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    2021.12.10

    「変わってしまう前に見届けておきたかった、冬のドルポの姿」【稲葉香×山本高樹のヒマラヤ辺境対談2】

    20世紀初頭に日本人で初めてチベットに潜入した僧侶、河口慧海の足跡を辿って、西ネパールのドルポ地方を中心に精力的に踏査を続け、2020年植村直己冒険賞を受賞した、登山家・写真家・美容師の稲葉香さん。

    インド北部のラダック・ザンスカール地方での取材を十年以上にわたって続け、昨年刊行した『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』で第6回斎藤茂太賞を受賞した、著述家・編集者・写真家の山本高樹さん。

    それぞれ異なるヒマラヤの辺境の地に心惹かれ、活動を続けてきた二人によるオンライントークイベント「ドルポとラダック 私たちはなぜヒマラヤの辺境に惹かれるのか」が、下北沢の本屋B&Bの主催で開催されました。ヒマラヤのチベット文化圏の知られざる魅力を、スペシャリストの二人が余すところなく語り尽くしたこのトークイベントの抄録を、全4回にわたってお届けします。

    対談抄録の2回目は、稲葉香さんによるフムラの旅と、冬のドルポに約100日間滞在し続けた時の様子をお届けします。

    西ネパールの山並みとフムラ地方の村

    西ネパール、フムラ地方の村。 ©Kaori Inaba

    夢に現れた師匠が指し示した湖を探して

    稲葉:続いては、2018年の秋に行った、フムラの旅になります。西ネパールには、だいたい秋に行くことが多いです。最近は、GPSとスマートフォンの地図アプリも現地でかなり使えるようになりましたが、当時はまだ、GPSを見ながら、紙の地図を必死に読図していました。

    山本:GPSと地図アプリの組み合わせも、今はもう十分使えるんですね。

    稲葉:冬のドルポで試しましたけど、使えましたね。でも、それだけに頼ると危ないです。紙の地図は絶対必要。スマホは、バッテリーが切れたらやばいし、壊れても終わりです。私、よくこけるので……。2016年の遠征の時は、2週間でスマホ割れたしね(笑)。

    山本:こういう時は、どんな編成で旅をしているんですか?

    稲葉:だいたい馬を4、5頭雇って、炊事担当と馬方とガイドを現地で雇って。この時は、フムラの村より先の国境近くまで行く予定だったので、2、3週間分の食料と燃料を用意しました。

    フムラ付近の国境から見た聖山カイラスとマナサロワール湖

    フムラ付近の国境から見た聖山カイラスとマナサロワール湖。 ©Kaori Inaba

    山本:この写真に写ってる山は……。

    稲葉:これは、ネパール側から見たカイラスなんですよ。手前にある大きな湖は、マナサロワール湖です。

    山本:すごい。この場所からカイラスを見た人って、ほとんどいないんじゃないですか?

    稲葉:そうですね(笑)。この時は、国境沿いからカイラスが見えるという4つのポイントを探しに行きました。師匠が残してくれた情報を参考にしつつ、たぶんここかな、と。でも、実際に行ってみないと、カイラスが見えるかどうかはわからなくて。ここは5600メートルくらいの山を登ってから着いた場所でしたが、一番よく見えましたね。

    ヒマラヤ奥地の湖と雪に覆われた山

    稲葉さんが探し求めて辿り着いた、名前のない湖。 ©Kaori Inaba

    山本:この凍った湖は?

