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2026.03.26

地球上に地図の空白地帯がほぼなくなった今、“グレートジャーニー”関野吉晴は時を遡る旅に出た

地球上に地図の空白地帯がほぼなくなった今、“グレートジャーニー”関野吉晴は時を遡る旅に出た
地球上のあらゆる土地を歩いてきた探検家・関野吉晴。次の旅の舞台に選んだのは旧石器時代。その時代さながらの野生世界に身を置くことで、地球における人類史、そして生命史までをも繙いていくタイムスリップの旅、グレートジャーニー最新章が始まった。
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グレートジャーニー 最新章〈旧石器時代へ、時を辿る旅〉02 まずは打製石器を作る

関野吉晴 (せきの・よしはる)

1949年東京都生まれ。探検家、医師、武蔵野美術大学名誉教授(文化人類学)。一橋大学在学中に探検部を創設し、アマゾン川源流などでの長期滞在、南米最南端からアフリカまで人類の足跡を遡行する「グレートジャーニー」、日本列島にやってきた人々のルートを辿る「新グレートジャーニー」などの探検を行なう。

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私の探検活動はもう50年以上になる。
 
私は、男ばかり5人兄弟の末っ子として東京の下町・墨田区に生まれた。小さいころはよく浅草や上野まで歩いていって迷子になり、駐在所で保護されていた。小学校教師だった父親は厳格で、明治生まれの絶対君主だった。小学生のときから野球少年だったが、門限があった。その後も、「ひとりで山に行く」といったら「危ないからやめろ」といい、「バイトをしたい」といっても理由もいわずに「ダメ」と許してくれなかった。このように、私はやりたいことをずっと抑えられていた。それが窮屈でしかたなかった。
 
私が高校1年のとき、海外渡航が自由化された。小田実の世界旅行記『何でも見てやろう』、本多勝一の『極限の民族』、西堀栄三郎の『南極越冬記』を読んで気が昂り、友人たちと「海外雄飛しようぜ」と語り合った。捕鯨船の船医をしていた伯父や海上保安庁の巡視船の機関長をしていた叔父が、海外の航海から帰ってきた際に家に遊びに来るのも刺激になった。とはいえ、バイトも禁止で厳格な親の脛を齧っている身だ。高校生の私は、「大学に入ったら、勘当されてでも海外に行くぞ」と心に誓った。
 
海外雄飛したい理由はもうひとつあった。高校の同級生の中には、湯川秀樹博士に憧れて物理学者になりたいというように、一生を懸けてやりたいことがある者もいた。しかし私は、授業をぼんやり聞き、柔道部とラグビー部で汗を流して帰宅する生活を繰り返しているだけで、生涯にわたってやりたいと思えることが見つけられずにいた。そんな私でも、地球上の自然も文化も全く違う場所にこの身を放り込んだら、今まで気が付かなかった自分が見つかるかもしれない。思いがけない気付きがあり、自分が変身できるかもしれないと思ったのだ。
 
大学では、親から干渉されないように寮に入り、仕送りは断わり、バイトと奨学金だけで生計を立てることにした。
 
ところが、入学した一橋大学には探検部がなかった。私は、入学後すぐに探検部を自分で創部した。模造紙に「探検部員募集! 海外雄飛して、地図の空白地帯に行き、心躍る探検をしよう!」と書いて構内に貼りだしたら、10人以上が集まった。しかし、自分で作った探検部だから、技術、知識を教えてくれる先輩がいない。そこで、社会人山岳会に入り、さらに他大学の探検部に話を聞きに行き、活動が盛んな早稲田大学探検部の合宿に潜り込むことになった。年間の3分の1ぐらいは登山か川下り。3分の1はアルバイト、3分の1は寮で本を読んだり、友人と語り合うという学生生活だった。
 
そして、22歳のとき、大学を1年間休学して向かったのがアマゾンだった。そのころ、アマゾンは地球上でもとりわけ未知な場所だった。源流部のペルーアマゾンには、地図の空白地帯(文字どおり、地図が真っ白で何も情報がない地域)もあった。その地図の空白地帯を仲間とゴムボートで下った。以来50年以上、私は世界中を旅してきた。
 
