カイトサーファーが集まるビーチの対岸に、小さな石造りの浴場があります。ここは、地域では「ローマ浴場」や「クレオパトラ・ハマム」と呼ばれており、古くから親しまれてきた天然温泉です。
陸から歩いても行けるそうですが、今回はSUPに子どもたちを乗せて出発しました。
渡しSUPで対岸へ
目的地はすぐそこの対岸。のんびり漕いでもすぐに着く距離です。ところがSUPの上には子どもたちが乗っています。じっとしている訳もなく、思いっきり揺らしたり、飛び跳ねたりを繰り返すのでなかなか進みません。
それでも、これも良い体幹トレーニング!と思いながら漕いで行きます。

どうにか転覆せずに対岸へたどり着きました。SUPを水辺に置いて浴場まで歩きます。

進んだ先に現れたのは、いかにも古そうな石造りの建物。ギュルバフチェ・ウルジャス(Gülbahçe Ilıcası)という名がつけられていますが、地元の人たちは単にハマムと呼ぶことが多いようです。ただし、蒸気浴をする一般的なハマムとは違い、ここは湧き出した湯にそのまま浸かる温泉浴場です。
海辺に残る「ローマ浴場」
この建物自体は何度か修復されており、最初に造られた年代ははっきりしていないそうですが、近くには後期ローマ時代の建物跡があり、この温泉も当時から使われていた可能性があるといいます。
古代ローマ帝国は、現在のイタリアを中心に、トルコや北アフリカまで地中海を取り囲むように広がっており、その各地に根づいたのが浴場文化です。公衆浴場のテルマエは、体を洗うだけでなく、人が集まり、話し、運動をする社交の場でもありました。

中に入ると、分厚い石壁に囲まれた空間に水がたまっています。天井には明かり取りのガラスがはめ込まれ、差し込む光が水面で揺れていました。静かに目を閉じれば、古代ローマに思いを馳せられそうです。

しかし子どもたちの声は石壁にものすごくよく響きます。もちろん泳ぐし、はしゃぐし、おとなしく湯に浸かっているはずがありません。私の古代ローマへの思いは市民プールの雰囲気にかき消されました。水温は体感で35度前後。入った瞬間に温かいと感じるほどではありませんが、ずっと入っていられる心地よいぬるさ。

潜ってみた
足場は綺麗に整えられている訳ではなく、砂地と岩場がそのままになっています。

潜ってみましたが、「テルマエ・ロマエ」のようにどこかに吸い込まれて日本の温泉に転移するようなことはありませんでした。
古代ローマ帝国の各地には数多くのテルマエが造られましたが、今も実際に入れる所はそう多くないそうです。いつからここに湯が湧き、人が浸かってきたのか。正確なことはわからなくても、海のすぐそばで湧き続ける湯に自分もこうして入っていると思うと不思議です。ローマ時代の人も、私と同じように「もう少し熱くてもいいな」なんて思っていたのかもしれません。
建物の外側には、石で囲まれた浅い湯だまりもあります。露天風呂と呼ぶには少し野趣がありすぎますが、せっかくなのでこちらにも入ってみました。中の浴場よりさらにぬるく、すぐ外の海水とほとんど変わりません。それでもこの開放感は最高です。

帰りも一苦労
中と外の両方に入り、満足したので元の岸へ戻ることにしました。子どもたちは全員、友人が漕ぐSUPに乗りたがったため、私は最後に一人で出発しました。

ところが、最後に出た私のほうが先に元の岸へ到着。振り返ると、友人のSUPは川の中腹に留まっています。楽しくなった子どもたちが、ボードの上でジャンプし、海へ飛び込み、またよじ登るのを繰り返していました。SUPは水中の子どもに引っ張られ、漕いでも漕いでも一向にすすみません。

一緒に乗っていた犬も、さすがにしびれを切らしたようです。SUPを降りると、ひと足先に泳いで岸へ戻ってきました。犬の判断がいちばん正しい。その後もボードは何度も転覆し、ひっくり返るたびに子どもたちはさらに興奮。いよいよ収拾がつかなくなっていました。

リラックスの「リ」の字もない
「温泉」と聞いて思い浮かべる、静かに湯に浸かって疲れを癒やす時間とは全くほど遠い体験になりました。リラックスの「リ」の字もなく、帰るころにはへとへと。それでも、全部含めて良い思い出になりました。

帰り際、海辺の小さな浴場をもう一度眺めます。昔の人もここに浸かって、目の前の海を見ていたのかもしれません。どんな話をして、何を考えていたのでしょう。入っている間は子どもたちがうるさくてそれどころではありませんでしたが、帰るころになって、やっとそんなことを考える余裕ができました。




