「わかさいくる」完全走破(前編)。若狭湾を高浜町から小浜市まで走った! | 自転車・MTB 【BE-PAL】キャンプ、アウトドア、自然派生活の情報源ビーパル

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2026.11.03

「わかさいくる」完全走破(前編)。若狭湾を高浜町から小浜市まで走った!

「わかさいくる」完全走破(前編)。若狭湾を高浜町から小浜市まで走った!
福井県の南西にサイクルルート「わかさいくる」が整備され、新しい自転車旅の文化が始まった。全長126.8km。リアス海岸の複雑な海岸沿いを走るルートだ。このルートの完全走破をした! 凄腕サイクリストではない。自転車旅から遠ざかって久しいシニア男子だ。使った自転車はレンタサイクルのE-Bike。前編はルートの高浜町から小浜市まで。それは若狭湾の豊かな魚食文化を味わう旅でもあった。

新しいサイクルツーリズムの準備が整い、シニア男子がふたり旅

JR小浜線の若狭高浜駅に着いた。いよいよ自転車旅のスタートだ。

福井県は北陸三県の西端だ。県の中央部、南越前町と敦賀市の間に古くから難所だった山並みが横たわる。山並みを境に、「嶺北」「嶺南」と分けてきた。嶺南はUの字になった若狭湾の底辺にあたり、「若狭路」とも呼ばれる。日本海に面した海岸線は複雑な地形で、半島や岬が突き出したかと思うと、白砂の小さな入江が現れ、また大小の漁港が点々と並ぶリアス海岸の美しさが凝縮された地域だ。この地域に、福井県や嶺南の2市4町(東から敦賀市、美浜町、若狭町、小浜市、おおい町、高浜町)などが連携し、全長126.8mになる「若狭湾サイクリングルート」(愛称「わかさいくる」)を整備した。ルートの全域が若狭湾国定公園だ。特徴的で美しい景観と文化を持つ地で、新しいサイクルツーリズムを楽しむ準備が整い始めたのである。

嶺南の最大の都市は敦賀市だ。現在の福井県と新潟県を結ぶ北陸道の要衝であり、日本海航路の重要な港であった。市内には北陸道総鎮守の氣比神宮が鎮座し、かつて大陸への玄関口となったことを物語る明治時代のレンガ建築も残る。近年では北陸新幹線が延伸するとともに、サイクルツーリズムも盛んになった。そんな敦賀からJR小浜線が県境を越えて京都府の東舞鶴駅まで延びる。「わかさいくる」のルートは、ほぼ小浜線に沿う。各地にはレンタサイクル拠点が設けられ、電動アシスト自転車やスポーツタイプの自転車が利用できる。そこで、私たちはシニア男子のふたりだが、高浜町を起点に敦賀市を終着点とする西から東へ「わかさいくる」完全走破を目指したのである。

寄り道をたくさんしながらのゆる〜い自転車旅という思いを胸に、京都駅を起点にして若狭高浜駅へ向かった。鉄道旅と自転車旅の両方を堪能しようという欲張った計画だ。昔から嶺南と京都は縁深い。サバをはじめとした若狭湾の魚は京都人の食卓を支えてきたのだ。また、アマダイは「若狭ぐじ」として京料理で古くから珍重されてきた。旬を迎える秋には、名だたる高級料理店が扱い、食通たちを喜ばせてきた。「わかさいくる」を西から東へ進めば、左側を通行する私たちの目の前が若狭湾となる。味覚とともに、名産品を産む風土とは? そんな好奇心があった。嶺南は、まず京都市内とは気候が違う。列車の車窓から森を見ているだけで、徐々に異なる自然環境へ向かっているのがわかった。

レンタルしたのは新型E-Bike! 公認『サイクルマップ』が旅の案内役だ

若狭高浜駅に着き、いよいよレンタサイクルを借りることになって驚いた。駅舎に併設の「若狭高浜観光協会」で用意されたのが、新型E-Bikeだったのだ。ホームページで予約の際に写真は見ていたが、ここまで高性能のモデルとは思わなかった。「わかさいくる」では、敦賀市、美浜町、小浜市、高浜町のJR駅に近い4拠点で、「乗り捨て」が可能だ。レンタカーでもあるように、借りる拠点と返す拠点を変えていいのだ。この乗り捨てのシステムは今までになかったもので、12月18日まで「広域レンタサイクル実証事業」としてユーザーの要望にかなうかどうか検証中である。この実証事業で推奨しているモデルが新型E-Bikeなのだ。私たちには似合わない……いやいや、私たちだからこそ、高性能はロングサイクリングの大きな助けになるはずである。

