松鳥むう「おとんと田んぼの奮闘記」第四回
穴をひとつずつ掘って手植えする田植え

世間一般の慣行農法の田植えから遅れるコト約2か月、田んぼお師匠の田植えから遅れるコト約1週間の7月上旬。日々の最高気温は33度前後になってきている時期だった。一日中田んぼにいるのは、お空に召されてしまいそうな気温なので「田植え作業は午前中だけにして、1週間前後かけてやる。」と、決めた。
40cmほどの割った竹の棒にマイカ線を巻き付け、苗と苗の間隔が40cm、列と列の間隔もだいたい40cmになるように測りながら苗を植えていく。もちろん、足元は水を張らずに。苗は、田んぼ横の天井がフルオープンになっているビニールハウスの中の、地面に直播した苗床から数本まとめて取って来て、植える箇所に鎌を刺し、その鎌を軽く左右に振って小さな穴を開け、そこに苗を2~3本ずつ植える。
「育苗の毎朝の水やりよりも、そっちの田植えの方が面倒くさいやないかい!」との突っこみを頂いてしまう気もするのだが、個人的には、この田植え作業は嫌いじゃない。子供の頃に、庭や公園で砂遊びやアリの巣掘り(←子供って残酷・汗)をしていたコトが思い出されてちょっぴり楽しいのだ。

「目指せ!不耕起栽培田んぼ!」ではあるが、昨年まで慣行農法だったうちのこの田んぼ。水を張っていなくても、1週間の田植えの合間に雨が降ったりすると、沼化する場所がいくつもある。「ああ、このズブズブと沼に足を取られるのが苦手やから不耕起栽培にしたいんや……」と、沼と化した部分に田植えが差し掛かるとテンション下がりまくる私。
「竹の板に乗ってやれば少しは沈まんのとちゃう?」と、手伝いに来たおかんが案を講ずる。さすが年の功やな〜と、しばらくはそれを使っていたものの、深い沼化部分に至っては、沼の中で竹の板が行方知らずになると言う始末。ああ、やっぱり、沼と私は相性がよろしくない。
相性がよろしくないと言えばおとんである。おかんが気にして手伝おうと田んぼに来てくれるのは嬉しいのだが、おかんが田んぼに来ると「お母さんに手伝わせるな!」と、おとんが怒るので困る。なので、おかんが田んぼに来ると、その都度おかんを追い返さねばならないのである。来たければ来ればいいし、来たくなければ来なくてもいいし、個人の自由でどうぞ派の私にはとっても面倒くさい事案である。
おとん、キレる
田植えが3分の1ほど済んだ頃、県内の友人と大阪の友人が田植えを手伝いに来てくれると言う。私が田んぼをやると言ったとき、「ひとりで田んぼやるんは無理やって。手伝ってくれる人がいるならまだしも……」と両親がブツブツ言っていたので、田んぼをやっているコトに興味を持ってくれた友人に声をかけてみたのである。親が言っているのは、たぶん日常の水管理等のコトだと思うが、まずは、私が田んぼをやっているコトに興味を持ってくれる人がいないコトには始まらない。
県内の友人の家からうちまではクルマで20分ほどの距離。彼女も私と同じ年に田んぼをはじめたところである。彼女の農法は、節分までは耕すけどそれ以降は耕さない形で、それ以外は機械を使い慣行農法での稲づくりをしている。節分以降耕さないと雑草が生えて来ないのだとか。それもそれで気になる。彼女に私が目指すところの不耕起栽培田んぼのコトを話すと「そのやり方も見てみたい!」と興味を持ってくれた。大阪の友人は、久々に会う目的も兼ねてはるばる滋賀の田舎まで来てくれるという。

