日本最古の羽衣伝説の地に、旬の岩牡蠣を求めて。京都府西端の「久美浜」をハイク&ドライブ | 山・ハイキング・クライミング 【BE-PAL】キャンプ、アウトドア、自然派生活の情報源ビーパル

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2026.06.27

日本最古の羽衣伝説の地に、旬の岩牡蠣を求めて。京都府西端の「久美浜」をハイク&ドライブ

日本最古の羽衣伝説の地に、旬の岩牡蠣を求めて。京都府西端の「久美浜」をハイク&ドライブ
京都府は北端で日本海に接する。古い国分けでは丹後国。そこは伝説の方向だ。とりわけ美しい女性が登場する伝説で名高く、そのひとつに羽衣伝説がある。羽衣伝説は日本各地にあるが、この地が最古。また、「海の京都」では豊富な海の幸がある。夏は岩牡蠣とイカ。羽衣天女が降り立ったといわれる山に登り、海の幸を求めて海沿いをドライブした!

「丹後七姫」と語り継がれる美女の伝説

京都には海はない。そう思っている人がいるかもしれない。だが、京都府北部は日本海に面している。京都に遷都される前、今の京都府は3つに国分けされていた。京都市から南は山城、その北が丹波で「森の京都」と近年はいわれる。そして、そのさらに北が「海の京都」の丹後である。丹後は伝説の宝庫だ。浦島太郎伝説、安珠と厨子王といった話の発祥地が丹後なのである。また、美女を輩出する地としてひそひそと呟かれる。京都の花街で名を馳せた歴代の芸妓、舞妓は丹後出身者が多かった聞いたことがある。伝説に登場する美女、実在した美女を含めて「丹後七姫」として語り継がれているのが、浦島太郎に出てくる乙姫、安寿姫、静御前、細川ガラシャ、小野小町、間人皇后、そして羽衣天女だ。

6月13日、京都市の西の端から京都縦貫自動車道に乗った。車を走らせること2時間少し。天橋立に接近したところで縦貫道を下り、国道312号を西へ、丹後半島の付け根を京都丹後鉄道に沿うように進んだ。京丹後市に入った。京都府西北端に当たる。ここから西へ延々兵庫県、鳥取県鳥取市までが「山陰海岸」としてユネスコ世界ジオパークに登録され、若狭湾から丹後を経て兵庫県の東部は複雑な入江のリアス式海岸だ。峰山に入り国道482号を西に折れた。山間に入る。丹後は日本海の近くまで、落葉広葉樹が豊かに生い茂る山々が張り出している。さらに南へ折れ、ぐんぐん山々のふところへ入っていく。目指す山は山頂部が天から下りやすい格好をしているはずだった。見えた。おそらくあれだ。

中央遠くに見えるのが磯砂山。周囲の山から頭ひとつ飛び出し、山頂部が平らになっている。空をとんできたら見付けやすそうだし、降りやすそうだ。

その山は磯砂山という。「いさなごやま」といい標高661mだが、丹後で第3位だ。比治山、真名井岳、白雲山、鷲尾山など別称がたくさんある。なぜ、そんなに多くの別称があるのだろう? たぶん、この地を訪れた人が、それぞれに名を付けたのだろう。ということは、かつて遠方、近隣など出自の違う多くの行き交ったのだ。周囲の山々からポンッと頭ひとつ抜け出した高さの山を、思い思いに呼んだからに違いない。やがて「いさなご」に落ち着いて、山の麓の地区名にもなった。通り過ぎた集落には「磯砂小学校」というのがあった。その名はクジラの古名である「いさな」から取られたという説があるそうだ。稜線がクジラのように見えるからだという。

遠くから愛でられるだけではなく、山頂部も多くの人を誘う。そこは、「丹後七姫」のうちの羽衣天女が舞い降りた地と伝えられているのだ。七姫の中で天女はもっとも実在の人間から遠い。空想的でファンタジックで、まさに伝説上の存在だ。天界の帝に支える女官とされ、羽衣によってひらひらと空を飛ぶ。日本だけではなく、インド、中国、朝鮮半島に天女伝説がある。「日本三大天女伝説」といえば、三保の松原(静岡県)、余呉湖(滋賀県)、そして磯砂山となる。人間界へ下りてきた天女の羽衣を人間が隠すとったことが起こり、天界へ帰れなくなった天女が人間界に恵みをもたらす。どこの伝説でも、こうしたあらすぎは共通している。その中で磯砂山の天女伝説は日本最古だという。奈良時代の初期に各地の風土記の編纂が始まり、その際に編まれた『丹後国風土記』に記載されているそうだ。

