
日本で唯一のプロハイカー・斉藤正史さんは、そんなシーニックトレイル全11ルートの踏破に挑戦中です。2024年9月から10月にかけては、アメリカ東部の「ポトマックヘリテージトレイル」と「ニューイングランドトレイル」に挑みました。斉藤さんによるアメリカのトレイルの最新レポート第11回をお届けします。
[ポトマックヘリテージトレイル編 その11]
トレイル初日は14マイル過ぎからキツくなり…
今回歩いたC&O運河トレイルには、無料のキャンプ場と有料のキャンプ場が点在しています。もちろん僕は、無料のキャンプ場を中心に予定を組みました。
時折あるC&O運河トレイルの有料キャンプ場は、ほとんどが行政で管理しているものですが、設備などは無料のキャンプ場とほぼ変わりません。それでいて、有料キャンプ場では設備の使用許可書の提出を求められたりするので面倒です。
なので、水の補給や休憩で立ち寄ることはありますが、基本的には泊る必要はありません。僕が目にした限りだと、有料キャンプ場は学校や地域が行う大勢の子どもたちのキャンプで主に利用されるようです。

トレイルから望んだポトマック川の支流。完全に街を離れました。
The Potomac Heritage Trail : MILE 8.8
前回も記したように、C&O運河トレイル沿いには歴史的な建物を宿泊施設として提供しているロックハウスが計7軒あります(宿泊料が高いので僕は利用しませんが)。
そのうちの1軒が「ロックハウス10」。ここは1830年に建設され、20世紀に入ってから国立公園局の作業員によって改築されました。家具や装飾は、ニューディール政策の時代である1930年代のもので再現しているそうです。
ところで、C&O運河トレイルを歩いていると、追い抜く人より、前方から来てすれ違っていくバイカーの方が多くいます。当然、すれ違うたびに挨拶をしますが、妙に忙しいというか落ち着かないトレイルが続きます。
歩き始めて11マイルを越えると、ずっと登り道を歩いているので疲れが出始めました。休憩しつつ地図を見ると、それほど遠くない場所に集落などがあるようです。でも、トレイルからは住宅が全く見えず、ただ自然のど真ん中にいる感覚です。
The Potomac Heritage Trail : MILE 14.0
スタートから14マイルまで来ると、グレート・フォールズ・オブ・ポトマック(=急流と滝)がありました。ここは、C&O運河ができるずっと前から観光客の集まる名所だったそうです。古くはネイティブ アメリカンにとっての集いの場であり、初代大統領ジョージ ワシントンにとっては航行の障害だったとか。
ここに、グレート・フォールズ・タバーン・ビジターセンターがあります。とても趣のある建物ですが、古くはクロメリンハウスというホテルだったそうです。グレート・フォールズの閘門番であるフェンロン氏が、運河の運営会社にホテルを「建設してほしい」と提案。
それが受け入れられ、ホテルは 1831年に開業しました。そして、フェンロン氏は、ダンスパーティーや社交イベントなどをクロメリンハウスで主催したそうです。ホテルの名前にある「クロメリン」は、運河に投資したオランダ人に敬意を表して付けたとか。

グレート・フォールズ・タバーン・ビジターセンター。観光地としてきれいに整備されていました。
The Potomac Heritage Trail : Nearing MILE 16.0
グレート・フォールズ・オブ・ポトマックから、ポトマックヘリテージトレイル初日の目標であるスタートから16マイルのキャンプ場までは、わずか数マイルの道のりです。でも、この区間がすごくしんどかった…。
足が重く、頻繁に時計に目をやって「まだ1分しか歩いていないのか」と嘆く。だからといって、その辺に座って休んでいると、通りかかったバイカーに「大丈夫?」と声をかけられてしまいます。
「ノープロブレム」と答えますが、その些細なやり取りすら億劫なほどグッタリ。なので、そろりそろりとでも歩くしかありません。プロハイカーでも、ひさびさのトレイル初日ってこんなものです。
トレイル初日に16マイルを歩くのは、僕の感覚からすると「やってやれないことはない」ぐらいの距離です。それでも、トレイルヘッド(起点)から16マイル先のキャンプ場を初日の宿泊地に設定したのは、円安の影響もありました。
当然ですが、滞在日数が増えた分だけ滞在費がかかります。初日のコースは歩きやすそうな道のりだったこともあり、「歩けるときに歩こう」と思ったのです。
でも、やはり限界だったようです。考えてみれば、ワシントンDCの宿泊先からトレイルヘッドまで歩いた距離も含めれば、今日1日で約19マイル(約30.4km)も歩いたわけですから。

