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狩猟

2026.03.24

脱サラ猟師が土に根差して生きるために、北海道で買った家をリフォーム!

脱サラ猟師が土に根差して生きるために、北海道で買った家をリフォーム!
サラリーマン人生に区切りをつけ、晴れて自由を手に入れたミキオ。北海道に移り住み、まずはご縁をいただいた家の修繕から始めることに。
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黒田未来雄の脱サラ猟師からの手紙 第5回 一身上の都合により

「雨が降れば土は湿るし、冬になれば凍った地盤が盛り上がる」

こちらは狩猟中の仮住まい。読者にはおなじみ? "リーンツー"スタイルのシェルター。ベースキャンプを基点に付近のいろいろな稜線を攻める。

1分で作れる「自由への切符」


企画書、稟議書、予算書、そして始末書。
 
長年の会社生活の中で、ありとあらゆる書類を作成してきた。難産なものが多く、ウンウン唸りながら夜が白んだことが何度あっただろう。ワークライフバランスを改善しようと、書類作成の速度を上げる努力をしてきた。
 
そして2023年4月。NHKで働き始めて25年目に入ったところで、僕は快挙を成し遂げた。今までで間違いなくナンバーワンのスピードで、ある書類を仕上げたのだ。キーボードを叩き、プリントアウトして捺印。トータルで1分もかからなかった気がする。大幅な自己ベスト更新。定型文だし、短いし、表現に迷う余地もない。「一身上の都合により」という例のやつ。辞表だ。
 
どんな社内文書より、自分の人生にとって大きな意味を持つ一枚が、一番あっさりとでき上がってしまったことに、思わず笑いが込み上げる。その気にさえなれば、自由への切符はいとも簡単に得ることができるのだ。

破壊は創造の始まり

5月のある日、晴ればれとした気持ちで仕事納めを迎えた僕は、妻と犬を東京に残し、ひとりで北海道に向かった。縁あって授かった新居は、そのまま引越せる状態ではなかった。家は2階建てで、まずは2階に寝袋やカセットコンロを持ち込んで仮住まいとし、1階の修繕を開始した。
 
僕とほぼ同い年の家は壁紙が剥がれ、床が抜けて土が見えている部分もあった。節々に痛みを抱え、ガタがきはじめた自分の体を見ているようだ。「そりゃあ半世紀も生きてたんだもの、お互い色々あるわなぁ」と話しかける。
 
各所が軋み始めた家にじっくり手を入れながら、勢い一辺倒だった自分の生活様式も変えてゆこうと考えていた。肉体的な強度のピークを過ぎ、無駄な力がようやく抜けてきたところで、日々のささやかな楽しみを見つめ直したい。サラリーマン生活を終えたこれからは、脱線や寄り道を大切に。猛スピードで走る通勤電車から寄り道しようと飛び降りたら、大怪我をするか命を失う。自分の足でゆっくり歩いているからこそ、脱線も寄り道も自由にできる。足元で咲く花に、気付く余裕も生まれるというものだ。

 
これまでDIYとはあまり縁のない人生を歩んできた僕は、プロの大工に作業をお願いした。そして色々なことを教わりながら、自分も作業に参加した。「六十の手習い」という言葉もあるではないか。新たなチャレンジは、いくつになってもワクワクする。
 
大工に家の状態を見てもらった結果、風呂、トイレ、台所を撤去し、全ての床、天井、内壁を剥がすことになった。要するに、屋根と外壁と柱以外は、総取り替え。リフォームというよりは、建て直しに近い。新しいものを作るためには、まず古いものを徹底的に壊さなくてはならないのだ。
 
天井や内壁の解体には苦労した。内側には断熱材のグラスウールが入っている。薄板を剥がすと、大量のホコリとともに、劣化したグラスウールが頭上から降り注ぐ。細かい繊維が空中をキラキラと漂う。一見、美しくてファンタジーな光景なのだが、吸い込んではならない。グラスウールが襟や袖から入り込むと、チクチクして猛烈にかゆい。だから不織布でできたフード付きのつなぎを着込み、マスクとゴーグルを着用する。手袋をつけた上からビニールテープをグルグル巻きにして、万全を期す。当然ながら猛烈に暑い。汗でゴーグルがすぐ曇ってしまい、手元がよく見えない。一日の終わりには意識が朦朧としてくる。
 
解体作業は、肉体的にも精神的にも非常にキツいが、高度なスキルは必要ない。そうした仕事は、友人たちが入れ替わり立ち替わりで手伝ってくれた。道外から来てくれた人もたくさんいる。まさに、持つべきものは友である。この場を借りて心から感謝を伝えたい。みんな、本当にありがとうございました! 鹿肉が食べたくなったらいつでもいってね。