「事業に参加して全行程走破したのは、まだひとりだけです」。出発前、担当者が笑顔でいった。完走すれば私たちがNo.2だ。いい報告をしたい。自前の自転車でロングツーリングを満喫するのはもちろんいい。そこまで熟達していなくも、長い自転車旅の醍醐味を存分に味わえるようにするシステムだ。広域レンタサイクル実証事業には、誰でも参加できる。むしろ、若狭湾サイクリングルート推進協議会では、事業への多くの人の参加を呼びかけ、「わかさいくる」の今後の発展に役立てようとしているのだ。借り続けられる最大日数は2泊3日となる。E-Bikeの機能説明を受け、ヘルメットと充電器も借り、サドル高を自分に合わせてスタートである。

「わかさいくる」は長距離だが、高低差はあまりない。−3mから81mだ。適度にアップダウンを繰り返す。海抜以下の箇所があるのは海辺のルート独特である。ルートの設定、整備というが自転車専用ではなく、ほとんどが一般道だ。それでも、できるだけ車の通行が少ない道路を選んでの設定で、地図もホームページにアップされているうえ、携帯用地図『若狭湾サイクリングルート サイクリングマップ』を用意している。加えてルートに点々とある「わかさいくる」の拠点には、空気入れや簡易工具を備え、トイレが借りられるなど、休憩に便利なスポットも多い。それらは『サイクリングマップ』に「自転車の駅」と記されていた。

『サイクルマップ』には旅の助けになる施設の場所がアイコンで示されている。そのうち「サイクリストに優しい宿」、「自転車の駅」、「レンタサイクル」は、「わかさいくる」の運営を特に力を入れてサポートしている拠点だ。

腹ごしらえに高浜港へ行くと、ヨーロッパ系のサイクリストに出会った!

走り始めると、道路左側の路面には「わかさいくる」統一色のウォーターブルーで描かれた矢羽根があり、ロードサイドには曲がり角などの要所に、同色のサインが立っていた。高浜町には大きな漁港がある。走り始めたのは13時を過ぎていたが、昼食はまだだった。E-Bikeの操作に慣れれようと、ボタンをさまざまに押して設定を変えながらゆっくり走り、漁港に作られた道の駅のような「UMIKARA」に漕ぎ着けた。「自転車の駅」のひとつだ。どうやら、こうした「わかさいくる」のサイクルステーションは、道の駅のような施設が登録しているようだった。ステーションには屋外にサイクルスタンドが設置され、スタンドのないスポーツタイプでも駐輪しやすい。その中でも「自転車の駅」として登録している施設には、空気入れや簡易工具を添えているのだ。サイクルスタンドに停め、改めて『サイクリングマップ』を見て、再度「自転車の駅」の位置を見直した。

名物の海鮮丼は2400円。

「わかさいくる」の事業が始まって今年で5年だ。福井県、沿道の市町、民間事業者などによる「若狭湾サイクリングルート推進協議会」では、協議を重ねる中で、さまざま問題点を洗い出した。こうした協議により、関係者の結束も高まっていったに違いない。そして現在は、市町の境を越えて官民が協力し合う体制が確立されているのだ。UMIKARAは特産品の販売と食事の施設だったから、「うみから食堂」で名物の海鮮丼をいただいた。ちょうど、ヨーロッパ系と思しき熟年カップルと居合わせた。自分たちの自転車で旅し、装備や服装から経験豊富に見えた。おそらく、母国では「わかさいくる」と同じようなサイクリストを支えるコミュニティを持つルートがあるのだろう。

食事を終えて走り始めると、やがてルートは海岸線に出た。高浜町からおおい町にかけ、若狭湾では珍しい長いビーチがあり、いい波が立つ。沖にサーファーがたくさんいた。砂浜のすぐ脇のルートには、風に運ばれた砂がところどころに溜まっていた。自転車のスピードを落としながらも、子どもが水溜りへジャンプするように砂溜まりへ乗り入れ、タイヤが砂に埋もれてもたつくのを無邪気に楽しんだ。防砂林の中にはキャンプ場もある。テント泊で続ける自転車旅が夢のように思えた。

