1年前に取材した「森」の今の姿
あれから1年、林道はどれだけ延びただろう? 針葉樹を主体とした鬱蒼とした森は今どんな姿を見せているのだろうか? 知りたくて再び三井町を訪ねました。折しも『のと復耕ラボ』の活動を応援するサポーター(ボランティア)の人たちが森づくりの作業に参加する日。その様子も併せてリポートします!

1年前の記事『“僕らの森づくり”能登で始まっています』
前編 能登の里山・三井町の歴史と暮らしhttps://www.bepal.net/archives/592327 https://www.bepal.net/archives/592327
後編 『のと復耕ラボ』の誕生と活動https://www.bepal.net/archives/592540 https://www.bepal.net/archives/592540
未来を一緒につくる仲間=サポーターたちによる森づくりが進められていた
取材当日は朝から晴天。午前8時半に『のと復耕ラボ』の活動の拠点である古民家「ボランティアBASE三井」には7人のサポーターが集まりました。ところで、彼らをなぜボランティアではなくサポーターと呼ぶのでしょう。『のと復耕ラボ』代表の山本さんが次のように説明してくれました。
「2024年1月1日の震災、追い討ちをかけるような9月の記録的な大雨と、甚大な被害を受けた能登。そんな中で立ち上がった『のと復耕ラボ』は、ボランティアの拠点として延べ5000名の方を受け入れてきましたが、徐々にボランティアのニーズが減っていったことから、瓦礫(がれき)の撤去や重いものの運び出し等の災害ボランティアの募集は昨年の5月に一旦終了。そこからは、ボランティアの方を「サポーター」と呼び、能登の未来を一緒に作っていこうという、僕らが目指す活動に参加してくれる方を募集することにしました。「復旧」から「復興」へフェーズが変わったというニュアンスも含んでいます。森づくりの活動としては、蔓(つる)を幹から取り除くとか、伐採した木を運び出すなど、初めての方でも比較的やりやすい作業をお手伝いいただいています」

出発前にラジオ体操。その後、1日の活動の説明を受けてから、作業道具を載せた車に乗って森の入口へと向かいます。みんな長袖のシャツやアウターに、ヘルメット、長ぐつ、軍手という出で立ち。向かった現場は、一昨年の地震と大雨により崩れた谷。土砂とともに流されてきた倒木の根っこや木の枝などを、ひとつひとつ手作業で取り除いていきます。これが、かなりの重労働。休憩をはさみながらの作業になりましたが、いつしか森の中にサポーターたちの明るい掛け声と笑い声が響くことに。安全を確保しつつも、予定時間よりも早く午前中の作業を無事に終了させることができました。


人が入りやすい“壊れない道”を森の中に張り巡らせる
その後、林道はどれくらい出来ていますか? お昼の休憩時間に、どうしても知りたかった質問を『のと復耕ラボ』副代表の尾垣さんにしたところ、「今日の作業が終わると累計650mほどになります」とのこと。累計とは?
「僕らが実践している自伐型林業では、いつでも山に入れるような壊れない道を張り巡らせることを基本としています。葉っぱを見ると、真ん中に「主脈」と呼ばれる葉脈があり、そこから横に広がる複数の「側脈」がありますが、そんなイメージです。林業では、主脈に当たる太い幅の道を「幹線」、側脈にあたる道を「支線」と呼びます。昨年中に「幹線」がほとんど出来上がり、今年は「支線」をつくっているところで、今現在その合計、つまり累計が630m。今日の午後の活動では新たに20mの支線づくりをする予定です」と尾垣さん


山本さんが立っているのは山頂に向かってつくられた幹線。道幅は2〜2.5mが基本となっている。
従来の林業では1日で100m~200mの道をつくることが可能ですが、自伐型林業では長くて20m。水の流れを読み植生を生かした道づくりを丁寧に時間をかけて行う自伐型林業は、土砂災害防止にも貢献するといわれています。
ということは、今回の作業が無事に終われば累計650mになるというわけです。
道づくりの活動の締めくくりは10年後20年後の森をイメージしながら植林
午後の活動のためにサポーターが再び集合。作業の場所に向かう途中で山本さんが歩みを止めると、目の前には太い蔓が巻き付いた木が。その蔓の太さにサポーターたちもびっくり。
「80代とか90代のじいちゃんに聞くと、昔はこんな光景を見ることはなかった。親に連れられて山に入ったときは蔓を見かけるたびに切って、きれいな山をつくっていたんだ、っていうのです。自然は放っておいたほうがよくなる、という考えを持っている人もいるようですが、そうではなく、里山というのは人が手を入れ続けたことで豊かになってきた。森を支えてきた人がいたのです」と山本さん。最近では、この三井町であっても、高齢化や生活環境の変化から森に入る人が減って、里山とは呼べない場所の方が多くなっているとのこと。この日の活動の目標である20mの道をつくることで里山と人との関係がまた少し近いものになるかもしれない。そんな思いを感じる場面でした。

