山に囲まれたアルバニアですが、暑い日も無理せず楽しめるアウトドアアクティビティを求めて、クサミールという海岸の町の郊外にひっそり存在する世界遺産ブトリントを歩きました。2900年の歴史を辿る約4kmのプチトレッキングコースを紹介します。
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古代ギリシャからオスマン帝国まで、地中海の歴史を刻む半島

ブトリントとは、青く澄んだ地中海に属するイオニア海に面したアルバニアの小さな半島に鎮座する遺跡です。ギリシャ地域からアルバニア南部にかけて暮らしていた古代ギリシャの部族カオニア人の町として紀元前800年ごろに現われ、アルバニアに4つ登録されている世界遺産のうちのひとつに数えられています。
カオニア人は主に内陸の農村部に集落を築いて生活した一方、イタリアと繋がる航路であるイオニア海とアドリア海の影響を受けながら独自の文化を築いたとされています。ブトリントは、イオニア海とアドリア海の境界近くに位置し、地中海地域における重要な拠点として時代を跨いで繁栄しました。

古代ギリシャにおけるブトリントは、自立した都市国家であるポリスのひとつでした。紀元前44年にローマ帝国の一部になると、さらに規模が拡大。ローマ帝国らしい大きな水道橋が湿地帯の上に架けられるなど、繁栄はピークを迎えたものの、帝国が滅亡すると放棄されてしまいました。その後9世紀頃のビザンツ時代に再建されると、長い歴史の中で防衛拠点としてオスマン帝国時代まで細々と引き継がれました。
本当のことをいうと、私がこの遺跡を歩くことを決めたのはタイムスリップを体験したかったからではありません。それはアルバニアを旅するにあたり抱えていた少しだけ悩ましい事情と、偶然によるものでした。
山に囲まれ、どこか昭和の雰囲気が漂うアルバニア
今回の旅でアルバニア滞在の拠点としたのは、ブトリントから約300km離れた内陸部にある首都ティラナです。実は以前にも滞在したことがあります。詳しくは、この記事で!
今回の滞在期間は1カ月ほどと長かったため、首都を走る環状道路のやや外側の庶民的なエリアにアパートを借りました。数泊の滞在と違って、生活をしてみるとなると、新しい発見もあります。それは、一言で言うと不便ともいえる昭和の香りのようでした。

例えば、スーパーへ行っても生鮮食品はほとんど置いていません。肉は肉屋さん、魚は魚屋さん。野菜や果物は八百屋さん。ちょっと買い物するために、毎日、家の周りの小さなお店をハシゴしています。
夏休みの子供たちは外で遊んでいて、道路にサッカーボールが飛んでいきそうになることもしょっちゅう。きっと、ひと昔前の日本にも、こういう生活の風景があったのではないでしょうか。

日本とは縁が遠い気がするバルカン地域にありながら、なんだか日本を投影したくなる不思議な魅力がある国=アルバニア。だけど、私にとって少し悩ましかったのは、現在妊娠中で、全体的に山がちなアルバニアを探索するのに体力的な不安があったことです。
日本の有名な山々が日本アルプスとして親しまれているように、アルバニアでも険しい山脈地帯はアルバニアン・アルプスとしてアウトドア好きに密かな人気を集めています。
妊婦になっても自然の中で遊びたい。だけど、山へ突っ込む気になれない。だったら平たい海に行こう!そう考え、美しい海岸を求めてクサミールという町に向かうと、偶然、その郊外にブトリントの遺跡があることを知りました。
クサミールの海で、体が軽くなった

ブトリントのすぐそばにあるクサミールは、夏の間、海水浴客で賑わう小さな町です。首都ティラナから向かうには、まずサランダという大きな町へ行き、そこからサランダ~ブトリント間を結ぶローカルバスに乗り、途中下車するとクサミールに到着します。
旅好きな人たちの間ではヨーロッパ随一の物価の安さといわれているアルバニアですが、ここ数年は物価もだんだんと上がっています。特に観光業への依存度が高いクサミールは、あまり安く滞在できないのが正直なところ。
今回お世話になった宿は、私が探した中では最安値級で1泊約12,000円。1ルームのコテージタイプで、駐車場、中庭、そしてリクガメ付き。宿の目玉である放し飼いのリクガメは、残念ながら脱走中でお目にかかることはできませんでした。コテージの貯水が尽きて最終日の晩にトイレが流れなくなったのは内緒です…。

