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由良の門を 渡る舟人かぢをたえ ゆくへも知らぬ 恋の道かな
この連載を「歌旅・UTABI」と称し、私の旅を追体験していただくため同名のアプリを作った。百人一首の百首の歌を、一首ずつ地図の上に置いていったのである。ところが、どうしてもひとつの点に決められない歌もある。曽禰好忠の「由良の門」である。この歌の「由良(ゆら)」を、丹後国の由良、現在の京都府宮津市由良とする説がある。一方で、紀伊国の由良、現在の和歌山県日高郡由良町とする説もある。
ふたつの由良は、直線距離でもかなり離れている。片方は日本海へ注ぐ由良川の河口。もう片方は紀伊水道に面した港町である。アプリの地図には、ひとまず京都府宮津市の由良川河口を置いた。ただし、推定区分は「諸説あり」とした。

福井県の若狭高浜駅方面から車で丹後由良へ向かった。京都丹後鉄道宮舞線の丹後由良駅に立ち寄り小さな駅を確認した。ちょうど列車が停っていた。美しい列車だ。1時間に1本しか通らない列車のお迎えに満足だ。

現地で確かめたかったのは、地図だけでは分からない水と風の動きだった。由良川の水は、海へ向かってどのように流れているのか。川と海は、どこで接しているのか。そして、列車が由良川橋梁を渡る時、その姿は水面からどのように見えるのか。そして、それはこの歌にどんな解釈を与えてくれるのか。それが楽しみなのだ。
実際に由良川の河口まで車で行くと、想像を超える壮大さだった!
丹後由良駅から戻るように由良の集落を抜け、由良川橋梁へ車を進めた。橋梁の座標は北緯35.5109519度、東経135.287853度である。「由良の門を(ゆらのとを)」と声に出すと、音の響きに引かれて、舟がゆらゆらと軽く漂うように感じる。私は長いあいだ、この歌を、恋の行方が分からない不安を詠んだ歌だと思っていた。梶を失った舟のように、恋がどこへ進むのか分からない。そんな、少し心細い歌だと思っていたのである。川もせいぜい幅10m程度のイメージであった。

けれど、実際に由良川の河口に立ってみると、その読みでは足りないと思った。由良川は、思っていたよりもはるかに大きかった。河口の向こうには日本海が広がっている。川は堂々と流れ、川と海の境目も簡単には分からない。川の流れと海の波が重なり、淡水と海水が混じり合っている。
そこを舟が渡る。しかも、その舟には梶がない。 「ゆらゆら」と漂うような、生やさしいものではない。潮と風に押され、舟ごとどこへ持っていかれるか分からない。出発した岸へ戻れるのか、次の岸へ着けるのか、それすら分からない。由良川河口に立って、私は初めて、この歌の恐ろしさを感じた。
「ゆくえも知れぬ恋の道」は、恋の恐怖を表している?
歌の意味は、おおむねこうである。由良の門を渡っていく舟人が、舟を操る梶を失い、どこへ流されていくのか分からなくなるように、私の恋も、これからどこへ向かうのか分からない。「かぢ」は、舟を進める櫂や櫓を指す。ひとつの読みは「梶を絶え」。舟を操る道具を失い、進路を定められなくなったと読む。もうひとつは「楫緒絶え」。櫂や櫓を舟につないでいた緒、つまり縄が切れたと読む。失ったのが梶そのものなのか、梶をつないでいた縄なのか。細かな読みは分かれるが、舟を操る手段が失われたことは共通している。

