ユーコンでソト遊び暮らしを実現! 7年の軌跡
スーツケース4つでアウトドアの聖地へ

私たち家族(妻と当時2歳の息子)がカナダ・ユーコン準州に移住したのは2018年9月のこと。その数年前にワーキングホリデーでトロントに約1年間滞在し、ティーンエイジャーの頃からの憧れだった北米っぽい暮らし――最新の音楽、文化、ファッション、熱狂のプロスポーツ、ラフな暮らしぶり、路面電車を横目に自転車で通勤、ドーナツをコーヒーにちょっとディップ、芝生でピクニック等など――を存分に堪能しました。
一度は帰国して日本での生活を立て直していたのですが、カナダでのより自由な生活が忘れられず、当時は比較的永住権の取りやすかったユーコンへ渡ることを決断しました。「ユーコン」という単語、土地。日本ではどれほどの知名度があるでしょう。父親が野田知佑ファンだった私にとっては、幼い頃からそれがどこか遠い土地の名前であり、”なんとなくワイルドな場所”という印象の言葉でした。それから約30年後、知り合いなんか一人もいないユーコンの州都・ホワイトホースの小さな空港に、4つのスーツケースを携えて私たち家族は降り立ちました。
何もない、手付かずの大自然だけが残るユーコンへ軽〜い気持ちで移住

当然、カナダ一の大都会トロントと、州都といえども人口約3万人のホワイトホースでは、まさに月とスッポンほどの違いがあります。
「高層ビルはねぇ、プロスポーツチームなんかねぇ、クルマはまぁ自動車社会なので普通にたくさん走っているけど」。吉幾三がこの街に来たらきっとそう歌うでしょう。
移住に向けて出発前から情報収集に余念はありませんでしたが、そもそもユーコンに関する日本語での情報も乏しく、「行けば何とかなるやろう。行ってダメやったら日本に帰ればいい」。そのくらいカジュアルな決意での国外移住でした。決まっているのは、学生ビザとそれに付随する妻の労働ビザのために、現地のコミュニティカレッジに入学するということだけでした。
まずは民泊に滞在

最初の2週間、日本から予約していた民泊サービスのお家に間借りする形で、ユーコンでの新しい生活が始まりました。移住して最初のやることリストとして、今後の住居を決めること、ここでの生活の必需品であるクルマの調達をはじめとして、銀行口座の開設、携帯電話契約など多岐にわたる項目がありました。
家主のダイアンは大柄かつポーカーフェイスの女性。一瞬、威圧感を抱きましたが、実際は世話好きで優しい方でした。彼女に「家? クルマ? 全部これから決めるよー」と告げると、ポーカーフェイスがやや崩れて声にはならないまでも、明らかに「オーマイゴッド」というような表情に。
「ホワイトホースの住宅事情は非常に厳しく、たったの2週間で何とかなるかは微妙なところ。クルマも、夏が終わったばかりのタイミングで見つけるのはそんなに簡単ではない」
という、現地に来ないとわからない情報を得るに至ったのでした。
日常生活の始まり

やがてカレッジでの授業が始まり、北米での高等教育の現実に直面しました。思っていたより厳しい……。レポートや発表、テストが多く、課題図書を開けば、1ページ内の全単語のうち半分くらいは辞書を引かないと意味がわりません。やることリストを進めていく余裕はほぼなくなり、それらはすべて妻に丸投げすることになりました。
日中はカレッジで若い学生に混じって勉強し、夕方に家に帰って子どもが寝静まってから翌日の授業のための準備。そんな日々が始まりました。ある夜、歯を磨きながらふとバルコニーに出てみると、夜空の端が淡い緑に染まっていることに気付きました。
「オーロラが出てる!」
ユーコンに来て初めて見たオーロラは、これから何が起こるか予想のつかない移住生活に、何らかの吉兆を示しているように見えました。
人との繋がりが暮らしの基礎に

オーロラとの出合いが功を奏したのか、とある若い日本人夫婦と出会いました。私たちよりちょうど一年ほど早くユーコンに移住されたそうで、こちらでの生活をさらにいろいろと伺うことができたのです。さらにその夫婦は神がかり的なタイミングでクルマを乗り換えようとされているとのこと。それから数日後、ありがたいことに2003年式のシボレー・ベンチャーを譲っていただきました。
また、ほぼ時を同じくして、カレッジで知り合った方から「引っ越すけどまだ契約期間内なので、後釜として今の部屋に入ってくれる人を探している人がいる」という情報を仕入れます。すぐさまコンタクトを取り、内覧。いや、内覧するまでもなく、どこでも何でもいいから住めればいいという気持ちでした。
「家もクルマも何とかなったよ」
ダイアンに報告すると「それはミラクルだ!」と、普段のポーカーフェイスが笑顔になったことをよく覚えています。知り合いが一人もいない移住先でのスタートアップを支えてくれたのは、出会ったばかりの方々でした。
3週間のホテル暮らしをキャンプギアで切り抜ける

とりあえずの住居が決まったものの、入居できるのは10月から。ダイアンの民泊は次の予約があるため、9月中旬には出ないといけない状況でした。約2週間の仮住まいとして次に選んだのは、ダウンタウンの格安ホテル。当然キッチンなど付いていない普通の部屋で、2歳の幼児と3人で暮らしていかないといけないのです。そこで準備したのは、2口ガスコンロとクッカーのセット。地元のホームセンターのプライベートブランドのものだったので、合わせて100ドルにも満たない価格でした。これでホテル暮らしでも自炊ができます。
「次々と現れる懸案事項に対し手当たり次第に綱渡りで対応していく暮らし。悪くないな……」
そう思えた買い物でした。ちなみにこのとき購入したギアは後にキャンプやロードトリップ、カヌートリップでも大変役立つこととなり、プライベートブランドとはいえ侮れない、いやはやアウトドア大国の裾野の広さを感じるギアでした。
と、ほぼノープランの移住ながら幸運に次ぐ幸運で何とかユーコンでの生活の基盤を築くことができた私たち家族。ただし、まだまだ季節は秋。そしてすべてはまだまだ街の中での出来事。すっかり慣れたつもりの私たちを襲う、冷凍庫以下の気温がデフォルトかつ、ほぼ白夜の冬。さらに圧倒的でむき出しの大自然……。それでも今日まで7年間、とにもかくにもこの土地を離れることなく暮らしてきました。なんとかなるものですね!







