脱サラ漁師の黒田未来雄、「コール猟」で大物を狙う! | 狩猟 【BE-PAL】キャンプ、アウトドア、自然派生活の情報源ビーパル

狩猟

2026.10.06

脱サラ漁師の黒田未来雄、「コール猟」で大物を狙う!

脱サラ漁師の黒田未来雄、「コール猟」で大物を狙う!
シカ笛を使って獲物を呼び寄せるミキオ。狙うは〝繁殖期〟のオスだ。若いシカになりきって、そっと木の陰から笛を吹く……。結果は如何に!?
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黒田未来雄の脱サラ猟師からの手紙 第12回 哀愁のオスジカ

秋はシカの〝恋の季節〟

 奥山にもみじ踏み分け鳴く鹿の
     声聞く時ぞ秋は悲しき──

百人一首の中でも、僕が特に好きな句だ。燃えるような紅葉の山。これから散ろうとするもみじが最後に描く彩り。精一杯の美しさはほんのいっときのもので、長く厳しい冬の到来を予感させる。そこに響き渡るシカの鳴き声が、さらにもの悲しさを助長する。
 
山でシカの声を聞いたことがある人はどれだけいるだろうか。敢えて例えるなら、ウマのいななきが一番近いと思うけれど、もっと長くて甲高い。

「ヴォヒィ〜〜〜〜〜〜ン……」届かぬ想いを切々と訴えかけられているようで、胸が締め付けられる。それもそのはず、いななくように鳴いているのは恋の季節を迎えたオスで、狂おしくメスを求めているのだ。
 
調べてみると、日本の哺乳類で秋に求愛するものは少なく、大概が春先から初夏にかけてだ。求愛や交尾は、日照時間が延び、気温も気分もどんどん上がってくる季節に行なわれる。人間でいうと、若者の情熱的な恋のようなもの。ところがシカが鳴くのは動物たちも植物たちも冬支度を始めるころだ。がむしゃらなだけでは人生はうまくいかないことがわかり始めた年代の、ちょっと切ない恋愛を連想させる。
 
北海道では、10月に入るとエゾシカが鳴き始める。日中でも風は涼しく、日が落ちればもう肌寒い。ぼんやりとした夕焼けはほのかに温かそうだが、すぐに寒々しい群青色が広がり、一番星が光りだす。空を見上げているだけで無性に人肌が恋しくなる。そこにオスジカの鳴き声が重なると、もう僕はたまらない気持ちになってしまう。

「わかる、わかるよお。お前も寂しいんだよな。ひとりは嫌なんだよな。やっぱりさ、寄り添ってくれる誰かが必要なんだよ。僕も同じさ……」

「コール猟」で大物を狙う

10月は北海道で猟期がスタートする月でもある。法律により狩猟をしていい期間は決まっている。北海道の多くの市町村で、エゾシカを捕獲していいのは10月1日から3月31日までの半年間だ。その最初の1か月ほどしか使えない「コール猟」と呼ばれる手法がある。ターゲットは、繁殖期に入ったオスだ。
 
コール猟には、薄いリードがついた専用のシカ笛を使う。抑揚をつけるのに多少のコツはあるが、そんなに難しくはない。しばらく練習すれば、甲高い鳴き声が再現できるようになる。広い範囲を見渡せる位置を探し、シカ笛を吹き、耳をすませる。鳴き返しがあればしめたもの。本物のオスジカがライバルとして認めてくれたことを意味する。そしてうまくいけば、オスジカが自分から現われる。
 
近づきかたは、シカによってさまざまだ。まだ若くて小さいオスであれば、おずおずと自信なさげに様子を見に来る。怖いもの見たさ、といった感覚がシカにもあるのだろうか。一切物音を立てず、気づけばいきなり背後に立たれていたこともある。
 
大きくて強いオスならば、ガサガサと音を立てながら勢いよくアプローチして来るものが多い。恋の宿敵に、果敢に戦いを挑もうとしているのだろう。こういうシカは獲りやすい。気が立っていて我を忘れているからだ。警戒心も薄れている。僕が授かった中で一番立派だったであろうエゾシカも、コール猟で獲ったものだった。「であろう」としかいえないのは、獲物の正確な体重を測ることができないからだ。僕はいつも山の中でひとりで解体し、ある程度小分けにした肉を背負って降りて来る。だから、重さの指標となるのは背負子のショルダーストラップが肩に食い込むときの痛み具合だ。感覚的なものでしかないのだが、そんなに大きくはずれてはいないと思う。

