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2026.03.21

レトロとハイテクの街・台湾の新竹と、客家人の里・北埔を巡る

レトロとハイテクの街・台湾の新竹と、客家人の里・北埔を巡る
旅行作家・写真家の山本高樹による、台湾写真紀行の短期連載。第2回は、台北から南西に80キロほど離れた場所にある街、新竹(シンジュー)と、その近郊の山間部にある北埔(ベイプー)を訪れた際のレポートです。
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山本高樹の台湾鉄道環島旅・第2回:新竹と北埔

台北での短い滞在の後、僕は台鉄の特急列車に乗って、次の目的地、新竹へと向かいました。この頃の台湾は、南部の方にかなり大きな台風が接近中で、台北や新竹のあたりでも、雨模様の日々が続いていました。台湾の東岸など一部の地域では、短時間に多量の雨が降って、街が冠水するなどの被害が出ていたそうです(新竹に到着後、宿の部屋で見たテレビでは、どのチャンネルも台風関連のニュースをひっきりなしに流していました)。幸い、僕がいた近辺では特に被害らしい被害も出ず、僕自身が直接的なダメージを被ることもなかったのですが。

台北から新竹へと向かう列車の車窓から。

列車の窓ガラスを伝う雨粒と、その外を流れ去っていく風景を、ぼーっと眺めていると、自分はどうしてこんなところに来てしまったんだろう、ここで何をしようというのだろう……と、今更ながらの自問自答が、ぐるぐると頭を駆け巡ります。でも、こんな風にして列車に揺られながら、ただただぼーっとしているような時間こそ、今の自分が必要としていたものだったのかもしれません。

お待ちかねの駅弁、排骨弁当。

ぼーっとしていても腹は減るので(笑)、台北駅で買っておいた駅弁、台鉄弁当を開封。台湾では、駅や列車内でこうした駅弁を販売しているので、僕も列車で移動しながらこれを食べるのを楽しみにしていたのでした。

今回選んだのは、台鉄弁当では一番オーソドックスな、骨付き豚肉を揚げた排骨(パイクー)の駅弁。豚肉や煮卵、厚揚げ、漬物など、どれも白飯と一緒にかっ込むのに合ってますね。ちなみに台湾では、こうした駅弁はたいてい、ほんのり温めた状態で売ってくれるので、乗車直前に買うと幸せになれます。

現存する台湾最古の駅舎、新竹駅。

駅弁をぱくついている間に、列車は先へと進んでいき、ほどなく、新竹の駅に到着しました。台鉄の新竹駅の駅舎は、台湾に現存する駅舎の中でもっとも古いもので、日本統治時代の1913年に建てられたものだそうです。台湾の他の都市に残る古い駅舎は、博物館化のような形で本来の役割から引退していっているそうですが、新竹駅は今もバリバリの現役として活用されているのに驚かされました。ちなみに、新竹駅 が完成した翌年の1914年に完成した東京駅とは、姉妹駅の関係にあるのだとか。

街の中に忽然と現れる、道教の廟。

新竹の街の近郊には、近年になってIT関連企業が多数集まるようになり、「台湾のシリコンバレー」と呼ばれるほど、この国のIT産業の中心地となっているそうです。確かに、街の中では、近未来デザインの巨大な銀色のショッピングモールなども幅を利かせているのですが、その一方で、少し古い街並の区画を歩いていると、こんな風に道教の廟が、街角にひょっこり現れたりします。ハイテクとレトロの想定外のコンビネーションが、なんだか面白い街です。

この土地の守護神が祀られている、新竹都城隍廟。
新竹都城隍廟で軒を連ねる食堂。

新竹都城隍廟(シンジュードウチョンホアンミャオ)は、1748年に建立された由緒ある廟で、この土地の守護神である城隍神を祀っている廟だそうです。この廟が面白いのは、廟の前と周囲の一帯が、屋根付きの屋台街のようになっている点。たくさんの食堂がうまそうな匂いを漂わせながら、わいわいと営業しています。こういう形態の城隍廟は、台湾でもかなり珍しいのだとか。

