2025年秋、斉藤さんはアメリカ東北部のウィスコンシン州にある「アイスエイジ・トレイル」に挑みました。その1,200マイル(1,900km)のアイスエイジ・トレイルに挑戦した様子を、斉藤さん自身によるレポートで紹介します。
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【プロハイカー・斉藤正史の「アイスエイジ・トレイル」レポート」vol.8】
■前回はこちら■
Ice Age Trail DAY3:2025年9月14日
夏の終わりにハイカーを悩ませる天敵
いつもロングトレイルに挑むときは、スマホに日記を入力していました。でも、アイスエイジ・トレイルでは日記は書かず、その日にあったことなどをボイスレコーダーに録音し、記録として残しています。
その音声データをもとにこの原稿を書いているのですが、歩き始めたばかりの時期の録音を聞き返すと、時おり“バチッ”というノイズが入ります。これは怪奇現象…などではなく、蚊を叩く音です。
アイスエイジ・トレイルのあるウィスコンシン州は緯度の高いアメリカ東北部にありますが、9月中旬でもまだまだ蚊が元気でした。しかも、日差しはそれほど強くないのですが、川や湖などが周辺に点在しているからか、湿度も高いのです。蚊対策で長袖を着ると思い切り汗をかくので、特にスタート間もない時期は服のチョイスに苦労しました。

蚊以外にも、やっかいな存在がいました。前回記したように、2日目はカフェの裏庭にテント泊しました。テントの中でのんびりくつろいでいると、何やらベタッとテントに付着します。「ん?」と思ってテントから顔を出して確認すると、ナメクジでした。
ナメクジの粘液には人体に有毒な成分が含まれていることもあるので、素手でさわるのはNG。そうした知識があったので、テントをブンブン振り回して、ナメクジを払い落としました。
調べると、ウィスコンシン州には多くの種類のナメクジが生息しているとのこと。全米で4番目に湖が多い州で、湿度も高い地域です。ナメクジからすると、なかなか快適な環境なのかもしれません。
とはいえ、テントにベタベタとナメクジに張り付かれるのは気分の良いものではありません。これからはテントを張る場所もきちんと考えなければ。そう思うものの、アイスエイジ・トレイルはそこら中に川や湖の水辺があるのですが…。

アメリカ人ハイカーに多い「トレイル観」
3日目の朝、テントを片付けて宿泊地のカフェからアイスエイジ・トレイルのルートに戻ると、人待ち顔でイスに座っている若者がいました。目が合ったのであいさつすると、話好きなのか、退屈しているのか、彼が座っているのとは別のイスに座るように促され、炭酸ジュースをくれました。そこまで急いでいるわけでもないし、少し話し相手になってもいいか…。

彼は、弟がトレイル・ランニングをしていて、終了地点のここで待ち構えているとのこと。また、彼自身も、数年前に3大トレイルのひとつであるパシフィック・クレスト・トレイル(PCT)約4,265kmを踏破するスルーハイクを完遂したそうです。
「PCTで日本人と知り合って何日か一緒に歩いたんだけど、何て名前だったっけな…」などといいます。ハイカー同士は本名(フルネーム)ではなくトレイル・ネームを名乗るのが一般的だし、ロングトレイルを数カ月歩いている間には多くのハイカーと言葉をかわすので、名前を失念するのは“あるある”です。「僕も他のハイカーの名前はよく忘れるよ」といい、彼と笑い合ったのでした。

ところで、彼はアイスエイジ・トレイルを歩かないのだろうか。そう思って尋ねると「だって、このトレイルは道路(舗装路)が多いでしょ」との回答。その答えを聞いて、アメリカ人ハイカーだなと感じました。
かなり古くから「道路歩きはトレイルか否か」という議論があるのですが、特にアメリカでは道路に否定的なハイカーが多いのです。道路区間はトレイルじゃないからとヒッチハイクでスキップしてしまうハイカーもいます。
例えば、超有名なアパラチアン・トレイル。実は、その終点をターミナス(起点)にした、インターナショナル・アパラチアン・トレイルというものがあります。アメリカからカナダへと進むのですが、ブランズウィック州エリアではハイウエイをひたすら歩くことになります。
アパラチアン・トレイルを終え、そのままインターナショナル・アパラチアン・トレイルを歩くハイカーもいます。でも、やっぱり道路はつまらないからと、やめてしまうケースも少なくありません。

僕はインターナショナル・アパラチアン・トレイルも含め、道路が多いトレイルもガシガシ歩いてきました。でも、僕のようなハイカーはアメリカでは少数派です。もちろん、自然の中を歩くのは心地良いし、それに比べて道路が単調で退屈という考えもわからなくはありません。とはいえ、歩きやすい道路はトレイルの入門編として最適だし、目の敵にするほどではないと思います。
僕自身は「こうでなければいけない」という考え方が苦手です。トレイルも、それぞれが無理のないスタイルで楽しめばいいと思っているのですが…。


無理せず着実に前へ
簡単に答えの出せない問題を考えると、足が止まってしまいます。今はアイスエイジ・トレイル3日目がスタートしたばかりなのでした。そこで、PCTスルーハイカーの彼と別れ、歩を進めます。
やっぱり、歩くのは良いですね。何かを考えていても何も考えていなくても、とりあえず前に進みますから。…などと、どうでもいいことを思って前向きな気持になろうとしていたのには、理由があります。
初日から続く足の違和感が3日目になっても続いていたのです。前回も書いたように、特注のインソールとブーツの相性が良くないのか、ソールそのものが硬いのか、どうにもしっくりきません。はっきり明確な痛みというよりも、「痛いかも」くらいの感じですが、無視できるレベルではありません。そこで、休憩を取る際には毎回ブーツを脱いで足をマッサージしているのですが、状況は改善されませんでした。

でも、こうしたことは初めてではありません。思い返してみると、アパラチアン・トレイルでも他のロングトレイルでも、スタート当初から何もかも順調だったことはほぼありませんでした。たいてい「何かおかしいかも…」「ちょっと違和感が…」といったことが1つ2つあります。
それでも、そのときどきの自分の体調と向き合いながらゆっくり着実に足を動かすことで、気づけば100km、200kmと進んでいるのです。
歩けば前に進む——。言葉にするとバカみたいですが、トレイルではとても大事なことです。
ということで、とりあえず、歩いて前に進みます。