1000段の階段を登って天女が降り立った山頂へ

山道を車で走らせ続け、やがて「天女茶屋」という屋根付き休憩所に着いた。駐車場もある。「登山口まで300m」との標識も出ていた。茶屋の脇には傘立てには金剛杖がたくさん刺してあった。下山したら返すということだろう。太めの仙人の杖のようなのを1本借りて歩き始めた。茶屋から続く舗装路を歩き、ほどなく登山口に着いた。整備された階段である。矢印型の標識に山頂までの段数は「1000段」とあった。999、998、997…と数え始めたが、すぐやめた。梅雨入りしたが、その日はいい天気だった。適当に休みつつ登り続けた。すると、登山道の右と左で森の違いがくっきりわかるところに出た。左がスギを植えた植林で、右は広葉樹が多くおそらく天然林だ。

天然林には、萌芽更新した跡形が見当たらない。広葉樹は膝から腰の高さで伐り倒せば、切り株から芽が出て、やがてそれが新しい幹となる。針葉樹と違って伐倒しても死なないのだ。それを知っていた昔の人は、薪や炭のために広葉樹を伐った。萌芽更新の跡は少し不自然な株立ちになるので、だいたいわかる。株立ちしている広葉樹の近くを探すと、炭窯の跡を見付けることもよくある。不自然に株立ちする広葉樹は、その森と人の付き合いの歴史を知る手掛かりだ。ずいぶん標高の高く森が深いところで見付かることもあり、作業も泊まり込みは間違いなく「こんなところにまで」と驚かされる。登山道から見たにすぎないが、磯砂山の天然林にはそれが見付からない。それでも反対側は天然林を伐採して針葉樹を植えたのだ。天女伝説の山は、薪炭の時代は手付かずで、林業拡大の時代になって人の手が入ったということか。

左が植林地、右が天然林と思しき広葉樹。

天橋立から小天橋まで。山頂は日本海の絶景を眺望できる!

「500段」という矢印型の道標が出たあたりで、上からかすかに声が聞こえてきた。天女は、まず8人がこの山に降り立ち、そのうちのひとりが人間界に残る運命になった。声はだんだん近付いてきて、あの特有の笑い声も混じるようになった。ははぁ人間の年配女性か……。やがて姿が見えてきた。手に手にゴミ袋を持っていたので、事情を察して道を譲った。地元の登山グループが清掃登山をやっていたのだ。おそらく、登山道の整備も力を貸しているのだろう。ありがたいことだ。「ご苦労さまです」と声を掛けると、男性の手には1升瓶が! 「2本もあったよ」と男性は笑う。天女が下りた山で酒盛りとは、気持ちはよくわかるが、空き瓶を山頂に残すは行儀が悪い。むしろ天女に見放されてしまうだろう。

「今日はお天気がいいですから、山頂からの景色がすごいですよ! 本当にええ日にきなさった」といわれ、再び登山道の階段を登り始めた。急登がなかったわけではないが、励ましの声が背中を押した。「250段」の標識が出て、少し見晴らしがきくところで周囲を見るとだいぶ登ったのがわかった。そして、いよいよ山頂に出た。1時間はかかっていない。山頂部は大きく3段の階段状になっていて、真っ先に最上段に着く。櫓型の見晴し台がある。きれいに草刈りがしてあって心地よい。そこに腰掛けて北に広がる日本海を眺めた。この磯砂山をはじめ、山々を源に水が流れ出し、白砂を含みながら川となって、里を潤して稲穂を実らせ、やがて日本海に注ぐ。すると打ち寄せる波が白砂を陸へ押し上げ、ところによっては沖に砂が橋のように溜まり湾を堰き止める。有名なのは「日本三景」のひとつに数えられる天橋立だ。磯砂山の山頂から東に見えた。そして、西に目を向けると「小さな橋立」ともいわれる久美浜湾に架かる小天橋が見えた。

磯砂山の山頂には羽衣天女のレリーフが建てられていた。

久美浜湾の名物、岩牡蠣と京白イカをいただいた!

