京都の祇園祭では「キュウリ断ち」。ウリをめぐる瓜生山と桂のハイキング | 山・ハイキング・クライミング 【BE-PAL】キャンプ、アウトドア、自然派生活の情報源ビーパル

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2026.07.14

京都の祇園祭では「キュウリ断ち」。ウリをめぐる瓜生山と桂のハイキング

京都の祇園祭では「キュウリ断ち」。ウリをめぐる瓜生山と桂のハイキング
京都の祇園祭は7月いっぱいかけて行われる。山鉾巡行を筆頭に、夏の風物詩として催しの数々は全国的に知られている。それでも、この祭りの間はキュウリを食べない「キュウリ断ち」が行われることは、あまり知られていない。八坂神社の主祭神である牛頭天王の好物だからだ。この祇園精舎の守り神が京へやってきたとき、最初に降り立ったといわれる山に登った。そして、もうひとつ。京都でも今や幻となっている「桂瓜」を求め、桂を歩いて京都とウリを考えた!

祇園精舎の守り神、牛頭天王はキュウリが好物!

7月10日は「神輿洗式」が執り行われた。神輿渡御に先立って、氏子たちが3基の神輿を清めるために四条大橋で鴨川の水を汲み、お祓いをした後、松明を掲げて八坂神社へ戻る。

7月の京都は祇園祭である。この祭りは山鉾が知られ、中旬と下旬に巡行が行われるが、祇園の八坂神社では早くも1日に皮切りの神事が始まった。そして、8日に近畿地方は梅雨が明けた。早い。祇園祭の神事は月末まで続く。7月まるまるかけて執り行われるのが祇園祭だ。このままでは猛暑日の中での神事が続きそうである。それでも、京都市中の中心地である山鉾町では、お囃子の練習も始まった。祭り気分をかき立てる。葵祭が天皇家の祭りであるの対し、祇園祭は町衆の祭りである。平安時代の前期、864年に京に疫病が流行ったのを取り除こうと始まった。以来、1200年もの間、町衆が守りつないできたのだ。

市中の家々の玄関には「ちまき」が掲げられる。これは厄除けである。ササの葉をイグサでくるんで作ったものだ。ササは「チマキザサ」と称される。種名はチュウゴクササで大陸由来の葉が大ぶりの香りがいいササだ。特に京都市北部の百井から花脊に生えるものが、ひときわ香りがよくて八坂さんでは長く用いてきた。しかし、20年ほど前に一斉開花の後に枯れ、新しい芽はシカの食害にあってしまっている。これに現代の町衆が立ち上がり、保全運動を始めたのだ。今、「チマキザサ再生プロジェクト」が行われ百井から花脊にかけてチマキザサの保護区がある。また、「チマキザサ」と称として、名乗りを上げた市民に苗を預け、1年ほど育ててもらう事業も行われている。

玄関の軒下に「ちまき」を掲げて厄除け。
チマキザサの保護区では地域住民と関係団体が保護活動を行い、祇園祭を支えている。写真/京都市情報館

もうひとつ、あまり知られていないようだが、祇園祭の際に古くからの風習がある。「キュウリ断ち」というものだ。八坂さんの主祭神である牛頭天王(ごずてんのう)で、ブッタが長くこもったインドの祇園精舎の守神だ。この神仏習合の神さまの好物がキュウリだったので、祭りの際は天王が降臨しやすいようキュウリを減らさないわけである。こちらの風習は町衆には浸透していないようだ。「祇園祭の際はキュウリを食べまへん」といった声を、ご近所さんや知人たちから聞いたことはない。スーパーから消えることもない。それどころか京都市内から路地物がどんどん集まって店頭に並ぶ。「キュウリ断ち」は、どうやら神職が身も心も祇園祭に捧げるかのように続けている風習のようだ。

牛頭天王が最初に降り立った「東山三十六峰」の第8峰

朝の瓜生山。山頂部は「京都一周トレイル」東山コースが通っている。
拙宅に近い「京都一周トレイル」(右)と枝道の出合。

「東山三十六峰」の第8峰に瓜生山(301m)というのがある。東山は比叡山を第1峰にして南へ順に数えていく。拙宅は比叡山の西南麓にあり、30分ほど山道を登ると「京都一周トレイル」東山コースに出る。そこから南に下っていけば瓜生山はわけない。普段からよく歩く朝活コースである。ただ、最近、近くでツキノワグマが目撃された。もはや拙宅近隣は彼らの生息地と考えなければいけない。むやみな藪漕ぎは禁物である。出会い頭がいちばん危ない。遠くで発見できれば安全確保の可能性が高まる。そう聞いた。そのためには、なるべく見晴らしのいいところを歩かなければいけないが、低山でも藪山はなかなかそうもいかない。瓜生山の周辺は信仰のための古道が多く、比較的見通しを保ちやすいのは幸いである。

