人が移動しないと、クルマや飛行機、船も動かない。すると、世界中の空気が綺麗になったという記事を何かで見た覚えがある。奇しくも、地球環境を守るための一番の方法が、人が動かないコトだという事実をコロナに教えられた瞬間だった。
バリ島のすべてが止まり、すべての灯りが消える日
そんな「人が移動しない」を1年に1日、はるか昔から毎年やっている島がある。それは、インドネシアにあるバリ島だ。
バリ・ヒンドゥー教の元日を「ニュピ」といい、その日の朝6時から翌朝の6時までの24時間、それが行われる。別名「サイレント・デイ」とも呼ばれるその日は、バリ島全土全員、家から出てはならず、声や音も出してはならない。煮炊きもしてはいけないし、灯りを点けるコトもNGだ。外に出ては行けないので、もちろん、仕事もやってはいけない。なので、店という店も学校も役所もコンビニも何もかもすべて開いていない。テレビ局もラジオ局も休みなので、放送もいっさいない。そして、空港までも完全閉鎖され、飛行機の離発着もいっさいないのである。

そして、さらにすごいのは、これがバリ島民だけではなく、その日、バリ島にいる国内外の観光客も全員それを守らなければいけないのだ。観光客はホテルの自分の部屋から出るコトはできないし、ホテル内の中庭やプールに出るのも許されない。唯一、3食だけはホテルの食堂で用意はしてもらえるみたいだが、それ以外は、自室にこもって静かに過ごさなければならないのだ。
24時間何もせず、静かに過ごす。
現代人にはなかなかに至難の技である。スマホを見ていれば時間が溶けるじゃないかと思うかもしれない。が、スマホの灯りが窓から外に漏れ出るのでやすやすと見るわけにはいかない。
そんな稀有な体験、なかなかできるもんじゃない。その静寂の日を体験すべく、2025年3月29日のニュピの日、私はバリ島の友人宅に泊まりに出かけたのだった。
警察よりも強い(!?)自警団「プチャラン」
バリ島のバリ・ヒンドゥー教は、ウク暦とサガ暦という2種類の暦を用いてもろもろの行事を行なっている。ウク暦は1年を210日で計算する暦であり、サガ暦は日本の旧暦と同じく月の満ち欠けを使った暦だ。その中で、新年はサガ暦第10月の新月の日と決まっている。万国共通の太陽暦に当てはめると、だいたい毎年2〜3月頃になる。

ニュピの前日、つまり、大晦日はニュピとは正反対に、大騒ぎする日だ。オゴオゴと呼ばれる巨大ハリボテが何台も街中を練り歩く。皆、酒を飲みつつテンションあげあげで24時頃までそれが続く。そして、翌朝、日が昇る6時30分、いよいよニュピのスタートである。いつもなら、大量のバイクとクルマが行き交い、音がとめどなく溢れ、けっこう騒がしすぎるバリ島なのに、物音ひとつしない。聞こえるのは庭の木にやって来た鳥たちのさえずりのみ。森の中やバリ島の田舎の村ならそれが日常かもしれない。が、友人宅はバリ島の中でも都会のクタにある。普段なら、静寂とは程遠い場所なのだ。
本当は家の庭に出るのも控えた方が良いみたいなのだが、友人宅の玄関からこっそり外の通りを眺めてみた。本当に人っこひとり歩いてすらいない。もちろん、バイクも車も皆無。各家からの声もまったく聞こえない。
「バリ島の都会やのに、なんて静かでのどかな時間なんやろ〜♪」
などと気持ちよく思えたのは、ほんの1時間ほど。あとは、ひたすら時間が過ぎるのが遅過ぎて暇で、暇で、仕方がない。おしゃべりも必要最低限。話し声が外に漏れると怒られるのである。
そう、怒る係の人がいる。プチャランと呼ばれる自警団のおじさまたちだ。友人いわく、プチャランは警察よりも権限がある一目置かれた存在なのだとかなんとか。ニュピの日、外に出て良いのは監視役のプチャランの人たちだけ。普段はバイクに乗る彼らもニュピの日は音を出してはいけないので、自転車で巡回している。もし、家の外に出ているのを見つけられようものなら捕まり、罰金を支払うハメになる。