のびのび過ごして下り始めた。途中、登りの際に素通りした「女池」に寄った。舞い降りた8人の天女が水浴びをしたといわれている。今でも水は枯れていない。磯砂山の天女伝説は2通りある。どちらも、ひとりの天女の羽衣を人間が隠すのだが、一方に登場するのは老父婦で、天界へ戻れなくなった天女は彼らの娘になって酒造りを教えた。もう一方の話に出てくるのは猟師だ。天女は彼の嫁になって酒造りだけではなく米作りや養蚕も教えた。いずれにしても、明らかに天女は稲作文化を持った渡来人をシボライズしている。縄文時代から土着していた民を鬼とし、その後に国家設立を果たした渡来人を天女とするとは酷いものである。それでも、新しい文化の到来によって丹後では酒造りと米作りが根差した。今でも一帯にはいい酒蔵が目白押しだし、いいお米も獲れる。

1000段の階段を下りきり、金剛杖を返して久美浜湾へ向かった。じつは、この時期に丹後にきたのはお目当てがあった。海の幸である。丹後は冬の蟹で知られる。久美浜湾の小天橋には蟹料理を名物にした高級料理旅館が並んでいる。しかし、久美浜の名物は蟹だけではない。この気水性の潟湖(ラグーン)は牡蠣養殖が盛んだ。湾には筏が浮かび、ところどころに漁師料理を食べさせ店や牡蠣小屋が並んでいる。牡蠣は冬だけでない。冬の牡蠣は「真牡蠣」と呼ばれ、夏に旬を迎えるのは「岩牡蠣」といわれる。どうやら、生物学的には同じ種類のようだが、真牡蠣は浅瀬で育ち毎年産卵して夏は痩せる。一方の岩牡蠣は深みで育ち、頻繁に産卵するわけではない。じっくり育つので夏でもふくよか。久美浜では6年ほど前に養殖に成功し、だいたい3年ほど育てた大きな岩牡蠣が店に並ぶのだ。

「よし乃や」の岩牡蠣。大粒が1個で1,650円。

じつは、この岩牡蠣のほかにもうひとつ、6月に旬を迎える丹後の海の幸をいただきたかった。それは鳥貝である。普通の鳥貝の3倍ほどの大きさのもので、濃厚な甘味、歯応え、香りは応えられない。まず丹後最大の漁業拠点である舞鶴で養殖に成功し、久美浜湾でも獲れるようになったと聞いたのだ。久美浜湾に沿って車を走らせ、料理店や海産物直売所を数件回って聞いてみた。しかし、「ここ数年は不漁や。海水温の上昇でどうにもならへん」との声しか聞くことができなかった。諦めきれず、日本海沿いを東に進み、とうとう天橋立の西端まできてしまった。鳥貝はない。代わりにといったら変だが、「京白イカ」の名で、新しい夏の丹後の名物にしようというのが剣先イカである。久美浜にある料理旅館の浜幸が、沖で釣れるようになったので出すようになったという。天橋立ケーブルカーの「府中」駅の目の前にある「よし乃や」に入った。

「よし乃や」の地イカ贅沢丼の並2,300円。予約が望ましい。直前に電話で確認して食せた。

鳥貝はどうにもならなかったが、丹後の岩牡蠣はありつけた。加えて「京白イカ」の存在を知り、その味を想像させる丹後の地のイカも味わえた。甘い。岩牡蠣は深く濃厚な甘さで、イカはやや軽いため喉越しが爽やかな感じだった。やはり、産地で少しでも生産者の顔や声を感じながら旬の味をいただくのは格別である。ただ、自分は欲が強すぎるかな、とも思った。一度味わって旨さを忘れられなくなると、どうしても同じ快楽をまた求めてしまう。真新しい味へも、つい惹かれてしまう。満腹になって久美浜湾の方向へ戻ってみた。海へ沈む夕日が見たかった。コンパスで方角を確かめ、夕日の沈むのを邪魔するものがない浜辺を見付けた。そして、キャンピング・チェアを出して、黄昏の日本海を眺めた。天女の羽衣を隠し、天女が天界へ戻れなくしてしまうのも人間の欲だろうか。暗くなるまで海にいた。帰り際、天女が伝えた稲作の後裔、久美浜の水田で車を止めてみた。ヘッドライトを消すと、やっぱり。ホタルが舞っていた。

経路/京都縦貫自動車道・沓掛IC→山陰近畿自動車道・与謝天橋立IC→一般道→京丹後市峰山→羽衣茶屋→徒歩→磯砂山→徒歩→磯砂山→久美浜湾→天橋立ケーブルカー「府中」駅→久美浜湾方面→山陰近畿自動車道・与謝天橋立IC→京都縦貫自動車道・沓掛IC

著者画像

藍野裕之

ライター・編集者

あいの・ひろゆき 1962年東京生まれ。東京と埼玉を転々としてきたが、50歳を過ぎて京都に移住。現在は京都の山に遊び、京料理に耽溺し、ときどき京都学を紐解く。著書は『梅棹忠夫』(山と渓谷社)、『ずっと使いたい和の生活道具』(地球丸)など。編集作品はビーパル本誌連載をまとめた山極壽一著『森の声、ゴリラの目』(小学館新書)、『出西窯と民藝の師たち』(青幻舎)など。

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