白いビーチは人で賑わっているので、私は磯の方へまわって泳ぐことに。週に何回かプールで2~3km泳いでいる私ですが、久々の海水はプールの真水より浮力があって、自分でも驚くほど快適にスイスイ泳ぐことができました。体が重たく感じる妊娠中こそ海水浴!

クサミールでお得にシーフードを食べるなら、魚屋さんへ立ち寄るのがおすすめです。量り売りで、1kgあたり200円弱の追加料金を支払うと厨房で焼いてくれて、それをテイクアウトすることができます。魚のグリルのほか、赤いソースで蒸したムール貝やカニ、パスタやリゾット、イカフライもあるので晩酌のおつまみにもピッタリです。
2900年の歴史を辿る約4kmのトレッキングコース

クサミールからローカルバスで15分ほどで到着するブトリントの遺跡は、入り口近くにある地図が示す通り、半島内を周遊するトレッキングコースが用意されています。約4kmという比較的お手軽な長さですが、夏だからかすれ違う人たちの多くが額に汗をにじませ、「あれ、これ意外と長いね…」という顔をして歩いていきます。
ローマの都市は計画的に敷かれた真っすぐな道が特徴ですが、ブトリントの道がやや曲線的で不規則なのはギリシャ時代の名残りなのだとか。2900年の歴史は、伊達じゃない!

歩き始めてまず目に入るのは、緑色の池に浮かぶ神殿跡。ギリシャ神話に登場するアスクレピオスという神様を祭る神殿で、紀元前3~4世紀に作られたものと考えられています。アスクレピオスはヒーリングの神様、死者をも蘇らせる力があるという言い伝えがあり、当時は癒しを求める参拝客が集まったそう。

現在、神殿の池に集まるのは参拝客ではなくたくさんのカメたち。どのカメも背中が藻だらけで、まるで体毛のようになびかせながら泳いでいました。

先ほどの神殿に続いて現われたのが古代劇場です。象徴的なローマ建築に見とれる余裕もないほど、地中海地域の夏の日差しがキツいこと。劇場の一番上まで登れば、木陰で一休みすることができます。

劇場のすぐ隣には大浴場があり、この丸い柱に支えられた床こそローマ式浴場の特徴なのだとか。焚いた蒸気を床下に通すことで、寒い日でも快適な床暖房を実現していたそう。
神殿で祈り、劇場で楽しみ、そして浴場で温まることで心身を癒した古代ローマ人たち。私たち日本人がご利益のある遠くの神社まで足を伸ばし、神楽などを見物して、温泉に浸かるのと似ていて、親近感が湧いてきます。

ローマの歴史を辿る時計を少し進めると宗教改革が起こり、ブトリントにもキリスト教の建物が作られるようになりました。この礼拝堂の床に施されたモザイク画は、キリスト教的に意味を持つ動物たちの模様が描かれています。後日知ったのは、なんとこの床の公開は数年間隔で、普段は砂で保護されているのだとか。

遺跡を巡る道の終盤に見られるのは、半島の北側に設けられた門、通称ライオンゲートです。名前の通りライオンの彫刻があるのかと思ったら、あれ?どうして角が生えているの?
この彫刻の正体は、牛を食らうライオン。牛の首元にライオンが噛り付いていたのが、長い年月を経て徐々に彫刻が劣化し、ライオンの部分が薄くなってしまったのだとか。よく見ると確かに、牛の角の手前に、もうひとつ別の動物の頭が見えます。
この日歩いた距離はたったの4km、されど4km。自然の中に切り開かれた文明の残り香を感じながら、ゆっくり歩くと、思いのほか達成感がありました。





