【写真家・竹沢うるまさんに聞く:中編】自然の中で、人が人であることによって生まれる「祈り」の意味 | BE-PAL

【写真家・竹沢うるまさんに聞く:中編】自然の中で、人が人であることによって生まれる「祈り」の意味

2016.10.26

人間の根源的な行為としての「祈り」をテーマにした最新写真集『Kor La -コルラ-』を世に送り出した、写真家の竹沢うるまさん。先週のインタビュー前編に引き続き、今週は『Kor La -コルラ-』を制作するための取材で遭遇したさまざまな出来事についてお話を伺いました。

——チベット文化圏を巡る今回の旅の中で、特に竹沢さんの印象に残っていることは何ですか?

竹沢うるまさん(以下竹沢):ネパールの旧ムスタン王国で、河口慧海の像を見つけたことですかね。僕自身の主観的な驚きで言うと。

——河口慧海は、20世紀初頭にヒマラヤを歩いて越えてチベットに入った、仏教学者であり探検家でもあった方ですよね。その方の像がムスタンに?

竹沢:かつてムスタンの首都だったローマンタンという町から、歩いて1日くらいのところにある村に、「ジャパニーズ・ラマの像がある」という話を聞いたんです。その村のゴンパ(僧院)を訪ねてみたんですが、像はない。で、「ジャパニーズ・ラマの像はあるの? 僕は日本人なので、見たいんですけど」とお坊さんに頼むと、「うーん、ちょっと待ってて」と言って鍵を持ってきてくれて、ゴンパの隣にあったすごく古い、半分屋根の壊れたぼろぼろのお堂の扉を開けてくれたんです。中に入ると、経典の詰まった棚が正面にあったんですが、「ちょっと手伝って」と言われて、その棚を一緒に動かして。その隙間から棚の裏側に入っていくと、そこにあったんです。河口慧海の像が。

——わざわざそうやって隠していたんですね。どうしてなんでしょう?

竹沢:明らかに意図的に隠してましたね。「なんでこんなところに置いてるの?」と聞いたら、「盗まれないように」と言われましたが、それ以上の理由はわからなかったんです。お堂を管理する人も代々変わっていますから。面白かったのは、河口慧海の『チベット旅行記』には、チベットに入る前にムスタンの村にしばらく滞在していた時期、村人たちに薬を作ってあげていたという話が書いてあるんですけど、僕が見つけたその像も、手に薬のような丸い玉を持っていたんですよ。小柄でちょっと太って見える像で、これは河口慧海以外ないなあ、と。その像は、村では「ラマ・ニャンタ」と呼ばれていました。ちょっとかわいい呼び名ですよね(笑)。あと、もう一つ興味深かったのは、その河口慧海の像の隣に、もう一人の痩せた人物の像があったんです。それらは明らかにワンセットなんですけど、もう一人の像が誰なのかは、僕にはわかりませんでした。

——遠く離れたムスタンの村で、日本人である河口慧海がそんな形で「祈り」の対象になっていたというのは、興味深いですね。

竹沢:それだけ当時の地元の人々とつながって、薬による治療といった還元をしたから、それに対する尊敬と感謝の表れだったんでしょうね。河口慧海はその頃から僧侶としても尊敬されていましたから、ある種の仏のかたちとしても見られていたのかもしれません。

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