風が吹かなければ、仕事にならない。
弱すぎればカイトは飛ばず、強すぎれば安全にレッスンができません。自然相手なので、こちらの都合は関係なし。風が吹きそうな日はカイトサーフィン以外の予定も立てにくく、仕事も遊びも生活も、だいたい風次第です。
とはいえ、今は予報を見れば、何時ごろから、どの方向から、どれくらいの強さで吹くのかは大体分かります。カイトスポットには風のシーズンがあり、その期間は決まった方向から安定して吹くことも多いため、予報に合わせてレッスンを組めます。
それでも、風は予報どおりとは限りません。早く吹き始めたり、なかなか強くならなかったり、予想以上に強くなったりする。結局、その日のビーチへ行ってみないと分からないのです。
風に合わせて予定を立てる。でも、予定どおりにならなくても怒らない。文句を言っても、風が吹いてくれるわけではありません。カイトインストラクターをしていると、色々なことに寛容になります。
予定は風まかせ

私はこれまでに、スリランカやタンザニアなど、世界各地でカイトサーフィンのインストラクターをしてきました。
場所が変わっても、仕事を始める前に風の予報を確認するのは同じです。

風の強さと方向を見て、レッスンをする時間や使う道具を考えます。生徒の体格や経験によって適した道具は違うので、同じ風が吹いていても、全員が同じサイズのカイトを使うわけではありません。
シーズン中は似たような風が吹く日が多く、その土地にしばらくいると、風のパターンも分かってきます。
この予報なら昼ごろから吹きそう、この雲なら少し遅れるかもしれない、今日は夕方まで続きそう。
大抵はその予想どおりになります。でも、ならない日もある。風が弱ければ、開始を遅らせたり、そのときにできる練習へ変更したりします。予想以上に強くなれば道具を替え、初心者には難しいと判断すれば無理に続けません。
風は人間の都合を気にしてくれない。こちらが風に合わせます。吹かなければ、「まあ、風だから」と諦める。これもこのスポーツをする上で必要な心構えです。
いちばんいい風が吹く時間は、大体レッスン

カイトインストラクターは、仕事の前後に自分でカイトサーフィンをすることもできます。
レッスン前に少し早くビーチへ行って乗る。仕事が終わっても風が残っていれば、急いで自分の道具を準備して海へ出る。職場がビーチなので、これはかなり大きな特典です。
ただし、その日いちばんいい風が吹いている時間は、大体レッスンが入っています。風が安定していて、自分が乗るにも最高のコンディション。
当然、生徒が練習するにも最高です。つまり仕事です。色とりどりのカイトが上がっているのを横目で見ながら、自分は浅瀬で生徒のレッスンをする。

今日は気持ちよさそうだな。乗りたいな。そう思いながら仕事をしています。
もちろん、生徒がうまく乗れるようになるのはうれしい。でも自分も乗りたい。両方ほんとうです。風が吹けば仕事ができる。でも、風が吹けば自分も遊びたい。カイトインストラクターは、この矛盾を抱えながら働いています。
そして、海が職場だからといって、仕事中ずっと自分で海の上を走っているわけではありません。一番たくさん乗っているのは生徒です。インストラクターは道具を準備し、安全装置や操作方法を説明し、生徒の動きを見ながら何度も同じことを伝えます。
自分で乗れることと、人に教えられることは別

カイトサーフィンが上手なら、誰でもそのまま教えられるわけではありません。自分で乗る技術と、初めての人を安全に海へ出す技術は別物です。
私はIKO(国際カイトボーディング協会)のインストラクター資格を持っています。資格取得のための研修では、道具や安全装置の扱い方はもちろん、風向きや地形からリスクを判断する方法、生徒を助ける手順や段階的な指導方法などを学びました。

海では、転倒や道具のトラブルだけでなく、急な体調不良が起きる可能性もあります。もちろん、習ったことを使う場面はない方がいい。でも何か起きたときにその場で対応するのもインストラクターの仕事です。
その中でも、私が研修を受けて一番よかったと思ったのは、生徒とのコミュニケーション方法を学べたことです。
説明したことを、本当に理解しているのか。まだ練習を続けたいのか。疲れて集中力が落ちていないか。生徒が「大丈夫です」と言ったから、本当に大丈夫とは限りません。やる気がある人ほど、疲れていても「まだできます」と言うことがあります。反対に、怖くなっているのに、うまく言葉にできない人もいます。
返事だけを聞くのではなく、表情や動きも見る。必要なら質問の仕方を変える。一度説明して終わりではなく、実際の動きを見て、どこまで理解しているのかを確かめます。

同じ説明で分かる人もいれば、別の言葉に置き換えた方が伝わる人もいます。
「右です。」「…そっちは左です。」「もう一度、右です。」
ときには、何度言ってもカイトが反対方向へ飛んでいきます。でも、生徒がわざと反対へ動かしているわけではありません。こちらの説明が伝わっていないなら、言い方を変える必要があります。
インストラクターに必要なのは、技術だけではありません。生徒の状態を見ること。相手に合わせて伝えること。そして、同じことを何度でも落ち着いて説明すること。
研修を受ける前は、教えるとは、自分の知っていることを説明することだと思っていましたが、実際にはこちらが何を言ったかより、相手に何が伝わったかの方が大事です。
これは海の上だけでなく、普段の生活でも同じかもしれません。
「分かった?」「…うん、分かった。」
この会話だけでは、何も分かっていないことがあります。今の子育てにも生きています。
シーズンが終われば、次の風が吹く場所へ
カイトサーフィンができる場所は世界中にありますが、どこでも一年中、同じ風が吹くわけではありません。それぞれの土地に風のシーズンがあり、その時期になると世界中からカイトサーファーが集まってきます。
インストラクターも同じです。シーズン中はその土地に暮らして働き、風の時期が終われば別の場所へ移動する。私もそうして、世界各地を移動してきました。旅の途中で仕事をするというより、仕事をする場所がそのまま次に暮らす場所になります。
到着したら生活する場所を整え、ビーチへ行き、その土地の風や海を知る。毎日同じ場所へ通っているうちに顔見知りが増え、気がつけばそこが日常になっています。
カイトスポットに集まる人たちは、国籍も年齢もばらばらです。共通しているのは、風が好きで、海へ出たいこと。
今日の風はどうか。何時から吹くのか。どのサイズのカイトを使うのか。みんな同じ空と海を見ているので、話題には困りません。
数週間しか一緒にいなくても、毎日同じビーチで過ごし、一緒に風を待ち、海に入り、夕方にはごはんを食べる。そんな生活をしていると、不思議なほど濃い人間関係ができます。

そしてシーズンが終われば、それぞれ次の風が吹く場所へ移動していきます。
ずっと一緒にいるわけではない。でも、だから関係が薄いわけでもない。またどこかのビーチで会えそうな気がするので、別れも意外とあっさりしています。
カイトインストラクターは自由に見える仕事ですが、実際には予報を確認し、砂の上を歩き回り、同じことを何度も説明する地道な仕事です。
それでも、生徒が初めてカイトの力で水の上を走った瞬間には、こちらまでうれしくなります。この仕事をしていてよかったと思う瞬間です。
だからまた、こうして風を追いかける生活を続けてしまうのかもしれません。





