バリ島に引っ越した友人Mさんのそのひと言につられ、2025年3月、ほいほいと四半世紀ぶりのバリ島へ降り立ってしまった。四半世紀前の面影がほぼ見当たらない近代的な空港に驚き、四半世紀前と変わらぬパサール(市場)の雰囲気に安堵する。そんな新旧入り混じったバリ島は、ちょうど雨季から乾季に変わる頃。そして、バリ島が新年を迎える月でもある。Mさんがいうその”ハリボテ”もとい”オゴオゴ”は、元日を迎える前日、つまり、バリ島の大晦日に現れるらしい。
ハリボテと呼ぶにはすごすぎる完成度に圧倒される

バリ島にはなぜか3つも暦がある。太陽暦とウク暦とサガ暦だ。太陽暦はご存知の通り世界共通のカレンダー。サガ暦は、日本の旧暦と同じく月の満ち欠けを用いた暦。そして、ウク暦は、1年を210日で計算するという不思議な暦。3月(年によっては4月)に新年を迎えるのはサガ暦上のものである。
と、そんなウンチクはさておき、とりあえず、まずは私が見てきたバリ島民の熱気が詰まったオゴオゴたちを見て欲しい! 大晦日の日中、バリ島内各地区の通りなどに各バンジャール(集落)のオゴオゴが何体も何体もズラズラズラリと並ぶ。私がMさんに連れられて逢いに行ったのは、サーフスポットでもあるクタビーチに程近いレギャン通りのオゴオゴたちだ。

この皮膚のシワの描き方のリアルさ! 装飾品の細やかさ! そして、今にも意思を持って勝手に動き出しそうなほどの躍動感!

素材は竹と紙。それでも、こんな巨大なモノだとそれなりに重さがあると思われるのに、1点で支えているという神技!

しかも、オゴオゴ全体が動いたり、目が光ったり、鳴き声が出たり、果ては、煙が出るという演出まで施されている!
そして、最も驚くべきコトは、この緻密な作品を作り上げているのが各集落の10〜20代の青年たち。つまり、プロではなく素人集団なのである。しかも、デザインを決めるところから作っているという。オゴオゴと共に制作過程の写真やオゴオゴのラフ画を展示しているバンジャールもあった。そのラフ画がこれまた「素人のレベルちゃうやろ!」と、突っ込まずにはいられないほどの画力なのである。

バリ島内にはお寺の石彫刻や細やかにデザインされた衣装をまとうバリ舞踊などが日々身近にあるから、自然に育まれる芸術センスなのだろうか?

オゴオゴは主に、ヒンドゥー教の叙事詩ラマヤナの中の1シーンを取り上げて形にしている。日本でいうなれば、古事記の1シーンを取り上げるような感じなのかもしれない。

大晦日の日中は、街中で展示されるオゴオゴたちを地元の人も国内外の観光客も、スマホ片手に写真やら動画を撮りつつ、眺め歩く。もはや、屋外美術館。通りの途中には、茹で落花生や茹でうずら卵の移動販売屋さんが現れ、それを頬張りながら、その辺に座ってのほほんと眺めている地元民の方々も。そんな賑わいを見せるオゴオゴ陳列の脇に、なにやら愛嬌と手作り感いっぱいの可愛いミニサイズオゴオゴたちが点在しているのが目の端に留まった。コチラは見るからに素人感ありありである。

これらは小学生や未就学児くらいの子どもたちが作ったオゴオゴなのだそう。お兄ちゃんたちのオゴオゴに憧れつつ作るちびオゴオゴ。そんな幼い頃から磨かれるオゴオゴ魂。本格的にオゴオゴ制作する歳には、あのハイレベルに達しているのも至極当然のように思われる。
夜のオゴオゴと酒と子どもたち
オゴオゴたちは、日中の展示を経て、夜はいよいよ街なか練り歩きタイムへと突入していく。それを見物しようと、20時頃になると観光客も地元民もオゴオゴルートの通りにワラワラと集まりはじめる。大通りのメイン会場となるあたりはごったがえすとのコトで、Mさんファミリーに連れられて行ったのは、バクン・サリ通りの地元民が集う小さな呑み屋。店前には、普段は並んでいない板で作った即席の長椅子なんぞがいくつも並べられ、すでに、正装した地元のおっちゃんたちが酒を飲み交わしつつオゴオゴの練り歩きを待っていた。
普段からの陽気さなのか、はたまた、酒で出来上がってるのか、止まない笑い声とインドネシア語とは違う地元民の言葉・バリ語が飛び交う。何を話しているのやら、さっぱりわからないけれど、その和にちょこっと混ぜてもらう。祭と酒という組み合わせは、なんでこんなにも心がホワホワして、そのへんにいる人と思わず言葉を交わしたくなるのか? 国が違っても宗教が違っても、そこはなんだか変わらない気がする。