土に根ざして生きる

床板をめくると、家を支える構造がよく分かる。外壁や主要な内壁の下には、コンクリートでできた「基礎」が設置されている。基礎のライン上には、「土台」と呼ばれる太い角材が、横たわった状態で固定されている。土台は家を支える要だ。床や柱はその上に組み上げられてゆく。我が家の場合、この大切な土台が部分的に腐っていた。指で押すと、ズブズブめり込む。人間に例えれば重度の骨粗しょう症。こんなにもろい土台で、よく崩壊しなかったものだ。
 
2階で暮らしている僕は恐怖に震えたが、大工は動じない。家の外壁を部分的にジャッキで少しだけ持ち上げる。その隙に土台の腐った部分を切り取り、同じサイズの新しい角材をピッタリとはめ込む。ジャッキを下ろせば土台の修繕は完了、家も元どおり。そんな荒技があるのかと、僕はびっくりしてしまった。
 
実は、日本古来の木造建築であれば、土台でも柱でも梁でも、入れ替えたり補強したりすれば大概のことはなんとかなるという。手仕事の可能性と先人の知恵に感動するとともに、「この先また何かあってもどうにかなるさ」という安心感を手に入れた。逞しく再生してゆく我が家がとても頼もしく見え、同世代の自分の未来にも希望の光が差した気がした。

 
床下があらわになることで気付いたことがあった。それは「家は土の上に建っている」という当たり前の事実だ。広く土が広がっていると、まるで屋外を眺めているように感じるが、それは違う。ここは確かに家の中だ。よく見るとアリが歩き、石の下からはダンゴムシが出てくる。僕らは、小さな仲間たちと同じ土の上に暮らしているのだ。新しく床を張ってしまえば、この光景はもう見られない。その前にしっかりと目に焼き付けておこう。「土さん、虫さん、よろしくね」と、手で土をならした。
 
雨が降れば土は湿るし、冬になれば凍った地盤が盛り上がる。柱や壁などの木材も、湿気を帯びれば膨らみ、乾燥すれば縮む。大地も、その上に建つ家も、それぞれに呼吸しながら動き続けている。都会のマンション暮らしでは感じられなかったことばかりだった。

庭で見つけた小さな奇跡

リフォームを始めて1か月と少しが経ち、1階の床を半分ほど張り終えたところで、東京から妻が犬を連れてやってきた。通っているのは電気だけ。水道もガスも止まっている中で、新しい生活が始まった。
 
台所がないので、雨が降らない日の食事は、決まって庭でバーベキューだった。いうまでもなく、外で焼く肉は最高だ。セリやミツバなども勝手に生えているので無料で食べ放題。
 
野草をふんだんに食べていることもあって毎日快便だが、トイレは撤去済みだ。新しい便器を設置しても、そもそも水道を開通させていないので流すことができない。半年近く、文字どおり〝不便〟な状況が続いたが、森の中で用を足すのは逆に爽快だった。尻を拭いたものも自然に還したいので、紙ではなく葉っぱを使う。フキ、クマザサ、ミズナラ、すべて感触が違う。身の回りの植物の特性を、今までとはちょっと違う方法で知ることとなる。
 
驚いたのは、女性は嫌がりそうな野外トイレを妻が気に入ってしまったことだ。水洗トイレが使えるようになった今でも、「息苦しい、オープンなほうが気持ちいい」と、彼女はことあるごと外に出てゆく。

 
風呂は、車で行ける範囲のところに温泉がいくつかあるので、よりどりみどりだ。一番近い温泉は、最寄りのコンビニよりも手前にある。露天風呂に毎日ゆっくり浸かり、肉体労働の疲れを癒やした。
 
飲み水は、この場所に暮らす動機となったほどに惚れ込んだ湧水を汲んでくるので、最高の水を堪能していた。
 
ところが、さらにありがたい事実が判明した。なんと、庭に井戸があったのだ。重いコンクリートの蓋をこじ開けると、地下2メートルくらいに黒い水面が見える。ポンプを沈めてスイッチを入れると、ホースから清らかな水が噴き出した。水汲み場の湧水となんら変わらないまろやかな味だ。井戸水のおかげでビールが冷やせるようになり、冷蔵庫のない中で生活の快適度が飛躍的にアップした。

 
食器は、庭を流れる幅1メートルもない小川で洗っていた。カヤツリグサを丸めて作った即席タワシで皿をゴシゴシこすっていると、「ドゥルルルルッ」という小さな音が聞こえてくる。正体は小鳥だ。洗い場の下流は鳥たちの水浴び場となっていた。次々と飛び込んでは体を震わせている。一番頻繁にやってくるのはヤマガラだった。オレンジ色のふっくらしたお腹に、青みがかった翼のコントラストがかわいらしい。きっと何羽もが入れ替わり立ち替わりで現われているのだと思うが、見分けがつかない。〝十羽一絡げ〟で「ヤマちゃん」と呼ぶことにした。
 
