瀬戸内海に生まれ育ったせいか、寒さには弱いです。
おまけに冷え性だし、肉付きも良くないし、ばあちゃんだし。寒いのいやじゃぁぁと思いつつ、なんの因果か寒さ厳しき八ヶ岳に34年間も住んでいるんです。
富士山の近くで、風も寒さも床下や天井から、もちろん窓の隙間からも遠慮なくやってきていた古民家……いえ、ただの古い家に住んでいて10年間を入れると、人生の大半を寒いところで過ごしていることになります。
昨年は我が家も補助金のお世話になり、ペアガラスから二重窓に昇進しました。冬の寒さが格段に緩和した分、寒さから解放される春の喜びは、以前ほど感じなくなりました。
そうは言っても、硬い冬芽や花芽を抱えて寒さをやり過ごしていた木々が芽吹き、花芽を膨らませてくると春の訪れに毎度ワクワクしています。
冬の間は時間が止まってしまったような森の佇まいでしたが、冬芽や花芽が膨らみ芽吹きが始まると、森は一気に忙しくなります。
桜の開花に一喜一憂していたのに、あっという間に桜の木はたくさんの青葉に包まれ、小鳥たちの憩いの場となっています。
家の前にはすごく大きな赤松ほか、木々がうっそうとしていましたが、家に倒れると危ないのでこの山桜を残してほとんど伐ってもらいました。
その山桜は今では我が家のシンボルツリーです。私が年を重ねる間に、木もまた黙って大きくなっていました。

皆さんがこれを読んでいるころは梅雨の時季かもしれませんが、どうか、風薫る5月、6月の森に、想いをめぐらせていただけたらと思っています。
私は屋根裏に寝ていますので、屋根裏の天窓から外の気配が感じられます。暖かくなるにつれて夜明けが早くなります。

5月になると4時ごろには外の明るさが感じられます。それから小鳥も鳴き始めます。
60歳を過ぎると、4時くらいには目が覚めるようになりました。朝のBGMのように小鳥たちがさえずります。
がむしゃらに働いていたころ、こんな生活に憧れていました。なんの予定もなくてのんびりできる日々。しかも、まわりは小鳥のさえずりと木々の緑です。
そうして日々過ぎていけば幸せなことと思いますが、私は年金のほか収入が少ないので、それなりに働かないと生活できません。うかつにのんびりしている訳にはいきません。
幸い、150cm、42kgで70歳過ぎの女子。グルメでもないし、65歳の時にお酒は自分で購入して飲むのはやめました。生活費はさほどかかりません。
とはいえこの物価高のご時世、サブスクやら電気代やらそれなりに……。生活費を稼ぎつつ、森の暮らしを堪能しましょう。
失礼しました。現実からもう一回、森の中へ戻しましょう。とはいえこの現実もまた、森の暮らしの一部です。
灯油を買い、電気代を払い、パソコンに向かって原稿を書き、外に出ればフキが伸びている。お金で買うものと森が黙って差し出してくれるもの。その間を行ったり来たりしながら、私は5月を暮らしています。
早春の木々の芽吹きから、森も私もソワソワしてくるような感じです。
冬芽花芽もいろんな形、色があって地味に楽しいんですけど、それが芽吹いてくると様々な色や形が少しずつ毎日顔を出してくるんです。
それから、芽吹きの葉っぱたちが徐々に大きくなって、でも葉はまだ柔らかくて、そこへ桜の開花が加わって、白っぽい緑と桜色の混在したまさに「山笑う」という言葉通りの森になります。
それが過ぎて、一気に森は青葉に覆われます。5月の森は春が過ぎて夏の始まりです。
でも、我が家では灯油ストーブで時々暖をとっています。そこそこ寒い日もありますが、暑いのも寒いのもさほど意識しないで済む時期です。光熱費はほとんどかからない。
外には私が育てているわけではないのに、フキやらワラビやらヨモギやら、食事の足しになりそうなものが取り放題です。
それから、お日様色のキイチゴが実っています。


この実は黄色味がかったオレンジ色なんですけど、小鳥たちに見つからないようにでしょうか? 下向きに実がついています。背が高い人や、空を飛んでいる小鳥たちには気づかれにくいかもしれません。
以前飼っていた飼犬のシロは、この実が大好きでした。
私がとっていて、うっかり落としてしまった実を食べていましたが、落ちるのを待っていられなくなったのでしょう。自分で木にダイレクトに食いついて実を食べていました。小さな体で精一杯背伸びをして、黄色い実に鼻先を突っ込むあの真剣な顔。森の恵みを一番素直に味わっていたのは、たぶん人間ではなくシロだったと思います。
シロはそのものの味を堪能するのが好きでしたが、私はとってきた実にバラバラと砂糖を振りかけて、冷蔵庫でしばらく寝かせます。
数時間おいて砂糖が馴染んだら蕎麦粉のガレットと一緒にいただきます。野生味の木苺と蕎麦粉の素朴なガレットの味がすごく合うんです。
この野生の味わいがお日様の味のように私は思います。口の中いっぱいに広がるお日様の味です。

しかも、私は蕎麦を石臼というのか粉挽というのでしょうか? これを使って粉にします。私は昔の道具を使うことが好きです。
こういう道具を使っていると、私の中のご先祖様が目覚めるような気がします。いつかのご先祖様が臼を回して粉を挽いていたような……。
私の中のご先祖様とお話ししながら粉を挽きます。粉を挽くこともとても大事な時間です。

とることも、作ることも、食べる事も、楽しんでいきましょう。
森の中ではエゴの花が下向きに可愛らしく咲いています。
キイチゴの実が下向きになるのはなんとなく理解できるんですけど、エゴの花が下向きに咲くのはどうしてだろうと思うんですけど、私にはわかりません。昆虫たちが花の中に入ってきやすいのかなあ?
ブンブンバチが花のまわりを飛び交っています。ブンブンバチというのは私がつけたあだ名です。本当はクマバチとマルハナバチです。
ふたつとも丸っぽくてちょっとおデブで、ブンブンうるさく羽音を立てながら飛んでいます。この蜂は滅多に刺さないようなのであんまり気にしなくても良いです。

この時季は可憐な花が多いのでしょうか? ヒトリシズカやフタリシズカも名前の通り、人知れず咲いています。スイカズラやサルナシ。
どっこい、魔女の使いのようなオオマムシグサやその仲間たちもたくさん咲いてます。この不思議な花たちは秋になると赤い実がごってりついて、それをクリスマスの飾りにするといい感じなので、ひそかに大事にしています。
マムシグサは別として、森の可憐な花といえば私にとってはやっぱりコアジサイです。

4mmから5mmくらいの小さな花が集まって、ひとつの花に見えます。その小さな線香花火みたいな花たちを支える軸が透明の薄い紫色なんです。その軸がこの小さな花たちのピュアな存在感を支えています。
梅雨前の森にひっそりと、でも、私はここで咲いています。あなたはあなたの場所で咲きなさいと言ってくれているようです。
コアジサイと私はずいぶん違って見えるけど、コアジサイの控えめで凛とした存在感に憧れています。憧れているだけですけど。
今、私はお日様色のキイチゴをいただきながら、小鳥たちと一緒に森の中にいます。
特別な遠出をしなくても足元に季節がある。この時季の森は、そんな当たり前のことを毎朝少しずつ教えてくれます。
みなさんもみなさんの場所で、どうぞよい時間をお過ごしください。
※文、写真/ウリウリばあちゃん




