ふと、こう思った。紅葉を見に出かけたのは、いつが最後だろうか思い出せないほど遠い過去のことだと気づいた。
10月中旬は、アメリカ東海岸でも紅葉のシーズンなはずだ。よし、紅葉狩りに行こうと決めた。すると、まだ見ぬ絶景を探しながら、想像しなかった動物や人と出会う旅になった。
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東海岸屈指の紅葉スポットへ!
午前8時前。スカイライン・ドライブに入る料金所の1つであるソーントン・ギャップ料金所(Thornton Gap Entrance Station)に到着。さすがに3連休とあって、ゲート前には、すでに車の大行列が出来上がっていた。数十分後、ようやくゲートまで到達。事前にオンラインで支払っていた入園料30ドル(約4700円)の証明書を提示すると、「サンキュー」とレンジャーの方に言われ、スムーズに通過した。

いよいよスカイライン・ドライブへと滑り出す。全長約170キロに及ぶ舗装された山道沿いに、約75か所もの展望台が点在するアメリカ屈指の景勝道路だ。
車窓から流れる景色を眺めるもよし、途中で車を降りて見晴らしの良い展望台に立ち寄るもよし。そして何より、道路沿いに無数にのびるトレイルへ一歩足を踏み入れれば、自分の足で絶景を探し出す旅が始まる。
さっそく展望台があったので車を止めた。駐車スペースは小さいが、観光客は写真を撮るとすぐに出発するため、満車の心配はなさそうだ。
車を降りると、まず思った。
「あれ、思ったよりも寒い」
スマホで気温を調べると、摂氏12℃。しかも風が強い。山の秋の気候を肌で感じながら、見晴らしの良いスポットへと歩く。この日はあいにくの曇り。空一面に広がる白い雲の下、目の前には広大な山々のパノラマが広がっていた。だが、緑色だった。

期待していた赤や黄色に染まる世界ではない。まだ時期が早いのか。それとも、標高が低いからなのか。とにかく、ここから本格的に紅葉の絶景を探す旅が始まった。
フロントガラスの向こうに次々と現れるサプライズ
その後もいくつかの展望台に立ち寄っては写真を撮り、すぐに次へ向かうのを繰り返した。だが、眼下に広がる景色は、どこまでいっても深い緑色のまま。
もどかしさを抱えながら、引き続きスカイライン・ドライブを先へと進める。すると突如、フロントガラスの向こうを何者かが横切った。シカだ。
ゆっくりとブレーキを踏み、車を止める。左から右へ、悠然と道路を横断したシカは、そのまま右奥の深い藪の中へと消えていった。息を整え、再びアクセルを踏もうとしたその瞬間、もう1頭。後を追うように同じように道路を横断し、山中へと消えていった。親子だったのだろうか。
あまりにも突然の出来事で、写真に収める余裕すらなかった。ワシントンD.C.の郊外では野生のシカを見かけることは珍しくない。だが、この広大な山の世界においては、あくまでも主役は彼ら野生動物なのだという事実に、改めて気づかされた。
気を取り直し、もうシカが来ないのを確認してアクセルを踏む。
次にあった展望台に立ち寄った。美しいパノラマではあるのだが、眼下に広がるのは相変わらずの緑。ついに写真を撮るのもやめた。
本当に紅葉は見られるのだろうか。焦りと不安を抱えながら駐車スペースを出ようとしたその時、フロントガラスの向こうに奇妙な影を捉え、思わずブレーキを踏み込んだ。
なんと、野生の七面鳥が2羽、目の前を歩いている。アメリカで野生の七面鳥を見慣れている助手席の妻は、「あ、七面鳥だ」とばかりに淡々と写真に収めている。だが、野生種を初めて目にした私は、まさかこんな場所で遭遇するとは思ってもみず、ただただその迫力に圧倒されてしまった。

さらにスカイライン・ドライブを先へと進める。景色に変化がなく、次第に展望台に立ち止まらなくなった。
そんななか、ある展望台の脇を通り過ぎたときだ。フォーマルなスーツに身を包んだ男性と、純白のウェディングドレスをまとった女性。大自然をバックに、幸せそうな笑顔で記念撮影をする二人の姿が車窓に飛び込んできた。
思わず妻と顔を見合わせ、ほほ笑んでしまう。紅葉を探す我々にとっては変化がない景色でも、あの二人にとっては大事な思い出の景色なのかなと想像し、我々も嬉しくなってしまった。
走るから歩く旅へ
紅葉の絶景を探す旅を続ける。
標高が段々と高くなるにつれ、車窓の景色に少しずつ変化が現れ始めた。スカイライン・ドライブ沿いに、ところどころ黄色に染まった木々が混じり始めたのだ。
紅葉の絶景が見られる期待が一気に高まった。
料金所を過ぎてから約1時間。目の前に「ストーニーマン登山口(Stony Man Trailhead)」という看板が見えた。直訳すると「石の男」という名のトレイルの入り口に到着したのだ。
今回の旅では、スカイライン・ドライブを走る車窓からの景色に加え、自分の足でトレイルを歩きながら紅葉の絶景を探すことを計画していた。道路沿いに無数にのびる選択肢のなかから、選んだのが、このストーニーマンだった
このトレイルを選んだのは、登山口と山頂の往復が徒歩約1時間と、日帰り旅の日程に組み込みやすかったからだ。しかも、山頂の標高は公園内で2番目に高い。それだけ、眼下に広がる紅葉の絶景に出会える可能性が高いという計算もあった。
山頂のパノラマとゴースト
午前9時過ぎ。近くの駐車場に車を滑り込ませ、ここからは自分の足で紅葉の絶景を探す。バックパックを背負い、ストーニーマン登山口からハイキングをスタートした。