「県内の友達と大阪の友達が別々の日にそれぞれ1日ずつ(と、言っても各午前中だけ)手伝いに来てくれるっていうから、大阪の子は前日にうち泊まってもらうし」
彼女たちが来る数日前、両親にそう伝えた。
2~3年ほど前、キャンプ&野宿好きの友人から真冬の2月に「今日、比叡山で野宿しようと思って」とメールが来たコトがあった。私がたまたま滋賀に帰省中に。その日の夜はめっちゃ雪予報。そんな日の夜中の比叡山なんぞ極寒過ぎる。「私、ちょうど滋賀に帰省してるから、うちに泊まりに来たら? 今時期の比叡山は流石に寒すぎるって!」と声をかけ、その友人が実家に泊まりに来たコトがあった。彼女は仕事柄もあり、年配の人の話を聞くのがとっても上手。おかげで、知らない人とはあんまり喋らないおとんも自分の話をたくさん聴いてもらえたからかすっかりご機嫌で、友人を駅までクルマで送って行く際、彼女に「またおいでや」などと言っていた。だから、「おとんは、聞き上手な人ならハードルが下がる」と私はインプットしていたのだ。……が、どうも今回はその予想は大幅に外してしまったようで……
「そんな迷惑ばっかかけるなら帰ってくるな!!!」
と、おとんは血管切れるやろという勢いでキレ出した。おとんは若い頃から怒りの沸点が低かったが、じいさんになってそれが弱まるどころか、ますます沸点が低くなった模様。すごい形相をして殴る勢いで私に向かって来るのを、おかんが止めに入って来るぐらい(でも、昔からおとんは手だけは絶対出さない)。他にもいっぱいなんやらかんやら言葉を捲し立てられたが、人生初めて言われた「帰って来るな!」が衝撃すぎて覚えていない。リモートワークが世の中的に増えた頃から、「どこでも仕事できるんやったら、滋賀に帰って来たら?」と両親揃って私に言って来ていたのに、まさかココで「帰って来るな!」と言われるとは思いもしなかった。そして、怒りにまかせて向かってくるおとんのその姿が情けなくて悲しくなったのも事実。

「お父さん、歳やでちょっと認知症も入って来てるんちゃうかな〜と思うねん。あと、知らん人が家に来るのに慣れてはらへんのもあるしな〜。それに、あんたが田んぼやってるのもああ言いながらも気にしてあれこれやってあげようとしはるんやけど、自分の体力が落ちてて昔みたいに思うように動けへんからそれにもイライラしてはんねんで」と、おかん談。さすが、50年近く、このおとんの近くにいるおかんである。が、私としては、私が帰って来るコト自体が迷惑と言われたコトが怒りに任せて出た言葉であっても、結構ズシンと来てしまった。以前、認知症の家族を自宅介護している人が集まる会にお邪魔した際、30代の女性が言っていた言葉が私の脳内にぽっかりと浮かんだ。
「大好きなおばあちゃんだから、認知症になってからも時間があればいろいろお手伝いしに行くんですけど、最近、嫌味なコトばかり言われて……そんなコト言うおばあちゃんじゃなかったから悲しくて……」
その言葉が浮かんでは消えて、消えては浮かんでを繰り返す。もはや、田んぼ作業云々に追加して、おとんの認知症の始まりかもしれない問題もやって来たわけで……。

結局、大阪の友人は予定通り泊まりにやって来て、予定通りに田植えを手伝ってくれた。おっとりした彼女はうちの両親を見て「お母さんもお父さんも、かわいいね♪」という言葉まで残して行った。毎度、おとんと言い合いしている私からしたら、ちっともかわいくはないけど。そして、おとんはおとんで、あんなにキレまくっていたのに、朝には自ら友人に話しかけ、帰るときは機嫌よく最寄り駅までクルマを出してくれた上に、これまた野宿好きの友人に言ったのと同じように「また、おいでな」と声をかけていた。「おぃ!!」と、私が心の中でツッコミを入れたコトはいうまでもない。
さて、“田植えが終わったら終わり”ではないのが自然界。私の目指す不耕起栽培では1日で田植えがすべて終わった場合、10日間ほどで苗の根っこが土に活着するので、それを待ってから手作業での雑草取りをはじめるのである。が、私は結局10日間かけて田植えをしたので、田植え初日組の苗さんたちから順に活着しているため、田植え終了と同時に草取りスタートなのである。育苗よりも田植えよりも稲刈りよりも、実は、一番大変な草取り。そのお話は、また次回。