さて、午後の作業開始! まずは、尾垣さんがチェーンソーを使って1本の木を伐採。その様子をサポーターたちは安全な場所から見守ります。その後、サポータたちがのこぎりを使って倒した木の枝を落とし、次に玉切りした(短く切り分けた)材を全員で小径の外に運び出す。仕上げに尾垣さんが重機をつかって丁寧に路盤を整えます。この一連の作業で、サポーターたちは安全に作業をするための知識や技術のアドバイスを受けることにもなります。さらには「重機の運転をしてみたい人いますか?」と尾垣さんから声かけが。結果、サポーター7名全員がハラハラドキドキの重機運転の初体験をしました。

活動のしめくくりは植林。植えるのはクヌギの苗。昨年の秋、尾垣さんが近くの広葉樹の森で拾ったどんぐりから育てたものです。「好きな場所に植えてください、できるだけ日当たりの良い場所がいいですよ」と尾垣さん。みんな、スコップを手に真剣に場所を決めていました。10年後、20年後のこの場所はどうなっているのでしょう。想像するだけで楽しいものです。

サポーターたちとの関係には「お互いさま」の里山暮らしの精神がいきている
この日のサポーター7人は全員大学生ですが、うち4人が「古材レスキュー」のボランティアを経験していました。震災の影響で解体が決まった家から、漆塗りの床材や太い梁・柱、そして住まう人々の思い出が詰まった貴重な古材や古家具をレスキューする作業です。「震災から2年半。このあたりもかなり復旧していると思っていたのですが、午前中の作業で崩れた谷を見たときは、まだこんな状態のところが残されているのかと驚きました」と、その中の1人が語ってくれました。
「今日のようにサポーター全員が大学生というのは珍しく、来てくれる方の年齢もお住まいの場所も様々。災害ボランティアとして関わった人たちが、僕らがやっていることを応援するよって、続けてサポーターとして来てくれていることが多いです。じゃあ、僕らがサポーターの皆さんに何を提供できるかと言ったら、面白いと思ってもらえること、ここでだからできる体験をしてもらうこと。重機の操縦もそのひとつです。あとは、これまで僕や尾垣君が三井で暮らすじいさんから教えてもらったことを伝えること。そして、これからは僕たち自身が森づくりをしながら得たことも伝えたていきたいって思っています」と山本さん。

そういえば、昨年取材で来たときに、三井町の茅葺屋根は昔からこの地域の人がみんなで守ってきた、と山本さんから聞いた話を思い出しました。どこかの家が屋根を葺き替えるときは、みんなで手伝い、手伝ってもらったお返しに次に別の家が葺き替えることきは「お互いさま」と言って手伝う。森づくりのプロジェクトは、そんな人と人が関わり合える「お互いさま」の関係を広めているのではないかと感じました。
プロジェクトも2年目。以前から森づくりに興味があったのでSNSで見つけて申し込んだという人や、能登の人で森を買ったのだけどどうしたらいいのかわかなくて勉強のため参加してみた、というボランティア未経験のサポーターも増えているそうです。里山のくらしに興味もある人も、何か新しい経験をしてみたいという人も、三井町に向かってみてはどうでしょう。サポーター活動の情報はSNSでチェックを!
最後に、サポーター参加された、関西大学の安田忠典ゼミの学生のみなさん。早稲田大学建築家の学生のおふたり、ご協力ありがとうございました。

のと復耕ラボでは「森づくり」「古材レスキュー」のほか、「古民家再生」の活動や、ボランティアBASE三井から半径3kmほどの範囲でできる「里山の仕事」も体験できます。ホームページではプロジェクトの紹介だけでなく、のと復耕ラボの成り立ち、ボランティアBASE三井の施設についても紹介されています。
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