京都・西山の中南部は観音信仰の中心地

京都市中は三方を山に囲まれる盆地である。都を守る天然の城壁のような山々は東山、北山、西山と呼ばれてきた。私は東山の盟主、比叡山の麓に暮らしている。東京から移住して10年がたった。東山はずいぶん歩いた。少し登ると木々の間から西山の連なりを遠望できる。西山の盟主は愛宕山だ。火の神さまで知られる愛宕神社がある。京都の家々では、たいていここのお札を台所に貼っている。日々の暮らしを支える台所の火を守っていただこうというわけである。我が家も引っ越してきてすぐ貼った。
愛宕山から南に下ったあたりは、東山と違って裾野が広く小高い前山も連なっている。京都に都が遷って始まった平安時代は後半に差しかかると、「仏教の教えが衰えて乱世となる」という末法思想が広まった。仏教で極楽浄土は太陽の沈む西方のかなたにあるとされ、「西方浄土」ともいう。大原野という地区は、西山の中南部の麓にある伸びやかな里で、山の上部に広がる善峯寺へ通じる「善峯寺道」という古道がある。この古刹こそ、都の社会不安を抑えるために始まった、西山の観音信仰の中心となったお寺さんだ。観音菩薩は人々を極楽浄土へと導く仏さまである。
大原野の里から延びる善峯寺道の「白子たけのこ」
4月24日に大原野へ向かい、善峯寺道を麓から登り始めた。舗装はされている。里道から山道へと変わるように、勾配がきつくなり始めたあたりから竹林が目立ちだす。大原野は「京たけのこ」の主産地のひとつだ。京都はサクラの蕾のふくらみと足並みを合わせるように、タケノコが旬を迎える。ただ、出始めは松茸並みの値段でちょっと手が届かない。何といっても京都のタケノコは「京の伝統野菜」に認定されている特産品である。

「京たけのこ」は朝掘りである。日を浴びて地表に出る前に、つまり土の中にあるうちに掘り出して、その日のうちに食すのである。皮の茶色はまだ薄く、中身は白いので「白子たけのこ」といわれて珍重される。竹の根はそうは地中深くに張らないので、そこから生えるタケノコは、まだ地中ともなれば小さい。だが、敷き藁をし、置き土をして根から地表までの距離を人の手で遠くしながら、肥やした土でできるだけ長く太い白子を育てようというわけである。

サクラが散ると値段も落ち着く。善峯寺道を登っていくと農家の直売所が点々とあり、朝掘りの白子も市中より安く手に入る。「地面に出て皮が茶色くなったタケノコは、煮て瓶詰めにして売ります。この育ったのを掘り出しているとき、近くに遅い育ちの白子が生えていることがあるんです。5月に入ってもしばらくは白子も取れますよ」と、たまたま売り場に立っていた移住組と思しき若者はいった。彼に1000円払うと28ℓのデイパックはいっぱいになった。畑の脇を借りて1本皮を剥いて切り、半分は刺身に、もう半分はバーナーで少し炙り、持ってきた握り飯とともに遅い朝食にした。

善峯寺は現世に極楽浄土を表現したような優しさ

食後、善峯寺まで登って境内を歩いた。長元2年(1029)に創建されてほどなく、後一条天皇により鎮護国家の勅願所に定められたという。山名は「西山」、西山観音宗の総本山だ。釈迦岳(631m)の中腹に広がる境内は約30000坪で、高低差約100mの森の中に点々とお堂が築かれている。今の建物群は江戸時代の初期から中期にかけて完成したものだ。凛とした厳しさよりも、たおやかな優しさを感じる。現世の極楽浄土を表現したのだろうか。花のお寺さんとしても名高く、春のウメやサクラに始まり、夏のアジサイ、ユリ、秋のキク、冬のサザンカと四季を通じて花が咲く。訪ねたときはボタン、シャクヤクが開花を待っていた。

ポンポン山という愛称で呼ばれ続ける山

善峯寺の境内のすぐ下の沢沿いに登山口がある。その先に前から気になる山があった。ポンポン山(678.9m)である。正式には「加茂瀬山」というのだが、その山名で呼ぶのを聞いたことがない。ポンポン山の名は明治になって始まり、由来は、頂上付近の地面を踏み締めると、地層の関係でポンポンと音がするというのが広くいわれることだ。しかし、諸説あってどうも定かではない。ちょうど京都府と大阪府の境界線に位置し、大阪府側では本山寺という寺が近く、その根本中堂のコンポンがポンポンになったという由来も聞かれる。ともかく、正式山名より愛称で呼ばれ続けるのは、人々に親しまれている証拠だろう。

登山口ですでに標高300mほどだ。頂上まで3.4kmといったところだから急登はほぼない。登山口を入って間もなく登山道は南北に分岐する。やがて再び合流するから周回路だ。これはありがたいことだ。短い距離で登り下りを同じルートでは味気ない。往路と復路で違う風景に出会えるほうがいい。登りは分岐を南に進んだ。釈迦岳の山頂にいったん登るルートである。スギの植林地を緩やかに登っていき、やがて天然林に変わる。新緑の盛りまでもう少し。木々の新しい芽吹きに祝福されているようだ。ほどなく木々の中の釈迦岳山頂に出た。

低山は藪山である。木々がじゃまして眺望がきく場所は少なく、たいていは森歩きとなる。そのため、見晴らしがきくところに出たときの晴れ晴れ感は格別だ。釈迦岳から一度下ってポンポン山へ登る。頂上はそこそこに広い台地になっていた。四方とまではいかないがかなり広く眺望がきく。善峯寺からは京都市中がせいぜいだが、ポンポン山の頂上からは遠く大阪市内まで望める。来る人来る人が、足で地面を強く踏むのがおかしかった。試みにやってみたが、どうも通説から連想する太鼓のような音は鳴らない。諸説芬々となるはずである。


下山後に「筍そば」で二重の出汁の味と香りを堪能
帰路は北廻りのルートにした。こちらの登山道は急だった。しかし、すぐに杉谷という山間の小集落に下り、舗装路になった。軽トラックでもすれ違いが難しそうな道幅である。善峯寺道に戻ると、来るときに気になった店に入った。「よしみね乃里」といい、春はタケノコ、秋は松茸の採れたて、自家製漬けものを売り、売り場の奥では料理を出す。タケノコ料理が春の名物だが、食指が伸びたのは「筍そば」だった。温かいそばだけで、薄味のそばつゆに若竹煮が乗る。


京都では「煮る」を「炊く」という。出汁を重んじる食文化が、一手間の慈しみを込めるようないい方にしたのかもしれない。そばつゆと若竹煮の出汁の違いがしみじみとさせ、タケノコのほのかな香りもいい。帰宅して、晩飯のおかずにもした。タケノコ尽くしの小さな極楽。現代の社会不安は、こうしたことの積み重ねで乗り切ろうか。

経路/阪急電鉄京都本線「東向日町」駅〜阪急バス「善峯寺行き」〜小塩バス停〜徒歩〜善峯寺〜釈迦岳〜ポンポン山〜杉谷〜よしみね乃里〜善峯寺バス停〜「東向日町」駅





