連載の第一回目では、ツクツクボウシの2つの鳴き声(一般タイプと屋久島タイプ)、第二回は中国大陸産の第三の鳴き声集団と、奄美から沖縄に棲む近縁種オオシマゼミについて紹介してきました。ツクツクボウシの最終回は、九州南端~沖縄本島でツクツクボウシやオオシマゼミと混生し、異様な声で延々と鳴き続けるクロイワツクツク、日本では南琉球八重山諸島に分布するイワサキゼミ、および小笠原諸島のオガサワラゼミを紹介していきます。日本本土のツクツクボウシは、そろそろ鳴き終える時期に差しかかっていますが、屋久島や沖縄や小笠原では、これからが本番となります。
本記事にはアフィリエイトリンクが含まれます。リンクから商品を購入された場合、売上の一部が当サイトに還元されることがあります。
- Text
セミとは思えない悪声で鳴き続けるクロイワツクツク

2018年、北琉球の2つの島の民族舞踏、三島村硫黄島の“メンドン”と十島村悪石島の“ボゼ”が、ユネスコ無形文化財に登録されました。夏の八朔(はっさく)、旧暦の8月1日なると、異様な仮面を被って島を巡る“来訪神”がメンドンとボゼです。その仮面はいずれも奇想天外で、ひたすら恐ろし気な北国の“なまはげ”などと違って、どこか滑稽なところもあります。
これらの島には、夏から秋にかけて、民家の周辺や海岸の繁みの地面近くで、クロイワツクツクが、地霊のような低くくぐもった声で延々と鳴き続けています。そこからの連想が、来訪神の姿に結び付いているのではないだろうかと、僕は、ふと想ったりするのです。

クロイワツクツクは、九州南端部から沖縄本島周辺にかけて分布するツクツクボウシの仲間で、どちらかと言えば山際に見られるツクツクボウシやオオシマゼミと異なり、海岸際や集落周辺に数多く棲息しています。
鳴き声は著しく特異で、たぶん一般の人はセミの声であるとは気づかないことでしょう。ノコギリを引くような、というか、ガマガエルのような、というか、低くくぐもった、ゆっくりとした悪声で、(一節づつで鳴き終えるツクツクボウシやオオシマゼミと異なり)一時間前後にわたり途切れずに鳴き続けます。
大陸系の種コマゼミとイワサキゼミ

クロイワツクツクは、南琉球の石垣島や西表島などには分布せず、それらの島では、ツクツクボウシともクロイワツクツクとも全く鳴き声パターンの異なるイワサキゼミに置き換わります。
文献上は台湾にもクロイワツクツクが分布することになっていて、僕は記録された山間部(新竹市五峰)を訪ねたことがありますが、そこで鳴いていたのはクロイワツクツクではなくイワサキゼミでした。後に中国福建省の龍岩という都市を訪れた時にも、町の中心部で多数鳴いていたイワサキゼミに出会いました。したがってイワサキゼミの分布は、南琉球、台湾北部、中国大陸東南部、ということになります。なお、朝鮮半島から中国中部(西安周辺など)‐東部(上海周辺など)にかけては、イワサキゼミと比較的よく似た鳴き声のコマゼミが分布しています。
一方クロイワツクツクは、九州南端‐北琉球‐中琉球のみに分布、南琉球はもとより、台湾や中国大陸からは現在までのところ記録がありません。ちなみに、途切れずに延々と鳴き続ける蝉というのは、日本ではクロイワツクツクだけなのですが、国外ではむしろこちらが主流と言って良いほど多数存在します。中でもツクツクボウシ属とよく似た形でふた周りほど大型のプラティロミア属の種(近年日本にもタケオツクツクという種が移入帰化)は、鳴き声パターンにクロイワツクツクと共通点が多く、何らかの血縁関係があるのではないかと思っています。
天然記念物オガサワラゼミは2種いる?

