「脱サラ猟師」黒田未来雄の人生を変えた〝山の神〟 | 狩猟 【BE-PAL】キャンプ、アウトドア、自然派生活の情報源ビーパル

狩猟

2026.06.23

「脱サラ猟師」黒田未来雄の人生を変えた〝山の神〟

「脱サラ猟師」黒田未来雄の人生を変えた〝山の神〟
ミキオの処女作「獲る 食べる 生きる」は、ノンフィクション大賞の最終選考に選ばれた。仲間とドキドキしながら結果を待つ、その顛末は⁉
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黒田未来雄の脱サラ猟師からの手紙 第7回 入り乱れる承認欲求

狩猟家 黒田未来雄

念願の作家デビュー!

今だからこそ告白しよう。NHKディレクター、のちにプロデューサーとして足掛け25年を過ごした僕だが、実はテレビ番組はあまり見てこなかった。テレビマン失格ともいえる。上司からは「番組屋なんだから、たくさん見て吸収しろ」と教えられ、僕自身も部下に同じことをいってきた。みなさん、ごめんなさい。でも、番組を作るのと見るのは僕にとっては別物で、制作はおもしろかったけど、視聴は正直そんなに好きなわけでもなかったのです。職員時代にはいえなかった本音。ちょっとスッキリした。

 
ということで2023年8月1日は、ふたつの意味で僕にとっての記念日となった。ひとつめは、NHKを退職したこと。ふたつめは、初の自著「獲る 食べる 生きる 狩猟と先住民から学ぶ〝いのち〟の巡り」が出版されたことだ。この日僕は、長年のサラリーマン生活から脱却して自由を手にすると同時に、曲がりなりにも作家としてデビューを飾った。
 
映像だけが表現できる世界があるのは重々承知だが、僕はマイペースで読むことができる文章のほうが性に合っていた。たくさんの視聴者が見てくれる代わりに数回しか放送されないテレビ番組ではなく、少数の読者でもいいのでボロボロになるまで読まれるような本を書くことに憧れていた。
 
初出版にこぎつけ、ようやく夢がひとつ叶ったわけだが、そこまでの道のりは決して平坦ではなかった。

狩猟と執筆の共通点

NHKでは、ずっと自然番組を作ってきた。〝いのち〟という、エネルギーというか概念というか、なんとも定義しづらい深遠なテーマを追う。いのちの持つ美しさ、強さ、そして儚さを、誰かに伝えたい一心で仕事をしていた。
 
在職中、北海道転勤をきっかけに狩猟を始めた。45歳だった。肉食動物は、自分たちが生き延びるためには迷いなく獲物を狩る。その姿をずっと間近で見てきたこともあり、初めてエゾシカを仕留めたとき、要するに自分の手で動物の命を奪ったときも、普通の人よりは抵抗なく受け入れられたと感じている。
 
獲物を求めて山を歩きながら、獣たちからたくさんの学びを得た。彼らがどのように生き、どのように燃え尽きたかは、現場にいた僕しか知らない。彼らが遺してくれた心震える物語や目の前で展開した情景は、自分が描かない限り永久に消え去ってしまう。それはあまりにもったいない。僕は「伝える」ということを生業にしてきたはずだ。唯一の目撃者であり証人として、彼らの生き様を文章にして残したい。強い衝動が頭をもたげた。
 
よくよく考えてみれば、基本的な立ち位置は自然番組のディレクターと変わっていないのかもしれない。テレビカメラが銃に、映像が文章に置き換わっただけ。「いのちを見つめる」という意味では、追いかけているものは同じといってもいい。

そして狩猟と執筆という行為は、よく似ていた。どちらもターゲットの姿をきちんと捉えているうちに射抜く必要があるのだ。一旦逃げられてしまうと面倒なことになる。獲物なら足跡、文章なら頭に浮かんだプロットや単語を書き殴ったメモなどをもとに追跡を開始する。しかし時が経つと、足跡は風雨にかき消され、ストーリーは忘却の彼方へと姿をくらます。それでもめげずに探し続け、なんとしてでも仕留めるのが猟師であり、作家なのだろう。体力にはある程度自信があったが、頭脳のほうはからきしだ。特に記憶力には難があり、とんでもなく忘れっぽい。「とりあえず、まずは書かなきゃ!」と僕はブログを開設し、山での出来事を記録し始めた。
 
サラリーマンなので、狩猟に行けるのは基本的に週末だけで、ブログを書けるのは平日の帰宅後だ。朝までパソコンを打ち続けたり、ソファで寝落ちしたりを繰り返しながら、とにかく書いた。無名の僕が書く長ったらしい文章など誰にも読んでもらえず、〝いいね〟のひとつもつかなかったが、そんなことはどうでも良かった。休みの日は懸命に獲物を追い、仕事を終えた後は夢中で記事を書く。ヘトヘトになりながらも、両方とも楽しくてたまらなかった。40代後半ではあったが、あれはあれで、ひとつの青春だった気がしている。