しかし、ここでまさかのトラブル発生! 例年なら、21時頃から各バンジャールのオゴオゴとちびオゴオゴが次々とやって来るそうなのだが、この年は、電柱の高さなどを考慮し忘れて巨大に作りすぎたオゴオゴがいくつかあったようで、一つのバンジャールのオゴオゴが通過した後、次のバンジャールのオゴオゴが待てど暮らせどなかなか来ない。痺れを切らしてホテルへ帰って行く海外観光客。そんなコトは関係なく、スピーカーで音楽ガンガンかけまくり愉快に酒を飲み続ける地元のおっちゃんたち。
やっとちびオゴオゴが来たと思ったら、子どもたちも長時間待機でお疲れモードなのか、日本でいうところの「わっしょい、わっしょい」的な掛け声が「ナシゴレン(バリ料理の定番、焼き飯)! ナシゴレン! ナーシ(炊いたごはんのコト)! ナーシ!」とな! 待ちくたびれ、腹減りまくってる本人達にとっては切実コール。けれど、観てるこっちは、微笑ましすぎて大爆笑! トラブルも、また良きかな。
オゴオゴルートの最終地はビーチであり、本来は海へと流すのだが、近年は環境問題もあり、ビーチで燃やすのだそうだ。
国が違っても宗教が違っても変わらぬモノ
このオゴオゴ。バリ・ヒンドゥー教の行事が年間に山ほどあるバリ島のコトだから、えらく長い歴史があるのかと思いきや、実は、1980年代からはじまったモノらしい。が、オゴオゴの原型となったモノがある。「ングルプック」という行事だ。
バリ・ヒンドゥー教の元日は、海の向こうにあるとされる精霊が住む島「ブタ・カラ」の大掃除日であり、そこの精霊や悪霊たちが島を追い出されてバリ島にやって来るのだという。なので、悪霊が自分の家に留まらないように大晦日までに家を清めるのである。そのひとつが「ングルプック」。楽器などの音が出るモノで大きな音を出しつつ、片手にはミニ松明を持ち、家の中に潜んでいるであろう悪霊たちを音と火で追い払うのである。それが、集落規模に拡大したのがオゴオゴの練り歩きなのだそうだ。今は、オゴオゴはラマヤナのワンシーンを立体化されているが、当初は悪霊を型取り、それを海に流すコトで追い払う形を取っていた。

この「大晦日に音で悪霊を追い払う」行事。実は、日本にも同じようなモノが存在する。誰もが知ってる鬼と豆の行事。そう「節分」である。本来、節分は大晦日に行われていた行事である。古来、目に見えないモノ、例えば風邪などは「邪気」のせいだとされ、体調を崩す季節の変わり目などは邪気が多いとされていた。その邪気を形にしたモノが鬼であり、鬼を追い払うコトは邪気を追い払うコトである。その鬼を追い払うために投げるのは炒った大豆だ。
今はお店ですでに炒った節分用豆が売られているが、昔は各家ごとに鉄鍋で炒っていた。炒ってる際に、パチパチと豆がはじく音がする。鬼はその音を嫌い逃げて行く。つまり、邪気を追い払うための音なのである。

また、オゴオゴとよく似た巨大ハリボテが登場する青森県の「ねぶた」。「ねぶた」は元々「眠り流し」のコトであり、夏の農作業の邪魔になる睡魔を払うために行われたモノだ。オゴオゴと同じく最後は海へ流して邪気を追い払うのである(現在は、海へ流しっぱではなく、回収されて解体される)。
国が違っても宗教が違っても、人というものは見えないモノ(悪霊や邪気)に怯え、それを追い払うためにやる行事は、なぜかとても似ているという不思議。他国の特別な儀式に見えたオゴオゴが、グッと身近なモノに感じられてくる。
2026年のオゴオゴは、3月18日。今年、クタのオゴオゴはスムーズに進行するだろうか? 昨年をはるかに超える仕掛けをしてくるバンジャールは多いんだろうか? きっと、今頃、オゴオゴという一年の最大の行事に向け、オゴオゴの最終仕上げや、髪を染めたり各バンジャールメンバーでのお揃いのTシャツを作ったりと自分たちのオシャレにも余念のないバリっ子たちのワクワクソワソワ感が、5,500km以上離れていても、空や海をつたって伝わって来るような気がする。