    稲葉:この時の遠征は、私がある晩見た夢がきっかけだったんです。師匠の大西さんが夢に出てきて、地図である場所を指し示したんですが、そこがフムラの国境付近で、起きてから地図をよく見ると、名前もない湖の印がそこにあって。そこから、フムラへの計画が自分の中で湧き上がってきて。お金も時間もかかるのに、遠征に行って、この凍った湖に辿り着いたんです。

    山本:名前のない湖なんですね。

    稲葉:名前もないし、現地の人も来ないでしょ、という場所。標高は5500メートル前後はあったと思います。寒くて、ポーターたちも「行きたくない」って言ってました(笑)。

    山間にあるフムラの村の白い家並み

    フムラの村。 ©Kaori Inaba

    フムラでかつて生産されていた木の椀

    フムラでかつて生産されていた木の椀 。©Kaori Inaba

    稲葉:フムラの村を訪ねたのには、目的がありました。チベット文化圏で、お茶を飲んだりツァンパ(大麦を炒って粉にしたもの)を食べたりする時によく使われている木の椀があるんですが、フムラはこの椀の生産地だったんですよ。ある村で木を植林して、別の村では器の形に加工して、また別の村ではチベットなどに発送するということをやっていたんです。2010年までは。

    山本:今はもう、作っていないんですか?

    稲葉:もう、作ってなかったんです。残念ながら。師匠の大西さんが来た時には作っていたそうなんですが。

    山本:ほんの10年足らずの間に……。

    稲葉:だから、冬にドルポに行く計画も、早く実行しないと、現地でいろいろなことが変わってしまうと思うようになりました。フムラでの遠征で、ようやく地図を読む自信もついたので。私は基本的に方向音痴なんですけど(笑)、地図とコンパスがあれば動ける自信がつきました。もしかすると、夢に出てきた師匠に試されていたのかもしれないですね。本気で冬のドルポに行くなら、一人で地図とコンパスを使って動けなければダメだ、と。

    ドルポのサルダン村。雪に覆われた山々と家、赤い旗

    稲葉さんが冬のドルポで滞在したサルダン村。 ©Kaori Inaba

    冬のドルポで目にした、人々の日常と祈りの姿

    稲葉:冬のドルポに行ったのは、2019年の11月から、2020年の2月にかけてです。ドゥネイというところから歩いていって、サルダンという村に拠点を置いて、そこから動けるようだったら、周辺を回りたいと思っていました。

    山本:4カ月間、冬のドルポに。

    稲葉:ドルポの内部にいたのは、100日間くらいです。

    山本:あんまり変わらないですよ(笑)。

    稲葉:そうですね、ハハハ。

    山本:冬の直前にドルポに入ってしまうと、雪で、出るに出られないんですね。

    稲葉:だから、越冬という形にしました。越冬に必要な食料と燃料は、その前の秋に、知人の方がドルポにトレッキングに行くということで、荷上げを手伝っていただきました。全部で200キロですよ。トレッキング出発地点のドゥネイで灯油やお米などを調達してもらったほか、自分で動く時用のアルファ米などは、日本から持って行きました。

    山本:サルダンでは、どこかの民家に泊めてもらっていたんですか?

    稲葉:部屋を借りてたんです。予定とは違う家だったんですけど。「今年は村から下りるよ」「ええっ!」という感じで急に言われて。あるあるでしょ(笑)。それでも、また違うご縁があって、泊めていただきましたね。

    機織りをするドルポの女性

    機織りにいそしむドルポの女性 ©Kaori Inaba

    山本:これは、機織りをしているところですね。

    稲葉:彼らは冬の間、いったい何をしているのか、すごく興味があって。だいたい現地のお正月が終わったら、機織りがスタートするそうです。そこまでは糸つむぎが中心で。冬のドルポは、男性が少ないんですよ。女性ばかりで。「男はみんなカトマンズに遊びに行ったよー」と(笑)。屋根の雪かきとかをしてるのも、みんな女性なんです。本当に働き者だなあと。男どもはほとんどいない(笑)。

    山本:なんてことだ(笑)。

    赤い装飾で彩られた僧院内に集うヒマラヤ奥地の人々

    満月の日に催されるプジャに集う人々。 ©Kaori Inaba

    稲葉:毎月、満月の日にプジャ(法要)があって、村の人たちは朝からお寺にお参りに来るんです。目の前に、嘘みたいに美しい世界が広がっていました。みんなの祈る姿から、内から湧き出る強さと美しさを私は感じましたね。