人生を変えた〝山の神〟

そんな僕を次のステージに導いてくれたのが、猟期5年目で初めて獲ったヒグマだった。アイヌが「キムンカムイ」、山の神と呼んで崇めると同時に、最高の恵みとしていただいてきた存在。肉も脂もとびきり美味しくて、僕もずっと狙っていた。くっきりとした足跡や、新鮮なフンは何度も見た。相当な至近距離まで迫っていたはずだ。しかし、一度も姿を見せてくれなかった。藪の中に身を伏せ、じっと僕のことを見ながらやり過ごしていたのだろう。
 
嗅覚はイヌの6倍ともいわれ、聴覚も優れているヒグマ。人間の存在を感じると同時に隠れてしまう。一旦動かないと決めたら、何時間でも微動だにしない。彼らはとても臆病で謙虚な生きもので、だからこそ獲れない。
 
同時に、彼らは簡単に人間の命を奪う力を持っている。ヒグマを追跡するには、筋力も五感の鋭さも全く彼らに敵わないことを、肚の底に落とし込まねばならない。そうしないと、いつ殺されてもおかしくない。
 
恐怖心とうまく付き合うことも大切だ。怖くて体が震えたり、呼吸が乱れたりすれば、手元が狂う。仮に獲物が50メートル先にいたとして、銃口が1ミリでもずれれば、狙撃ポイントは数センチずれるだろう。頚椎を狙ったつもりで、銃弾が筋肉をかすめただけだと、怒り狂ったヒグマが時速60㎞で襲いかかってくる可能性がある。狩猟の難易度はエゾシカとは比べものにならない。
「ヒグマを獲るには、ヒグマの気持ちにならないといけない」。多くの先達が口を揃えていっていることだ。僕はヒグマの痕跡が多く見られるエリアに通い詰めた。独りで山を歩き、地形や獣道、彼らの好物である木の実がなっている場所をひたすら頭に叩き込んだ。
 
ある日、予想どおりの場所にそれはいた。恐怖が湧き上がる前に自動的に体が動き、発砲していた。気づけば僕は念願のキムンカムイを授かっていた。
 
その体験を綴ったブログが、狩猟専門誌の編集長の目に留まった。そしていきなり、11ページもの特集記事として取り上げてもらえることになった。人生が変わる予感。何かの歯車が、カチッと音を立ててはまり、回り出したような気がした。そして、「やっぱりヒグマって神様だったんだな」と思った。

登竜門〝ノンフィクション大賞〟

ヒグマを獲ったのは、NHK職員として北海道に赴任していた6年間の最後の年だった。翌年の4月、僕は東京に呼び戻された。職場は渋谷だ。コンクリートジャングルでの生活に気が滅入り始めていた7月、帰宅すると出版社から大きな封筒が届いていた。僕の記事が載った雑誌だ。パソコンの液晶画面に表示されるブログと違い、自分の文章が紙に印刷されて手触りと質量を持った。僕が書いたストーリーが、「データ」から「モノ」に変わったのだ。うれしくてたまらない。いつかは本を書きたいという気持ちに、一気に火がついた。でも、どうしたらいいのか全くわからなかった。
そんなとき、昔の会社の先輩が小学館の編集者を紹介してくれた。早速企画書を書き、打ち合わせに臨んだ。しかし、全く無名の僕が、1枚の企画書だけでいきなり本を出版できるわけがない。そこで勧められたのが、まずは書籍を念頭に作品を書き、年に一度開催される「小学館ノンフィクション大賞」に応募することだった。万が一大賞を取れば出版が確約されるし、そうならなくても応募作は編集部の中で吟味され、黒田未来雄という人物とその作品が認知されるという。ふたつ返事で飛びついた。
 
しかし大きな問題があった。締め切りがなんと10日後だったのだ。編集者は「翌年の大賞に応募したら」と勧めたつもりだったらしい。でも悠長なことはいっていられない。獲物の姿が見えているうちに引き金を引くのが鉄則。鉄は熱いうちに〝撃て〟。幸い、これまでのNHKキャリアの中で、不眠不休の突貫工事で緊急特番を作った経験が何度かあった。「今回だってきっとできる! いや、やるっきゃない!!」
 
あのときほど文章を書きまくったことはないし、これからもないだろう。徹夜を重ね、会社の昼休みや通勤電車の中でも書き続けた。目は血走り、頭は朦朧とし、限界を越えると気絶するように倒れる。しかし不思議と15分で目が覚め、飛び上がって机に向かった。そして10日後。僕は本1冊分の10万字を仕上げ、締め切りに滑り込ませたのだった。
 
この神業を可能にしたのがコツコツと書いてきたブログだった。既存の記事をベースに書き直し、追加すべき章のみを新たに書き下ろした。ブログがなかったら、絶対に間に合わなかった。自分ひとりが入れ込んでいるだけで、他人には全く読んでもらえなかった記事が、こんな形で生かされるとは。人生にムダなんてひとつもない、というのは本当だ。