瓜生山の山頂には小さなお堂がひとつ立つ。

その日は朝6時半に家を出たので、瓜生山の山頂には7時半頃に着いた。お堂の前で若い女性がひとりいた。ふと振り返り、わたしの姿を発見するや、ひっくり返らんばかりに驚いていた。「クマかと思いましたか? それとも幽霊?」と話してみたが笑わない。3分ぐらいの沈黙が長い時間に思えた。ようやく、福島県から最近移住したのだと話してくれ、下山していった。ひとりになり、山頂を見回した。牛頭天王は播磨国(現在の兵庫県)から八坂さんへ勧進されたのだが、西方から京へやって来て、まずこの瓜生山に降り立ったという。山名は「瓜が生まれる山」であり、この山の界隈に瓜を育てる農家があったことを思わせる。天王の好物があったのだ。きっとそれは山麓である。しかし、今では瓜生山の西の斜面には京都芸術大学が作られ、麓は高級住宅地で瓜が生まれた面影はない…。

瓜生山で育てられていたのはマクワウリではなかったか?

集めてみたウリ科の農作物。上左からプリンスメロン、ゴーヤー、ズッキーニ、キュウリ。左下がマクワウリ。

それにしても、瓜生山の界隈で育てられていたのがキュウリだったのだろうか? ウリ科の植物は大きな実を結ぶので、人間の手によってたくさんの野菜や果物にされているのである。キュウリのほか、カボチャ、スイカ、メロンはもとより、日本にはシロウリやアオウリもあるし、ゴーヤー(苦瓜)は沖縄の代表的な野菜である。またイタリア料理に欠かせないズッキーニもウリ科だ。確かにキュウリは祇園精舎に近いインド北西部が原産で、日本には中国に伝わっていたのを遣唐使が持ち帰り、奈良時代には栽培が始まったようである。さすがにゴーヤーやズッキーニはないだろうが、牛頭天王が甘党だったらどうだろう? キュウリは甘くなりにくいが、キュウリと同じような時代から日本で育てられていた甘くなるウリがある。南インドが原産地のマクワウリである。

マクワウリ。ほのかな甘さがあるのは中心部のほんのわずかな部分だけだった。

マクワウリは、昭和の高度経済成長期ぐらいまで庶民の夏の甘味として大いに普及していた。そのうち多品種と交配させてプリンスメロンが生まれ、昭和の庶民を喜ばせた。まだまだマスクメロンは遠い存在だったのである。もちろん、スイカはあった。こちらは熱帯アフリカ原産で江戸時代には日本でしっかり栽培されていた。だが、あの大ぶりでは大家族でないとそうそう1玉を食べきれない。マクワウリが高度経済成長期の核家族のオヤツだったのは腑に落ちるし、スイカ以前の日本では、甘いウリの中ではマクワウリが主役のひとつだったようである。牛頭天王が勧進された平安時代前期、瓜生山の界隈でも育てられていた可能性は高い。

70cmまで育てられる幻の「桂瓜」を探して歩く

「桂瓜」はシロウリの仲間。桂では江戸時代以前から栽培されてきたが、はっきりした栽培開始の年代はわからない。インドから東南アジアにかけてが原産地と推定されている。写真/京都市情報館

京都には、もうひとつ忘れてはいけないウリがある。「桂瓜」である。京都市の南西に位置する桂で栽培されてきて、現在では京都府から伝統野菜の認定を受けている。このウリは大きく育てられることで、つとに知られる。最低でも40cm、さらに育てられれば70cmにも達するのだ。シロウリの仲間だという。だが、拙宅のご近所で聞いても、「どうでっしゃろ? 今では聞きまへんな」という。そこで市中にある料亭御用達の八百屋さんへ行って大将に聞いてみた。すると、「ありますよ。でも、桂では育てている農家は少ない。同じシロウリで滋賀産のなら手に入りますわ。品種保存しなければいかんというので、京都府から依頼された農家があると聞いていますなぁ」という答え。どうにも希少種らしい。

桂離宮の池の水は桂川から引かれている。

ところで、今年の京都は「寛永行幸400年」としてさまざま催事が行われている。寛永年間(1624〜1644)は、長く続いた激しい内戦の時代を勝ち抜いた徳川家が江戸の政権基盤を安定させた時代である。いよいよ軍事政権が長期安定化しそうで、京都の皇族は、政治の実権を前の時代以上に取られることを覚悟した。「寛政行幸」は徳川2代将軍の秀忠と後に跡目を継ぐ家光が、二条城に後水尾天皇を招いて5日間におよぶ大接待だった。まるで、長期安定政権のために皇室と良好関係を築く儀式のようだ。この史実を中心に、今年の京都では寛永年間の史実や建築などがクローズアップされている。桂離宮はその代表格である。

