私も初めてアラスカを訪れるという計画を立てたとき、行先として真っ先に思いついたのはデナリ国立公園でした。ほとんど反射的といってよいかと思います。海外から日本にやってくる観光客の大部分が京都や富士山を目指すのと似ていますね。
デナリ国立公園はアンカレッジから北へ約400㎞。遠いといえば遠いですが、実は東京から京都までの距離とあまり変わりません。その少し先には州第2の都市フェアバンクスがあるところまでそっくりです。
そんなわけで、アメリカの国立公園にしてはアクセスが比較的容易であることもデナリ国立公園の魅力のひとつです。たとえば、ロサンゼルスからグランドキャニオンに行くよりずっとラクですから。
それにもかかわらず、デナリ国立公園はあまり混雑していません。少なくとも、私が訪れた6月上旬はそうでした。四国ほどの面積を持つ公園内にひとつだけあるビジターセンターでさえ、駐車場で空きスペースを探すようなことはありませんでした。唯一の行列といえば、ランチ時のカフェテリアくらいだったでしょうか。
具体的な数字を挙げてみましょう。アメリカ合衆国国立公園局の報告(*1)によると、2025年度に約54万人がデナリ国立公園を訪れました。全米63か所ある国立公園のなかで39番目の年間訪問者数だということです。
この年間訪問者数ランキングを詳しく見ると、1位はグレート・スモーキー山脈国立公園で約1,152万人。5位のヨセミテ国立公園にも約428万人が訪れました。デナリ国立公園の数字はヨセミテの約8分の1でしかありません。
さすがアラスカだと思うのです。前の記事でも書きましたが、土地の広さと人の数という関連性から見る限り、州全土が「すかすか」なのです。ちなみに、同ランキングの最下位から3位まで(つまりもっとも空いている公園トップ3)をすべてアラスカ州内の国立公園が占めています。
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意外に少ないトレイル

デナリ国立公園の正式名称は「Denali National Park and Preserve(デナリ国立公園・保護区)」です。国民のレクリエーションに寄与すると同時に、自然を保護することを目的として運営されています。そうした成り立ちから、観光施設の開発は最小限に抑えられています。
このことを訪問者から見ると、素晴らしい自然に触れられる代わり、観光の利便性は高いとはいえません。これほど広い国立公園なのに、歩いて行ける部分は限られています。ビジターセンター周辺に名前がついたトレイルが10本ほどあるだけです。人が歩きやすいようにと過剰に整備をしないことで、北米でも屈指の原生自然が残る場所であり続けていられるのでしょう。
滞在中、その稀少なトレイルをくまなく歩いてみました。ほとんどが数㎞程度の距離で、一部を除いては標高差も大きくありません。小さな子どもを連れた家族や高齢者のグループもよく見かけました。
個々のトレイルについては後述しますが、おしなべて穏やかなハイキングを楽しめるように整備されています。
野生動物について
もっとも、私も同行した息子も体力だけは自信がある種類の人間なので、トレイルの難易度についてはそれほど心配していませんでした。それより気にかかっていたのは、「クマに出くわしたらどうしよう?」でしたが、幸いなことにその気配を感じることは一度もありませんでした。
実際に私たちが遭遇した大型動物はムースだけでした。毎日1回は見たと思います。世界最大の鹿というだけあって、冗談抜きにデカイです。鹿というよりは馬か牛のように見えます。
いくらデカイとは言っても、草食動物だから安全でしょと思うかもしれませんが(私もそう思っていました)、実は子ども連れの母親ムースは大変危険なのだそうです。
悪いことに、私たちが見た成獣のムースはメスばかりで、しかも必ず子どもを1頭か2頭連れて歩いていました。きっと子育てのシーズンなのでしょう。

