72歳YouTuber「ウリウリばあちゃん」の田舎暮らし。65年前の、夏休みの思い出 | 田舎暮らし・移住 【BE-PAL】キャンプ、アウトドア、自然派生活の情報源ビーパル

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2026.09.07

72歳YouTuber「ウリウリばあちゃん」の田舎暮らし。65年前の、夏休みの思い出

72歳YouTuber「ウリウリばあちゃん」の田舎暮らし。65年前の、夏休みの思い出
72歳のYouTuber「ウリウリばあちゃん」です。森の中でひとり暮らし。私らしく自由に生きる暮らし方とはを、YouTubeやInstagramで発信しています。第7回目のお話は「65年前の、夏休みの思い出」です。

私は瀬戸内海のコンビナートの町で生まれ育ちました。

家から海までは近かったです。でも、砂浜ではなくて、コンビナートの高い煙突や丸いタンクなどが海岸線を埋め尽くしていました。

そんな海沿いを少し離れると、狭い敷地の家が並んでいました。そのひとつに私の家もありました。

休みの日や放課後は、空き地に置かれたいくつもの大きな土管の中を入ったり出たり。蝋石でアスファルトの道路にケンケンパをかいて遊んだり。学校ではいけないと言われていたけど、防空壕に入ったりして、それなりに色んなもので遊んでいました。

『BE-PAL』2026年3月号小学館より※撮影/花岡 凌
ウリウリばあちゃんの楽しい田舎暮らし

でも、夏休みに行く母の故郷の中国山地は、目の前に田んぼや畑が広がり、川も、なだらかな山もありました。コンビナートやビルディングもなくて、車だってほとんど通っていませんでした。いつもの私の町とは違う草の匂いや、田んぼの緑がとても新鮮でした。

私たちは、母ちゃんのその家を田舎と呼んでいました。

SLは、大きな汽笛を鳴らしながら走りました

8月になって、仕事をしていた母ちゃんは長い休みをとって、兄ちゃんと私と3人で田舎に行きました。

徳山から広島まで行って、そこから芸備線(げいびせん)で小奴可(おぬか)という駅まで行きました。この辺りは、あの未確認生物ヒバゴンが生息していると言われている所です。もちろん、その頃の私はヒバゴンなんて知りませんでした。

徳山から広島まで、山陽本線で行きました。この時の列車が、ディーゼルだったのかSLだったかは覚えていません。
でも、広島から乗った芸備線は、SLでした。時々、大きな汽笛を鳴らしながら走りました。

トンネルに入る直前に、急いで窓を閉めます。窓を開けていると、煤が入り込んで大変なことになります。トンネルを抜けたら、締め切った夏の車内に耐えきれず、すぐに窓を開けました。それでも、やっぱり窓框(かまち)には、煤がありました。

母ちゃんは、框や小さなテーブルに置いてある汽車土瓶を持ち上げて、チリ紙でせっせと煤を拭きました。汽車土瓶って、瀬戸物でできたコンパクトな急須みたいな感じ。急須の蓋の部分が小さなコップになっているんだよ。今は、列車に乗る前に自販機でペットボトル買うでしょ。そんな感じで、販売に来た弁当屋さんや、駅の販売コーナーで汽車土瓶のお茶を買ったんだよ。

2歳違いの兄ちゃんには、もっと思い出あるかもしれないので、電話をしてみたら、トンネルに入る直前、頭を窓から出したんだって。あまりの煤煙の凄さにすぐ頭をひっこめた。窓を見ると、自分の顔が真っ黒に映っていて驚いたそうです。

なだらかな中国山地の中を、大きなお爺さんみたいなSLが、煙を吐きながら走っていました。何時間も固い座席に座っていました。だけど、私は田舎に行けることが、すごく嬉しかったんです。

飽きるほど、山を見て、田んぼを見て、川を見て、トンネルを抜けた頃、母ちゃんの指図で、荷物をまとめて、母ちゃんと兄ちゃんと3人、デッキに並びました。ガタゴトガタゴト汽車は、ゆっくり走っています。

「今じゃ、行きんさい!」

母ちゃんの合図で、兄ちゃんと私と3人は次々、汽車から飛び降りました。降りた場所がよくわからないので、この家の人に電話で尋ねました。

「それは、踏切のとこで、昔の人はそこから荷物を落としたり、飛び降りたりしよっちゃった人もおった、と聞いたことがある」

「踏切から家までだと数分で着くからね」

駅から歩くと、多分40分くらいかかったんじゃないかと思う。飛び降りた瞬間の記憶と、その後、母ちゃんの実家に向かって3人で歩いた弾むような記憶だけが、私には残っていました。

家に着いたら、庭の中を流れている小川でまず足を洗いました。歩いて来た土埃やら何やらが全て流されて、これから、田舎の夏休みの始まりです。

兄ちゃんは、煤の残った顔を綺麗に洗ったのかなあ?

