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熊瀬川王子から三越峠まで、峠あり沢ありの美しき森を行く

今回歩いたのは、熊野古道の中辺路(なかへち)の一部。中辺路は、海辺の町、田辺市からはじまり、熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社・那智山青岸渡寺からなる熊野三山へ至るルート。紀伊半島の山間部を通り、途中には熊野の御子神を祀った王子が多数点在する、熊野古道のなかでも、とりわけ人気が高いルートだ。


熊野古道を知り尽くした達人と歩く
熊瀬川王子の手前からスタートし、わらじ峠を経て、仲人茶屋跡へ。仲人茶屋跡から先が復旧区間となり、岩神王子を経て、蛇形地蔵(じゃがたじぞう)で復旧区間は終了。その先、湯川王子を経て三越峠(みこしとうげ)まで歩いた。この日は、和歌山県観光連盟の呼びかけで、ほかにテレビクルーや雑誌記者も同行。さらに、復旧作業を支えた中辺路町森林組合の岡上哲三元組合長、語り部の会熊野古道中辺路の山田良憲会長も、途中、解説を交えながら同行してくれた。


圧倒的な森の美しさとスケールに心が躍る
朝9時過ぎに、巨大な針葉樹に囲まれた林道を歩き始めた。その先にある沢に架かる苔むした木の橋を渡ると上り坂が始まった。不揃いの石が積まれた道や、樹木の根が密集した道など、地質が目まぐるしく変化する。坂の途中で、ふと見上げると、そこには針葉樹が天高くまっすぐに伸びていた。岡上さんの話では、間伐や下草刈りなど地道な作業を繰り返すことで、樹齢70年以上にもなるような木々が、まっすぐに育つという。その技術と環境により育まれた紀州材は、特別な木材として、今も高く評価され続けているそうだ。

背の高い針葉樹に囲まれているのに、いくら歩き進んでも、鬱蒼とすることはなく、とにかく明るく気持ちがいい。ところどころにホオやトチなどの広葉樹も残されていて、やさしい木漏れ日に癒されるようだ。こんな森の豊かさを体感できるのは、岡上さんや山守の人々の仕事のおかげにほかならない。


土あり、石畳あり、変化に富んだ道を進む
わらじ峠までは、つづら折れが続く。途中、見事な石畳が連続するカーブなど、見どころもたくさん。熊野古道を歩いていることを視覚的にも実感できた。


わらじ峠から女坂(めざか)を下ると仲人茶屋跡に至る。語り部の山田さんによれば、女坂と男坂を結びつける場所にあることから、縁結びの仲立ちをする仲人(茶屋)と名付けられたとか。



- 上のマップは、こちらでダウンロードできる。
- なお詳細なウォークマップは、こちらでダウンロードできる。
その先、岩神王子方面へと向かう道から、いよいよ復旧したルートへと入る。真新しい木材で補強された階段を下り、沢を渡る橋の近くには、サワガニがのんびりと歩いていた。

風景はもちろん、道そのものの美しさまで楽しめる
前日まで雨が降っていたこともあり、岩神王子までの道は、ぬかるんでいた。それまでの古道とは大きく異なり、14年間も人がほとんど入ることがなく、新しく土を盛った、できたばかりの新道という印象だった。しかし、見事な針葉樹林を抜ける細いトレイルの美しき様相は、まぎれもなく先達が切り開いた古道であろうことを確信。この美しい道が、再開されたこと、そんな道を早々に歩くことができたことには感謝しかない。

岩神王子まで峠を上り切ると、山々が連なる紀伊山地の眺望が広がっていた。その周辺は、ヒノキの植樹がされて間もないエリアで、鹿よけのネットの間を歩く。


さらに進むと、周囲の景色は一変した。苔むした倒木が連なる風景が出現。そこからしばらくは、沢沿いを行く。「熊野古道中辺路のなかでも、このあたりはとくに苔が美しいエリアなんです。この景色を久しぶりに見ることができました」と山田さん。しばし、しっとりとした緑豊かな美しい風景を楽しみながら進んだ。
間伐材を使ってほぼ人力で復旧された痕跡を目の当たりに
このあたりの谷は深く、台風の影響を強く受けたことが見て取れた。崩れた道を復旧するために、何段にも組み上げられた木材。そして、真新しい木の橋がいくつも出現する。