相変わらずの曇り空。太陽の光はなく、時折吹き付ける強風が寒さをさらに引き立てる。携帯電話はいつの間にか圏外。耳に届くのは、風に木々が揺れる「カサカサ」という乾いた音だけだ。
トレイルを進むと、間近に黄色く色づいた木々が現れた。ついに念願の紅葉とのご対面。しかし、高揚感は湧かなかった。近づいて見ると、葉の多くが茶色く、どこかくすんで汚かったのだ。
今夏の猛暑や水不足の影響だろうか、それともこの強風のせいか。一口に紅葉と言っても、自然の条件によってさまざまな表情があるのだと、山の現実を突きつけられた気がした。

ハイキングを開始して約30分。森を抜けると突如、視界が開けた。ストーニーマンの山頂だ。
眼下に広がっていたのは、360度の大自然のパノラマ。
先ほど近くで見た黄色は、くすんでいたが、今、こうして高い場所から見下ろして見える黄色は、深い緑の絨毯の中に、鮮やかな斑点となってパッチワークのように散らばっていた。まさに、シェナンドー国立公園で紅葉が始まっている絶景を、自分の足で見つけた瞬間だった。

山頂の絶景を堪能した後、高揚感と共に下山を始めた。
しばらく歩いていると、静かな森の遠くから賑やかな笑い声が聞こえてくる。よく見ると、大きな木の下で、白いーツを被ってお化けのような姿をした若者たちが記念撮影に興じていた。
実はこれ、アメリカのSNSで大流行している「ゴースト・フォトシュート(お化けの撮影会)」。3週間後のハロウィーンを前に、大自然の中でシュールな写真を撮るのが今のトレンドらしい。

紅葉を探す我々を、思わず笑顔にしてくれた奇妙な遭遇。アメリカの秋の山は、自然の移り変わりだけでなく、人々の楽しいイベントの熱気でも満ち溢れていた。
地上に広がっていたカオスの風景
下山を開始してから約30分でストーニーマン登山口に戻ってきた。
すると、そこには驚きの光景が広がっていた。目の前の駐車場は完全に溢れかえり、道路脇のいたるところに数多くの車が無造作に駐車されていたのだ。ルール的には大丈夫なのだろうかと思わず首を傾げてしまった。写真に収めるのをはばかるほど、あたりはカオスな空間に変貌していた。
ハイキングを始める前はそれほど目立っていなかったのに、たった1時間でこの激変ぶりである。
確実に駐車するために、まだ街が眠る早朝に出発して本当に正解だった。まさに、出遅れたらアウトだった。
探していた絶景と、ここでしか出会えなかった絶景
カオスの駐車場を脱出し、再びスカイライン・ドライブへと戻る。
全長約170キロに及ぶこの山道をすべて走り切る時間は、日帰りの旅にはない。「そろそろ折り返し地点かな」そんなことを考えながら、車をさらに先へと走らせていた。
紅葉の絶景を探す旅も佳境に入った。いくつかの展望台に立ち寄った後、「クレセント・ロック・オーバールック(Crescent Rock Overlook)=三日月の岩場の展望台」でも車を止めた。目の前に広がる大パノラマを写真に収めていると、妻が声を上げた。
「あっちの岩の上に人がいる。行ってみよう!」
確かに、展望台から少し離れた奥の岩場に、人影が見える。よく見ると、展望台の端から細い小道がのびているのを発見した。
足元に気をつけながらしばらく進むと、突如として視界が開け、その岩場のてっぺんにたどり着いた。
そこから見えたのは、間違いなくこの日一番の絶景だった。
トレイルで見た黄色ほど近くなく、山頂から見下ろした黄色ほど遠くもない。深い緑の海のなかで、鮮やかな黄色がこれ以上ないほどくっきりと主張している。自分の足で小道の奥へと踏み込んだ者だけが出会える、秋の風景だった。



秋のシェナンドー国立公園を駆けた日帰り旅。正直に言えば、出発前に思い描いていた、山全体が赤や黄色に激しく燃えるような紅葉のピークには出会えなかった。まだ、秋は始まったばかりだったのだ。
だが、だからこそ出会えた景色がある。深い緑の海のなかにぽつりと灯った、鮮やかな黄色のパッチワーク。目前を悠然と横切ったシカの親子や、野生の七面鳥。そして何より、この圧倒的な大自然をバックに、それぞれの特別な一瞬を写真に収めようと輝いていた人々の笑顔。
完璧な紅葉じゃなくても、そこには確かに、人それぞれの絶景があった。