 
その日僕は、ちょっと遠くの猟場まで足を延ばした。秋空が広がる気持ちいい日だった。車を降りるや否や、遠くからオスジカの鳴き声が聞こえてきた。これは期待が持てる。ワクワクしながら歩きだした。もちろんポケットにはシカ笛が入っている。見晴らしのいいポイントに到着すると、思い切り笛を鳴らした。我ながらうまく吹くことができ、堂々としたオスジカの鳴き声が辺りに響き渡った。その途端、数十メートル離れた場所から若いオスが逃げ出すのが見えた。力の差がありすぎて敵わないと思われたのかもしれない。シカ笛も、ただ単に吹けばいい、というものではないのだ。シカの気持ちになり、上手にコールに乗ってくるように仕向けなければならない。反省するが、これもまた新たな学びだ。気を取り直して再び歩き始める。
 
しばらくすると、今まで聞いたことがないほどに低く野太い鳴き声が聞こえた。エゾシカではなく、肉食動物の咆吼のようだ。しかも遠くない。多分100メートル以内。あまり動き回ると、音だけでバレてしまいそうだ。僕は太い木の陰にそっと身を隠し、シカ笛を吹いた。今度はさっき逃げていった若いオスをイメージしてちょっと頼りなげに、ボリュームも控えめにしてみる。吹き終わるのとほぼ同時に、鳴き返しがあった。「俺様の縄張りで何をやってるんだ!」といきり立っている。僕は全神経を耳に集中させた。ほとんど小走りに近い勢いで、ドスドスと足音が近づいてくる。弾を装填して銃を構え、スコープを覗く。2度目の笛を吹く必要はなかった。木々の隙間から角の先端が見え隠れしたかと思うと、巨大なオスジカがヌッと顔を出してきた。広い肩幅に太い首。真っ黒な目に恐怖心はかけらもない。王者の風格に思わず見惚れてしまう。「いただきます」と心の中で唱えながら、ゆっくりと引き金を引いた。

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いただきます。心の中で唱えながらゆっくりと引き金を引いた。

カメラマンに解体を撮影してもらって、改めてエゾシカの巨大さに驚いた。でもこの個体は多分130キロくらい。最大級のオスはもうひと回りデカい。

解体は獲物との語らい

エゾシカの体重は150キロを超えることもあるというが、このオスはまさに最大級だった。僕はシカを木に吊るし上げて解体するのだが、彼を吊るすのに十分な高さがあり、しかも折れなさそうなしっかりした枝を見つけるのには苦労した。さらに、そこまで彼を引きずって運ぶのはもっと大変だった。風は涼しいが、解体作業を始める前にすでに汗だく。木の根元に座り、水を飲み、少しだけ体を休める。

「キャン!!」短く大きな声が響く。これもシカの鳴き声。警戒音だ。顔を上げると、親子2頭がササ藪の向こうから僕を見ていた。

「今日はもうオスを1頭いただいたからね、だから撃たないよ」と話しかける。親子は僕の言葉にじっと耳を傾けていた。意味がわかったのか、走らずにゆっくりと立ち去っていった。
 
彼らを見送ったところで作業を再開する。枝にロープをかけ、滑車を設置する。滑車の数が増えれば、少ない力で重いものが持ち上がる。僕は2連の滑車を2個使うので、ロープは4回折り返されることとなる。調べてみると、引っ張る力は5倍になっているらしい(僕はこうした計算がまったくできないのだけれど)。その分、必要なロープの長さも5倍になる。シカを地面から2メートル持ち上げようとするなら、ロープを10メートル引っ張らなくてはならない。絡まらないように注意が必要だ。体全体を使ってロープを引く。枝がミシミシ鳴りながら、少しずつ巨体が持ち上がってゆき、ついに逆さ吊りになった。
 
吊り上げるのは時間がかかるが、解体中に肉に毛がつかないし、血の抜けも良くなる。商売でやっているわけではないので効率を優先する必要はない。きちんと手間暇をかけた分、美味しい肉に仕上がる。解体は、恵みとなった獲物をよりよく知り、思いやるための対話だと僕は思っている。
 
まずは内臓を摘出する。心臓やレバーは汚れがつかないよう、すぐにポリ袋に入れる。一番目につくのは巨大な胃だ。シカには胃が4つある。同様に4つの胃を持つウシのホルモンで説明すると、1番目がミノ、2番目がハチノス、3番目がセンマイ、4番目がギアラだ。胃の中には大量の微生物が生息していて、繊維質の多い植物を分解する。その途中でシカは未消化の草を口に戻し、再びよく噛み砕いてから胃に戻す。反芻と呼ばれる行動だ。これを繰り返しながら、微生物による草の分解がどんどん進む。
 
驚くべきは4番目の胃だ。そこでは微生物が消化される。1番目や2番目の胃の中にいる大量の微生物は、草を分解しながら増殖する。その微生物を、シカは最終的にタンパク源として吸収しているという。まるで体内で微生物牧場を営んでいるようではないか。草食動物でありながら、肉食動物的な側面も持っているのだ。

 
続いては皮を剥ぐ。内側の脂肪や筋肉が露わになってゆく。さすがは立派なオスジカで、はち切れそうな筋肉がついている。腱を切ったり関節をはずしたりするのもひと筋縄ではいかない。ひとつひとつの作業が大変だが、まったく嫌ではない。それどころか逆に嬉しくなってしまう。彼の強さをナイフでなぞり、優秀さを手触りで感じとる。
 