文豪気分で〝待ち会〟

快進撃はさらに続く。勢いだけで書き上げた僕の作品が、なんと100以上の応募作から最終候補の4作に選ばれたのだ。天にも昇る気持ちだった。他の3作は、レディース(女性暴走族)、小沢一郎(政治家)、太平洋戦争中に特攻兵器を開発した技術者、についてだった。タイトルしかわからないが、それぞれにおもしろそうだ。でも僕は、ここまでの流れに不思議な力を感じていた。このビッグウェーブに乗ったままいけば、もしかして大賞が取れてしまったりするのではないだろうか……。
 
さらに期待を増大させたのが、担当編集者のひとことだった。「〝待ち会〟はやらないんですか?」 直木賞、芥川賞にノーベル文学賞。結果発表の日に、作家が関係者と一緒に食事などしながら電話を待つ。マスコミ各社も詰めかけている。受賞の連絡を受けると同時に歓声が上がる。作家がみんなと抱き合ったり握手したりする姿にフラッシュがバシバシと焚かれる。それが待ち会だ。
 
おのずと想像が膨らんだ。「もしかして、大賞が内定しているのでは? そうでなければ、わざわざ『待ち会はしないのか?』なんて聞かないよな…」。華麗なる文壇デビュー。人生最高の晴れ舞台。妄想は止まらない。僕は嬉々として小料理屋を営む知り合いに電話をかけ、貸し切りの予約を入れた。
 
1か月後の発表当日。親友を集め、地方の友人たちとはオンラインでパソコンを繋いで飲み始めた。気持ちよく酔いが回ってきたところで、電話が鳴りだした。場が静まり返る。みんなのスマホが一斉に僕のほうを向く。「ピコン」と動画撮影を開始する音がしたり、いつでもシャッターを押せるように今か今かと親指を構えたりしている。
 
結果は……、残念。レディースに持っていかれた。一斉に吐かれるため息。僕は無理に明るく振る舞ったが、勝手に期待を高めていたこともあり、奈落の底に突き落とされたような気分だった。こうして、人生初にして最後であろう僕の待ち会は、とんだ恥晒しに終わった。

 
さらに後日、週刊誌上で発表された審査員の皆さんの講評には、開いたままの傷口にたっぷりと塩をすり込んでいただいた。
「最も客観性に乏しい作品」、はまだ良かった。
「自身の軽さを徹底的に直視すべき」。ええ、おっしゃるとおり、軽くて薄っぺらい人間でございます。
「自己顕示欲と承認欲求が入り乱れ整合性が取れなくなっている」。むむ……そこまでいうか? ベッドに倒れ込む。明日朝、起きれる気がしない。
 
審査員の先生方、貴重なご指導をありがとうございました。このご恩は一生忘れません。いろいろな意味で。

迷わず行けよ、行けばわかるさ

ところが、大賞を逃した僕を、なぜか担当編集者は見捨てなかった。諸々の改善案を提示され、打ち合わせを進めていった結果、僕の作品は日の目を見ることになった。
 
5年越しでヒグマを獲ったときの記憶が蘇る。獲れるから山に行く、獲れないなら行かない、ではないのだ。獲れようが獲れまいが、ただ一心にヒグマの姿を追い求める。そうやって憧れのキムンカムイを授かった。
 
本を出せたのも全く同じ。出版できるから書く、できないなら書かない、ではない。出版できようができまいが、自分がこの世に問うべきだと信じるものを、ひたむきに書き続ける。その結果、扉は開く。
 
やはり、狩猟と執筆はとても似ていて、最高に楽しい。両方とも、僕を一生虜にして離さない。

『獲る 食べる 生きる』

黒田未来雄 著 
小学館

カナダ先住民との運命的な出会い、北海道で対峙したエゾシカやヒグマからの学び。狩猟家に転じるまでのノンフィクション。

「鉄は熱いうちに"撃て"。本を書きたい気持ちに、一気に火がついた」

呼吸が止まり、目の前に横たわるヒグマ。「やったぜ!」とガッツポーズを決めるような気持ちにはまったくならず、静かに感謝の祈りを捧げた。

「いつの日か笑い飛ばしてやろう」と思っていた悔しい思い出。一緒に残念がってくれた友人たちに感謝!

今月の未来雄語録「まっすぐな獣道はない」

まさに人生の歩みの如し。

※イラスト/ブッシュ早坂(編集部)

(BE-PAL 2026年5月号より)

著者画像

黒田未来雄

狩猟家・作家

1972年生まれ、東京都出身。元NHKディレクター。2006年からカナダ・ユーコンに通って狩猟経験を積み、10年後、北海道転勤を機に自らも狩猟を始める。現在はNHKを早期退職して北海道に移住。狩猟採集生活を行ないつつ、執筆や講演を通じてその魅力を発信している。BE-PAL本誌にて「黒田未来雄の脱サラ猟師からの手紙」を連載中。

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