【写真家・竹沢うるまさんに聞く:中編】自然の中で、人が人であることによって生まれる「祈り」の意味 | 海外の旅 【BE-PAL】キャンプ、アウトドア、自然派生活の情報源ビーパル - Part 2
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    2016.10.26

    【写真家・竹沢うるまさんに聞く:中編】自然の中で、人が人であることによって生まれる「祈り」の意味

    ——ほかに、取材中に苦労したエピソードなどはありますか?

    竹沢:苦労したことと言うと、やっぱり、チャダルですかね。まあでも、そこまで苦労はしていないかな。

    ——チャダルというのは、インド北部のラダックとザンスカールの間で、他の峠道が雪で通行不能になる厳寒期に、凍結したザンスカール川の上を歩いて行き来する、「氷の回廊」などと呼ばれる道のことですね。竹沢さんはどんな編成のチームでチャダルに行かれたのですか?

    竹沢:僕と、ガイドと、ソリで荷物を運んでくれるポーターが3人。計5人ですね。氷の上を毎日歩いて、時々崖を登ったりして。川の氷の状態は悪くはなかったですが、ザンスカールまで往復して帰る頃にはかなりダメになっていて、僕たちがチャダルの旅を終えてから1週間後には、もう氷が割れて歩けなくなってしまっていました。

    ——外部から来たトレッカーにとっては一種の冒険だと思いますが、その一方で、チャダルは地元の人たちにとっては古来からの生活の道でもありますよね。

    竹沢:実際、地元のおばちゃんとか、じいちゃんとかが、普通に歩いてましたからね。結構びっくりしましたね。ラダックの町で拾った子犬をザンスカールで飼うんだと、チャダルで連れ帰ってる人までいました。

    ——そのチャダルを歩いた末に辿り着いた、冬のザンスカール地方はいかがでしたか?

    竹沢:非常に魅力的でしたね。なぜかというと、そこで世界が完結しているからなんですよ。雪で外部とほぼ遮断されて、モノも情報も入ってこない。夏の間にたくわえたものを少しずつ食べて暮らして、そして祈って、という生活。300年、400年前と何も違わない。ちゃんとした自然の夜や静けさが客観的に存在している。そういう自然のある場所に人間が身を置くと、主観的なイマジネーションが生まれてくる。たぶん、それが何かしらの「祈り」というものにつながっていくと思うんです。ちゃんとした自然のある場所で、人間の主観というものが存在していれば、そこに「祈り」が生まれてくる。僕は旅をしながらそう考えていたんですが、ザンスカールはそれがよくわかる場所だったなあと思います。

    ——自然の中に身を置くことで生まれてくる、その主観的なイマジネーションの正体とは、何なんでしょう?

    竹沢:イマジネーションとは、人が人であること。その人の世界のことなんです。それは共有できるものでもあるかもしれないけど、基本的には、個としてのイマジネーション、その人自身の世界そのもの。僕たちは同じ世界に住んでいても、見ているものは違うかもしれない。その違いを生み出すのがイマジネーションなんです。その正体は何かというと……結論になってしまいますけど、「心」なんですよ。そこに「心」があることで、「祈り」が宿るんです。『Kor La -コルラ-』のあとがきでは、「この本は、“祈り”が宿る“心”の在り処を指し示す本である」と書いています。「心」が「心」として機能する場所、それは人間が人間として生きることのできる場所なのだろう、と。

    ——なるほど。そう考えると、すとんと腑に落ちますね。

    竹沢:そういう意味では、チャダルというのは、一種の「回路」なんです。チャダルの氷の道を通ることによって、自然と瞑想の世界に入っていく。いわば、物理的な瞑想のステージなんですね。それが目に見える形で存在しているから、とても興味深かったです。

    ——逆に、人間が人間として素直に生きられる場所であれば、どこであっても「祈り」は存在しうる、と。

    竹沢:そうですね。ただ、東京のようにモノや情報があふれかえっている場所だと、自分が自分であることが非常に難しいですよね。そうすると「祈り」が見えづらくなる……僕が今言っている「祈り」というのは、宗教的な行為というわけではないんですが。「祈り」は、その人の「心」にあるのが第一前提。そして、そこには祈る対象が存在する。その対象と「心」をつなぐのが「祈り」です。その対象は、その人が全面的に、疑いなく信じきれるものでなければダメ。ザンスカールで言えば、それは自然なんですよね。あるいは仏陀なのかもしれない。ザンスカールの人々は、それらを全面的に信じて、認めている。だから「祈り」という行為が成り立つのだと思います。

    ——この写真集『Kor La -コルラ-』には、そんな風にして「祈り」の生まれる場所について考えを巡らせていった、竹沢さん自身の思いの移り変わりが凝縮されているんでしょうか。

    竹沢:僕は本を作る時、人のことはあまり考えてないんです。そこにある思いというのは、人にこう見てほしいとか、こうなんだよと伝えることではない。『Walkabout』もそうでしたが、『Kor La -コルラ-』も基本的には、主観に満ちた旅の記録でしかないんです。自分の「心」の流れを一つひとつ記録して、重ね合わせ、積み重ねていった、その集積としての本。だから、本自体に込めた思いやメッセージというものはないんですよ。ただ僕は、「心」の流れのかたちこそが、人間が人間であることの存在証明だと思うんですね。同じものに対峙しても、「心」の流れは人それぞれで違う。その違いこそが、その人の存在証明なんじゃないかと思います。

    次回のインタビュー後編では、2016年11月に発売される竹沢さんのもう一冊の注目の著書、『旅情熱帯夜 1021日・103カ国を巡る旅の記憶』についてのお話を伺います。

    ◎竹沢うるま Uruma Takezawa
    1977年生まれ。同志社大学法学部法律学科に在学中、沖縄を訪れたことがきっかけで、写真を始める。その後、アメリカ一年滞在を経て、独学で写真を学ぶ。卒業後、 出版社のスタッフフォトグラファーとして水中撮影を専門とし、2004年より写真家としての活動を本格的に開始。2010年〜2012年にかけて1021日103カ国を巡る旅を敢行。帰国後、写真集『Walkabout』と、対となる旅行記『The Songlines』を発表。その他、詩人谷川俊太郎との写真詩集『今』、キューバ写真集『Buena Vista』などの著書がある。2014年に第3回日経ナショナルジオグラフィック写真賞グランプリを受賞。
    http://uruma-photo.com/


    ■写真集『Kor La -コルラ-』
    2016年10月1日発売
    小学館
    3400円+税
    https://www.amazon.co.jp/dp/4096822310/


    ■『旅情熱帯夜 1021日・103カ国を巡る旅の記憶』
    2016年11月11日発売
    実業之日本社
    3300円+税
    https://www.amazon.co.jp/dp/4408630187/

    ◎聞き手:山本高樹 Takaki Yamamoto
    著述家・編集者・写真家。インド北部のラダック地方の取材がライフワーク。著書『ラダックの風息 空の果てで暮らした日々[新装版]』(雷鳥社)ほか多数。
    http://ymtk.jp/ladakh/

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