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グレートジャーニー 最新章〈旧石器時代へ、時を辿る旅〉#08 なぜ旧石器時代なのか

彼らはナイフ1本さえあれば衣食住すべて作れる。
現在取り組んでいるグレートジャーニー最新章としての「旧石器時代にタイムスリップする旅」について、よく聞かれることがある。
「なぜ旧石器時代なのですか? 縄文時代ではいけないのですか? あるいは平安時代や江戸時代ではいけないのですか?」
正直いって、どの時代にもタイムスリップしてみたい。しかし、できたら農耕が始まる前の、鉄を知らない時代にしたいと思った。だとすると、世界史の新石器時代に当てはまる縄文時代、もしくは旧石器時代になる。縄文時代は、石を磨いて作った磨製石器を使い、縄文土器があり、狩猟採集、漁労のほか、クリなどの栽培も行ない、定住が始まった時代だ。一方、旧石器時代は、石を打ち砕いて作った打製石器を使い、土器はなく、おもに狩猟採集を行なって暮らしていた時代である。
私は、いくつかの理由で、最初は縄文時代にタイムスリップしようと思った。理由のひとつには、旧石器時代では、火をおこしてもお茶は飲めないし、煮る料理もできないことがあった。土器がないので、お湯を沸かせないからだ。
縄文時代にタイムスリップするとして、まずはやはり石器作りだ。縄文時代といえば磨製石器。磨いた美しい石器である。縄文大工として有名な雨宮国広さんに指導をお願いした。新潟県の糸魚川に磨製石器を作るための蛇紋岩があり、それを取りに行くというので、私も同行した。
姫川河口の海岸で、雨宮さんに判別を指導してもらい蛇紋岩を探して拾った。蛇紋岩は、主にマグネシウムと鉄を含む鉱物から構成される変成岩の一種だ。火成起源の超塩基性岩が、水和・変質されてできる「変質岩」である。通常、緑色や灰色をしており、光沢のある表面を持つことが多い。その名前は、蛇の鱗のような模様が見られることからきている。いくつか拾っては、雨宮さんに確認してもらった。
雨宮さんは、太い杉の木を蛇紋岩で作った磨製石器で伐り倒し、その大木をトラックに乗せて全国行脚する計画を立てていて、そのために千個の蛇紋岩を集めていた。日本全国の小学生を指導して、少しずつ石器で木を伐ってもらい、一年がかりで縄文カヌーを完成させるのだという。
その後、雨宮さんの住む山梨県塩山で、集めた蛇紋岩を磨いた。成形の仕方、磨き方を教えてもらい、美しい磨製石器ができた。ただ、そのときはホームセンターで買った既製の砥石で磨いたが、違和感があった。自然から取ってきたもの以外は、できる限り使いたくない。絵本作家の舘野鴻さんに丹沢山塊から流れ出る川に流紋岩という淡い緑色の天然の砥石があることを教わって以降は、それを使うようになった。
磨製石器は、柄に石器を取り付けて木を伐る。旧石器時代の旅をサポートしてくれている野口敏宏さんから、柄にはモミの木を使ったらいいのではないかとアドバイスをもらった。モミの木はクリスマスツリーにも使われる針葉樹で、枝が幹から直角に近い角度で出ている。その構造を利用すると、いい柄になるのではないかというのだ。野口さんの家の前の急斜面にたくさん林立していたので使わせてもらうことにした。
しかし、柄を取り付けるには紐が必要だった。最初はかつてカヌーを作ったときに、帆を上げるためや、大きな舵を固定するためのロープを作ったように、シュロの繊維を綯った。途中から、住宅のそばによく繁茂しているコウゾの樹皮繊維も試してみた。ミツマタと共に和紙の原料になるクワの仲間だ。簡単に多量に集まるし、樹皮を剝いで綯ってみると、強い繊維になった。