地球を知り尽くしたとは決して思わないが、熱帯雨林、砂漠、氷床、北極圏、サバンナ、ツンドラ、高山などだいたいの自然環境は体験し、そこに住む人々と親交を結んできた。一方で、各国の探検家、登山家によって地球上は探検し尽くされ、地図の空白地帯はほぼなくなりつつある。空間を移動する旅ではなく、時間を遡る旅を思いついたのには、そんな背景もある。
 
私は1993年から足掛け10年かけて南米最南端からアフリカのタンザニアまで自分の腕力と脚力だけで旅をした。この私の「グレートジャーニー」は、イギリスの考古学者ブライアン・M・フェイガンがグレートジャーニーと名付けた人類最大の旅を逆向きに辿るものだった。人類最大の旅──グレートジャーニーとは、アフリカを出て世界中に拡散していったホモサピエンスが、シベリア、アラスカ経由で一番遠くの南米まで到達した遥かなる旅路のことだ。このとき、ホモサピエンスは人類史上初めて極寒のシベリアに進出して、マンモスを狩っていた。日本でいえば、縄文時代よりも古い旧石器時代だ。縄文時代は新石器つまり磨製石器を使い、マメやクリ、ヒエなどの栽培をし、土器を焼き、定住をしていた。縄文土器は1万6千年前のものが発見されている。旧石器時代はその前の時代だ。
 
彼らはほぼ野生の暮らしをしていた。別のいい方をすると、人間も野生動物と同じように、自然の時間あるいは自然の都合に合わせ、自然の循環の中で生きていた。そんな野生動物のように生きていた旧石器時代人に私は思いを馳せたいのだ。
 
私が旧石器時代の旅で最初に始めたことは石器作りだ。新石器時代の石器は石をより硬い石で磨いて作る磨製石器だが、旧石器時代の石器は石を砕くだけの打製石器である。作り方は単純だ。河原に行き、子供の頭大の石を探す。それを両手で頭上に持ち上げ、地面にある同じくらいの大きさの硬そうな石の上に振り落とすのだ。振り落とした石がパカーンと割れることもあるが、「何かした?」とでもいいたげに、びくともしない場合もある。割れた場合でも、石器として使い物にならない割れ方をするのがほとんどだ。運が良ければ、断面がシャープでそのまま斧とかナイフに使えるような見事な割れ方をする。
 
こうしてできた打製石器で、小屋の材料とするための木を伐る。石器に柄はつけず、ハンドアックスで木の周囲を叩いていく。ある研究者の実験調査によれば、鉄で伐るのと比べて石器は4倍の時間がかかるという。しかし、実際にやってみると4倍どころではなく、10倍はかかった。それでも石器で木が伐れるものなのである。

「竹は石器では伐れない」と、知り合いの建築史家にいわれたが、やってみたら竹も伐れた。たしかに、竹の表面はガラス質で非常に硬く、柄をつけた新石器では跳ね返されてしまう。だが、打製石器を直接手に握り、ハンドアックスで思い切り叩きつけると、ガラス質を破壊することができたのだ。竹のまわりを一周破壊すると、中は柔らかい繊維質なので、あとは木よりも切りやすい。

「彼らも、こうやって石器を作り、木を伐っていたのだろう」
 
石器作りと、ハンドアックスで木を伐る作業で、手は腱鞘炎になり、痛くて日常生活にも支障があるが、旧石器時代人に近づいている実感がある。

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スギを打製石器で伐採する。切るのではなく、石器を握り、ハンドアックス(手斧)で木の周囲を叩いていく。

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旧石器時代を旅しているので、機械の力は借りられない。ひたすら石を振り落とし続けて、断面がシャープな打製石器を作った。

※構成/鍋田吉郎 写真/筆者提供

(BE-PAL 2026年3月号より)

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