小笠原には、ツクツクボウシ属の一種で、この諸島の固有種とされるオガサワラゼミが分布しています。非常に興味深いことに、同じ形態の、かつ異なる2つの鳴き声パターンを持つ集団から、一つの種が形成されているのです。
鳴き声パターンの一つは、ほぼクロイワツクツクそのもの(仮称シャックリゼミ)。もう一つは、イワサキゼミやコマゼミにやや類似します(仮称オガサワラヤマゼミ、以下ヤマゼミと略)。
ちなみに、古い文献によれば、小笠原にはオガサワラゼミのほかに、前述したコマゼミ(当初「オガサワラツクツク」として記載された)と、正体不明のツクツクボウシ属の1種の計3種が記録されています。現在では何かの間違い、ということで、オガサワラゼミ以外は正式な記録から除外されているのですが、2つの鳴き声の集団が存在する(しかもそのうちの一つはコマゼミの鳴き声に類似する)という実態を考えると、じつはとても重要な意味を持っているのかもしれない、と僕は思っています。
丸1日定点観測を続けてわかったこと

2つの鳴き声集団の実態を探るため、ある年の秋(1992年10月1日)、夜明け前(鳴き始め午前4時50分)から日没時(鳴き終わり午後5時32分)にかけて、小笠原父島・中央山の傍らの林の中で、終日定点調査を行ないました。
構造が全く異なる2つの鳴き声集団、シャックリゼミとヤマゼミは、集団が交じりあうことは一切なく、終日それぞれ別のパターンで鳴き移りを繰り返しながら(おおむねシャックリゼミは定点的単独鳴、ヤマゼミは広範囲に移動回帰し合唱)混鳴を続けました(原則としてシャックリゼミはヤマゼミの回帰合唱時には鳴き止み、ヤマゼミが遠方に移動している間に連続して鳴き続けますが、日没の前後には、両者が入り混じって合唱を続けます)。
2つの鳴き声に聞こえるのは、単にピッチが違うだけ、という見解もあるようですが、きちんとした観察を行なえば、そんな単純な構造ではないことが知れます。
鳴き声の質(シャックリゼミは低くくぐもった低音、ヤマゼミは甲高く「ガー」)も、様式(シャックリゼミは一定置きにシャックリのような強音を挟みつつ延々と1時間前後鳴き続ける、ヤマゼミは速いスピードで数10秒激しく鳴いた後、ピタッと鳴き止んで、それを数回繰り返す)も、行動との相関(シャックリゼミは単独鳴、個別に1時間ほど同じ場所に留まって鳴き続け、その後1時間ほど鳴き止んでから再び鳴き始める、ヤマゼミは集団でしばらくの間合唱しながら別の場所に移動、1時間ほど後に再び同じ場所に戻り合唱再開)も、それはもう見事に異なります。
「進化の”断面”」を聴く

最近の見解では、オガサワラゼミは南西諸島から人為移入したクロイワツクツクそのものと見なされているようなのですが、だとすれば、2つの鳴き声集団の存在をどう捉えれば良いのか。屋久島や沖縄のクロイワツクツクには、そのような対象(ヤマゼミに相当する種内別集団)は全く存在しません。あえて言えばツクツクボウシやオオシマゼミが相当しますが、それらは明らかな別種です。
シャックリゼミは北琉球や中琉球のクロイワツクツクの子孫、一方、ヤマゼミの祖先はコマゼミかイワサキゼミが候補になりますが、鳴き声構造は、それらの種とも(いくらか似てはいるけれど)明確に相違します。いずれにせよ、それぞれ別個に小笠原に渡来、形態上の収斂がなされ、外観では区別がつかない2種のセミが共存している、と見なすべきなのでしょうか?
それとも由来そのものは一つの集団であっても、離島の特殊性に基づいて、種に内包されている複数の祖先形質が再び個別に現れつつあるのでしょうか?
僕は、オガサワラゼミが“2種”から成っているとは、必ずしも思っていません。といって“1種”である、とすることも承服しかねるのです。
いずれにせよ、簡単な図式では結論づけることが難しい、「種とは何か?」という根本的な問いかけにもかかわってくる、複雑多様な問題が内包されている(DNA解析で簡単に答えが出る次元の問題ではない)、“進化の断面”を示す一分類群であると僕は認識しています。
僕がこの調査を行なったのは、もう35年ほど前のことです。その詳細を幾つかの雑誌や単行本で発表したのですが、 その後追試は行なわれていません。ならば、老体を叱咤して僕自身が再調査に行こうか、と考えている今日この頃です。
この時の調査でも遭遇したセミの鳴き移り(オスとメスの関わりに関与)は、オガサワラゼミに限らず種ごとに複雑なパターンを有し、調べると非常に面白いと思うのですが、あまりその報告を聞きません。若い人たちに、ぜひ取り組んでほしいテーマだと思っています。








