渡りの時期の休耕田で際立つ出立ち

セイタカシギは全長約35〜40センチの旅鳥、もしくは留鳥である。キジバトくらいの大きさの身体から、触れると折れてしまいそうな細いピンク色の脚が伸びている。かつては珍鳥とされた時期もあったが、近年は関東地方や中部地方でも繁殖している。
これから秋にかけて、東京湾や愛知県などの干潟は渡りの中継地として日本に立ち寄るシギやチドリで賑やかになる。彼らはこうした広大な干潟だけでなく、河原や沼といった水辺にも姿を見せる。とりわけまだ青い稲が風に揺れる田園地帯にシギが佇む様は美しい。この時期は真夏の太陽の下、そんな彼らを探索しているバーダーも多い。

セイタカシギも、田園地帯にぽっかりできた休耕田に舞い降りることがある。休耕田とは文字通り耕作されていない田んぼのこと。すっかり稲が成長した水田と違い、一定の期間放置されて植物も繁茂している。また、流れ込んだ農業用水や雨水が溜まっていれば餌となる水生昆虫などが多くいて、休息と栄養補給の場所を求めるシギたちにとって貴重な場所だ。
セイタカシギとの出会いは45年前

私が本格的に野鳥に興味を持ち始めた中学2年の時、担任のS先生を無理やり誘って千葉県市川市の行徳(ぎょうとく)野鳥観察舎というところへ出かけたことがあった。ちなみに当時(1981年)、S先生は小型軽量一眼レフカメラのパイオニアであるOM-1とOM-2を持つオリンパス使いで、私を写真と生き物の世界に誘ってくれた理科担当の若い教師であった。余談だが、理科室には先生の私物である「日本カメラ」「月刊カメラマン」「科学朝日」「子供の科学」などの雑誌がずらりと並び、あらゆる刺激に満ちた空間だった。

行徳へは埼玉県の家から出かけたのだが、確か同級生の3人も一緒だった。6月の晴れた日、地下鉄東西線の南行徳駅から徒歩で20分ほどのところに目指す観察舎はあった。この辺りは東京湾に面した比較的新しい埋立地で、現在はマンションや戸建て住宅が隙間なく立っているが、その頃はちょうど南行徳駅が開業したばかりで家もまばらだった。
初めて目にする干潟はとても広く、それに比して棲息する生き物は膨大な数だろうと想像できた。一帯は千葉県の鳥獣保護区。ちなみに、若き日の天皇陛下が、雅子様にプロポーズされたことで知られる宮内庁の新浜鴨場が隣接している。
さて、観察舎が主催する観察会に参加して今でも最も記憶に残っているのは野鳥の姿ではなく、シオマネキというカニだった。当時の観察舎の管理人だった蓮尾嘉彪(よしたけ)さんが望遠鏡で見せてくださったのが、何百という数のカニが、大きな白いハサミを一斉に動かしている様だったのだ。何故か片方だけ大きなハサミを、その名の通り手招きするかのように繰り返し動かすカニの姿に感動したことを覚えている。

前置きが長くなったが、そのシオマネキの次に目を奪われたのがセイタカシギだった。観察舎に設置された望遠鏡を覗いて、その美麗な姿をずっと眺めていた記憶がある。蓮尾さんからは、当時はまだセイタカシギが珍しい野鳥だと教えていただいたことを覚えている。
1970年代の初期に初めて行徳周辺で記録されたセイタカシギは、周辺の開発が進むにしたがい、生息地を江戸川放水路周辺(現在の千葉県市川市妙典付近)の蓮田から同じ地域の干潟、保護区の池などに変えながら1990年ごろには定着し留鳥となったという。
なお、蓮田というのはレンコン畑のこと。食用のレンコンは例年7月頃にピンクや白い色の花を咲かせるハスの地下茎で、栽培には粘土質で保水性の高い土が必要とされる。また、水田のように常に水で満たす必要もあるため、耕作地は泥田のような景観になる。セイタカシギのような野鳥にとって、餌となる水生昆虫などが豊富で外敵が侵入し難い環境は、生息地にふさわしい条件が揃っていたと言える。
ところで、近年の保護区の状況を「NPO行徳自然ほごくらぶ」に聞いたところ、保護区内は乾燥化が進んで植物相も変化し、セイタカシギは残念ながら稀に観られる野鳥となってしまったようだ。
多摩川の河口近くでも観察できた

さて、約40年の時を経て私がセイタカシギに再会したのは、7、8年ほど前の晩秋の多摩川の岸辺だった。個人のブログか何かで川沿いの波消しブロックにセイタカシギが行儀良く並んで立っている写真を観て行徳での記憶が蘇り、無性に会いたくなってしまったのだ。
そこは羽田空港からも近い多摩川の河口付近に位置するため、潮の満ち引きの影響を受ける場所。干潮時はセイタカシギも岸辺から遠い場所に移動してしまうようなので、満潮の時間を狙って出かけた。


目指す場所に到着すると20羽ほどのセイタカシギやユリカモメがテトラポッドに居た。脚の長いセイタカシギと言えども、満潮時の2mに迫る潮位ではここに「避難」せざるを得ないというわけだ。警戒心がないのか、居心地がいいのか分からないが、おかげで望遠レンズも要らないほどの至近距離で再会を果たすことができた。
その後、何度か多摩川に通って観察と撮影を楽しんだ。セイタカシギの成鳥と幼鳥、冬鳥のオナガガモやユリカモメが居場所を巡って「椅子取りゲーム」を繰り広げたり、互いにちょっかいを出したり、テトラポッドはいつも賑やかで楽しかった。たまにオナガガモにパンをあげるおじさんが現れ、それに釣られてセイタカシギの幼鳥が弱々しい足取りで岸辺に上がってきたのには驚かされた。陸上にはノラ猫も潜んでいるのでヒヤヒヤしたものだ。
ところで、近年は幾多の増水による土砂の堆積や植物の繁茂などで環境が変わったためか、この場所ではセイタカシギを観察できていない。状況が変われば再び戻ってくることもあるだろう、そう思うようにしているのだが。