ハンドアックス(石器を握りしめて、直接叩いて切る)で、おもいきり木を叩いて伐ろうと試みたが、やはり柄をつけて遠心力を使って伐ったほうがいいようだった。
磨製石器を取り付ける柄を作るのに試行錯誤し、それを縛るための紐の素材を何にするのかも試行錯誤し……。簡単に見えることに時間がかかる。とはいえ、時間がかかるのは承知の上なので、粛々と進めていた。それを見ていた武蔵五日市に住む考古学に詳しい知人が、近くの横川の河原で打製石器の作り方を教えてくれた。石に石をぶつけるダイナミックな作業だが、ときどき切れ味良さそうな石器ができた。それで、実際に木を伐ってみた。
「やるじゃないか。シャープさでは磨製石器だが、打製石器には破壊力があるな」
旧石器に抱いていた評価が変わった。そして、旧石器の破壊力が私の甘い考えも吹き飛ばした。「火をおこせても、土器がないのでお茶が飲めないし、煮炊きができないのも辛いな」と軟弱な理由でタイムスリップする時代を縄文時代に決めてしまっていたが、もう一度考え直す契機になった。
旧石器時代の旅の発想の原点は、長い間アマゾンに通い続けてきた経験にある。私は、マチゲンガやヤノマミなどの先住民と同じ屋根の下、同じものを食べながら長期間暮らした。彼らは、12~13歳になれば、アマゾンの森の中にひとり放り出しても、ナイフ一本だけ与えれば、徒手空拳ですべてを自然から取ってきて、衣食住を自力で作ってしまえる。私も彼らと長い間一緒に暮らしてきたので、ナイフ一本さえあれば、アマゾンの森の中で同じように衣食住を自分で作って生きていける自信がある。
今回のタイムスリップは、ナイフさえも持たずに日本の森にひとりで放り出されて生きていけるかという計画のはずだった。だとしたら、縄文時代でいいのか? もちろん縄文時代でも、鉄のナイフはなかった。しかし、縄文時代はクリやマメの栽培をしていて、立派な土器があり、定住もしていた。
旧石器時代の旅を始めたとき、サバイバル登山家の服部文祥に、「関野さんは無理をしているのではないか? 私は関東近郊で古民家を譲ってもらい、100年前の自給自足の暮らしをしている。現代の都会暮らしより自然に近く、はるかに心地よい。でも、旧石器時代の暮らしとなると、さらに自然に近いとはいえ、相当無理がかかっているのでは」といわれた。
無理をしていることはたしかだ。100年前の暮らしなら、快適だろう。縄文時代でさえ、簡単な栽培があり、土器もある。対して、旧石器時代というのはほぼ野生の世界だ。不便で、効率は悪い。使えるものも限られている。けれども、文明社会からできるだけ隔たった野生の暮らしを体験することによって、文明社会の姿がよりクリアーに見えるのではないかという視点から見ると、旧石器時代にタイムスリップするのが一番いい。こうして私は旅の行き先を縄文時代から旧石器時代に変えたのである。

磨製石器に柄を縛り付け、遠心力を利用して木を伐る。石器も木の柄も縛るための紐も、すべて自然から取ってきた素材だ。

新潟県糸魚川の海岸で拾ってきた蛇紋岩を磨いて作った磨製石器。緑灰色で光沢があり非常に美しい。切れ味もなかなかシャープだ。
関野吉晴 (せきの・よしはる)

1949年東京都生まれ。探検家、医師、武蔵野美術大学名誉教授(文化人類学)。一橋大学在学中に探検部を創設し、アマゾン川源流などでの長期滞在、南米最南端からアフリカまで人類の足跡を遡行する「グレートジャーニー」、日本列島にやってきた人々のルートを辿る「新グレートジャーニー」などの探検を行なう。
関野吉晴の50年前のデビュー作が復刊文庫化! 『ぐうたら原始行』(ヒロミブックス)大好評発売中!!
※構成/鍋田吉郎 撮影/筆者
(BE-PAL 2026年9月号より)