高浜町の海岸は近畿圏有数のサーフポイント。砂浜沿いは「降りて走行」とのサインがあった。

おおい町の海はサヨリが群れていた! 和菓子店の女将の人情にも触れた

左側はずっと海。適度なアップダウンで快適だ。
ところどこに真珠養殖の筏が浮かぶ湾で、群れるサヨリを次から次へと釣り上げる様子を眺めた。

おおい町に入ると大島半島が北に伸びる。半島の付け根には東西に細長い湾ができていた。ルートは湾に沿って半島側を進む設定だ。海は、それまでの波立つ姿から一転して静かになり、見惚れるほどの透明度だった。進むうちに筏がひとつ、またひとつと沖に浮かんでいるのが見えた。カキの養殖でもやっているのだろうか? そう思いながら近付いていくと筏の正体がわかった。真珠養殖の筏だったのだ。小さな船着場には釣り人が何人かいた。見る間に釣り上げている。停車して見学すると、サヨリだった。青みがかった銀色が美しい。「今晩は天ぷらかな」と中年夫婦。羨ましい。

私たちも晩酌の献立が頭に浮かび、目の前にニンジンをぶら下げられたウマみたいに走り始めた。細長い湾の東端には、海面からかなり上に橋が架かっているのが見えた。そこまでは緩く長い昇り坂だ。電動アシストのActiveモードに切り替え、なんとか駆け上がった。渡り切ると小浜線をまたぐ。単線のローカル線の小さな踏切だ。そこから少しルートをたどった後、寄り道すべく脇道に入った。目指したのは、商店街の「丸栄菓舗」という和菓子屋さんだった。甘味がほしくなったのだ。創業から100年以上がたつといい、あめ玉と「松露」だけの商いである。松露は、小豆のあんこを砂糖で包んだお菓子だ。

丸栄菓舗の女将さんが長い人生の物語を話してくれた。店の看板商品「松露」とともに、お話が旅のご馳走だ。

少し内陸に入ると古びた板壁の家々に混じり点々と店がある。ささやかだが商店街のようだ。丸栄菓舗を見付け、戸を開けると女性が出てきた。松露を買いつつ聞けば、今年84歳になり、ひとりで暮らしているという。「21歳で嫁にきたんですよ。実家は田んぼを何反も持っていて、百姓をするのが嫌でしたので、お店の人との縁談に飛び付いちゃったんです。男の子が3人できました。みんな他所で暮らしています。長男は早くに亡くなりました。でも、孫たちが1年に1度か2度きてくれます」。人生はひっそりとさまざまである。そこに一瞬だが触れる。旅はいい。

重要伝統的建造物群保存地区を、自転車を押しながら歩いた。

部屋に自転車を持ち込める宿! ひと風呂浴びた後は夜の小浜へ繰り出した

「わかさいくる」の沿道は、各所に夕日の絶景ポイントがある。

素朴な和菓子をひとつ頬張ってから、走り始めた。ほどなく小浜市に入った。大島半島と内外海半島というふたつの半島が小浜湾を作った。若狭湾の複雑な地形による大きな湾の中の小さな湾で、船を停泊しやすかったのだろう、古くから若狭湾の魚の大きな水揚げ港である。小浜湾内のふたつの岬を越えると陽はだいぶ傾いてきた。遠くに小浜の町が見えた。「わかさいくる」のレンタサイクルは、安全のために19時以降は走っていけない規則だ。予定通り日没前に予約した宿に着きそうだった。予約したのは「わかさいくるサイクリストに優しい宿」に登録した宿のひとつだった。登録にあたって工具や自転車の保管場所などを用意して、サイクリストのフォローを名乗り出た宿である。

宿は全室オーシャンビューである。自転車を持ち込める部屋は1室だけ。屋外には十分なスペースの自転車保管場所はあった。

「四季彩の宿 花椿」は海辺にあった。この日の走行距離は約26km。自転車旅に慣れた人からすれば、たいした距離ではないだろう。しかし、こちらは違う。慣れていないが、自転車旅をしてみたかったのだ。翌日、その翌日は2倍の距離を走る。力尽きてしまうかもしれなかったので、ビバーク用の軽量のテントを持ってきたが、幸い無事でまだ余力もあった。こちらの宿は、部屋まで自転車を入れてもいいという。「わかさいくる」のために、そうした部屋を1室だけ改装して作ったのだ。館内を手押しして通された部屋は洋室だった。ベッドと床間の間に自転車が置ける。そこに収め、念のため充電した。

ひと風呂浴びて夜の町に繰り出した。旅にあっては土地の食を味わいたい。何より小浜は歴史ある漁港だ。どうしても地魚で一杯やりたかった。暖簾をくぐったのは「おばんざいオバママ」という面白い店名の居酒屋だった。その晩は留守だったが、名物ママがいるようだ。まずはサバである。この地に水揚げされたサバは京都に運ばれ、鯖寿司や生寿司になった。小浜の人々が歩いて京都まで行商に行った古道は、「鯖街道」といわれ、今や多くのサイクリストやハイカーを誘う。

