。遠い昔から続くこの伝統は、これからの時代にも、受け継がれていくのでしょうか。

    見つめ続けた雪豹たちとの、別離の時

    Photo by Takaki Yamamoto, All Rights Reserved.

    メントクの翌日は、キッバルでの雪豹撮影の最終日。スピティに来る前は、一度でもこの目で雪豹を見られれば御の字、と考えていましたが、実際に撮影に取り組んでみると、意外なほどの高確率で雪豹の姿を目にすることができました。単純に、幸運に恵まれていたのだと思います。

    その一方で、気候変動に伴う積雪量の減少や、急激な開発による自然環境への影響など、気がかりな要素もたくさんありました。ほんのわずかな月日のうちに、スピティでも、取り返しのつかない変化が起こってしまうかもしれません。その変化は、日本で暮らす僕たちや、地球上のすべての場所の人々にも、関わってくるものです。

    人間や雪豹を含む、すべての生きとし生けるものが、それぞれの居場所で穏やかに、あるがままに生きていくことのできる未来を、僕たちは選び取っていけるのでしょうか。

    山本 高樹さん

    著述家・編集者・写真家

    1969年岡山県生まれ、早稲田大学第一文学部卒。2007年から約1年半の間、インド北部の山岳地帯、ラダックとその周辺地域に長期滞在して取材を敢行。以来、この地方での取材をライフワークとしながら、世界各地を取材で飛び回る日々を送っている。著書『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』(雷鳥社)で第6回「斎藤茂太賞」を受賞。最新刊『雪豹の大地 スピティ、冬に生きる』(雷鳥社)。

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