やがて、水の中にも友達ができた。清流を好むというフクドジョウだ。完全な迷彩色で川底に溶け込んでいるが、食器を洗い始めるとどこからともなく姿を現わす。意外と大胆で、あまり逃げない。こちらは「フクちゃん」と名付けた。今までは面倒だった皿洗いが、ヤマちゃんやフクちゃんのおかげで、楽しくてたまらない時間となった。
 
彼らがこれからも快適に暮らせるよう、決してこの流れを汚してはならない。だから食事は皿をぬぐうように丁寧に平らげ、さらに幅の広い葉っぱなどでピカピカ拭き上げる。沢では最後に軽くすすぐだけだ。東京にいたときも、できるだけ油汚れは排水溝に流さないようにはしていたが、守るべき対象の顔がリアルに見えていると、責任感はまるで違う。自分が、この場所とガッチリ繋がって生きてゆくのだという実感と決意を新たにした。

 
うれしい発見は夜にもあった。7月のある日。帰宅してみると庭に小さな光が舞っていた。ヘイケボタルだ。フクちゃんが暮らす小川にはホタルの幼虫も潜んでいて、それが初夏になって成虫になったのだ。皿を洗っている時には全く気付かなかった。自宅にホタルが出るなんて! 思いもかけない、自然からの贈りもの。小さな奇跡。以来、風呂上がりにビールを飲みながらホタルを鑑賞するという贅沢な娯楽が日課となった。
 
ホタルの光は愛のささやきだ。雄は精一杯に飛び回りながら、雌は足元でひっそりと、自らの命に小さな火を灯して互いを呼び合う。なんと健気で慎ましい営みだろう。愛おしくてたまらない。飛んでいる雄に手を伸ばすと、たまにとまってくれる。そして緑がかった光で、僕にも話しかけてくる。思わずほおずりしそうになる。かけがえのない友人が、また増えた。

屋号「タルマス」

「昆虫記」で有名なファーブルは55歳のとき、フランス南東部・プロヴァンス地方のとある村に一軒家を購入した。1ヘクタールほどの敷地の土は乾燥して痩せており、農耕には適さなかったが、野花が咲き乱れ、あらゆる種類のハチが暮らす虫たちの楽園だった。ファーブルは91歳で他界するまで、自宅の庭で昆虫の観察や実験に没頭し、その暮らしぶりを詩的な文体で書きつづった。彼はその土地を「アルマス」(荒地)と名付け、こよなく愛した。

「そうだ、これこそ私の願いであり、夢であった。憧れ続けてきたのに、いつも未来という霞のなかに逃れ去っていた、私の願いであり、夢だったのだ。ああ、みごとな腕をふるうハチよ、おまえたちの物語に、なお幾頁かを堂々とつけ加えるために、この愛だけで足りるだろうか」
(『完訳ファーブル昆虫記』集英社 奥本大三郎訳 より抜粋)

 
ファーブルの気持ちが、今の僕にはよく分かる気がする。50歳を超えて会社を辞め、終の住処を授かり、ライフワークである狩猟に専念する時間を得て、自然からの学びを世に伝える。ようやく手に入れた理想の生活で、こんな幸せはない。

 
僕が暮らしているのは、樽前山という山のふもとだ。僕は毎日のように樽前山を見上げる。山から吹き下ろす風を吸い、山に降った雨や雪が何十年もかけて地中で濾過された水を飲む。だから僕はファーブルへの敬意を込め、自宅に「タルマス」という屋号をつけることにした。
 
樽前山に見守られながら、この大地と水とつながる。そして足ることを知る。知れば知るほど、充実感が膨らむ。つまり、足るを知れば、足るが増す。だからタルマス。時間をかけてゆっくりと豊かさを育ててゆく、大量生産・大量消費の社会と逆行する価値観だ。
 
母屋の基本的なリフォームは終わった。次は庭に薪風呂を作りたいと思っている。名前はもう決めた。「タルマエ・ロマエ」。
 
夢は膨らむばかりである。

もし「もう一度やれ」といわれたら、絶対に尻込みするであろう解体作業。でも今となっては、とってもいい思い出となっている。

※イラスト/ブッシュ早坂(編集部)
※撮影/大川原敬明

今月の未来雄語録「一つの終わりは 無限の始まり」

鹿は食べられ、鷲となり狐となり人となる。

(BE-PAL 2026年3月号より)

黒田未来雄さん

狩猟家

1972年生まれ、東京都出身。元NHKディレクター。2006年からカナダ・ユーコンに通って狩猟体験を積み、10年後、北海道転勤を機に自らも狩猟を始める。現在はNHKを早期退職して北海道に移住。狩猟採集生活を行ないつつ、執筆や講演を通じてその魅力を発信中。

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