    山本:手に持っているのはマニ車というお祈り用の道具で、中に経典が入ってるんですよね。クルクル回すと、お経を唱えたのと同じ効果があるという。

    稲葉:満月の夜は月が明るいので、私はよく、外を散歩していました。部屋の中でじっとしていると寒いし、燃料を無駄にしたくなかったので。家の人には不思議がられましたし、夜に外に出てる人は誰もいなかったですけど。

    雪かきをする稲葉香さんとチベット仏教の少年僧。ティピー型テント

    雪かき中の稲葉さんと少年僧。 ©Kaori Inaba

    稲葉:この子は、10日分の食料を持って拠点から隣の村に行った時に出会った、一番お気に入りの子です。修行僧なんです。小さいのに、すごく頼もしくて、身体も強くて。満タンにしたら20キロくらいありそうなタンクに水を汲んで、家まで運んでました。

    山本:このあたりでも、家に生まれた子供たちのうち、一人は僧院に預けてお坊さんにするというのは、今も行なわれているんですか?

    稲葉:そうですね。

    山本:ラダックと同じですね。最近では少なくなりましたけど。

    蕎麦粉のパンケーキを焼く村の女性

    蕎麦粉のパンケーキを焼く村の女性。 ©Kaori Inaba

    稲葉:この写真は、蕎麦粉のパンケーキを焼いてもらっているところです。おいしくて、毎日食べてました。焼いている女性は、この修行僧の子のお母さんではないんですよ。「10人の子供が修行しに来たけど、この子だけが残った」と言っていました。

    山本:なかなか厳しい修行生活なんでしょうね。

    稲葉:この女性、私と同い年だったんです。いろんなことを考えましたね。同じ時代に、今までこの村で、どんな風にして生きてこられたのかなと……。

    雪のシェー山登山道を引き返す稲葉香さん

    シェー山を目指したものの、雪などで断念して引き返す稲葉さん。 ©Kaori Inaba

    みんなで祝った正月と、下山への挑戦

    稲葉:サルダンから峠を越えて、シェー山の方に行く予定だったんですが、峠を越えられなくて、引き返しました。雪が多かったのと、前の年に雪崩で3人亡くなっていたので、今年の冬は誰も峠を越えない、お前たちも行くな、と言われて。

    山本:それは、人が亡くなったからという宗教的な理由もあったんでしょうか。

    稲葉:みんな、鋭い目で「行くな!」という気配でしたし、私も無理をするつもりはなかったので、「はい!」と答えて引き返しました。

    ヒマラヤ奥地の冬の祭り。雪の山と仏塔と祈る人々

    冬にしか行われないお祭りに、村人たちが集う。 ©Kaori Inaba

    山本:これは村でのお祭りですか?

    稲葉:冬にしか行なわれないお祭りだそうで、すごく見たかったので、カメラ2台を持って駆けつけたら、僧侶の方に「撮るな!」と言われて。泥棒か何かと間違われてたみたいです(笑)。翌日には誤解が解けて、撮らせてもらいました。それで、同じ村でロサル(チベット暦の正月)を迎えました。

    民族衣装をまとった稲葉香さんとチベットの女性

    ロサル(正月)の日、民族衣装をまとった稲葉さん。 ©Kaori Inaba

    稲葉:この時は民族衣装をお借りして、着させていただいて。私、こういう民族衣装が大好きなんですよ。

    山本:お似合いですね。この民族衣装、独特な印象もありますが、ほかのチベット文化圏の民族衣装とも似ている部分があって、面白いですね。

    広大な雪の山景色の中、下山するふたりの人物

    かろうじて通行可能な峠を越え、下山に挑む。 ©Kaori Inaba

    稲葉:本当は3月にドルポから出る予定だったんですが、燃料がなくなってきたので、2月に下山することにしました。それまでみんなに「どうやって帰るねん?」と心配されていて、「誰が荷物運ぶ?」「いやいや」とずっと言われてて(笑)。最終的に、すごく体の強い僧侶の方を紹介してもらって、その方に荷物を運ぶのを手伝っていただきました。