MILE16のマーカー。キャンプ場まであと少し…。
The Potomac Heritage Trail : Nearing MILE 16.7
16マイルを少し過ぎたところに、宿泊施設でもある「ロックハウス21」がありました。ここは、1924 年にC&O運河が閉鎖されたときに閘門管理人を務めていた人の名前にちなんで「スウェインズ・ロック」とも呼ばれています。スウェインは、他の閘門管理人と同じく、仕事の給与だけでなく、住居(=ロックハウス)や農地も会社から提供されていたそうです。
そして、運河閉鎖時に従業員として働いていた多くの閘門管理人と同様、スウェイン一家もロックハウスから立ち退きを強いられることはなく、なんと2006年まで住み続けたそうです。彼らは、C&O運河トレイルを通るハイカーやバイカー向けの軽食スタンドを経営していました。
その後、2018年にロックハウス21の改修工事が始まり、宿泊施設として一般に貸し出しされるようになったとか。1830 年代初頭に建てらロックハウスですが、スウェイン夫妻によって電気、暖房、水道が備え付けられおり、2018年の改装後にはエアコンが追加されたそうです。
さて、トレイルを挟んで「ロックハウス21」の反対側、ポトマック川沿いにあるキャンプ場「Marsden tract Group Camosite」で、僕のポトマックヘリテージトレイル初日は終えることになりました。キャンプサイトの一番奥まで進み、ピクニックテーブルに荷物を降ろしました。時計を見ると16:30。実際の距離以上に長く感じた1日でした。
僕がキャンプサイトに着いたとき、とあるグループがはしゃいでいて、しかもギターを持っている人も見えたので、それなりに覚悟はしていました。
で、予想が裏切られることはなく、日が沈んでからも彼らはうるさいままでした。が、トレイル初日の疲労や時差ボケでグッタリしていたので、気づけばグッスリ熟睡していました。

初日の宿泊地である「Marsden tract Group Camosite」。
The Potomac Heritage Trail : Nearing MILE 19.7
翌日、ポトマックヘリテージトレイル2日目は、早々にキャンプ場を出発。間もなく、僕が目にした順番でいうと4軒目となる「ロックハウス 22 」がありました。
先述したようにロックハウスは宿泊施設として改修・整備されていて、電気や水道、エアコンなども完備しています。しかし、あえて近代的設備を整備していないままのところも何軒かあり、この「ロックハウス 22 」もそのひとつだとか。電気などがないことで、1800 年代に運河沿いに住んでいた人々の暮らしを追体験できる、という考えらしいです。
でも、運河沿いなので夏は蒸し暑いし、蚊が多量に発生します。それでいて、ロックハウスの宿泊料は1泊数万円です。いくら貴重とはいえ、19世紀の不便な暮らしを追体験するために大金を払うなんて、アメリカらしいというか何というか…円安でいろいろ節約しながら歩いているハイカーには理解できません。
とかなんとか、ひとりでブツブツ言っていたら(実際には黙って歩いています)、街が近いことを示す案内板がありました。が、よく見ると街まで4〜5マイル(約6〜8km)とあるので、そこそこ距離があります。
アメリカでは、車移動を基準に「すぐ近く」などといいがちですが、自分の足が頼りのハイカーからすると「すぐ近く、じゃない」となります。食料の買い出しなどで早く街に出たいときほど案内板にダマされがちですが、ぬか喜びすると反動で一気に疲れるので、注意が必要です。

街が近いおとを知らせる案内板。ぬか喜び、厳禁!
The Potomac Heritage Trail : Nearing MILE 22.1
ロック 23(別名バイオレット・ロック)という閘門がありました。ここは、現在も水が通っているC&O運河の流域の終点でもあります。多少の例外はありますが、バイオレットロックより上流の運河の流域はほとんどが水が抜かれ、放置されたままで整備されていません。
水辺なので蚊が多かったとはいえ、運河沿いを歩くのはそれなりに気持ち良かったのですが…。もっとも、ポトマック川には支流も多いので、この先は全く水辺を歩かないというわけではありません。
そして、ロック23を過ぎると、一気に観光客の姿がなくなります。トレイルを通るバイカーとハイカー、それと近所の方が歩く道のりになります。やはり、観光地を歩くよりも、こうした静かな林道を歩く方が落ち着きます。本来の(というのも変な言い回しですが)、平穏なトレイルを粛々と歩いていきます。

このエリアはまだ水路に水が入っています。

水路がなくなったエリア。パッと見は平坦な道ですが、ずっと緩やかな登りです…。
The Potomac Heritage Trail : Nearing MILE 27.2
メリーランド州野生生物遺産局によって管理されている「マッキー・ベシャーズ 野生生物管理地域」がありました。文字通り、メリーランド州の野生生物資源を一般の人々に楽しんでもらいながら、多様な野生生物の個体群とその生息地を保護・強化するためのエリアです。
この地域には、オジロジカ、野生の七面鳥、リス、鳴鳥、水鳥など、多くの野生生物種の生息地となっているそうです。C&O運河トレイルを進んでいくと、徐々にこうした州立や国立の公園や自然保護区を見かけるようになっていくのでした。
そうこうしているうちに、2日目の宿泊地に到着。泊まったのはC&O運河トレイルの無料キャンプ場「Tutle Run Campsite」でした。
前にも触れたように、僕が歩いているC&O運河トレイルは徒歩のハイカーだけでなく、バイカーも通ります。機動力のあるバイカーは、天候が良くない日は風雨をしのげる近くの宿に移動して泊まるようです。一方、機動力のないハイカー(僕)は、雨で誰も立ち寄らないキャンプ場に一人テントを張るわけです(静かで落ち着けるから良いのですが)。
もちろん、ビショビショに濡れます。でも、VOL6で紹介したように、インナーテントを濡らさずに撤収できるように改良しているので、多少は雨が続いても問題ありません。
それにしても、今回はトレイルのスタート前から雨が降り続いていて、ポトマック川の水位もかなり上がっています。キャンプ場は川の近くなので、ちょっと気がかりです。そろそろ雨やまないかな…。

Tutle Run Campsite。雨なので誰もおらず、広々としたキャンプ場を貸切状態。
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