「生寿司」は身に赤みが残る程度の酢締め。

出てきた生寿司に驚いた。肉厚である。生寿司というのは〆サバのことだ。酢で締めてあるのだが、ちょい締めに抑えてあった。新鮮だからこその調理。控えめな酸味を越えてサバの甘みにたどり着く。うっとりした。私は東京生まれで近郊を転々としながら育った。相棒は京都の生まれ育ちだ。杯を傾けながら彼がいった。「子どもの我が家の食卓に並ぶ魚といえば、ハタハタとカレイの干物。みんな小浜あたり、若狭湾のものだったんだろうな」。メニューを見るとふたつの干物もあったので注文。たらふくいただいた。

一夜干しをさっと炙った「若狭カレイ」。

2日目の朝は食文化館で学んだ後、海沿いに棚田のある美しい集落に出会った!

翌朝、サンドウィッチを朝食にした後、「御食国おばま食文化館」へ向かった。ここは小浜市の食文化と若狭漆器などの伝統工芸を展示し、ワークショップも開催する体験型ミュージアムだ。銭湯も併設するだけはなく、「わかさいくる」のレンタサイクル拠点のひとつでもあり、3台だけだが電動アシスト自転車を置いている。「御食国」(みけつくに)とは、古代から平安時代、王朝から食材の提供を命ぜられた地域のことだ。若狭は豊かな海産物で都を支え続けてきたのである。カレイの干物を作る江戸時代の様子が等身大の人形で再現されていた。樽にはカレイがあふれんばかりに入っていた。

その土地の自然でしか育たない生き物の命をいただくのに、人は工夫して調理してきた。自然と人がおりなしてきた営みの歴史は風土となる。スローな旅は、風土にゆっくり、じっくり浸かっていくことが醍醐味だ。歩き旅、自転車旅……。小浜湾には暖流と寒流の両方が入り込むため、カレイが何種類も獲れる。そのうちのヤナギムシガレイが古くから珍重され、「若狭カレイ」といわれるようになった。大ぶりのものは高級品だが、小ぶりのものは家庭に並んだ。水分が多いので、たいていは一夜干しして水気を抜いて身を引き締めるという。相棒が幼少期によく食べたのは、これだろう。昨晩のカレイもそうだったが、さっと炙って食す。淡白な身を干しつつほのかな味付けをして旨みを加える。まさに小浜の風土の味だ。

「田烏の棚田」として景勝地でもある。刈り取りが終わったばかりだった。

ひとしきり見学し、再び東へ漕ぎ始めた。前日にも気が付いていたのだが、若狭湾は山が海岸まで迫り出しているところが多いのだ。そんな中にときどき白砂のビーチが現れる。山は高くはないが、どこも森が豊かである。大きな川はない。たぶん、降り注いだ雨は森の地中で何年も眠り、浄化されて小さな流れとなって海に注ぐのだろう。だから海もきれいなのだと思う。1時間ほど走ると田烏(たがらす)という海辺の集落に行きあたった。小さな漁港、小さな砂浜があり、迫り出した山の斜面は棚田となっていた。豊かな森から湧き水が湧くのかもしれない。完結した小さな世界だ。その美しさに立ち止まらざるを得なかった。

美しい田烏の集落、砂浜、そして漁港。
トンネルは車も通過する。ライトの点灯は欠かさないようにした。

やがて若狭町に入った。常に左側は透明度の高い日本海だったが、トンネルが続いた。昼までもトンネルの中は暗く、ライトの点灯が必須である。ここでは消す暇がなかった。ひとつやり過ごすと、また次が出てくるのだ。突端を獅子ヶ崎という小さな半島をトンネルで横断すると、美しい湾に出た。海辺に「福井県海浜自然センター」があった。若狭湾国定公園と三方五湖のビジターセンターで、「わかさいくる」のサイクリング拠点のひとつである。遠くから見ると、どうやら地元の人々を中心にした自然観察、海遊びの拠点のようだった。(後編に続く)

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藍野裕之

ライター・編集者

あいの・ひろゆき 1962年東京生まれ。東京と埼玉を転々としてきたが、50歳を過ぎて京都に移住。現在は京都の山に遊び、京料理に耽溺し、ときどき京都学を紐解く。著書は『梅棹忠夫』(山と渓谷社)、『ずっと使いたい和の生活道具』(地球丸)など。編集作品はビーパル本誌連載をまとめた山極壽一著『森の声、ゴリラの目』(小学館新書)、『出西窯と民藝の師たち』(青幻舎)など。

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