蚊について
もうひとつ、私がびびっていたのは蚊です。アラスカの原野に住む蚊は凶暴で、服の上からでも刺してくる。防虫ネットを頭からすっぽりと被らないと呼吸もできない。そんな記述を野田知佑さんや星野道夫さんの本でさんざん目にしてきたからです。
ところが、私たちがアラスカに滞在している間、一匹の蚊も目にすることはありませんでした。どうもアラスカの蚊は6月のある時期に一斉に孵化するらしいのです。その大量発生のタイミングは年によって微妙に変化するそうで、少なくとも2026年の6月上旬はまだその時期ではありませんでした。
そのようなわけで、大量に用意していた虫よけスプレーもかゆみ止め薬も一度もバッグから取り出すことはなく、ときにはTシャツ姿で快適なハイキングを楽しむことができました。ただし、これは単に私たちが幸運に恵まれただけですので、くれぐれも「アラスカに蚊はいないらしいよ」などと油断しないでください。

ビジターセンターについて
トレイル地図はビジターセンターで手に入れることができます。距離、標高差、難易度、所要時間などが一覧になっていて便利ですし、公園全体における位置関係も一目で分かります。
デナリ国立公園・保護区ビジターセンター:
https://www.nps.gov/dena/planyourvisit/the-denali-visitor-center.htm
もっとも、このご時世ですので、「デナリ国立公園のトレイル情報を教えてください」とAIに訊ねると、一瞬で同じような情報を得ることもできます。それでも、やはり紙の地図もあった方がよいでしょう。携帯電話の電波がどこまで届くかは分からないわけですし。
それにビジターセンターではその日のトレイル状況を知ることもできます。前日の雨で一部が閉鎖されている、クマの出没が目撃された、もしそんな情報があるならば、逃したくはないですよね。
さらには、ビジターセンター敷地内ではトイレ休憩もできますし、カフェテリアでは食事もできます。ギフトショップではお土産だけではなく、ハイキングに必要な携帯食料、飲料水、日焼け止め、虫よけ、雨具、さらにはベア―・スプレーまでも調達できます。
ほとんどのトレイルがビジターセンター付近を起点・終点としていることもあって、私たちは1日に何回もこの施設を利用させてもらいました。そのおかげで地図に載っていたトレイルはほとんど歩くことができたのですが、そのなかでも印象的だった5本をかんたんに紹介します。
McKinley Station Trail

ビジターセンター近くにはアラスカ鉄道の駅があります。アンカレッジとフェアバンクスのちょうど中間あたりにあるので、鉄道を使って旅をする人も多いようです。
このトレイルは駅からも近く便利です。途中で鉄橋を下から眺めるスポットでは多くの人が足を止めていました。
Roadside Hiking Trail

その名の通り、園内の主要道路(デナリ・パーク・ロード)に沿って走るトレイルです。途中で公園スタッフが居住する村の前を通ります。
これといった特徴はないのですが(主観)、犬橇のデモンストレーションが行われる「Sled Dog Kennels」まで歩いて行くことができます。ビジターセンターからの往復だと、行きは穏やかな上り坂、帰りは下り坂になります。
Horseshoe Lake Trail

馬のひづめ(horseshoe)のような形をした湖と大きな川(Nenana River)の周りを結ぶトレイルです。ビジターセンターから往復すると約6.4㎞の距離があります。
私たちはここでムースの親子を見ました。幸いなことに小川の向こう岸を歩いていたので、危険はありませんでした。湖ではビーバーダムも見ることができました。
Mt. Healy Overlook Trail

その名の通り、もっとも「登山」に近いトレイルです。とは言っても、標高約1730mの山頂まで続いているわけではなく、その中腹辺りの見晴らしが良い地点に「整備されたトレイル終点」の標識が立っています。登山路らしき道はその後も続いているのですが。
その見晴らし場所からは森林、ツンドラ、蛇行する川を一望でき、デナリ山の威容も眺めることができるはずなのですが、残念なことに私たちが登ったときは曇り空で、眺望はあまり良くありませんでした。皮肉なことにビジターセンターまで下りてきたころには快晴になりました。
Savage River Loop

ここだけはビジターセンターから約24km離れています。デナリ・パーク・ロードは途中から一般車両が入れなくなるのですが、このトレイルはそのすぐ手前にあります。
トレイルそのものは平坦なループコースで、難易度として易しい部類に入ります。ただ、私の中ではもっとも雄大な景色を眺められたトレイルでした。
*1. アメリカ合衆国国立公園局公式ウェブサイトによる2025年度訪問者数ランキング:
https://www.nps.gov/orgs/1207/03-13-26-2025-visitation-statsitics.htm