毎年いくつもの家族がたくましく生きる蓮田で

その後、千葉県のとある蓮田で毎年セイタカシギが繁殖していると知った。そこは列車が行き交う線路に隣接した田園地帯だった。
調べてみると、セイタカシギの繁殖シーズンは概ね5月〜7月。7年ほど前、6月初めに蓮田を訪問した。
最寄駅から住宅街を抜けて田園地帯に足を踏み入れると、途端に「キッ、キッ、キッ、キッ」という明らかに警戒する鳥の声が発せられるのに気付いた。声の主はすぐ右手の蓮田にいた。白い身体に特徴的なピンク色の長い脚、セイタカシギだった。

蓮田と稲作の水田が並び、農道の反対側の葭原ではあちこちで「ギョギョシ、ギョギョシ……」とオオヨシキリが休むことなく囀っている。時折思い出したようにヨシゴイが飛び、カルガモやヒクイナの親子が視界の隅を横切って行く。今までに見たどの水田よりも明らかに人の暮らしと豊かな生態系が共存している田園風景だと感じた。ここは100年以上の歴史を誇るレンコンの産地なのだった。
ハスは6月の時点ではまだそれほど葉が成長していない。水で満たされた蓮田は、ちょうど田植え間近の水田のような環境である。そのハスの葉の陰を小さなセイタカシギの雛が歩いているのが見えた。ずっと下を見ながら何かを探している。


カルガモと同じく、セイタカシギの雛も孵化してすぐ自分で餌を捕らえる。水面や蓮田の泥に小さな嘴をつけ、ここでは蚊の幼虫(ボウフラ)やアメンボなどの昆虫などを食べているようだ。そのたくましさに感心するが、まだ気温の上がらない早朝に親鳥のお腹の下に潜って暖を取っている姿もまた微笑ましい。蓮田の周囲を歩くと4、5組のセイタカシギの家族がいることが分かった。また、蓮田に造った直径30センチほどの島のような巣で抱卵中の親鳥も確認できた。
それにしても、巣のある蓮田の横を歩いたり雛のいる方向に近寄ったりすると「猛抗議」に繰り出してくるセイタカシギの親鳥の勢いは凄まじかった。

セイタカシギの繁殖地の未来は?

この千葉県の蓮田を何年か訪問してきたが、去年あたりから隣接する水田では稲作が行われなくなった。蓮田の枚数も縮小傾向にあるようだ。当地は100年以上の歴史があるというレンコンの産地。泥の田に腰まで浸かりレンコンを育て、蓮田を維持する作業は重労働で知られる。高齢の従事者であれば厳しい労働環境だ。
また、蓮田のある地域は近年地価が上昇傾向にあるという。セイタカシギが繁殖している蓮田は複数の農家が管理しているということだが、農家を悩ます問題として顕在化しつつある農業従事者の高齢化や後継者不足によって離農が促進されると、将来、蓮田そのものが消滅する可能性もあるだろう。

手元に『水鳥が戻ってきた』という1990年刊行の本がある。表紙の写真は行徳で繁殖中のセイタカシギである。著者は前述の行徳野鳥観察舎の管理人の故・蓮尾嘉彪さんの奥様で、共に住み込みで勤務されていた蓮尾純子さん。今では日本の環境保全運動の草分けと言われる方だ。
本書にセイタカシギの生態について述べたこんな一文があった。
「蓮田でなければだめ、水田でなければだめ、というがんこなタイプの鳥だったら、妙典の埋め立てで完全に生活の場を失ってしまったかもしれない」(『水鳥が戻ってきた』NTT出版/1990年より)
※妙典というのは行徳に隣接するエリアの地名で、かつては蓮田が広がり、セイタカシギをはじめ多くの水鳥と人々が共存していた場所を指す。
セイタカシギは埋め立てによる生息地の消失という試練を乗り越えてきた野鳥だったのだ。
「セイタカシギは、いっぷう変わった特殊なスタイルにも似ず、ずいぶん融通のきくたちだったようだ」(前述『水鳥が戻ってきた』より)

セイタカシギは見るからに繊細で華奢な外見だが、それとは裏腹に環境適応力や繁殖力に秀でた野鳥であることが分かった。これまで、私自身も蓮田に侵入したカルガモやバン、ハクセキレイ、撮影に訪れた人間に対して、セイタカシギが果敢に威嚇を試みる大胆な姿を見てきたし、蓮尾さんの本では天敵のヘビに卵を食べられても、挫けずにすぐ別の場所に巣を作る「しぶとさ」を持ち合わせているという生態も知った。

この生命力でセイタカシギには生き延びてほしいし、彼らがずっと繁殖地として利用している千葉の蓮田については、レンコン作りという尊い生業を含めて貴重な田園風景が失われないよう願うばかりだ。私自身はレンコンを購入することで、少しでも蓮田周辺の環境が維持されることに貢献できればと考えている。
参考文献:『水鳥が戻ってきた』著・蓮尾純子(NTT出版)




