
この世界的に有名な夜景はマイカーでは見ることができません。山頂へ向かう車道はあるのですが、夜景を見るために最適な夕方から夜間にかけての時間帯には一般通行規制がされているからです。そのため、大多数の観光客はロープウェイを利用します。その他にバスやタクシーといった選択肢もあります。
そしてさらに、マイナー中のマイナーなアクセス方法として、登山道を歩いて山頂まで行くこともできます。むろん、タダです。
だからと言うわけではありませんが、アウトドア愛好家ならきっと気になる、そんなルートを紹介します。
函館山とはどんな山?

函館山は標高334m。けっして高い山ではありませんが、函館周辺の最高峰であるため、市内のあちこちからその山容を眺めることができます。
函館港を見下ろす位置にあることから軍事的価値も高く、明治時代から第2次世界大戦までの間は要塞となっていました。その時代は一般人の立ち入りはおろか、スケッチや写真撮影さえ禁じられていたとのことです。
戦後、函館山の山頂にはテレビ・ラジオの送信アンテナ施設が建てられ、広く利用が開始されるとともに、人気観光スポットにもなっていったというわけです。素晴らしいことではありますが、観光にはいつも2面性がつきまといます。
人気の高まりと混雑はセットだということです。近年、函館山でもオーバーツーリズムは大きな問題となっています。
私見になりますが、函館山はいささか便利すぎるのです。函館市街からも近く、ロープウェイを利用すれば、たったの3分ほどで山頂に到着できます。少しくらいは苦労をして辿り着いた方が、同じ風景を眺めるにしても有難みが増すのではないだろうか。そんな風に考える人は少数派でしょうけど、私は生まれついてのマイナー志向なのです。
3分間で行けるのに、わざわざ1時間かけて歩くわけ

あらかじめネットで調べておいたところでは、登山口から山頂までの距離は3kmほど、登りの所要時間は約1時間ということでした。そこで、夕方から登山道を登り、山頂で夜景を眺めて、暗くなった帰りはロープウェイで下ろうという大まかな計画を立てました。
登山口はロープウェイ駅のすぐ近くにあります。まるで通勤ラッシュ時の駅のような混雑を横目に登山道を歩き始めると、すぐに静寂に包まれた別世界が開けてきました。深い木々の緑に囲まれ、聞こえてくるのは鳥の声だけです。
さすがに北海道だと感心します。都心のすぐ近くに、これほどの自然が残っているのです。
登山道はよく整備されていて歩きやすく、案内板もあるので道に迷うことはありません。難所と呼ぶべき箇所もとくにありません。簡単な登山と呼ぶべきか、きつめのハイキングと呼ぶべきか、微妙なところではないでしょうか。

山頂までの約1時間、ほとんど人の姿を見ませんでした。やはり、文明の利器を利用すれば3分間で行ける所を1時間かけて歩くことを選ぶ人はごくごく少数派のようです。
唯一すれ違ったのは、Tシャツ姿の私よりさらに軽装のトレイルランナーだけでした。挨拶をすると、この人は観光客ではなく、地元のランナーでした。毎週のように、この山を走って登り、そして駆け降りるのだそうです。
山頂に辿り着いたハイカーを待っていたものは?
そのようなわけで、さほど苦しい思いをしたわけではないのですが、それでも2合目、3合目と案内板の数字が増えていくうちに、少しずつ脚は疲れてきました。心拍数は上がり、体も汗ばんできました。一応は自分の脚で山を登っているのですから、当たり前と言えば当たり前なのですけれど。
予定通り1時間ほどで山頂に到着すると、雰囲気が一変しました。聞きしに勝る人の数です。日没までまだ1時間くらいあったのですが、その時点ですでに函館の街を見下ろす展望台のフェンスには隙間なく人が並んでいました。
その時間帯はまさにピークらしく、10分間隔くらいで到着するゴンドラから、さらにどんどんと人が吐き出されてきます。昔懐かしい、旗を持った添乗員が先導する団体旅行グループもいくつか見ました。
私も彼らと同じ観光客には違いませんが、それでもやはり、「どっちかといえばおれの方がよりアツく自然に親しんでいる。どっちかかといえばおれの方がタンケンしている」などと椎名誠さん風な感想―正直に告白すると、微かな優越感―を胸に抱いていたことを否定するものではありません。
時間と体力を使った分、私には100万ドルの夜景は少なくともその倍、それどころか10倍も美しく見えるだろう。そんな期待もありました。
ところが、です。街の灯りがぽつぽつと浮かんでくるはずの時間になると、港の方から山に向けて濃い霧が流れてくるのが見えてきました。ついさっきまでは晴れていたにもかかわらずです。
あれよあれよと思っているうちに、山頂の展望台はすっぽりと濃霧に包まれてしまいました。函館の街には白いカーテンがかかったようで、ほとんど何も見えません。

そうこうしているうちに、展望台に到着する人の数はますます増え続け、まさに立錐(りっすい)の余地もない、なんて状況になってきました。風は強くなり、小雨がぱらつき、気温も下がってきました。
身動きもままならない。何も見えない。体は冷える…。楽しい要素は何ひとつありません。「哀愁の街に霧が降るのだ」と、また性懲りもなく椎名誠さん風に呟いた、とは冗談だということにしておきます。
その場に留まる理由をどこにも見出せなくなった私は、夜を待たずに山を下りることにしました。帰りのラッシュを避けよう、という姑息な考えもありました。
片道切符を買って、下りのロープウェイに乗り込むと、皮肉なことに霧がだんだん晴れてきました。先ほどまでまったく見えなかった街の景色も徐々に姿を現し始めました。
もう数十分くらい待っていれば、夜景だって見られたのかもしれません。「せっかちな客だ」と函館の街に笑われていたような気もしないではないですが、夜景は次に来るときの楽しみにとっておこうと思います。

函館山(函館市公式観光サイト内):
https://www.hakobura.jp/features/9