美の女神に捧げた王妃の髪が盗まれた?
かみのけ座の生まれは古く、紀元前3世紀のエジプト。世界史の教科書に出てきたあの「プトレマイオス朝」の時代です。

かみのけ座の由来となるエピソードの主人公は、プトレマイオス3世(在位紀元前246〜222年)とその妻ベレニケです。こんな話が伝わっています。
プトレマイオス3世が戦に出征する時、妻のベレニケは戦勝祈願のため、「夫が無事に戻ったら自分の髪を女神アフロディテに捧げます」と誓いました。その髪は広く知られる美しさだったそうです。そしてプトレマイオス3世は無事に帰還。妻は約束通り髪を切り、祭壇に捧げました。
ところが翌日、その髪が消えていたのです。誰が盗んだ!? プトレマイオス3世と妻は激怒、宮廷で王に仕える者たちは処刑を覚悟しました。そういう時代だったのです。その時、天文学者として仕えていた者がこう言いました。
「神がベレニケ王妃の行ないをたいへん気に入り、かつ髪があまりに美しいので天に上げたのです。ほら、あそこに見えるのがその星です」と指差した先が、しし座の尻尾の東側。そこに点々と見えた星々が「ベレニケの髪」と呼ばれるようになりました。
天文学者の機転で犯人捜しは一件落着。というエピソードの真偽はともかく、プトレマイオス3世とベレニケは歴史上実在の人物です。
星座名は日本語では「かみのけ座」ですが、ラテン語の名称は「Coma Berenices(コーマベレニケス)」。ベレニケの髪という意味です。実在した人の名がついている、とても珍しい星座なのです。
昔はしし座の一部だったかみのけ座
星座は現在、全天で88個あります。(正式に88に決定したのは1928年、国際天文学連合によって認定されました。)
88星座の中でも、黄道の12星座や、おおぐま座こぐま座オリオン座などの伝統的な星座は、天文学者プトレマイオスが2世紀に記した『アルマゲスト』に記録しています。これが「プトレマイオスの48星座」と呼ばれるもので、名の知られた星座はほぼここに入っています。先述のエジプトの王様プトレマイオス3世やプトレマイオス朝とまぎらわしいのでご注意ください。
その「プトレマイオスの48星座」の中に、「かみのけ座」は星座としては記されていません。
由来が紀元前3世紀まで遡れるので、48星座に入っていてもよさそうですが、ここでは「しし座の外にある、星座には含まれない『髪』と呼ばれる星々」として記録されています。かみのけ座として独立して見られるようになったのは16世紀半ばのようです。
銀河の北極に見える「かみのけ座銀河団」
かみのけ座が特殊なのは生まれた由来だけではありません。
まず、星座の大部分が散開星団の星で構成されている点でとても特殊。さらに背後には「かみのけ座銀河団」が控えている点でも注目です。

散開星団とは同じガス星雲から生まれた恒星の集まりです。かみのけ座はMel 111(メロッテ111)という散開星団の星たちでできています。約350光年離れたところに散らばっている兄弟星です。生まれてから長い時間が経っているので、けっこうバラけて見えます。
この散開星団とは別に、かみのけ座の方向にはたくさんの銀河があります。確認されているだけで1000個以上というとてつもない数で、「かみのけ座銀河団」と呼ばれています。その中心は天の川銀河から3億光年以上も離れています。

私たちの天の川銀河は中心部が少し膨らんだ円盤状であることがわかっています。その円盤面の方向を見ているのが天の川。銀河の赤道です。そして、銀河の赤道からいちばん離れたところが「銀河の北極」「銀河の南極」です。天の川とは反対に、星や星雲の少ない過疎地です。
かみのけ座はこの銀河の北極の方角にあるのです。銀河団があるのは、単にその方向に銀河がたくさんあるからだけでなく、銀河の北極で銀河の外までよく見通せることもあります。
かみのけ座は天の川が見えるくらい暗くないと見つけにくいですが、しし座とうしかい座の間のちょっと空いたスペースにあります。双眼鏡を向ければ美しい散開星団が見られます。銀河団は見えませんが、銀河の北極を感じられるのではないでしょうか。
構成/佐藤恵菜