縁側から、荷物と一緒にえいやっと、家の中に入ります。じいちゃんやばあちゃん、おじさんおばさん、いとこたちが私たちを歓迎してくれました。

流しには、裏山からの水が一日中出ていました。

竹筒から勢いよく流れ続ける冷たい水に手を当てると、水しぶきが周りに飛び散っていきました。竹の中から水がずっと流れているということが、少し私には不思議でしたが、あんまり深くは考えませんでした。

その水をタライに受け、スイカを冷やしました。大きなスイカをヨイショとじいちゃんが縁側に運びました。そこにみんなで座って、三角に切ったスイカを食べました。子どもたちは、口からプーっとタネを飛ばして遊びました。

風呂とトイレは、独立した建物で、母屋から10mくらい離れたところにありました。じいちゃんは、小川から何度もバケツで水を汲んで五右衛門風呂に入れました。ばあちゃんも、私たちのために風呂を沸かしてくれました。

時々、浴槽の中には、メダカが白くなって浮かんでいることもあったよ。私は、白くなったメダカを見て、メダカも魚なんだと、なぜか思いました。

隣のトイレは、木の板が2枚かかっているだけでした。もし、板を踏み外したら、下から出てこられそうもありませんでした。このトイレは、本当に怖かった。

玄関を入った土間の左側には、牛がいました。暗がりの中、大きくて黒い塊みたいに見えました。私は少し怖かったので、牛には近づきませんでした。この牛は農作業をさせるためか、あるいは育てて売るためのものだと思います。

家の外では、ヤギを飼っていました。これは乳をとるためだったようです。脱脂粉乳や牛乳に慣れていた私は、違う味がして、ヤギの乳は少し飲みにくかったなあ。

夜ご飯に、母ちゃんは畑からジャガイモやキュウリやトマトをとってきて、ポテトサラダをたくさん作りました。味付けは、マヨネーズと塩と砂糖とコショウ、どんぶりいっぱいのサラダをみんなで食べました。家で食べるサラダより何倍も美味しかった。

じいちゃんは、夕方7時くらいにはもう寝ていました。朝は誰よりも早く起きて、囲炉裏に座っていました。まだ夜が開け切らない薄暗い広い部屋で、鉄瓶から急須に湯を注いで、湯呑みに入れたお茶を飲んでいました。

田舎に来た私はいつもより早起きでしたが、もっと早起きのじいちゃんのお茶飲みを見たのは、1、2回だと思う。時間が止まったみたいな囲炉裏端のじいちゃんの姿でした。

ある朝、寝ていると、私の頭の上を大人たちがドタバタ行ったり来たりしていました。

足を洗ったり風呂の水を汲んだりする小川は、網で堰き止められていて、隣で鮎を飼っていたようです。その網が何かで水が流れなくなって、飼っていた鮎が大量に死んだようでした。

その後のことは、よくわかりませんが、その日は、囲炉裏で鮎を焼いていっぱい食べました。何度も田舎に行きましたが、鮎を食べたのは、多分この時だけだったと思います。

子どもたちで、近くの川へ泳ぎに行きました。大きな石がたくさんあって、その上に仰向けになると、お日様を独り占めできるみたいでした。瀬戸内海の海水浴場で泳いでいた私には、塩の入っていない冷たい水も気持ち良かったよ。

田んぼの畔を走ったり、虫取りをしたり、トマトをもいで食べたり、たくさん遊びました。

稲穂がだいぶ実ってきて、夕焼けの中、見渡す限り赤とんぼが飛び交い、あたり一面が赤く見える頃、私たちはまたSLに乗って、ゆっくりとコンビナートの町へ、日常へと帰っていきました。

※文、イラスト/ウリウリばあちゃん

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