新竹の名物とされている、米粉を晩ごはんに。

新竹都城隍廟にある食堂の一つに入り、新竹の名物料理と言われている、米粉(ミーフェン、ビーフン)をいただくことにしました。一緒に頼んだのは、肉圓(バーワン、肉などをでんぷんの皮で包んだもの)、四神湯(スーセンタン、漢方と豚モツのスープ)。米粉は炒めたもののほか、汁麺仕立てで食べるものもあります。さすが本場の米粉だからか、弾力が強くて、ボリュームと食べ応えがありました。

北埔出身の写真家、鄧南光の記念館を訪ねる

雨に濡れた北埔老街。

新竹での滞在中、近郊の山間部にある小さな街、北埔を日帰りで訪れました。北埔は、中国南部から移り住んできた客家(はっか)の人々が暮らす街として知られています。台鉄の新竹駅からは、竹北(ジューベイ)駅まで列車で移動し、その駅前から台湾好行バスが運行する獅山線というバスに乗って、1時間ほどで北埔に到着します。どっしりとした佇まいの古い建物が建ち並ぶ老街(ラオジエ)が、今も残っています。

北埔にある、鄧南光影像紀念館。

僕が北埔に来たのは、鄧南光影像紀念館を訪れてみたい、と思ったからでした。

鄧南光(本名は鄧騰輝、1908年〜1971年)は、かつて台湾の写真界を牽引していた著名な写真家の一人で、北埔の名家の出身でした。日本の法政大学に留学していた頃に写真に興味を持つようになり、ライカを入手してからは、撮影した作品が雑誌やコンクールでたびたび入選するなど、写真家として注目されるようになりました。台湾に帰国してからは、台北の街でカメラ専門店を開業。第二次世界大戦の混迷の時期を経ながらも、台湾での写真文化の普及に尽力し続けた人物として知られています。

鄧南光影像紀念館の建物自体は、鄧氏一族の旧宅で、この街で最初に建てられた鉄筋コンクリート製の建物だったそうです。建物内では、鄧南光の生涯を辿るような形で、彼の作品が多数紹介されています。

館内に展示されていた、鄧南光のセルフポートレート。

鄧南光については、台湾人作家の朱和之が手がけた小説『南光』の邦訳が、日本でも春秋社から刊行されているので、その本を読むと、彼についてより深く理解することができると思います。日本とも深い縁のあった台湾人写真家のルーツが、この山間部の小さな街にあったのかと思うと、何だか不思議な気分になりました。

北埔の名物の一つ、擂茶。

北埔の近辺は、東方美人などの茶の産地として知られていますが、それ以外に、ゴマやピーナッツ、カボチャの種などの雑穀をすりつぶしてお湯や茶と合わせて飲む、擂茶(レイチャ)でも有名なのだそうです。

僕自身、擂茶についてはまったく予備知識がなかったのですが、雨宿りでたまたま入ってみたお茶屋さんで、お店の人たちにすすめられるがままに、北埔擂茶をいただくことになりました。これが、もったり濃厚で素朴な味わいで、想像以上においしいのです。偶然味わえた一杯の北埔擂茶に感謝しながら、僕は帰りのバスに乗りました。

山本 高樹さん

著述家・編集者・写真家

1969年岡山県生まれ、早稲田大学第一文学部卒。2007年から約1年半の間、インド北部の山岳地帯、ラダックとその周辺地域に長期滞在して取材を敢行。以来、この地方での取材をライフワークとしながら、世界各地を取材で飛び回る日々を送っている。著書『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』(雷鳥社)で第6回「斎藤茂太賞」を受賞。近著に『雪豹の大地 スピティ、冬に生きる』(雷鳥社)、『流離人(さすらいびと)のノート』(金子書房)など。

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