    山本:下山の時は、少ない荷物で行けたんでしょうか。

    稲葉:そうですね。余ったものはあげたりして。ただ、雪の積もった5000メートル級の峠を越えなければならなかったので、その時はもう、ふらふらでした。地元でも年配の人たちは「今の時期に越えられるわけがない」と言ってたんですが、20代の若い子たちは「いやいや越えられるよ」と、どこから越えたらいいか教えてくれて。現地で一番タフな人たちの意見を信じてしまった私(笑)。やっぱり、地元の人じゃないとわからないんですね。

    雪が積もる、きわどい崖沿いの道を抜ける

    雪が積もる、きわどい崖沿いの道を抜ける。 ©Kaori Inaba

    山本:この道もまた……。

    稲葉:ここが、帰りで一番怖かったところですね。道は一応あるんですけど、そこに雪がかぶってしまっていて。ザックが岩壁に当たってバランスを崩してしまうと終わりなので、すごく緊張しましたね。

    山:こういうところは怖いですよね。足元の雪も、いつ、するっと落ちるかわかりませんし。

    岩陰で火を焚いて暖を取る登山ガイドとポーターたち

    屋外で火を焚いて暖を取るガイドとポーターたち。 ©Kaori Inaba

    稲葉:彼らはテントがあるのにテントで寝なくて、洞窟というかオーバーハングしてる崖のところで焚き火をして、そのまま寝てるんです。

    山本:洞窟の方が暖かかったりしませんか? 僕のザンスカール人の友達はそう言ってましたけど。

    稲葉:そうなのかなあ。私はテントで寝ましたけど(笑)。でも、彼らのおかげで、どうにか下りてくることができました。

    山本:よくぞご無事で……。稲葉さんとしては、この冬のドルポでの踏査、やりきったという感触ですか? 雪で回れなかったところもあったんですよね。

    稲葉:もし、また冬に行けるチャンスがあれば、全然行きたいですよ。

    山本:さすが(笑)。


    稲葉香(いなば・かおり)
    1973年、大阪府東大阪市生まれ(現在、千早赤阪村在住)。ヒマラヤに通う美容師。ヒマラヤでのトレッキング・登山を続ける。東南アジア、インド、ネパール、チベット、アラスカを放浪し、旅の延長で山と出会う。18歳でリウマチを発症。登山など到底不可能と思われたが、同じ病気で僧侶・探検家の河口慧海(1866~1945)の存在を知り、彼のチベット足跡ルートに惚れ込み、2007年、西北ネパール登山隊の故・大西保氏の遠征参加をきっかけに西ネパールに通いはじめる。2020年植村直己冒険賞を受賞。2021年に初の著書『西ネパール・ヒマラヤ最奥の地を歩く ムスタン、ドルポ、フムラへの旅』(彩流社)を上梓。

    山本高樹(やまもと・たかき)
    1969年生まれ。著述家・編集者・写真家。2007年から約1年半の間、インド北部の山岳地帯、ラダックとザンスカールに長期滞在して取材を敢行。以来、この地方での取材をライフワークとしながら、世界各地を飛び回る日々を送っている。著書『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』(雷鳥社)で第6回斎藤茂太賞を受賞。2021年に新刊『インドの奥のヒマラヤへ ラダックを旅した十年間』(産業編集センター)を上梓。

    西ネパール・ヒマラヤ最奥の地を歩く
    『西ネパール・ヒマラヤ最奥の地を歩く ムスタン、ドルポ、フムラへの旅』
    稲葉香 著 彩流社

    冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ
    『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』
    山本高樹 著 雷鳥社

    インドの奥のヒマラヤへ
    『インドの奥のヒマラヤへ ラダックを旅した十年間』
    山本高樹 著 産業編集センター

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