桂離宮の「松琴亭」。市松模様の襖は他の皇室関係の建物では見られないデザイン。建設当時は加賀の鷲が使われた。現在は越前和紙を使っている。

ウリを求めつつ桂離宮へ行ってみた。一日に入園できる人数や滞在時間に制限はあるものの予約はそれほど難しくはない。しっかりしたガイド付きのツアーになり、各所の由緒を知らされながら園内を歩く。桂離宮には宮廷文化の中に町衆文化のデザインが重なるという。市松模様はその代表だそうだ。じつは、寛永年間の京の皇族も町衆は、江戸幕府の武士文化の押し付けに反発感情を高めていたという見方がある。その論によれば、宮廷文化と町衆文化の交流の極として桂離宮は生まれたのだとなる。祇園祭が今のかたちに極まったのも寛永年間だ。桂離宮の池は、船を浮かべて月見をするように設計された。風流を超えて典雅である。そこに共感する上層町衆も、この時代にはいたのだろう。「瓜見」をするための建物も造られたというのには驚いた。桂の里にあるウリの畑は、風流、典雅に通じる他所にはない風景だったのである。

今、「桂瓜」は高校生によって品種保存されている!

桂離宮を出て、桂を歩いた。今では、里の名残がありながらも住宅地である。それでも、農産物直売所「産直ひろば」があった。だが、「桂瓜」はない。ベテラン店員と思しき女性に聞いてみた。「そろそろ出る頃なんですがねぇ。まだ作っている人が何人かいはりますな。今年は少し遅いようですな。大きくしますのは、手間もかかりますし、狭い畑がいっぱいになって困りますやろ。買われる方も手にあまってしまいます。昔と違うて大きく育てはる方はおらんようになりました」。育てているのが、保存が進められる昔ながらの品種かどうかはわからない。ただ、今の桂で畑をやる人たちも、7月初旬にウリというこだわりを持っている気がした。レジ横には、キュウリ、ズッキーニを中心に、ゴーヤー、プリンスメロン、そしてマクワウリまで並んでいたのだ。

桂の農産物直売所にずらりと並ぶズッキーニ。右下にゴーヤーがわずかにある。キュウリはもちろん、プリンスメロン、マクワウリもあった。

もうあきらめようと阪急電鉄の「洛西口」駅へ向かう途中に京都府立桂高校がある。ここには普通科とともに農業を専門的に学べる園芸ビジネス科と植物クリエイト科があり、「研究班が学校の畑で桂瓜を作っていはりますよ」と行く先々で聞いた。ぶしつけだとは思ったが、事務室へ向かった。わけを話すと、丁寧に対応してくれ、研究班を指導する女性の先生を呼んでくださった。「はい、確かに桂瓜を作っております。品種保存の一貫ではありますが、桂の文化を受け継ごうという思いもあります。収穫はもう少し。販売しますよ。お願いしている販売所は1軒だけなんですが、生徒たちがリヤカーで引き売りもします」と、先生はにこやかに教えてくださった。危機に瀕しても、新しい力学が働けば新しい文化が生まれる。桂離宮で瓜見がなされていた頃、桂でウリを売る若い女性たちは「桂女」といわれた。この夏、暑さに負けずリヤカーを引く現代の桂女に出会いたい。

経路1/自宅→曼殊院→京都一周トレイル→瓜生山→日本バプテスト病院(すべて徒歩)→「北白川別当町」バス停→(市バス)→「修学院離宮道」バス停→自宅

経路2/自宅→「修学院離宮道」バス停→(市バス)→「四条河原町」バス停→阪急電鉄「祇園四条」駅→(阪急電鉄)→阪急電鉄「桂」駅→(徒歩)→桂離宮→(徒歩)→農産物直売所「産直ひろば」→(徒歩)→京都府立桂高校→(徒歩)→阪急電鉄「洛西口」駅

著者画像

藍野裕之

ライター・編集者

あいの・ひろゆき 1962年東京生まれ。東京と埼玉を転々としてきたが、50歳を過ぎて京都に移住。現在は京都の山に遊び、京料理に耽溺し、ときどき京都学を紐解く。著書は『梅棹忠夫』(山と渓谷社)、『ずっと使いたい和の生活道具』(地球丸)など。編集作品はビーパル本誌連載をまとめた山極壽一著『森の声、ゴリラの目』(小学館新書)、『出西窯と民藝の師たち』(青幻舎)など。

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