舟そのものが壊れたわけではない。舟人も、まだ舟の上にいる。けれど、進む方向を決めるための大切なものだけが切れてしまった。目の前には水が広がり、舟は浮いている。それでも、次にどちらへ進むのかを、自分では決められない。これは恋の不安というより、恋の恐怖なのではないか。恋が始まってしまったことで、自分自身の力が及ばなくなる。自分で止めることも、引き返すこともできなくなる。
行く先が分からないだけではない。生きて戻れるかどうかも分からない。私には、この歌は、恋の怖さを知っている人の歌に思えた。かつて恋に足を踏み入れ、自分の力では戻れないところまで流されたことがあったのではないか。大きな恋に巻き込まれ、命からがら岸へ戻った。その記憶があるからこそ、また同じ恋に陥ることを恐れている。
それでも、恐れているにもかかわらず、自分の力ではどうすることもできない。梶を失った舟のように、再び流されていく。恋から逃げたいのに、恋の道へ入ってしまう。もちろん、好忠が実際にそのような恋を経験したのかどうかは分からない。この歌の詞書は「題しらず」で、詠まれた事情も伝わっていない。けれど、私にはそう読める。恋の不安ではなく、恋の恐怖。恋の怖さを知っている人が、それでもまた恋に流されていく。その恐怖である。

正規の航路から外れたように見える歌人。その一首は怖い歌だ
曽禰好忠は、平安時代中期の歌人である。生没年は、はっきりしない。丹後国の役人である丹後掾を長く務めたため、「曽丹後」、さらに縮めて「曽丹」と呼ばれた。高い身分の貴族ではなかったが、古い言葉や日常の言葉を取り込み、新しい語法を試した歌人だった。
円融院の「子の日の御遊」に、招かれていないのに姿を現し、歌人の座に着いて追い出されたという逸話も伝わっている。呼ばれていない場所へ自分から乗り込んだ好忠の姿には、自分の歌を認めさせたいという強い気持ちがあったのかもしれない。正規の航路から外れたように見える歌人の一首が、千年余り過ぎた今も読み継がれている。この歌は、『新古今和歌集』巻第11・恋歌1、1071番に収められている。詞書は「題しらず」。どこで、どのような事情で詠まれたのかは書かれていない。
好忠が丹後の役人だったから、丹後の由良に違いない。そう言い切れそうにも見える。けれど、詞書は「題しらず」で、詠作地が明記されているわけではない。実際の土地、先行する歌、蓄積された歌枕のイメージが重なって、ひとつの景色になることもある。
ただ、ここまで来ると、好忠は「まあね、どっちかはお任せするとしてね、あなたは気がついていないかもしれないけれど、どっちであっても、恋の恐怖には変わりないのですよ。そして、それはこのどっちかという話ではなく、どっちもであり、どこでもなのかもしれないのですよ」と言っている気すらしてくる。怖い歌だ。
現代の「由良の門」を渡るのは列車。風に吹かれながら待った

ここまで来たのだから、由良川橋梁を列車が渡る瞬間を見てみたいと思った。曽禰好忠の歌では、舟人が由良の門を渡る。現在の由良では、舟人の代わりに列車が由良の門を渡る。由良川橋梁は、宮津市由良と、対岸の舞鶴市西神崎を結ぶ単線鉄橋である。全長は約550m。大正12年架設、翌13年の宮津線開業以来、由良川の水面近くで列車を渡し続けてきた。
1両だけが長い鉄橋を進んでいく。列車には時刻があり、進む方向があり、2本のレールがある。向こう岸まで行くことが、最初から決められている。梶を失って行方の分からない舟と、レールによって行方を定められた列車。同じ水面を渡りながら、そのふたつは正反対である。
列車を撮影するため、川辺でカメラを構えて待った。上下線とも、おおむね1時間に1本ずつである。由良川をさかのぼるように、海からの風が吹き続けていた。川の水面が、その風の通り道になっている。
撮影までの時間には、何もすることがない。急いでも、列車が早く来るわけではない。ただ風に吹かれ、川を眺めて待つ。旅の最高の贅沢は、無為に時間を過ごすことだ。ぽっかり空いた時間を無為に過ごす。この時間は旅の本質の一部かもしれないと、いつも思う。
お気に入りの地酒「香田」の酒蔵で、酒粕アイスをいただいた!
今回のその時間には、松岡直也さんの音楽が聞こえてきそうだった。夏の光と、水面を渡る風。何もしないまま待っている時間が、少しずつ音楽のようになっていく。 やがて遠くから列車の音が聞こえてきた。列車は、川の上をほんの一瞬で渡っていった。