そんな修復跡を見つめながら、岡上さんは、「山主さんが許可をくれて、この間伐材を使うことができたからこそ、こんなに早く復旧ができたんです。そして、山で働く仲間の技術の高さも誇りに思います。もし、この木材を使わせてもらえなかったら、もっと時間がかかったことでしょう」と話した。

間伐材をほぼ人力で運び、その場で加工して修復する。そんな山守たちの長きにおよぶ作業に感謝しながら、蘇った古道を進んだ。
水の豊かさを感じさせる、しっとりとしたゾーン


この地で亡くなった、京都の芸者おぎんを祀った地蔵の前を通り、蛇形地蔵近くで、迂回ルートからの合流地点となる。復旧したルートはここまで。この区間は、路面こそ踏み固められていない部分も多かったが、豊かな熊野の森を抜ける巡礼の道は、予想を数倍も上回る美しい佇まいの道だった。


その先、湯川一族の墓がある湯川王子を通過し、長く急な坂を上れば三越峠に至る。大切に育まれた明るい針葉樹林の間を縫う古道。クリーンな空気を常に感じながら歩く心地良さは、霊山ならではのものなのだろうか。世界中から観光客がやってくる理由がよくわかった。


歩き終えた山田さんに感想を伺った。
「今日、歩いた区間は峠を3つ越えるので、まあ、しんどいんです。しかし、今回復旧した岩神王子の道というのは、川沿いですごく歩きやすくて、景色がとくに気持ちがいい道なんです。いろいろな人にまた来てもらって歩いてもらえたらと思います」
続いて、岡上さんはこう話した。
「久しぶりにこの道を歩いて、空気の良さを感じました。上り、下り、上れば、また下り…。そんなことを繰り返すいい道です。熊野古道はダイヤなんです。そんな大切な宝を森で働く人も、森の所有者も、そして、そこを歩く人もずっと一緒に守っていかなければなりません」

一度にすべてを歩く必要はない

中辺路の総距離は、100km強。日本を代表するロングトレイルゆえ、一度に踏破するのは難しいかもしれない。何度かに分けて訪れセクションハイクをしながら、いつか全ルートを歩き切るのもいいだろう。紅葉が見ごろを迎える季節から、雪に覆われる古道、そして、春の芽吹きなど、季節ごとの景色を楽しむのもいい。1,000年以上に及ぶ古道の歴史を思いつつ、今に続く森の息吹を歩いて体感しよう。

これから熊野古道を歩く人へのプチ情報

今回は、前日のうちに田辺市に入りビジネスホテルで1泊した。到着後に駅周辺を歩くと、「MyAsa Breakfast & Coffee」という店があった。表の看板に「営業時間:早朝から15時まで」とあったので、翌日の営業時間を尋ねた。すると「5時から開けます」と。翌朝、まだ暗いうちに店に行き、おにぎりをオーダー。その場で握ってくれた。兵庫県産の無農薬米を使ったおにぎりは、ボリュームもあり美味しかった。田辺で宿泊して、熊野古道に行く方は、ぜひチェックを。
■MyAsa Breakfast & Coffee https://samsara-myasa.com/
バックパックに梅干しを

紀伊田辺駅前でひときわ目立つモダンな木造建造物を発見。入ってみると、カフェ、コワーキングスペース、ショップなどを備えた商業施設だった。クラフトビールや加工食品など、周辺で作られたものも多く、お土産を探すにもぴったりの店だ。せっかく和歌山に来たのだからと、行動食用の梅干しを探したところ、ジッパー式の袋に入った「梅と塩だけ 昔ながらしょっぱい梅(白干し梅)」という製品を見つけた。これは、田辺市内にある松晃梅という会社の製品で、和歌山県産の梅を使い塩だけで加工されている。夏場なら塩分補給に、また、年間を通してクエン酸による筋肉疲労の軽減が期待できる。
■tanabe en+(タナベエンプラス) https://tanabe-enplus.jp/
■松晃梅 https://www.umeboshi.ne.jp/

紀伊田辺駅周辺や熊野古道は、インバウンド客であふれていた。中辺路の途中にある宿は、連日、予約が取りにくい状況が続いている。「予定日が決まったら、真っ先に宿の確保を」と観光連盟の方は話した。とくに温泉宿が人気で、市街地のビジネスホテルは、比較的、予約が取りやすいそうだ。余裕を持ったスケジュールで、マナーを守って楽しく歩こう。
協力/和歌山県観光連盟 https://www.wakayama-kanko.or.jp