悪霊がバリ島へやって来る!?
なぜ、こんなにも音や光を出してはいけないのか? それは、海の向こうにあるといわれる精霊や悪霊の住む島「ブタ・カラ」の大掃除の日がニュピの日であり、島を追い出された悪霊たちはバリ島にやって来るという。なので、悪霊たちに気づかれないように静かに過ごすコトで、悪霊たちがバリ島に留まらずに去って行ってもらうためなのである。
そのむかしは、24時間ひたすら断食と瞑想を行い、神と対峙して過ごす日だったのだとか。現在は、ルールも少し緩くなり、日常生活音は最低限なら大丈夫というコトになっている模様。夜も、灯りが漏れない程度の1本のロウソクの灯りを窓から離れている部屋で点けて過ごす。その灯りすら外に漏れるといけないので、昼間のうちに家の窓という窓に段ボールを貼りまくる。もちろん、島内すべての街灯も完全オフ! お外は真っ暗闇の中である。

昼間もやるコトがなかったが、灯りがなくなる夜はさらにやるコトがない。もう、眠る意外何もない。19時には友人家族も私もみんな床についた。日の出と共に起き、日の入りと共に眠る。人間が動物である本来の生活リズムを体感した気がする。
そうそう。この日は、必ず新月の日であり、島内の灯りという灯りはすべてついていないので、クタという都会の街にいながら満点の星空が拝めると友人がいっていた。残念ながら、この年は、夜に雲が出てしまい、満点の星空は拝めず。唯一の心残りだ。
夜型人間の私としては、超絶早い就寝だったせいか、夜中に何度も目が覚める。目を開けるたびに、まだまだ朝がやって来ないことに悶絶。夜って、こんなに長かったのかと布団の中で思い知る。

地球を救うかもしれないニュピ
翌朝6時。物音ひとつしなかった街にバイクのエンジン音が響きはじめた。街が日常を奏ではじめる。テレビ局やラジオ局の人も朝6時までは仕事をしてはいけないので、放送が再びはじまるのは必然と彼らが出社してしばらく経ってからなのだ。
島民だけでなく観光客も含めて行う現代の真逆をいくような行事。「面倒くさいから、うちは辞〜めた!」などという人がいないのも驚く。しかも、これは、バリ・ヒンドゥー教の行事なのに、島内に住むイスラム教徒の人も一緒になってやってくれるのである。なんてやさしい! なんて平和なんだ!
ただ、近年、残念な人がいるのも事実。それは、一部の海外観光客だ。とある年、こんな近代らしからぬ行事を本当にやってるのか確かめるために、ニュピの日に面白半分で、外で騒ぎまくっていた海外観光客がいたらしい。もちろん、プチャランに捕まり、その後、自国に強制送還されたという噂を耳にした。なぜ、自分の国とは違う文化を素直にリスペクトできないのか? 自国ではなく、現地にお邪魔しに来ているのだから、そこは現地の人の生活をリスペクトすべきじゃないかな? と、バリの人ではない私ですらもやっとしてしまう(と、いいながら、私もプチャランの後ろ姿をこっそり撮ってしまったけれども……汗)。

人口約430万人(静岡県の人口より100万人弱多い)、愛媛県サイズの面積なバリ島。その全土全員が毎年欠かさず、誰しもその風習を破るコトなく行われているニュピ。1年に一度、悪霊を払う日でもあるが、コロナ禍の発見を考えると、年に1度、その土地の空気を汚さずに過ごすコトができる日でもある。全世界の各国が、年に1日だけ、バリ島のニュピのような日を作ってみたら、もしかしたら、それが、一番の地球環境を守るコトにつながるのかもしれないと、密かに想い願っている今日この頃である。
(ちなみに、2026年のニュピは3月19日の午前6時から)