近くには、ハクレイ酒造株式会社の蔵があった。日本酒「香田(こうでん)」は、私のお気に入りの酒である。けれど今回は車で来ている。当然、日本酒を飲むわけにはいかない。小一時間直射日光を浴びて河原で列車を待っていた私は、水を求めて行ってみた。仕込み水とか飲めないかなあと思って。

ところが、そこにアイスがあった。大吟醸の酒粕を練り込んだアイスをいただいた。取材時の価格は480円。ほんのりとした日本酒の香りだけでも十分に楽しめた。水と潮の恐ろしさと直射日光を感じたあとだったので、冷たいアイスがありがたかった。張りつめていた気持ちが、少しゆるんだ。

列車を見たあと、せっかく由良まで来たのだから、「由良の門を渡る舟人」の歌碑を見ておきたいと思った。その場所には、曽禰好忠の歌碑が立っていた。私はこの歌碑を見に来たのである。ところが、同じ場所に森鴎外の石碑もあった。しかも、こちらの方が大きかった。千年前の歌を訪ねて来た私の前に、近代文学の記憶が、より大きな姿で現れた。
水運は人の運命まで変えてしまう。恋も、少し似ている
由良は、曽禰好忠の歌だけを記憶している土地ではない。森鴎外の『山椒大夫』、安寿と厨子王の物語も、この土地に重なっている。人買いによって母と引き離され、安寿と厨子王は丹後の山椒大夫へ売られたと伝えられる。由良の水運と沿岸航路は、物を運ぶ道であると同時に、人の運命まで変えてしまう道でもあった。
水は人を運ぶ。けれど、人を望む場所へ運ぶとは限らない。 歌碑を見に来たはずなのに、私はそこで、歌の背景にある水の記憶と、近代文学が重ねた人の運命に触れることになった。
「門」と書いて「と」と読む。ここでいう門は、建物の入口ではない。海峡や瀬戸、河口など、水が出入りする場所を指す言葉である。由良川河口では、西側に宮津市の由良浜、東側に舞鶴市の神崎浜が広がる。川の水は、そのふたつの浜の間を通って若狭湾へ出ていく。「門」は、こちらと向こうを分ける場所であり、同時にふたつの世界が接する場所でもある。
恋も、少し似ている。まだこちら側にいるつもりでも、いつの間にか門を通り過ぎている。気づいた時には、もう元の岸へ戻るための梶がない。そのまま激しい流れの中に巻き込まれているのだ。 好忠の歌が怖いのは、恋が始まった瞬間ではなく、始まってしまったあとを詠んでいるからではないだろうか。

旅したことで恋の恐怖の歌と感じ、それを万年筆の文字に込めた
この連載では、訪ねた歌を手書きしている。「由良の門を渡る舟人」までは、舟が水の上を進むように、線を一定の方向へ運んだ。けれど「かぢを絶え」で、その流れを一度切った。実際に線を途切れさせるのか、筆圧を抜くのか。それとも、見た目には続いているのに、力だけが失われた線にするのか。
「行方も知らぬ」から先は、文字の行き先そのものが少し揺れるように書いた。最後の「恋の道かな」は、答えを出す言葉ではない。分からないまま、水の上へ置いていくように結んだ。由良川河口の大きさ、日本海の広がり、潮と風に翻弄される舟。実際にそこへ立ったことで、私はこの歌を、恋の不安ではなく、恋の恐怖として読むようになった。そんなふうに思うとは思いもしなかった。次回はどの歌を訪ねるか、アプリ「歌旅・UTABI」で選ぶ。地図の上で一首を選び、また旅を続けよう。