逆さ吊りの状態で下になっている、前脚や頭から順番にはずしてゆき、後ろ脚までをバラせば大まかな解体は完了だ。タンも絶品なのであごの下から抜いて取り出す。
 
80センチをゆうに超える巨大な角は、彼の強さのシンボルだ。表面はゴツゴツした突起に覆われているが、先端だけは滑らかで白く光っている。戦いの季節を前に、彼らは木の幹に角の先をこすりつけて研ぎ上げる。この角でオス同士は激しく争い、勝者がメスを獲得する。
 
ところがこの立派な角、毎年生え変わるのはご存じだろうか? 春になると落ちてしまうのだ。体ばかりが大きくて角がないオスジカはなんともバランスが悪くて所在なげに見える。角が落ちた部分も真っ赤に血がにじんで痛々しい。しかし、そこから角はグングン成長し、秋になればオスたちは伸び切った角を誇らしげに振りたてる。
 
角の再生は植物の営みを連想させる。春に芽吹き、秋に実り、やがて葉と種を落とす。同じようなことを、エゾシカのオスは毎年頭の上で繰り返している。動物でありながら、とても植物的だ。シカは本当に不思議な動物で、ひとつの種を超越した、ちょっと神がかった存在にも感じてしまう──。
 
解体の最後に、大いなるもののもとへ還ってゆくエゾシカの魂に感謝の祈りを捧げる。たくさん彼と語り合えた気がして、僕の心は満たされていた。

 
さて、山を降りよう。僕は解体道具をしまい、パッキングを始めた。肉は包帯のような生地でできた専用の布袋に入れる。後ろ脚2本だけですごい重さだ。25キロ以上はあるだろう。まずは解体道具と後ろ脚だけを背負子にくくりつける。残りの肉は布袋に入れて横枝にぶら下げてある。地面に置いたままだと、鳥たちに荒らされ、キタキツネに持ち去られてしまうからだ。
 
歩き始めるとすぐに汗が噴き出る。下り坂が多いのがせめてもの救いだ。息を切らしながら車まで辿り着き、背負子を空にする。大きく深呼吸をして、また山を登り直す。肉はまだまだたっぷりある。可食部はすべて下ろさなくてはならない。立派な角は頭ごと大鍋で煮て頭骨標本にしたい。結局全部で4往復。朝一番から山に入ったのに、最後の往復では森は暗く、ヘッドランプが頼りだった。遠くからオスジカの求愛の声が聞こえてくる。今宵はメスに想いが届き、結ばれますように。心の中で祈りながら車のエンジンをかける。東の空から登ってきた大きな月が、辺りを青く照らしていた。

切なすぎるオスの性

オスの肉は味が濃く、歯応えが強い。噛めば噛むほどパワーがみなぎる。あっさりしていて柔らかいメスの肉を好む人もいるが、僕はオスが大好きだ。
 
このとき僕は、オスのオスたる所以も持ち帰っていた。精巣だ。軽く茹でてスライスし、ポン酢でスッキリといただく。外皮は硬いが、中身はクリーミーで濃厚。誇張ではなく、本当に美味しい。酒が進む。
 
食べているうちに、シカの体の中で味も食感もとても近しい部位があることを思い出した。脳だ。これは僕にとって、大きな発見だった。
 
脳をフル回転させながら、オスが一番真剣に考えていることは何か。それはやはり、メスに関することではないだろうか。そして精巣の存在意義はよりストレートだ。目的が一緒なら、味と食感も似るということか。オスは、下半身にも小さな脳(しかもちゃんと右脳と左脳に分かれている!)をぶら下げているのだ。一見、上の脳が意識や行動を司っているように思えるが、本当の支配者は下の脳のほうだ。老練なオスジカが、みすみす僕の前に姿を現わしたのもそのせいだ。オスとは、なんと切ない生きものなのだろうか。

「わかる、わかるよお」タマらず僕は、再びオスジカに深く感情移入してしまったのだった。

シカと「会話」できるシカ笛はハンター以外でも楽しめるアイテム。ただし上手すぎるとハンターに本物のシカだと勘違いされる⁉

※撮影/大川原敬明 イラスト/ブッシュ早坂(編集部)

(BE-PAL 2026年10月号より)

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黒田未来雄

狩猟家・作家

1972年生まれ、東京都出身。元NHKディレクター。2006年からカナダ・ユーコンに通って狩猟経験を積み、10年後、北海道転勤を機に自らも狩猟を始める。現在はNHKを早期退職して北海道に移住。狩猟採集生活を行ないつつ、執筆や講演を通じてその魅力を発信している。BE-PAL本誌にて「黒田未来雄の脱サラ猟師からの手紙」を連載中。

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